海老江の浅瀬で白鷺を発見 | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

昨日2016年5月21日(土)、
島洲の調査に姫島神社を訪ねました。
鷺洲の実家から歩きました。
気になるのが
大阪市が平成13(2001)年に設置した
明治40(1907)年当時と銘記する
「大和田・梅田街道」の案内板です。

聖天通(福島区鷺洲)の西の入口にもあります。
鷺洲の交差点です。
写真図1 鷺洲の交差点



大阪市バスの「鷺洲」の停留所です。
写真図2 大阪市バスの「鷺洲」の停留所



停留所の先(西)に「白鷺」を発見。
マンションの名前です。
そうそう、40年以上、昔、昭和40年代、
この場所より南、日本ノートの跡に
クラレ結婚式場「白鷺」があって、
職場の友人の披露宴に招かれたこともありました。
「白鷺」は吉兆であり、
この福島区鷺洲に多く
「白鷺」を冠する施設は、多くありそうです。

この「鷺」はもとは中世にみえる「鷺島荘」、
あるいは『行基年譜』にある「白鷺島堀川」にも
通じる地名かも知れません。
ちなみに田蓑島に詠われるのは
田鶴「たづ」でした。


元の阪神北大阪線と交わる交差点までは
「大和田・梅田街道」の案内板は確かです。
その先、海老江の郵便局付近にも
「大和田・梅田街道」の案内板が設けられています。
写真図3 海老江の郵便局付近の

       「大和田・梅田街道」の案内板




この「大和田・梅田街道」の案内板によれば、
海老江の集落の中心部である南桂寺、八坂神社を経ず、
南側の道を行き、
阪神国道(国道2号線)に沿って
淀川を渡ることになります。

たしか海老江・南桂寺の山号は「鷺洲山」で
「ロシュウザン」です。
海老江村も明治以降、「鷺洲村」でありました。

その海老江に架かる淀川大橋で
淀川の浅瀬に白鷺を発見しました。
写真図4 淀川の浅瀬の白鷺



「鷺洲」の地名伝承は
今日、福島区鷺洲では、
はてなと思われるかもしれませんが、
海老江では確かなことです。

この先の西淀川区の姫島神社詣では
次回にまわします。


今日午後は

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究会代表 田野 登