晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

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前回、堂島川の蟹を話題にしました。
これが、どうして歌枕「田蓑の島」の伏線になんの?

ひめまつの会編著、
1972年『平安和歌歌枕地名索引』大学堂書店の
「たにののしま(田蓑島)」の項に
「かざめ」が2首見えます。
④五月雨にたみののしまのあま人の
かづくかざめは君がためなり
⑤天降る神のしるしとみるものは
たみののしまのかざめなりけり

「海人の潜くかざめ」の「かざめ」とは
どんな生き物でしょう。
「かざめ」を
寺島良安、正徳2年(1712年)成立の百科事典
『和漢三才図会』巻第46、介甲部に当たりました。
*『和漢三才図会7』(東洋文庫471
島田勇雄他訳注1987年)

◇擁剣蟹(ルビ:がさめ/ヨンケンヒャイ)
桀歩 執火 [和名は加散米](中略)
△思うに、擁剣蟹は江海に棲んでいる。
大きなものは味がよい。
塩水で煮沸すると純赤色に変る。(以下略)

「和名は加散米」とあります。
「江海」に棲むとあり、海と云っても
入り江のような地形で
そこに棲む蟹なんでしょう。
 小説「泥の河」の堂島川には、カニが棲んでました。
 
 今も棲んでるのとちゃいますか?

次回は、詞書に注目し、
詠歌事情を探ります。

究会代表 田野 登

 

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大阪道頓堀、戎橋南詰、
お馴染みの「かに道楽」本店では
立体看板の「かに」が目を惹き、
焼き蟹の香ばしい薫りが鼻をくすぐります。

平安時代の都人は
田蓑の島の「かざめ」なる蟹を
いかに入手し、調理し御膳に上せていたのでしょうか?
《田蓑の島の「かざめ」なる蟹(2)》では、
歌の詞書を頼りに住吉の神主が都人に
「かざめ」なる蟹を贈った事例を挙げましたが、
今回は制度としての蟹の貢納から探ります。

「*延喜式第三十九 内膳司」の項を引用します。
延長五(927)年12月26日の記事です。
*延喜式第三十九 内膳司:『国史大系』第二部・第十冊、
1961年、黒板勝美編輯、吉川弘文館

◇年料
  山城国。《半角割注:氷魚(ヒヲ)。鱸。》
  摂津国。《半角割注:擁釼(カサメ)。*皮蘭。》
    *:頭注 蘭、九本作 菌

 

摂津国の擁釼(カサメ)は
「年料」としての恒例の貢納なのでしょう。
*『国史大辞典』の「贄」(にえ)に当たりました。
   *『国史大辞典』:『国史大辞典』第10巻1989年、
                            吉川弘文館、(勝浦令子)

先ずは「贄」とは何でしょう。
◇神に供する神饌、または天皇へ貢納される食料品の総称。

蟹は贄として捕獲され、供されていたようです。
引用の続きを載せます。
◇これらによると、贄として献納された食料品は、
  海水・淡水産の魚類を中心に、
  貝類・海藻類・調味料・獣類・果実類などの生鮮品や加工品からなる、
  多彩な山野河海の珍味である。

引用文の続きからは「年料」の制度上の位置づけが分かります。
◇律令制下の贄貢納体制の中で、その全体像を把握できる時期のものは、
   平安時代の『延喜式』内膳司のものである。

    これは
   (一)諸国貢進御贄(中略)と、
   (二)年料

   (大宰府や諸国からの献納。同宮内省に規定される

   諸国例貢御贄の主要部分にほぼ対応する)の
   二つに大別できる。

貢納される際、生き物である蟹が
はたして生かされたまま、都へ移送されたのか、それとも
何らかの手が加わって、
加工された食料品として移送されたのでしょうか?

《田蓑の島の「かざめ」なる蟹(3)》に挙げた
『日本三代実録』の元慶3(879)年正月3日の記事には、
「摂津国蟹胥」の文字が記されていました。
「蟹胥」として、神饌、食膳に供されていたのです。
「蟹胥」は、「カニヒシコ」のルビが振られて
近世の地誌『五畿内志』(『摂津志』)にも見えます。
このブログでは、しばらく連載した文献です。
『摂津志』なのですから、「田蓑の島」の場所が
見えてくるかもしれません。

時間が来ましたので
次回廻しです。

究会代表 田野 登

 

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歌枕「田蓑の島」をほったらかして
「かざめ」なる蟹を溯っています。
かんじんの「田蓑の島」は、いったい、どこなのでしょう?

 

住吉浜の西?天王寺から西の木津川沿岸?
堂島近辺(北区)、浦江(北区・福島区)、
それとも佃(西淀川区)?
ひよっとしたら、架空の、雨の降る「田蓑の島」かも?

 

写真 玉江橋方向からの

    堂島川上流に架かる田蓑橋

    撮影:2015年8月

 

ようやく今、「かざめ」なる語の用字に
「蝤蛑」系から
「擁剣」にたどり着こうとするところです。

国立国会図書館デジタルコレクションの*「伊京集」に
次のような記事があります。
  *「伊京集」:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2540645

「蝤」の字に、虫偏に「某」を宛て
ルビは「カザメ」で
半角割注は、「蟹類或云擁剣」です。

或とあって「擁剣」です。

 

何がボクを小躍りさせているかですが、
ようやく、平安時代の辞書の記述に
一致する用字と繋がったからです。

平安時代の辞書は『和名類聚抄』は
*『広辞苑』に次のとおりに記されています。
 *『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第六版』岩波書店

◇わみょうるいじゅしょう【倭名類聚鈔】‥ミヤウ‥セウ
 日本最初の分類体の漢和辞書。源順著。(中略)
 音・意義を漢文で注し、万葉仮名で和訓を加え、
 文字の出所を考証・注釈する。
 承平(931~938)年中、

  醍醐天皇の皇女勤子内親王の命によって撰進。
   
*『和名類聚抄』の「擁剣」には
次のとおりに記されています。
  *『和名類聚抄』:早稲田大学図書館HP
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ho02/ho02_00399
 源順撰『和名類聚抄五』「亀貝部第十九」

◇擁劔 本草云―《半角割注:和名加佐米》
 似蟹色黄具一螯偏長三寸者也

 

和名の「加佐米」は「カサメ」でしょう。
蟹に似ていて色は黄色く
一対のハサミを持ち
扁平で長さ3寸とあります。
『本草綱目啓蒙』の「蝤蛑」記事の
「長サ五七寸」より小ぶりなのが
少し気になりますが、
「蝤蛑」は「擁剣」が
中世あたりから混同され
やがて取り違えられて、
今日に至ったと考えます。

和訓も、あるいは清音で通して「カサメ」であったのが、
濁音が混じり、「ガザミ」なんぞ、
あまり耳障りのよくない音に転訛したものと考えます。

 

いよいよ、膳に上る「カサメ」について探ることになります。
またまた「田蓑の島」探訪は後回しにして美味しい話から
迫ります。

 

究会代表  田野 登

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「がざめ」か「かざめ」か、それとも・・・・など
またまた辛気くさいことから始めます。
*『広辞苑』で「かざめ」を探しても項目は見当たりません。
「がざみ」の項目で初めて手がかりが得られます。
   *『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第六版』岩波書店

 

◇がざみ【「蝤」の字に虫偏に「某」】
 ワタリガニ科のカニ。
 大形で、甲は横に延びて菱形、左右両端がとがる。
 鋏はさみは大きく、最後の歩脚は扁平で遊泳脚となる。
 函館以南の内湾にすむ。
 昼間は海底の砂中に潜み、
 夜間出て活動。肉は美味、
 初夏に卵をもつ頃が旬。
 また、広くは同科のジャノメガザミ・ノコギリガザミなどの総称。
 流通名のワタリガニの名で広く知られている。

 

この蟹に違いはありません。
ただし、懸案の「かざめ」とは
訓みが異なります。
*小野蘭山の著書で1803年―1805年刊の
『本草綱目啓蒙』があります。
 *小野蘭山の著書…:kotobank.jp/word/本草綱目啓蒙-632287
           百科事典マイペディアの解説

 

この書に*「蝤蛑」の項があります。
*「蝤蛑」の項:『本草綱目啓蒙3』(東洋文庫540、1991年初版)
  巻之41 介之一 亀鼈類

 

◇[集解]蝤蛑ハ、ガザミ、 
  ガザメ《半角割注:大和本草》 
  カザミ《半角割注:勢州》(中略)
  
「蝤蛑」の漢字を宛てて「ガザミ」と訓じています。
さらに勢州の方言に「カザミ」とあり、
「ガザミ」「ガザメ」「カザミ」を挙げています。
懸案の「かざめ」こそ記されていませんが、
同じ系統の語であると考えられます。
「蝤蛑」の項には、次の記述もあります。

 

◇海中産ナリ。其甲横ニ闊ク、長サ五七寸、
 左右ニ各一刺アリ。両螯至テ大ナリ。(中略)
 一名、「蝤」の字に虫偏に「某」(以下略)

 

明らかに『広辞苑』に記述などに継承されていると考えられます。
ところが用字が「蝤蛑」であれ
「蝤」の字に虫偏に「某」であれ、
正徳2年(1712年)成立の『和漢三才図会』の
「擁剣蟹(ルビ:がさめ)」とは異なります。

室町期の古本節用集に当たります。

国立国会図書館デジタルコレクションの*「節用集」の畜に
次のような記事があります。
  *「節用集」:
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532232  
「蝤」に虫偏に「某」の単語のルビは
「カサメ」となっています。
半角割注みは「蟹類」とあります。
「ガサメ」以前は「カサメ」かもしれません。

 

別の古本節用集に当たりました。
用字に「擁剣」が見当たります。
美味しい蟹の話は次にまわします。

 

究会代表  田野 登

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一昨年、中之島探検をした時、ご一緒し
2015年10月の日本民俗学会第67回年会に
「都市住民とカニ
―「かに道楽」創業者のライフヒストリーから―」を
発表された関西学院大学大学院の
広尾克子さんからメールが届きました。

◇阪俗研便り、毎回楽しく拝読させていただいております。
  「蟹」の文字があったので、思わず反応してしまいました。
  「海人のかづくがざめ」はガザミで間違いないと思います。
  『和漢三才図会』の「がざめ」の記述では
  鋏の大きさが左右で違うとか、
  山州や和州の渓間にいるとか、
  ちょっと怪しいのですが、
  カットの絵は菱形のカニですから。
  大阪湾ではよく獲れたカニで、
  岸和田の祭りには欠かせないものでした。
  住吉神社のロケーションはぴったりです。
  ただガザミは唯一〈泳ぐカニ〉ですので、

  海人が潜って獲ったのは??
  網で獲ったり、浮いて来たのを手で掬ったりしたようです。
  残念ながら、現在大阪湾での漁獲量はほんのわずかです。

以下、田野による書き込み。
前回、引きました
正徳2年(1712年)成立の『和漢三才図会7』
「擁剣蟹(ルビ:がさめ)」は
広尾克子さんのご指摘のように
「大阪湾ではよく獲れたカニ」のようです。
大阪湾のカニは、平安時代から
今で云うブランド品であったようです。
ただ「住吉神社のロケーション」にぴったりで
住吉神社の神主が前回の歌のごとく
蟹をプレゼントしたからといって
「田蓑の島」が前の浜の先に
位置していた訳ではないでしょう。
住吉神社の領地が大阪湾沿岸に広がっていた時代のことです。


たしかに
*『日本三代実録』の元慶3(879)年正月3日に
「摂津国蟹胥」の文字が記されています。
弘法大師・空海の弟である僧正法印大和尚位真雅が
死去した際の記事から引用します。
  *『日本三代実録』:黒板勝美編輯『日本三代実録』
(新訂増補『国史大系第4巻』吉川弘文館、443頁)巻第35
◇天皇甚見親重。
  奏請停山野之禁。断遊猟之好。
  又摂津国蟹胥。陸奥国鹿*尾。莫以為贄奉充御膳。
   *尾:印本作腊(音「セキ」訓「ほじし」)

遊猟の「好」とは生臭物なのでしょう。
喪に服して「陸奥国鹿」と同じく断つというのですから。
鹿の「腊」とは干した宍(「肉」)でしょう。
それと「摂津国蟹胥」も同然なのです。

「蟹胥」は新鮮な
蟹なのか

何らかの加工をした物なのか、
この「摂津国」の特産品の産地が
「田蓑の島」なのか、どこなのかも分かりません。

次回は、後世「ガザミ」とも訓じられた
『和漢三才図会』の「がざめ」の訓みを
溯って質すことから始めることにします。

究会代表   田野  登

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