晴れやかな昼下がり。
窓から差し込む陽はずいぶん短くなり、
智君がかわいがっている観葉植物の葉も、緑が眩しい。
俺はダイニングで頬杖をつく。
傍らにはノートPCとタブレット。
数冊の本。
コーヒー。
携帯も駆使して、企画書を練り上げる。
俺がキャスターを勤める番組で、取り上げて欲しい企画。
頭を悩ませながら打ち込んでいく。
どうアプローチする?
コンセプトは……。
カチャカチャと響くキーの音。
でも、俺の意識の半分は、リビングの奥の智君の部屋に注がれる。
シーンと静まり返ったドアの向こう。
時折、コトッと音がすると、ああ、智君もがんばってるんだと確認できる。
智君は目下(もっか)、作品作りに余念がない。
個展開催が決まったからだ。
ギリギリまで描くという。
少しでも多くの作品を展示するために。
今回は大作が多く、点数的にはちょっとさびしいらしい。
そんな智君を、俺は大きな心で見守っている。
否、どうしたら、サポートできるのか考えてみたが……。
如何せん、アートに関してはすこぶるつきの門外漢。
作品を見て、感動することはできても、
サポートできるほどの知識と教養、パイプに乏しい。
俺にできること……それは、智君の心身の安定を援護すること。
これに尽きる。
なんと言っても俺は智君のアートの一番のファンであり、信奉者なのだ。
最高のコンディションで智君をキャンパスに向かわせたい。
その為に、俺はいろいろ我慢している。
夜も……毎日でも、それこそ何回でも……と思ってしまうのを必死に抑える。
俺の欲求なんかの為に、智君のエネルギーを使わせるわけにはいかない。
俺の欲求なんか……。
俺の……。
わ、わかってるよ。
わかってるけど、俺の智君不足もそろそろ限界で、
どうやったらあの部屋のドアを開けられるか考えてる。
アプローチは……コーヒー持ってく?
それは昨日使ったな……。
夕飯……にはまだ早い……。
智君の好きそうな、おいしそうなパン屋があって……なんて陳腐?
俺はあのドアをじっと見据える。
大きな砦のように見える。
難攻不落の砦。
いやいや、無敵艦隊だって敗北したんだ、
アプローチをきっちり考えればなんとか攻略できるはず!
智君が興味を持ちそうな……。
いやいや、アプローチよりもコンセプトだ。
コンセプトがしっかりしてない企画じゃ、企画はまず通らない。
コンセプト……智君がコンディションを崩さず、かつエネルギーになり、
俺も満足できる……。
俺が必死に考えていると、意外とあっさり難攻不落の砦が開く。
「……智君?」
「ちょっと休憩。」
智君がふにゃりと笑う。
ああ、癒される。
智君の笑顔。
「コーヒー淹れようか?」
「うん。でもその前に……。」
智君が俺の後ろに回って、俺をぎゅっと抱きしめる。
「エネルギー補給。」
「智君……。」
俺は下がる頬を意識しながら、前に回された智君の腕に手を添える。
「エネルギー補給……もっといっぺんにできる方法、ありますけど?」
「……それは逆にエネルギーが減るやつじゃないの?」
「大丈夫。智君はただ、マグロのように寝てて。後は俺が……。」
「ば~か。」
智君がクスクス笑いながら俺の、首筋とも頬とも取れる場所にキスした。
「おいらはこれで十分。」
「智くぅ~ん!」
俺は振り返って智君の顔を見上げる。
「翔君、そんな顔しないの。」
智君がクスクス笑いながら、俺の前髪を掻き上げる。
「今のがひと段落したら、いっぺんにエネルギー補給してもらうから。」
俺の顔が心が、一瞬で花開く。
「智君!」
「翔君だって、仕事、片付いてないんだろ?」
「え?ああ、全然大丈夫。すぐ済むし、締め切りがあるわけじゃないから。」
俺はさっさとテーブルの上を片付け始める。
「んふふ。そんなに急がなくても、まだ終わんないから。
それより、まずは翔君のコーヒーでエネルギー補給したい。」
「任せておいて。」
俺はキッチンに立ってコーヒーの用意をする。
智君が向かいに座り、ニコニコしながら、俺の動きを見ている。
ああ、これだけで、俺のエネルギーは補給されていく。
「今、描いてるのってさ……。」
俺はコーヒーを淹れながら話しかける。
智君のずっと後ろで、窓辺にある観葉植物の葉が揺れて、緑の光を放つ。
智君が早くひと段落するために、愛情込めてコーヒー淹れるからね。
フィルターの中で豆が丸い山を作る。
愛情が入った証拠。
俺は嬉しくてにっこり笑う。
そんな俺を見て、智君がずっと笑ってる。
この時間が何よりのエネルギー補給。
そうだ。いっぺんにエネルギー補給のコンセプト考えなくっちゃ。
俺がそう思ったとき、智君の眉間に皺がよった。