晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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先週の土曜、4月26日
2014年春の阪俗研セミナー第2講として
「民俗学概論Ⅰ」を講義しました。
定員を超える12名の参加で
手元の配布物がなくなりました。


参加会員に感想なりレポートなりを
メールで
お願いしておりました。
それが届きましたので紹介してコメントします。


写真図 講義風景 撮影は高津吉則会員




まず村尾清一郎会員からのメールです。
●このセミナーは私が特に田野先生に
 お願いした理由もあり、真剣に聞けました。
 この、講義の内容は福田アジオ、宮田登、
 『日本民俗学概論」を基礎として田野先生に
 解説して頂きました。
 皆さんほとんど顔見知りであり、
 田野先生からの質問もあり、
 自分たちが知っている所では、
 発言が多く楽しく進められました。
 内容を聞いて
 1. 知らなかった。
 2. 知っていたが、あまり、認識していなかった。
 3.知っていた。
 という様に、各人のレベルがありますが、
 少し向上したのではないかと思います。


ボクの今回の目論見は、
村尾会員をはじめ
人生経験豊かな方々を対象に
今までの体験をいかに掘り起こすかと視点と
新たな知識に目覚めを促す視点にありました。
これからの此花区の歴史と民俗の調査に
役立てれば幸いです。


あと1通のメールは日下宗大会員からのものです。
●セミナー第二回目は「民俗学概論」だった。
 主に民俗学が扱っている事柄について講義してもらった。
講義内容で特に民俗学の研究対象を
「空間」として捉えるところが興味深かった。
最もミニマムな生活空間である「家」から
生産の場としての「山」や「海」への拡がりの中で、
様々な人間の問題を扱う学問として
民俗学が位置付けられると思った。
「空間」ということに注意を向けると、
多様な生活形態や儀礼は
「差異」を明らかにするためのものであることが
より理解できた。
「〈あっち〉と〈こっち〉」、
「〈ハレ〉と〈ケ〉」という違いが
何かしらの形となって現れるのを捉える学問が
民俗学であると思った。


日下会員は、大学院生であり、
後の情報交換会でも、
年輩の会員から
「若いのにしっかりと
私らの話について来られる」と
関心しきりでした。

日下会員からのレポートの趣旨は
「空間」に絞っての報告でした。
彼のことですから「時間」のところまで
書き及べば字数オーバーを気にしてのことでしょう。

儀礼の意義は分節にあります。

日下会員の云う
「「差異」を明らかにするための」行為は
分節する行為です。
空間であっても時間であっても
境界を設けて
除災招福を祈願します。


時にその行為が
注連縄を張ったり
火を放ったりもします。
その場所が内と外の境界であって
その時が一年の節目であったりもします。


そういった行為は、
自分たちの集団における
時間と空間を
神聖なものとして
確保するための行為です。


次回5月24日(土)は心意の民俗からです。
参加者の皆さんからの
不思議な体験を引き出し
それらを整理できるような
教材づくりに励みます。


究会代表 田野 登

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日本民俗学会会員で
大阪民俗学研究会のメンバーでもあります
中村雅俊氏から
「売れても占い商店街を歩く」と

題するメールでいただきました。


中村雅俊氏は北区天満にお住まいです。
JR大阪環状線で、大阪駅を挟んで
東が天満、西が福島であります。
他所からの彼の
目にとまったものを通じて
マチについて書いてみようと思います。


以下、ブログアップの許可を得ました
彼からのメールを載せます。
その続きに、注釈を添えます。

●「売れても占い商店街を歩く」
 JR福島駅・・、数年前に*1駅前商店街をぬけて
 *2国道を渡っていく*3中学で、野球の公式戦があり、
 勝ち進んだので、二日続けて応援に行きました。
 その時、*4商店街で食べたかき氷に惹かれて、
 その後何回か訪ねています。
 夏かき氷の*5お店は、冬はたこ焼ですね。
 お好み焼きとか、量の多さに驚いた焼きそばなど、
 毎回楽しんでいます。
 先生のブログを拝見するようになってからは、
 *6郵便局に用があった折、
 向かいにある*7幼稚園のある*8お寺(神社)とか、
 先生が研究発表される*9お寺とかも見て回りました。
 まだ、*10JRのガードの向こうには、
 出かけたことがありません。


以下、田野による注釈
*1駅前商店街:福島聖天通商店街。福島区福島8。
「売れても占い商店街」がキャッチフレーズ。
*2国道を渡っていく: 大阪駅北口から北港通りに出るバス路線の
 道路を北に折れ西に行く
*3中学:大阪市立八阪中学校。福島区鷺洲6にある。ボクの卒業した中学。
*4商店街:聖天通商店街。福島区鷺洲2。
*5お店:「お好み焼き なかの」。昭和30年年代前半からある。
 ボクの子どもの頃は若い夫婦で店をきりもりしていた。
*6郵便局:福島聖天前郵便局。福島区鷺洲6。
 小学校の頃のボクは、もらったお年玉を貯金に行き
 リスの貯金箱をもらったりもした。
*7幼稚園:和光園という保育園。福島区鷺洲2。
*8お寺(神社):福島聖天。昔の「浦江聖天」。真言宗・東寺派・了徳院。
 福島区鷺洲2。
*9お寺(神社):曹洞宗・妙壽寺。ボクの檀那寺。福島区鷺洲2。
*10JRのガードの向こう:北区大淀南。昭和18年以降、「浦江北」
 ボクの氏神である浦江八坂神社(素戔嗚尊神社)がある。


何が中村氏のメールでおもしろいのかなのですが、
彼は地名、あるいは地名を含む施設名を
福島駅の「福島」以外、何も書かずに
記述していることです。

彼の記述に出てくるのは
国道、中学、お店、郵便局、お寺といった
固有名詞を捨象した施設名です。


他所からの人、彼の場合、
天満からの人ですけれども
その彼の云う「駅前商店街」は、一本道でありまして
「福島聖天通」と「聖天通」の区別など
無用なのです。


彼が立ち寄り、夏はかき氷
冬はたこ焼、お好み焼きがおいしかった
「聖天通」の「お好み焼き なかの」が
インパクトの強いキャッチフレーズ
「売れても占い商店街」の「福島聖天通」と
思っていても何の不思議もないのです。


彼が気づいていなかったであろう
「福島」と「鷺洲」の境界には
一本の井路川が昭和10年頃までは
流れていたのです。

井路川から東は「福島」
西は「浦江」、昭和18年の福島区成立後は
「鷺洲」でした。
小学校区も別でした。


次回は、妙壽寺で開く「浦江塾」の
「浦江」という地名の汎用範囲について
述べてみようと思います。


究会代表 田野 登

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6月1日(日)は大阪あそ歩で浦江・大仁を歩きます。
この間の日曜日4月27日
下見に浦江・大仁コースも歩いて来ました。


本番は、JR福島駅から
「売れても占い商店街」で
有名な福島聖天通商店街を通ります。


昭和10年以前は井路川が流れていた
道路を渡りますと
右手に大きな鳥居が見えます。
それが聖天さんです。
ここまでは、海老江・鷺洲コースで紹介しました。
  ↓ここをクリック
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11836136976.html


浦江・大仁コースは
聖天さん(了徳院)から
曹洞宗・妙壽寺に向かいます。
ボクの檀那寺でもあります。

妙壽寺は
郷土史を見直す浦江塾が
毎月(1月、8月以外)第一土曜に開かれています。
大阪民俗学研究会のメンバーも
ここで発表しています。


その妙壽寺の檀信徒合同墓壇には
「蓮泉」と刻まれた香炉があります。


写真図1 妙壽寺の檀信徒合同墓壇



昔、蓮池があったのです。

蓮料理で名高かった料亭「冨竹」の
冨さん竹さんご夫婦のお墓があります。

「冨竹」は妙壽寺の東隣に平成10年頃まで
営業していましたが、
現在、その場所には
ファミール福島というマンションが建っています。
冨竹の池をめぐる回遊式庭園は
地元の人からは、まるで郊外にでも
出かけたかのようだったと聞かされています。


ガードをくぐり抜けますと北区です。
大淀南です。
昭和18年までは、福島区鷺洲と同じ浦江村でした。
だから鷺洲の氏神は浦江八坂神社で、
ボクとこの氏神さんでした。
このあたり、思い出話を交えながらガイドをします。


浦江八坂神社本殿の左手に
「大阪タワー」という朝日放送のテレビ塔が
見えていました。
その塔は2009年頃からハット工法という
ダルマ落としのような方法で取り壊されました。
毎週土曜日、実家に帰るたびに
背が縮む大阪タワーを見て
切ない思いがしました。
ボクが市岡高校の2年の時、
たしかビートルズがやってきた1966年に出来、
友だちと登ったことのある塔だけに・・・。


コースは大仁八坂神社を経て
大仁新道を渡り東に向かいます。
ゴールのスカイビルが
すぐそこに見えています。


写真図2 新梅田シティ「スカイビル」



スカイビルの建つ新梅田シティには
スカイビルの景観もさることながら
不思議な現代景観がいくつか見られます。
その一つが「中自然の森」です。


写真図3 新梅田シティ「中自然の森」




〈現代の鎮守の森〉とも銘打たれております。
まるで渓谷にでも
足を踏み入れたかの感がします。


さらに「滝見小路」と称する地下の食堂街の
昭和レトロの雰囲気は、ケレン味なく融けこめます。


写真図4 新梅田シティ「滝見小路」




浦江・大仁コースのゴールは
ほんとは、ここでグイッと一杯とゆきたいところですね。


このコースも魅力は、ひなびた浦江から
一気に新梅田シティまで
タイムスリップすることです。


写真図5 コースマップ






お申し込みは
大阪あそ歩事務局まで
お早めに
↓ここをクリック
https://www.osaka-asobo.jp/


究会代表 田野 登

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昨日、「雨でも歩きます」と
宣言しました
「福島区魅力再発見ウォッチング」ですが、
雨天により延期します。
日程は5月18日(日)に変更します。


雨の中、「水災伝承地」を訪ねるのもまた
よいかという
意見もあるようですが、
参加者の安全を優先しました。
高齢者の方をはじめ
雨天時には危険がともないます。

捲土重来を期して
良い気象条件で実施することにしました。

昨日アップのブログも書き換えました。

そこで前回、積み残しました
「尼之火」の伝承を記すことにします。

仏法伝来にまつわる伝承が
『摂陽群談』中の「尼ヶ淵」記事でありました。
尼さん3人を池に沈めたがために
「絶法田」となった云う話でした。
これは、水を被る田圃、
「流れ作」の伝承であって、
池に沈められた尼による祟りを想像させます。

この地には「尼ヶ火」の伝承も記述されています。

大阪府立中之島図書館所蔵『摂陽群談』の
本件関連個所を示します。
大阪府立中之島図書館許可


写真図  『摂陽群談』第十七雑類 「尼ヶ火」関連個所




次のように記述されています。
●*同郡海老江村尼之淵より出て、
 野辺に巡る火魂也。
 多は雨夜に出、
 一説山伏火とも云へり。
 尼之淵の所伝、池の部に詳なり。*同郡:西成郡


雨夜に人魂が飛びかっているのです。
この記事の前には「浜火」
後には「主馬火」が記されています。
いずれも雨夜に出現します。
前者は浜村(現在の北区南浜)の墓所、
後者は木津村に出る火です。
いずれも怨念を抱いて死した者の
為業を思わせる記事です。

魑魅魍魎の世界が創出されています。

そのような文脈のもとで読みますと
尼ヶ火が出る尼之淵に出るのも
亡霊の祟りでありましょう。

今度、歩いてみて皆さんは
驚かれることでしょう。
今では池が埋められ
人家が建て込む町内です。
池の名残は、路地を線として
たどってみてはじめて
池の形が見えてくるような場所です。


海老江にはまだまだ、
興味深い水辺の伝承があります。
現地でお話しすることにします。


5月18日(日)1時
阪神野田駅前藤棚の下でお会いしましょう。
お申し込みがまだの方は
  ↓ここをクリック
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究会代表 田野 登

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海老江・鷺洲コース集合場所を訂正しました。2014/05/01

5月5日(休)は大阪あそ歩で海老江・鷺洲を歩きます。
昨日、のだふじ祭りの後、
阪俗研メンバーと3人で下見をしてきました。


最初のスポットの石畳路地は
変わりつつあります。
いつまでも落ち着いた雰囲気は
残ってほしいものです。
静かに通りぬけることにします。
福島区の花・野田藤を
鉢植えされていたりする趣のある路地です。


海老江八坂神社で
若者を指導する方たちと出会いました。
「北之町」の太鼓の仲間たちです。
夏祭りの稽古に集まっているのです。


写真図1 海老江八坂神社境内





境内の奥の方では何やら
10人ほどで車座になって宴かな?
ダンジリの準備にかかっているのです。

お宮さんの塀にあったポスターをご覧下さい。


写真図2 ダンジリ練習のポスター




やはりダンジリ巡幸は
民俗です。
祭りのその場で即興で
できるものではありません。
囃子方など、
伝承されてきたワザを若い世代に
伝えるには、毎月1回は集まって
稽古をしていると聴きました。


虫籠窓の家など
手入れもされていて
風格があります。


写真図3 虫籠窓の家




海老江のマチも昔ながらの民家が
マンションに建て代わっていたりします。
今のうちに見ておきたいものです。

大きなクスノキが立っています。
注連縄がめぐらされています。

写真図4 クスノキ




大阪駅から2駅先に
かつての農村を偲ばせる風景が
ここかしこに残っているのが
海老江の魅力です。

海老江の交差点を東に
かつての浦江。現在の鷺洲です。

母校の鷺洲小学校を左手に

ボクは歌います。
「淀の流れを汲み分けて
 水の通い路いと繁く
 煙は高く空を覆いて・・・」

水の都大阪も、このあたりの近代は
煙の都を謳歌する工場街に変貌していました。


やがて聖天通り商店街に入ります。
この商店街の半途、聖天さん(了徳院)境内を
覗きますと
こんな不思議なシーンが見られます。


写真図5 了徳院境内




キタの繁華街、梅田まですぐの場所です。
それであって、ひなびた趣が醸され
香煙が絶えません。
このお寺は、戦前、堂島の相場師、
曾根崎の綺麗どころのお参りで
賑わっていたと聞きます。


聖天さんは
芭蕉「杜若塚」の建立されたカキツバタや
フジの名所でもありました。


5月5日には藤の花が
咲き揃っていてほしいものです。

聖天さんは、ボクの子どもの頃の
遊び場所でもありました。
それだけに話すことにタネは尽きません。


お帰りの「売れても占い商店街」が
「なにわの伝統野菜ミュージアム」で
ヒットしています。
こちらは福島聖天通り商店街ということで
「福島」が頭につく聖天通りです。


写真図6 コースマップ




注意:集合・出発は阪神野田駅ではありません。


5月5日 1時
阪神野田駅改札を出発します。

お申し込みは

お急ぎで

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究会代表 田野 登




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