シドニーの歴史をひもとくと、19世紀はゴールドラッシュで一攫千金を狙って山っ気のある人間がたくさん集まり、1930年代には当時の土木技術では世界一の称号を得たシドニーハーバーブリッジを竣工させたらしい。
現代にはいり、1970年代にはシドニーオペラハウスで景気をつけてサーキュラーキーに観光開発を成功させて、1980年代後半には工場・倉庫街だったダーリングハーバーの再開発、2000年のシドニーオリンピックと、たしかに一定の間隔でイベント性の高い情報発信を世界にしているようですね。そろそろ次の目玉が出てくる時期かなと思いますが、何を準備しているのでしょうか。
今回はシドニーのウォーターフロント開発の今の様子を見てきました。
まずはサーキュラーキー。高架の駅のプラットフォームに降りると吹き抜けの窓越しに海が広がっていて、空港からやっと海の見える駅に着いたのが実感できました。
駅舎を出ると左手に10万トンクラスの巨大なクルーズ船が停泊している。その先にはシドニーハーバーブリッジが。そして右側に歩いていくと二百メートルくらいで見えました、シドニーの顔オペラハウス。
十年以上をかけて丹念に作ったオペラハウスはどこからみてもデザインがカッコよく、貝の形の屋根は太陽を浴びてタイルがキラキラ輝いていました。中はいくつもの劇場が収容されていて、文化活動が盛んなようです。
オペラハウスからサーキュラーキー駅をふり返ると、駅の後ろには世界的なブランドのホテルの高層ビルが林立していました。シドニー観光は、サーキュラーキーにあるホテルでシドニー湾を望む部屋を取るのが定番でしょう。
もう一つのシンボル、シドニーハーバーブリッジ
サーキュラーキーのホテル群
次はシティレイルを数駅進んでダーリングハーバーへ。ここでは高層のホテル、ヨットハーバー、博物館、エリマキトカゲやコアラがみられる施設などがあります。サーキュラーキーと比べると地味ですね。
実は1980年代にこの地を再開発する時に、目玉施設として巨大なカジノホテルとスタイリッシュなシドニーモノレールを計画していたのですが、カジノは結局作れずに、モノレールも経営が難しくて3年前に廃業になりました。構想通りに再開発できなかったので、今一感が出ているようです。
東京湾がウォーターフロント開発で盛り上がっていた時と再発の時期が重なったので、東京湾の開発のための知恵を学ぼうと関係者はこぞってシドニー詣でをしてモノレールに乗って喜んでいたものでした。その頃の熱気を考えると、意外に地味なまちづくりで終わったなという感じがしました。
ダーリングハーバーではエリマキトカゲのお出迎え
シドニーモノレールのモダンな駅舎跡
シドニーの都心はコンパクトでどこも歩きやすく、その拠点間は乗りやすく低運賃に設定された都市鉄道が支えています。そして都市のランドスケープは海を巧みに取り入れている。だから今日の視点でも素敵だと思いました。