踏ん張りどころ
ずっと足の痛さに悩まされていた義母。
歩くのもしんどくなって、最近は病院に行く時しか外出しなくて
その時に病院内で歩くのもおぼつかない感じでした。
ヘルニアからくる坐骨神経痛ということで
痛さから少しでも解放されるなら・・・と手術を決めました。
正直私は手術することに、80歳を超える年齢のことや
また義母の性格上、リハビリを熱心にするタイプでもないし、どうかな・・・と
思っていて、それを義両親に伝えていたのですが
このあとも痛みと戦うのは義母で、私は変わってあげることはできないし
本人が決めてしまったのなら応援するしかないな、と了承しました。
17日に手術が行われ、3時間半と聞いていたのが3時間で終わり
病室に戻ってきたときも、しっかり受け答えしていて
「寝てる間に終わってしもたわあ」って言っていたので
付き添いの義父を残し、安心して帰宅しました。
18日明け方、義父から電話がきて
「おばはん(義母)が家に帰るっていうて、起き上がって服に着替えてるねん。
わしのいうこと聞けへんから電話でいうてくれ」
ええ~~~~~エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?
まだ安静にしてなきゃいけないのに、立ってるの
私 電話より先に看護師さん呼んでください
義父 こんな時間に読んだら悪いから・・・
私 こんな時のために看護師さんがいるんです!すぐにナースコールしてください!
義父 おばはん、ワシの言うこと聞いてくれへんから・・・
私 お父さんも私の言うこと聞いて、直ぐに看護師さん呼んでください!
というコントのようなやり取りの後、看護師さんから電話があり
点滴抜いたり動き回ろうとするので、拘束したいのですが同意書がいるので・・・
ということで、義父に説明して同意書書いてもらうよう依頼しました。
病院に行くと、義母は今自分がいる場所がどこかわかっていないようで
拘束するためにかぶせられたミトンのような物を、一生懸命取ろうとしていました。
義兄夫婦も来てくれていて、私と義姉で義母に話しかけたのですが
この手袋は取れないんですよというと、納得するのですがすぐにまた
ちょっとここひっぱって、取れへんねんと言ってきたり
天井のスプリンクラーを「大きなゴキブリがいる」と言ったり
白い天井を雪が積もってて大変やって言ったり・・・と
まさに認知症のような症状が出ていました。
「術後せん妄症」という、高齢者の手術後に割とみられる
強い緊張感とストレスからくる一過性の認知症のような症状らしいです。
昨日も22時まで付き添っていたけど、手術後から全く寝ておらず
ずっと動いてしゃべり続けていたのに、寝ようともせず睡眠障害も起こしているようでした。
義父も義兄もダンナも、妻や母の今の状態を受け入れるのは
きつかったんじゃないかと思います。
本当に一時的なものなのか、いつ収まるのかはまだ全然見通しがつかず
また義父も高齢で負担が大きいので、今夜は私が付き添います。
なんかね、記憶が不安定で孫の名前や年齢もあやふやなのに
私の名前は覚えてくれていて
私の言うことは素直に(一時的だけど)聞いてくれてるのを見たら
結婚して以降、大きな嫁姑問題はなかったけど
やっぱりいろいろ心に思うことはあったし、鬱陶しいって思うこともあったけど
絆は結ばれていたんだなあって感じました。
今日、病室に行ったら少しでも症状が改善されていることを願いつつ
ここが踏ん張りどころかなと、頑張ってみようと思います。
なのでしばらく、リコメやブログにお邪魔することができなくなるけど
時間見つけて訪問させていただきますね。
おみくじ、大吉だったはずなんだけどな