「人気者で行こう」をめぐって―平野武蔵VS舘ひろ子 3rd Edition (7)の続き

地球温暖化に対する自然からの報復がどのようなものであるかなど、所詮、人智の及ぶところではない。

「想定外」という言葉をよく耳にするが、僭越と言うほかない。
一体、我々人間ごときの脳みそで何を想定できるというのか。
永久凍土の融解、海面上昇、洪水、干ばつ、巨大台風の頻発、疫病の流行・・・。

これらを我々はあらかじめ想定していたというのか。ただ事後的に分析しただけではないのか。
想定内だった言うのなら、にもかかわらず地球温暖化を加速させていたのだとしたら、人間はますます僭越な生き物というほかない。
それはさておき、地球温暖化の結果、妖怪が可視化されると予測した者は果たしていただろうか。

武蔵とひろ子の対談もいよいよ大作「kamakura」へと突入する。

 


武蔵はあらかじめ用意しておいた、「kamakura」並にバラエティに富むアルコールで、間もなく帰ろうとするひろ子を引き留めることに成功した。
しかし、彼がひろ子を引き留めたのは下心からだけではない。
「kamakura」対談のためにスペシャルゲストを招いていたからでもある。

ひろ子 「スペシャルゲスト?」

武蔵 「ああ、もうすぐ来ると思うよ」

ひろ子 「オジさんじゃないでしょうね」

武蔵 「おじいさんと子供と女だよ」

ひろ子 「何なのその組み合わせ。怪しすぎる・・・」

武蔵 「怪しいよ。怪しさで言ったら友達犯禽にも負けないね」

ひろ子 「一体誰なのよ」

武蔵 「来てのお楽しみ」
と言ってるそばから、こんばんわ~、とリビングの壁を通り抜けて「子泣き爺」が入ってきた。

「ギャアアアアアッ!」
ひろ子は驚きのあまり「キャッ!」に濁点が付き、飲んでいたカクテルを武蔵の顔にぶちまけてしまった。

「冷でえっ!」
武蔵は顔から甘くベトつくカクテルを汗のように垂らしながら、

「落ち着けよ。ただの子泣き爺だよ」

「ただの子泣き爺じゃないわよ! 何で子泣き爺が来るのよ! ていうか何でいるのよ! 妖怪でしょ! 実在しちゃまずいでしょ!」

武蔵 「実在するんだよ」

さらに「座敷童子」がやはり壁を通り抜けて入ってきた。

ひろ子 「ひでぶっ!!」
経絡秘孔を突かれたわけでもないのに、ひろ子は尻もちをついた。

ひろ子 「あなたは誰よ!」

座敷童子 「座敷童子です。初めまして」

ひろ子 「初めましてじゃないわよ! 初めましてに決まってるでしょ! ていうか初めましてもありえないでしょ! 一体何なのよ、これ!」

座敷童子 「武蔵さんに招待されました」

そして、最後のゲストが入ってくる。

ひろ子 「河童!」

「こんばんは」

ひろ子 「髪が長い! Long-haired Quappa!」

「女のカッパです。初めまして」

武蔵 「皆さん、ようこそ。まあ、ビールでも飲んでよ」

ひろ子 「ちょっと待ってよ! ビールでもじゃないわよ! 失礼を承知で言うけど、何で妖怪たちがここにいるのよ!」

武蔵 「これも地球温暖化の影響だよ」

ひろ子 「何よそれ! 答えになってないわよ!」

武蔵 「地球温暖化の結果、妖怪たちが目に見えるようになったってわけさ。妖怪ってのはね、我々人間のそばにいつもいたの。ただ目に見えなかっただけなの。それが地球温暖化の影響で、見えるようになったの。どうしてかってのは俺はわかんないよ。それを説明するのは科学者の仕事だからね」

ひろ子 「まあいいわ。ここまで来たらとことん付き合おうじゃないの。妖怪と音楽の話するなんて考えてみたらなかなかできない経験だもの」

座敷童子 「あの、すみません」

武蔵 「何?」

座敷童子 「僕、未成年なんでビール飲めないんです」

武蔵 「コーラならあるよ」

女のカッパ 「キュウリはありますか」

武蔵 「あるよ。もろきゅうにでもする?」

女のカッパ 「もろきゅうは大好物です」

そんなわけで、数が多すぎてソファに座りきれないので、全員が床に腰を下ろし円陣を組んで「kamakura」対談が始まった。

座敷童子 「このジャケットの抽象画は「kamakura」の雑多なイメージを表現していると思います。と同時に抽象画を採用したのは、ジャケットの画像によって生まれるであろう、あらゆる固定観念を排除しようとする試みでもあったと思います。ビートルズの「ホワイトアルバム」はまさに真っ白なジャケットを採用したことで、アルバムに対する具体的なイメージをリスナーに抱かせることはなかった。4人の個性の寄せ集めであったあのアルバムにとって、これ以上のジャケットはなかったわけです。「ホワイトアルバム」を狙った「kamakura」は白いキャンパスの代わりに抽象画を用いることで同じような効果を期待したんだと思います」

ひろ子 「あなた子供なのに立派な洞察力を持ってるのねえ。さすが妖怪の子は一味違うわ」

女のカッパ 「でも、このジャケット、魑魅魍魎や戦で死んだ兵の魂が跋扈する古都鎌倉の雰囲気をよく表していると思うけど」

子泣き爺 「アルバム「kamakura」の多様性と、固定観念を排除する抽象性を表現しつつ、古の鎌倉をも想起させる。まさに名盤にふさわしい名ジャケットじゃ」

座敷童子 「タイトルに関して言えば「kamakura」とアルファベットで表記することにより和と洋の融合を表現したのはもちろんのこと、NipponでもTokyoでもなく日本のトラディショナルな都市「鎌倉」を「kamakura」と書きアルバムのタイトルに附すことで、日本代表として世界と勝負しようという意気込みも感じられます」

女のカッパ 「そうね古都鎌倉をデジタルという絵具で描き「kamakura」のタイトルを附すのは日本のバンドにしかできないことよね。エイティーズの日本の音楽はビバリーヒルズをデジタルで描くようなモノマネが横行したけど、桑田さんはコロッケではないことの証明だわ」

子泣き爺 「桑田さんの曲をパクリなどという浅はかな奴はいないと思うが、もしいたらワシがとりついてやる」

武蔵 「妖怪の間でもサザンは人気あるの?」

子泣き爺 「それはもう、妖怪界でもサザンは一番人気ですじゃ」

ひろ子「ねえ、「私の好きな「kamakura」の曲ベスト3」やりましょうよ」

武蔵 「俺、まだしゃべってないよ」

ひろ子 「あなたはブログにだらだら書いたでしょ。それに、必要なことは妖怪さんたちが全部言ってくれたわ。さ、紙とペンみんなに渡して」

武蔵は子羊のように従い、紙とペンをそれぞれに配った。
ひろ子は曲名が書かれた「kamakura」の裏ジャケを円陣の中央に置いた。

ひろ子 「まず、紙を3等分に切って。それから、この中から好きな曲、3曲選んでそれぞれの紙に書いて」

参加者は言われた通り、黙々と作業を始める。

武蔵 「シングルは入れてもいいの?」

ひろ子 「もちろん」

武蔵は迷った。「顔」が好きだが「欲しくて欲しくてたまらない」も捨てがたかった。言うまでもないが、音楽フリークにとってこれは簡単な作業ではない。アイデンティティに関わる問題と言っても過言ではない。こんな企画は邪道だ。エアロスミスのスティーヴン・タイラーは好きな曲ベスト10など10分毎に変わると言っていた。しかし、こういうのはたまにやると楽しい。
10分後。参加者全員が決心を固めた。

ひろ子 「ではナンバー3から。全員一斉に紙を投げて」

全員がナンバー3を書いた紙片を投げる。

座敷童子 「欲しくて欲しくてたまらない」
女のカッパ 「Bye Bye My Love」
子泣き爺 「悲しみはメリーゴーランド」
ひろ子 「Long-haired Lady」
武蔵 「顔」

ひろ子 「はい、では座敷童子くんから。どうして「欲しくて~」を選んだの?」

座敷童子 「欲しくて欲しくてたまらないという渇望が見事に表現されていると思います。最後のJazzyなアレンジもアーティステイックだし。性的欲求という人間にとって根源的な欲望をクールな衣装で包む。そんなことできるのサザン以外にいないと思います」

ひろ子 「妖怪なのに人間の性的欲求に理解を示すなんて大したもんねえ。はい、では次、女のカッパさんは「Bye Bye My Love」を選ばれた」

女のカッパ 「私、この曲を聴くとどうしても昔の恋を想い出してしまうの。人間との道に外れた恋を・・・。でも、結局は「Bye Bye My Love」しなければならなかったのよ・・・」

ひろ子 「そうなの・・・。では子泣き爺さん「悲しみはメリーゴーランド」を選んだ理由は?」

子泣き爺 「この曲の雰囲気がどこかわしの子供の頃を思い出させるんじゃ。何か懐かしい気がしてしまうんじゃ」

ひろ子 「私は「Long-haired」の全てが好きなの。歌詞、前奏、桑田さんの一人輪唱、アレンジ・・・素敵な男と危険な恋をしてみたい、そう思わせる曲なのよね。はい、では次、ベスト2」

武蔵 「俺、まだだけど」

ひろ子 「あなたはブログ読んでもらいなさいよ。はい、次」

全員が紙を投げる。

座敷童子 「Melody(メロディ)」
女のカッパ 「Long-haired Lady」
子泣き爺 「Bye Bye My Love」」
ひろ子 「Melody(メロディ)」
武蔵 「Melody(メロディ)」

ひろ子 「けっこうかぶったわね。では、座敷童子くんの「Melody(メロディ)」から」

座敷童子 「作曲家桑田佳祐のうまさが光る曲だと思います。緩やかに流れるメロディながらコードの組み合わせの妙で凡庸に堕するのを免れている。真似できそうで真似できません」

ひろ子 「その通りね。この曲ってどれくらい評価されているのかしら。私にとっては「真夏の果実」級の名曲だと思ってるんだけど」

座敷童子 「僕もそう思います」

ひろ子 「では、女のカッパさん「Long-haired Lady」」

女のカッパ 「「Long-haired Lady」は多分、私のことだと思う・・・」

ひろ子 「そ、それは、どうかしら・・・では、子泣き爺さん「Bye Bye My Love」」

子泣き爺 「この曲を聴くと昔の恋を思い出してしまうんじゃ。あれは、もう何年前のことじゃろう・・・」
そう言って子泣き爺は涙ぐみそうになった。

ひろ子「人に歴史あり、ね」
とだけひろ子はコメントし、場の雰囲気を変える必要があると思い、次へ進んだ。

武蔵 「俺は?」

ひろ子 「ブログね。ではいよいよベスト1の発表です! 最後は、順番に紙を投げましょう。では、座敷童子くんから」

座敷童子 「Bye Bye My Love」

ひろ子 「なるほど。妥当な順位かなって私は思うけど」

座敷童子 「個人的にこの曲はサザンの最高傑作だと思っています。人間界も妖怪界もひれ伏すユニバーサルな名曲でしょう」

ひろ子 「実は、私も同じなのよね」

と言ってひろ子が「Bye Bye My Love」と書かれた紙を投げた。

ひろ子 「私は幻想的な歌詞が好き。それがこの曲を特別なものにしてると思う。もし、歌詞がもっとリアリスティックなものだったら、この曲の傑作度は目減りしたと思う。はい、では次、女のカッパさん」

女のカッパ 「女のカッパ」

ひろ子 「あ、あの、女のカッパさん。それ、「人気者で行こう」の曲なんですけど」

女のカッパ 「でも、私、これを選ばずにはいられなかったの」

ひろ子 「そうよね。だってまさにあなたの歌だものね。気持ちは分かるわ。では、子泣き爺さん、どうぞ」

子泣き爺 「顔」

子泣き爺 「この曲を聴くと・・・」

ひろ子 「昔を思い出すの?」

子泣き爺 「どうして、分かったんじゃ・・・その通りなんじゃ。何せこの見てくれじゃ。子供の頃、「顔」がヘンだとからかわれては、泉に映る自分の顔を見ながら「頼りなくホホに手をそえ 本気で落ち込」み「こんな惨めな思いは誰のせい」だと自問し続けた憐れな自分を思い出すのじゃ」
そう言って、子泣き爺はまるで赤子のような声でしくしくと泣き始めた。

ひろ子 「泣き上戸なのかしら。子泣き爺さん、元気出して」

武蔵 「子泣き爺が笑い上戸だったらアイデンティティ・クライシスだな」

子泣き爺 「武蔵さん。酒をくれ」

武蔵はグラスに日本酒をなみなみと注ぎ、子泣き爺の前に置いた。子泣き爺は一息でそれを飲み干した。

武蔵 「じゃあ、次は俺の番かな」

ひろ子 「「Bye Bye My Love」でしょ」

武蔵 「何で分かったんだ」

ひろ子 「科学者にでも聞いてみて」

このあと、「kamakura」と「もろきゅう」とセブンイレブン「カリカリトリプルチーズ」を酒の肴にひとしきり盛り上がった後で、妖怪たちは帰っていった。
女のカッパは帰り際に、次回はオイキムチを、とリクエストを残していった。

ひろ子 「あの妖怪さんたちどこから来てるの?」

武蔵 「座敷童子は岩手、子泣き爺は徳島、女のカッパは鎌倉からだよ」

ひろ子 「みんなどうやって帰ったのよ」

武蔵 「さあね。まあ妖怪だから、どうにでもなるんだろう」

ひろ子 「一体、どうやって彼らを誘ったのよ」

武蔵 「Facebookで」

ひろ子 「つまらない冗談ね」

ひろ子は、武蔵の家に来てからずっと飲み続けているが、表情からは酔っているのかいないのか分からなかった。多分、それほど酔ってはいないのだろう。

ひろ子 「ねえ、もう帰れなくなっちゃった。今夜、泊めてよね」

 

(つづく)

 

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