東京都交響楽団第802回 定期演奏会Bシリーズをサントリーホールにて。
指揮/エリアフ・インバル
語り/ジュディス・ピサール、リア・ピサール *
ソプラノ/パヴラ・ヴィコパロヴァー *
合唱/二期会合唱団 *
児童合唱/東京少年少女合唱隊 *

ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム op.20
バーンスタイン:交響曲第3番《カディッシュ》 * (1963)(日本語字幕付き)

なんという私好みの素晴らしいプログラムだろう!しかしその2曲のなかでも今回最大の聞きものは、インバルがそのリハーサルにも立ち会ったという、バーンスタインのカディッシュである。

私はこの曲、バーンスタイン/イスラエル・フィルによる自作自演(DG UCCG-90518)で馴染んでいるのだが、今回インバルが演奏したのは、語りの部分をバーンスタイン自身が書いたオリジナル版ではなく、バーンスタインの友人であり、ホロコーストの生き残りであり、ジョン・F・ケネディ大統領補佐官であったサミュエル・ピサール(1929~2015)によって書かれた版。
ピサールはバーンスタインからカディッシュの朗読テキストを書くように勧められたがそのときは断った。しかしピサールはバーンスタインの死後執筆を開始し、9.11のテロを契機に執筆が進んだということらしい。
バーンスタインのオリジナルのテキストは、神を罵倒したり糾弾したりする内容が続くので、学生時代、こんなことを言っていいのだろうかと無宗教者ながら驚いた記憶がある。実際、バーンスタインのこのテキストは(どういう理由によるのかわからないが)かなり批判されたらしい。しかしバーンスタイン版の最後のテキスト、”Recreate, recreate each other! Suffer, and recreate each other!” の部分の音楽の神々しさとテキストの迫力は耳に焼き付いて離れない。

今回のテキストを書いたサミュエル・ピサールはアウシュヴィッツからの帰還者であり、「絶滅収容所で危うくガス室に放り込まれるところを、近くに転がっていたバケツを拾って持ち、ガス室の死体の片付けにきた掃除夫のふりをして辛くも虐殺を免れた」(等松春夫氏のエッセイより)。
今回のテキストは、そうした時代の回想とともに、いつになっても絶えることのない戦争、殺戮、テロに対する警告が含まれている。

本公演の朗読はピサールの2番目の妻でバーンスタインの友人であったジュディスと、その娘リアによる。本公演、もともとサミュエル・ピサールが出演するはずだったのだが、彼が2015年に亡くなってしまったためいったん他の俳優が代役になったものの、ピサール版の朗読がピサールの遺族にしか認められないということで結局、妻と娘による朗読となった。
しかし、この音楽の語りは男性の方が絶対にふさわしいと思う。作曲者の娘ジェイミー・バーンスタインが語りを務めるこの曲の録音もあるが、やはり男性の語りがいい。そもそも、ピサールの体験なのであれば、なおのこと男性の声がいいと思う。
そして、語りはやはり上手い方がいい。プロの声優や俳優がやるべきだ。ピサールの遺族が語るというのも意味はあるのだろうが…正直、心に響くようなナレーションではなかった。

今回の東京公演用にテキストが追加されていた模様だが、目の悪い私には字幕が完全に読み取れなかったのが悔やまれる。テキストのなかに広島、長崎、弾道ミサイルが出てきたとのこと。
これとは別にポピュリストがどうこうというテキストもあった。これはトランプのことを言っているのではないかと私は思ったのだが、どうだろうか?個人的にはトランプがアメリカ大統領になるなどもってのほかだと思ってはいるが、今回の公演にあたってもしそのような政治的なメッセージがテキストに込められたのだとしたら、それはそれでちょっと嫌な感じがする。

話は逸れるが、サミュエル・ピサールはホロコーストからの生還後、アメリカでケネディ大統領補佐官になり、ノーベル平和賞にノミネートされるまでになった人物。日本でも、第二次世界大戦の特攻隊生存者は功成り名を遂げる方が多いが、これは無念のうちに死んで行った仲間のことを考えると、どんな辛いことでも苦にならない、ということのようだ。ホロコースト生還者もきっと同じで、サミュエル・ピサールも死にものぐるいで勉強して出世したに違いない。

今回のピサール版、演奏時間は55分。バーンスタインの自作自演の録音だと40分弱だからかなり長くなっている。言うまでもなく、ピサール版のテキストの方がバーンスタイン版より長いからだ。よってオケの伴奏もオリジナルから拡張されている。

前置きが長くなったが、今回のインバル都響の演奏、木管を中心にとても素晴らしい。作曲者の演奏に比べるとリズム処理はやや重めで切れは後退しているものの、音の密度が濃くかなりどっしりした印象を受ける。そして手拍子をとったり、最前列の歌手が一部指揮をしたりしながら、アラム語/ヘブライ語による歌詞を歌った二期会の合唱はかなりの水準である。東京少年少女合唱隊はいつもながら素晴らしい。
チェコ人のソプラノ、ヴィコパロヴァーは清冽な声で素晴らしいカディッシュ2を歌った。この部分の楽想は実に感動的である。指揮者としてよりも作曲家としての成功を望んでいたと言われるバーンスタインだが、彼が残した3つの交響曲はいずれも素晴らしいと私は思うし、なかでもこのカディッシュは3曲のなかでは最高傑作だろう。

さて、前半に演奏されたのはこれまた20世紀の傑作、シンフォニア・ダ・レクイエム。
ベンジャミン・ブリテン、私は彼を4大Bの一人、と言っていいくらいの天才だと思っているのだが、この曲も本当に感動的な音楽だ。良心的兵役忌避者であったブリテンは徹底した反戦主義者だった。それゆえ、英国を代表する大作曲家であるにもかかわらず彼はSirの称号を受けていない。
この日のインバルの演奏が実に感動的。こちらの演奏は、リズムの切れも良く前半だというのにかなりテンションの高い演奏だった。都響のレベルの高さが発揮された名演。

客席は都響にしてはノイズがやや多かったのが残念。そのうえ、前半も後半も途中退出者が散見されたのはなぜだろう。
来週は天才ピアニストクンウー・パイクを迎えてのモーツァルトとショスタコーヴィチ15番。こちらも期待大。