電気ショック療法
薬物療法以外のうつ病の治療法として、結構メジャーなものに電気ショック療法(電気痙攣療法、ECT)がある。
精神科で用いられる電気ショック療法は、いわゆる心停止などの時に行う心臓への電気ショックとは違って、脳に通電する(通常100V)。
電気ショック療法には有けいれん法と無けいれん法(修正型ECT)があり、無けいれん法の場合には麻酔医の立会いの下、麻酔下で電気を流す(筋弛緩剤を併用するから無けいれん)。
有けいれん法の場合は麻酔なしで電気をかけることになる。私の場合はこの有けいれん法を4回受けたことがある。
私の記憶だと空腹状態で実施30分前に筋肉注射一本を注射し、実施直前に静脈注射一本をうたれた。その後白い棒というか、へらのようなものを口に噛まされて、目をつぶらされて湿った電極を2本こめかみに当てられ、一瞬の閃光と共に意識が飛んだ(痛みは感じなかった)。
ECT実施後、数時間眠った後に処置室で目を覚ますと2回に1回の割合で激しい頭痛に見舞われた。実施した4回とも最初の筋肉注射までの記憶はあるが電極を当てるまで記憶があるのは1回きりだ。
インフォームド・コンセントは一応されたが、副作用や後遺症の説明が不十分だったように思う。この療法を始める前に私はECTが記憶障害を引き起こすことを知らなかった。
ECTの主な副作用と後遺症は、頭痛と記憶障害である。
そして不幸なことに、私の場合はECTの効果はなかった。肝心のうつ状態がほとんど改善されず、以後重い記憶障害だけが長期間残ったという感じである。
私が経験した記憶障害とは記憶の部分的喪失と記憶に関する記銘、保持、出力能力の著しい低下であった。
具体的には昔の記憶が一部消えてなくなり、全く思い出せなくなった。そして、物覚えが非常に悪くなった。
このため私は復職後に、会社での職務の中でも簡単な部類に入る電話応対さえできない状態に陥ってしまった(メモを取る前に言われたことを忘れてしまう。3秒前に言われた言葉が思い出せない状態。)。
このECTによる記憶障害は私の復職を妨げた1つの大きな要因である。記憶障害によりサラリーマンとしての自信を完全に失うことになってしまった。
私にとっては悪いことずくめだったが、そんなECTによって、はじめてうつ状態から解放される人も実際にいる。
だからECTを全面否定する気は私にはないが、十分なインフォームド・コンセントは医師からあってしかるべきではないかと思う。
ECTをこれから受けようと思っている患者さんは、ECTを受けることによって起こる、重い記憶障害を自分が引き受ける覚悟はしておいたほうがよいと思う。
私は時々「ECTによってまれに記憶障害が残ることもあるが、それはあくまでもまれであり、気にしなくても大丈夫」などという無責任きわまりない医療従事者に出会う。
しかし、そういう意見に対して、私はECTを実際に受けたことのある一患者としてこう言いたい。
「ECTの結果が良いものであれ、悪いものであれ、すべての結果を受け取るのはECTを実施する医師や看護師ではなく、直接ECTを受ける患者である。
確率的には非常に低いが治療中の事故で死ぬ可能性もあるし、それなりの確率で重い記憶障害に陥ることがある。
それを十分知った上で、なお薬も心理療法も全く効かず、ECTを試してみたいという気持ちがあるならば、そのときはじめてECTを受けるのがよい。」
ちなみに、最近はこれに似た方法で経頭蓋磁気刺激法(TMS)なんてものもあり、これは磁気をかけて前頭前野に電流を流す方法であるが、現在まだあまり普及はしていないようだ。
TMSの安全性については問題があるという専門家の意見もある。もちろん、大丈夫という意見もあるが・・・。