俎板岩(まないたいわ)に棄てられて | taroozaの不思議の謎解き 邯鄲(かんたん)の夢

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☆BLOGの話題は、精神世界とリアルな現実世界の話題です。
巡礼の旅で、危機に瀕する日本を感じました。
未来の孫たちへ、「日本人の霊的遺伝子」を繋げる責務が、今の世代にあります。

Pedaços de Rocha. Manaita Iwa 俎岩(まないたいわ)

*最初の画面中央の波が打ちつける岩が、「まないた岩」です。

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日蓮聖人の御遺文

船守弥三郎許御書 229 日蓮、去る五月十二日流罪の時、その津につきて候いしに、いまだ名をも、きゝおよびまいらせず候うところに、船よりあがり、くるしみ候いきところに、ねんごろにあたらせ給い候いし事は、いかなる宿習なるらん。過去に法華経の行者にて、わたらせ給えるが、今末法に、ふなもりの弥三郎と生まれかわりて、日蓮をあわれみ給うか。(中略)当地頭の病悩について、祈せい申すべきよし、仰せ候いし間、案にあつかいて候。然れども、一分信仰の心を、日蓮に出だし給えば、法華経へ訴訟とこそ、おもい候え。この時は十羅刹女も、いかでか力をあわせ給わざるべきと思い候て、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏、ならびに天照・八幡・大小の神祇等に申して候。定めて評議ありてぞ、しるしをば、あらわし給わん。よも日蓮をば捨てさせ給わじ。いたきと、かゆきとの如く、あてがわせ給わん、と思い候いしに、ついに病悩なおり、海中いろくづの中より出現の仏体を日蓮にたまわる事、この病悩のゆえなり、さだめて十羅刹女のせめなり。この功徳も夫婦二人の功徳となるべし。
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「宗祖日蓮聖人の伊豆法難」

立正安国論を北条時頼に上奏するも忌避され、伊豆の伊東に流罪とされた。
本書とは有縁の関係にあり、「花まつり」の季節の伊東に旅をしました。


この時代、あまり僧侶の斬罪はありません。
然るに、阿吽(あうん)の呼吸で到着直前の俎板岩と呼ばれた岩礁に置き去りにしました。
罪人の棄て場です。


泳ごうとすれば、浪は荒らく流れは迅い。
岩に打ちつけられるか、沖にながされて溺死するのは必定です。


上げ潮になると岩は没します。
日蓮上人は覚悟して法華経を唱えたと伝わっています。


その声に漁師の船守弥三郎が聞きつけ助け上げたのです。

上陸した日蓮上人を岩窟に設えた牢に閉じ込めました。
信心深い船守弥三郎夫婦は、役人に隠れて食物を給しました。
守護したのです。


現在も、船守弥三郎夫婦の徳を讃えるお寺(川奈・蓮慶寺)に、一族に囲まれたお墓があります。
お参りいたしました。


巡拝、巡礼の旅は歩くことにしています。

困った事に、小便がしたくなりましたが、あいにく店もありません。
駅は遠くです。


潮風にトイレの微かな臭いがします。
道路から見得ない場所に公衆トイレがありました。


犬のように鼻が利き、普段は不快に思っていましたが、助かりました。(笑)

不思議なことに、漁師の船守弥三郎さんは、風濤( ふうとう )の風 と波の音でかき消される声を聞きわけました。

内なる法華経(妙法蓮華経)が聞えたのでしょう。