
毎日暑い日が続きます。夕方になると夕立が来る季節。暗くなった空を見上げた時に、以前に会社の同僚から聞いた「河内長野のヒタヒタ」の話を思い出してしまった。
この話は私の脳裏に焼きついて離れない。河内長野とは、大阪南部、和歌山県の近くにある町で「何言うとんじゃいワレ!」とか「涙がチョチョギレルで」などという方言で有名で、昔は「河内のオッサンの唄」で有名な所だ。
ここに住むある学生が、週に数回真面目に塾に通っていた。塾は学生の家から一キロも無く、男は歩いて通っていた。学校が終わり、家に帰り、ご飯を食べて、そして塾に行く。帰りは夜の11時になった。
塾に行くにはたったの一キロでも、途中に小さな池があって、その周りにはしだれ柳が等間隔に植えられていた。
ある晩、いつものように塾が終わった。その日も暑かった。
彼は家で半ズボンにTシャツ、そして大好きな雪駄を履いて塾に行っていた。
「ほなな」、「おーまた明日な、バイビー」池の手前で塾の友達と別れて歩き出した彼は、月明かりを頼りに池のほとりに並び立つしだれ柳に沿って歩き出した。右には大きな旧家の土塀が続く。
静かな夜の雪駄の音が土塀に跳ね返る。
「ピタッ…ピタッ…ピタッ…ピタッ…」
「トッポン…」
池の中で魚が跳ねた。
「サワサワ…」
わずかに吹く、生暖かい風が柳を揺らす。
それ以外の音は無い静かな月の夜。
「ピタッ…ピタッ…ピタッ…ピタッ…」
「ヒタヒタヒタ…」
「ピタッ…ピタッ…ピタッ…ピタッ…」
「ヒタヒタヒタ…」
(ん?)
「ピタッ…ピタッ…ピタッ…ピタッ…」
「ヒタッ…ヒタッ…ヒタッ…ヒタッ…」
(…)
「ピタッピタッピタッピタッ…」
「ヒタッヒタッヒタッヒタッ…」
(…)
「ピタッ」
背筋に少し寒気を憶えて、思い切って立ち止まった。
「…」
(なんだ、気のせいか…)
少しホッとしてまた歩き出す。
「ピタッ…ピタッ…ピタッ…ピタッ…ピタッ…」
「…………………ヒタッ…ヒタッ…ヒタッ…」
(やっぱりっ…)
「ピタッ…ピタッ…ピタッピタッピタッピタッ…」
「ヒタッ…ヒタッ…ヒタッヒタッヒタッヒタッ…」
首筋から水をかけたように汗が降る。
「ピタタタタタタ…」
振り向くのが怖い…、しかし振り向いた。
「いっ…ああああ…」
裸のままで逆立ちをして背中を前方に向けながら手だけで走る女。足は膝から折り曲がり前方へ垂れ下がり、後頭部が背骨に付くほどに折れた顔が前方を向く。髪は振り乱れ黒目の小さな目が青白く光り私の顔を捉えて裂けた口が笑った。
その後のことは…わからない。
≪イメージ画像は後日掲載します≫