昨日は5人揃った家族で、てくてく琴平神社へ初詣に行ってきました。
看板に「10日詣りの金比羅様」と書いてあるのが、いつも気になりつつスルーしてましたが。
琴平神社は10日に詣でるのが霊験あらたかなんだそう。
何が違うんだろ❓
次の10日にも参拝してみる事にします
帰り道、子どもらは騒いで先に走っていき。
後ろからついてくる夫が携帯でカシャカシャ写真を撮る音が。
「あら。私の後ろ姿にグッときちゃったのかしら❓」
「家族の思い出として、携帯画面に設定するつもり…❓」
悪い気はしないので、良い被写体になろうと姿勢を正し。
ニュアンス漂う横顔もあげましょうかと、ゆっくり振り向いたりして✨
そうしたら。
「今度、うちの会社で農村エロ本作るんだよね~~。田舎っぽい風景探しててさ」(←雑誌編集者)と、よそんちの庭に積まれた薪を撮ったり、吊られた干し柿撮ったりしてた
「団地妻の企画もあるんだよね~~、おっ、イイさびれ具合」と、団地も激写。
ガックシ………
イメージ写真かよ~~⁉️
モデル気分…恥ずかしい
私の一瞬の艶めきを、返せ‼️
農村だとか団地だとか、つくづく昭和テイストが好きな男です。
昭和と言えば。
夜は子どもを夫に任せ1人「この世界の片隅に」を観に行きました。
戦時中の広島の話でした。
横で人が呆気なく死んで行く異常な日常で「普通」を持続する狂気。
柔らかい水彩画みたいな映像が、そのもろさを残酷に伝えていました。
私は原発避難の中、熊本震災に遭い。
ずっと緊張感あるサバイバル生活の中、更に被災した訳で。
震災の電気も水もない中で、ぶちん、と何かが切れるのを感じました。
「やってられん」と、頭がショートした。
で、福岡に逃げました。
映画を観て改めて
普通でいられるって、贅沢だし奇跡なんだと感じました。
普段はでも、普通以上の何かを求めている。
それってどんな欲求なんだろう。
普通に暮らせるだけで充分なはずなのに。
欲が深いって事?
だけど目標は高く持ちたい。
……なんだか複雑な気分でした。
元に戻ったら、さっさと忘れちゃう感覚です。
病気にならないと健康のありがたさに気付けないのと同じで。
苦がなかったら楽が見えないのですね。
ひとまず、今の日常はありがたい形なのです。
うちにとって夫のいる今は、非日常の幸せですが
なんだか、締まらない文章になってしまいましたが。
そんな時もあります。
だって、人間だもの。 みつを。
←←コレ、最後に付けると何でも「納得した気分」に落ち着くから、便利ですよ~
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