晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

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「大阪って新田の街?」
と思わせるようなのが、
『大阪春秋』最新号167号
特集「新田開発と新田会所」です。
写真図1 表紙

じっさい大坂三郷を除き
その周辺部には、
町人請負新田が広がってました。
表紙写真は旧加賀屋新田会所の鳳鳴亭です。
新座敷が池水に映えます。

 

そもそもの新田発想の発端は、
小林義孝「巻頭随筆 平野屋新田会所新たな出発」にある、
忸怩たる思いであるようです。
2008年に主屋や表長屋門の遺構が
永遠に姿を消した…
この出来事が、今回の企画の出発点と窺えます。

 

藪田 貫「総論 大坂の新田開発と新田会所」の記事中に
近世都市大坂とその周辺が
幾筋もの河川に囲まれ、
まるで大小の島の集まりのように見えるとあります。
これらの島々を公儀の都市大坂の新田開発と見ます。
湾岸地帯を探索する者にとって、
まさに眼から鱗です。

 

八木 滋「加賀屋新田の歴史」は、
具体的に加賀屋甚兵衛という人物に即して
記述しています。

 

いっぽうで、
この特集の記事の多くは、
河内の新田の遺構に宛てられています。
井上伸一「新田会所の建造物 縄張り論的視点から」は
加賀屋新田会所の他、
鴻池新田、平野屋新田の会所の結構を論じていますように
今日、「新田会所」としての遺構は、
湾岸地帯ではなく、河内の旧農村地帯に残影が窺えます。

 

別所秀高「新喜多新田と上下の会所 国境をまたぐ新田経営」は、
外観が変更された主屋の古写真と現況を照合するなど、
戦後の農地解放が摂津・河内地域により
異なったことを挙げています。

 

湾岸地域の新田の遺構が
残存しなかったことについては、
島田克彦「大阪湾岸新田地帯の近代 阪神工業地帯形成の底流」が
近代大阪の経済発展と絡めて明察しております。

 

新田開発から大阪を見る視点は、
端緒についたばかりです。
新田には、
会所があって、鎮守社が鎮座する。
新田地帯の神社を探る際、
新田の鎮守社ではないかと
まず、見当をつけることが肝要であることを
「新田のまち 市岡」寄稿に際して
気づかせられました。

 

この間の経緯について、
詳しくは、シンポジウムで語られることでしょう。
写真図2 「新田会所のすべて、再発見」シンポ

日時 2017年8月6日(日) 午後1時半~4時半
場所 大東市立生涯学習センター
   「アクロス」4階多目的室

多数の方々のご来場を期待します。

 

究会代表 
『大阪春秋』編集委員
           田野 登

 

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昨日7月19日、大阪も梅雨明けとか、
いよいよ天神祭も近づき、
大阪も夏本番ですが、
一足先の
「中之島連合振興町会並びに
中之島の精霊流し実行委員会」主催の
「中之島の精霊流し」のポスターが届いております。


写真図 「中之島の精霊流し」のポスター

実は、ボクも実行委員の一人でして
以下のメールが配信されております。

◇中之島の精霊流し
 中之島で永く続けられてきた、
 故人の霊をお供え物と一緒に送る

 お盆の伝統行事・精霊流し。
 一時期、中断されていた舟に乗せ
 川へと流す精霊舟が今年から復活。
 お盆のお供え物を持ち寄って、どなたでも参加可能。
 また、ロウソク(有料)を灯す燭台も川辺に用意。
 (8/8(火)には関連 トークイベントもあり。)
  8/15日(火)16:30頃~20:30頃/
 中之島バンクス東端、玉江橋南詰(中之島駅)/
 参加無料、ロウソク有料/
 
以下、田野による書き込み。
毎年、8月15日、夕方、
ボクは福島区鷺洲の実家での
お盆の先祖祭りを終え、
門口で送り火を焚いて
お下げしたお供え物を携えて
玉江橋南詰まで「精霊流し」に出かけます。
蝋燭を点し、川面に合掌します。

 

ビル街の川面に
ともる精霊流しの明かり。
幻想的な雰囲気が漂います。
お盆の宵の「中之島の精霊流し」は、
川面に渡る風に
ちょっぴり秋の訪れを感じさせる
大阪の風物詩です。
イベント見物としてのご参加も歓迎します。

 

中之島連合振興町会は、
ご先祖さんを、お送りする伝統行事の火を
ともし続けています。

 

今年は「精霊舟が今年から復活」とか…
ありがたいことでございます。
それに
前夜祭として8月8日(火)に
トークイベントがあります。
そこでは、ボクは
「かつて水辺に妖怪がいた?
 ―水都大阪中之島あたりの話」を
お話しします。

トークイベントのご案内は
 後日にまわします。
お楽しみに!

 

究会代表 田野 登

 

 

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今週土曜日、2017年7月22日、
西淀川図書館で
「島洲の街・大阪」の
「西淀川区版」を講演します。

写真図1 チラシ

今回、田蓑の島伝承地の佃をはじめ、
室戸台風で社が流された、
中島の布屋町の現在などなどを
踏査してきました。

 

「島洲の街・大阪」の
「西淀川区版」を制作中です。

写真図2 「島洲の街・大阪―西淀川区版」表紙

島洲の連なりとして
大阪の街を見れば
今日、課題、山積の「大阪」の
“DNA”が検出されるかも?

定員は50名です。
ご来場をお待ちしております。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
           田野 登

 

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先日、大阪城南女子短大での公開講座のご案内
(「リビング大阪」2017/07/08号掲載)が
届きました。

写真図1 大阪城南女子短大での公開講座のご案内

 

締切は、7月28日(金)です。
「申込・問 ハガキ・FAXにてご応募下さい」とあります。

     ↓ここをクリック
http://www.jonan.jp/tandai/area/area_2/20170621.html


ボクは8月22日(火)に話します。
公開講座の講師は今年で6年目です。

写真図2 「大阪のお地蔵さんの世界」表紙

  ↓ここをクリック
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12271579204.html
《城南短大で「大阪のお地蔵さんの世界」
 2017-05-04 16:41:24》 

『大阪のお地蔵さん』(1994年渓水社)が出版されて
はや20年を超えました。

 

大阪のお地蔵さんの歴史、
賽の河原の物語、
祈願内容の分類などなど、
PowerPoint版で
2時間たっぷり話します。

大阪には個性的なお地蔵さんが
たくさん祀られています。

 

調査実況は、
平成版 大阪地蔵11箇所
①【アジア人に霊験あらたか船場の油掛地蔵

 :中央区南船場・油掛地蔵尊】
②【冥土の門のお地蔵さん:北区豊崎・道引地蔵尊】
③【夜泣き地蔵と笑い地蔵:淀川区東三国・大願寺笑い地蔵尊】
④【井路端の酒浴び地蔵:旭区千林・朝日地蔵尊】
⑤【鶴橋のチョゴリ地蔵さん:東成区東小橋・子安親善地蔵尊】
⑥【朱雀大路脇の北向地蔵さん:天王寺区細工谷・北向地蔵尊】
⑦【弘法井戸のお地蔵さん:天王寺区堀越町・清水地蔵尊】
⑧【環濠都市のお地蔵さん:平野区平野東・田畑口地蔵尊】
⑨【六道の辻のお地蔵さん:住吉区東粉浜・閻魔地蔵尊】
⑩【ウチナーンチュのお地蔵さん:大正区千島・風切り地蔵尊】
⑪【「煙の都」のお地蔵さん:西淀川区百島・延命地蔵尊】

 

さて、今回は、いずこの地蔵さんを再訪しようか?
思案しているところです。

 

究会代表 田野 登

 

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今日2017年7月13日、午前、
大阪市立川北小学校を再訪しました。
絵図「昭和九年室戸台風前の中島町略図」を
再見するためです。

 

先だって、五社神社(西淀川区中島1)を訪ねました。
まず、絵図にあった「青年会市場」奉納常夜燈の
年月日を確かめました。
写真図1 「青年会市場」奉納常夜燈

 

写真図2 「青年会市場」奉納常夜燈

 

「昭和四年十月建之」とありました。
やはり、中島町が農村として、
繁盛していた昭和初期の時代でした。
このあと、宮司さんにお目にかかり、
ボクの研究テーマを
「神崎川デルタ地帯の暮らしの変化
 ―小学校記念誌を軸に―」あたりにしようかなと告げ、
川北小学校に向かいました。

 

写真図3 大阪市立川北小学校

早速、額の掛かる校長室に通していただき、
再見の目的は、西島に架かる橋の名の確認と
布屋の三社神社の再撮影にある旨を
校長先生に告げました。

気さくに校長先生は
ご自身、絵図を撮影してくださいました。
写真図4 絵図の「西島に架かる橋の名」の箇所
     栄西校長先生撮影

 

いま、画像を読みますと、やっぱり「中島橋」でした。
この絵図では、佃に架かるのも「中島橋」で、
二つの「中島橋」を表記してあることを確認しました。

次の「布屋の三社神社」の撮影もお願いしました。

 

写真図5 絵図の「布屋の三社神社」

画像を解析しますと、
中島との境の水路の南、
布屋新田の北東の一画に、
神社と集落が描かれています。
東から木立、拝殿、鳥居が表示されています。


拝殿、鳥居の向きは西向きで、
集落、田畑に向いています。
この絵図の作成者が、
中島の五社神社宮司の沼本湊氏であることから、
境内配置は正確な描写でしょう。

「人家」が西に連なり、
その外には田畑が描かれています。
会所の有無は確認出来ませんが、
三社神社は、布屋新田の鎮守社であると
図像面でも確認されます。

 

校長先生に正門までお見送りしていただき、
川北小学校を発ちました。

城島小橋から北方、川北小学校を撮りました。

 

写真図6 城島小橋からの川北小学校

 

視線の高さから
防潮堤の高さを想像していただけますか?
家屋は、平成7(1995)年1月の
神戸淡路大震災後に建て替えられたと聞きます。

角度を変えて、東方の神崎川左岸(南岸)を撮りました。

 

写真図7 城島小橋からの神崎川左岸(南岸)

中央に西島水門、右手下流(南)に
昭和44(1969)年に現校舎に移転する前の場所、
現在の中山鋼業の敷地が見えます。

この後、
出来島駅から阪神西大阪線で帰りました。

 

究会代表 田野 登

 

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