ディオティマ弦楽四重奏団の演奏会(2日連続)を、吉祥寺シアターにて。

 

第1日目

シェーンベルク:弦楽四重奏曲第3番

ブーレーズ:『弦楽四重奏のための書』より IIIa, IIIb, IIIc, V

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ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 op.131

 

第2日目

シェーンベルク:弦楽四重奏曲第4番

ブーレーズ:『弦楽四重奏のための書』より VI

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ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調 op.132

 

実は恥ずかしながら、私はディオディマ弦楽四重奏団という団体を今まで全く知らなかった。その上、彼らがどこの国のどのような団体なのか、全く知らないまま演奏会に臨んだのである。

しかし、1日目の1曲目、シェーンベルクの弦楽四重奏曲第3番の冒頭を聴いて驚愕してしまった…

シェーンベルクの弦楽四重奏曲が、これほどまでにたおやかで伸びやかに聞こえるとは!そのうえ、濃密で官能的な響きも持ち合わせているのだ。シェーンベルクの弦楽四重奏曲、CDで聴くとあまりに強烈で、正直ギスギスして聞こえてしまうことが多いものだが、彼らの明るめの音色は十二音技法の難解さを感じさせることがないのである。これはすごい体験だった。難解なシェーンベルクであるが、こういう演奏で聴くことができればもっと普及していくのではあるまいか。

 

彼ら4人はパリとリヨンで学んだということだが、息はぴったり合っているし、音色がとても均質でムラが全くないのである。そして、言うまでもないがあまりにも精緻なアンサンブル。

 

その精緻さはブーレーズの演奏で特に顕著である。難解なブーレーズの「書」、ついこの間、東京春音楽祭のポリーニ・プロジェクトでジャック四重奏団の演奏を聴いたばかり。何度聴いても難解な音楽であることは変わりないのであるが、ディオディマのような名手たちの演奏で聴くと、やはりブーレーズの音楽は知的ですごいということだけは確信できる。無数の音の断片が、きらきらと空中に浮遊して輝きを放つ。ディオディマが音価をとても大切にして演奏していることだけは実によくわかった。

 

2日とも後半はベートーヴェンの後期。もともとこのプログラムは、シェーンベルクが4番の四重奏曲を、自作4曲の弦楽四重奏曲とベートーヴェンの後期4作と組み合わせて発表したことにヒントを得ているらしい。ディオディマはこれに、ブーレーズの書を加えてプログラムを構成した。それにしてもシェーンベルク、ブーレーズ、ベートーヴェン後期と超難曲のオンパレードであるにもかかわらず、全く疲れを見せないのが彼らのすごいところだ。

 

東京春音楽祭のジャック四重奏団も、前半にブーレーズ、後半にベートーヴェンを持ってきていた。そのジャック四重奏団は、前半精緻なブーレーズを聴かせたのに対し後半のベートーヴェンが今一つで、ベートーヴェンはやはり大変に難しいのだということを逆に知らしめる結果となってしまったのだ。

http://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12150362445.html

http://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12151101182.html

 

今回のディオディマのベートーヴェン演奏、初日の14番はやや切り込みが浅く、ベートーヴェン後期の謹厳さがあまり感じられなかったのであるが、2日目に演奏された15番は、ベートーヴェン後期特有の陰影を強く感じさせる緊密な演奏であった。

 

ちなみに演奏会場の吉祥寺シアター、武蔵野市民文化会館が改修工事中のために選ばれた会場。音はデッドだが手に取るように音が聞こえるのはいい。聴衆は極めて意識が高い人ばかりだった。

 

ディオディマ、この後も演奏会は続いて、6日は第一生命ホール、その後は武生国際音楽祭に出演とのこと。

 

 

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サントリーホール30周年記念 国際作曲委嘱作品再演シリーズ

武満 徹の『ジェモー(双子座)』

タン・ドゥン~Takemitsu へのオマージュ <武満 徹没後20年>

 

指揮:タン・ドゥン、三ツ橋敬子

フルート:神田勇哉

オーボエ:荒川文吉

トロンボーン:ヨルゲン・ファン・ライエン

バス:スティーブン・ブライアント

東京フィルハーモニー交響楽団

 

武満徹: ジェモー(双子座)-オーボエ独奏、トロンボーン独奏、2つのオーケストラ、2人の指揮者のための(1971~86)〈サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ第1回委嘱作品〉

タン・ドゥン: オーケストラル・シアターⅡ:Re -2人の指揮者と分割されたオーケストラ、バス、聴衆のための(1993)〈サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ 第17回委嘱作品〉

武満徹: ウォーター・ドリーミング-フルートとオーケストラのための(1987)

タン・ドゥン: 3つの音符の交響詩(2010)

 

毎年夏恒例のサントリー音楽財団サマーフェスティバル公演。これだけ良質な現代音楽を、3,000円とか4,000円で聴けるという素晴らしい企画である。

 

今回の演奏会は武満徹(1930〜1996)の没後20年を迎えるにあたり、中国の現代作曲家タン・ドゥン(譚盾、1957〜)がオマージュとして構成したものである。タン・ドゥンの名前を知らない人でも、北京オリンピックの開会式や表彰式の音楽を担当したと聞けば、中国でどのくらいの位置付けにある作曲家なのかわかるであろう。

 

私は今までタン・ドゥンの音楽の良さがよくわからかったのだが、最近になってやっと彼の作品が面白いと感じられるようになってきた。ひとつ言えるのは——これは現代音楽全般に言えることであるが——この人の音楽はCDで聴いてもあまり良さが伝わって来ず、実演で接して初めて良さがわかる、ということである。

 

この日の後半最初に演奏された「オーケストラル・シアターⅡ」もそうした音楽。舞台中央の指揮台の上で指揮をするのは三ツ橋敬子。舞台右端で会場全体に向けて指揮をするのがタン・ドゥン。客席2階に数名の奏者が分散されて配置されている。タン・ドゥンはこれら会場の奏者と、オーケストラの指揮者と、そして聴衆を指揮する、という立場である。この曲、2ヶ所だけ聴衆が参加する部分がある。レの音をハミングするところと、「ホン・ミ・ラ・ガイ・ゴ」(タン・ドゥンによれば特段意味はない言葉)をリズミカルに唱える部分である。

演奏に先立ってタン・ドゥンが三ツ橋敬子の通訳で、武満さんの思い出や、この曲のコンセプト(聴衆も儀式の参加者である、といった話)について話し、そして聴衆の「リハーサル」を行った。しかしこの聴衆参加部分、突然始まるのでちょっと私には難しかった…

この音楽、確かに儀式のような趣があって、指揮者がアクションを起こしているのに何の音も出ないところなどまさに司祭の動きのようだ。タン・ドゥンの作品に多用される、オケのメンバーの発声もたくさんある。2階にいる奏者が発する鳥の鳴き声のような音がとても印象的だが、あれは木管楽器のマウスピースの音なのだろうか?

 

この日最後に演奏された「3つの音符の交響詩」はラ、シ、ドの3つの音を基音とした音楽。これも演奏前のタン・ドゥンの解説によれば、この3つの音は英語で言うとABCで、これはあらゆるものの起源であると。また、彼はオーケストラのヒップホップ、オーケストラのロックンロールという表現を使っていた。まさにそういう曲で、わかりやすい3つの音をベースに、俗っぽいとすら思われる旋律と、力強いリズムが共存する。そう、彼の音楽の特徴は、ある程度の俗っぽさとわかりやすさだが、他のどの作曲家にもない独自性を持っているのだ。

 

武満作品で演奏されたのは、冒頭の「ジェモー」と最後の「ウォータードリーミング」という名曲2曲。

「ジェモー」は双子座の意味で、2群のオーケストラが舞台に配置され、左側のオケを三ツ橋敬子が、右側のオケをタン・ドゥンが指揮、ソリストはオーボエが左側のオケに、トロンボーンが右側のオケに配置されている。この作品はとても耳あたりが良くて、どこをとっても美しい響きに満ちている。オーボエは東京フィル首席奏者の荒川氏、トロンボーンはロイヤル・コンセルトヘボウ管首席のヨルゲン・ファン・ライエン。オーボエはやや音量が弱めだったかも。トロンボーンの響きは実に美しく素晴らしかった。

後半2曲目のウォーター・ドリーミングも、80年代の武満さんらしいとことん美しくロマンティックな作風である。やはり東京フィルの首席である神田氏の深みのある音色が素晴らしかった。

 

19時開演で、終わったのはなんと21時半。曲目解説などがあったためかなり長くなってしまったのだろうか。会場にはマイクがかなり立っていたので録音していたはず。さらに私のすぐそばにはTVカメラも入っていたが、あれは記録用かもしれない。

 

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セイジ・オザワ松本フェスティバル、オーケストラコンサートAプログラムを、キッセイ文化ホールにて。

 

オネゲル:交響曲 第3番「典礼風」 H.186

ベートーヴェン:交響曲 第7番イ長調 Op.92

演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ

指揮:ファビオ・ルイージ(オネゲル)

小澤 征爾(ベートーヴェン)

 

20数年ぶりに台風が直撃した関東から離れたここ松本はほとんど雨も降らず、曇りでちょっと風が強くなった程度。なんか申し訳ない気分である。

体調不良によるキャンセルが多くなっている小澤征爾の公演、私が聴くのは4年ぶりである。昨年のセイジ・オザワ松本フェスティバルではオペラ「ベアトリスとベネディクト」を振る予定だったのが、キャンセルになってしまって聴けなかった。

今回のオーケストラプロ、前半をルイージが振るという豪華版である。

 

前半はスイスの作曲家オネゲルの交響曲第3番「典礼風」。戦争の不安、悲惨さと、平和への切望が描かれた傑作である。にもかかわらず、実演でなかなか演奏される機会がない曲だ。実演ではデュトワがN響定期で取り上げたのを聴いたことがある程度(2001年)。録音ではカラヤン/ベルリン・フィルによる大変な名盤がある。ちなみにルイージはオネゲルの交響曲全集を、かつてシェフを務めていたスイス・ロマンド管と録音している。

冒頭の蠢動するような弦のパッセージから、サイトウキネンの弦の威力を見せつけられる思いだ。熱い指揮をするルイージにふさわしい音楽で、エッジが効いた表現。第3楽章、軍歌調の音楽がクライマックスに向けて進んでいく部分の緊迫感は並々ならぬものがあるし、それが瓦解したあとに訪れる平和への希望を表しているかのようなフルートのソロ。ジャック・ズーン、前日はちょっとどうしたのかな、というところだったが、このオネゲルのソロは実に味わい深く素晴らしいものだった。

弦は16型であったが、第1ヴァイオリンは1名欠いて15名。台風のせいか?

 

20分休憩のあとの後半は小澤征爾指揮のベートーヴェン7番。もともとのプログラムはブラームスの4番だったのだが、「指揮者の体調面での大事をとり」曲目が変更になった。

ブラームス4番よりもベートーヴェン7番の方が確かにやや短いけれど、それほど大きく違うかな?と思ったのだが…。しかし今回の小澤さんの指揮を見ていて、やはり長い曲を演奏するのはかなり厳しくなっていることを痛感した。

 

オケのメンバー登場と一緒に小澤さんも登場。基本的に椅子に腰掛けたままの指揮で、楽章の終わりなどで時々立ち上がる。指揮台には一応スコアが置いてあるが、もちろん暗譜。

テンポはかつての小澤さんの7番の演奏に比べると明らかに遅めになっている。そして、振りが小さくなっているので、躍動感が以前よりもかなり後退しているのは否めないだろう。基本的には全4楽章すいすいと進むタイプの演奏で、これは以前と変わっていないのであるが、第2楽章など以前の演奏に比べるとだいぶ遅くなったと感じる。

第1楽章と第2楽章、第2楽章と第3楽章の間で長いパウゼを取り、指揮台から降りて別の椅子に腰掛けて水分補給をしていたのだが、かなりぐったりとしたように見えて痛々しい限りである。こうして座っているときの小澤さんは、とても小さく見える。

遅めのテンポと、指揮者の疲労ぶりを見ていて、小澤さんの師であるバーンスタインが最後に来日して同じ曲を振ったときのことを思い出してしまった。テンポが異常なまでに遅く、非常に辛そうだったあの公演を。

しかし第3楽章から第4楽章はパウゼなしでアタッカ。最後の楽章は、小澤さんらしい推進力を見せて終わった。何より、63名の楽員の、小澤さんの一挙手一投足を見逃すまいと言う姿勢が迫力を生んでいた気がする。第4楽章のホルンはもう少し咆哮して欲しかったのであるが…。

後半の弦は14型。

 

演奏後は当然の大喝采で、小澤さんは各メンバーと握手して回ったが、カーテンコールなしでオケは解散。その後、オケのメンバー全員と、既に私服に着替えた前半の指揮者ルイージを連れて小澤さんが再登場。これは2回繰り返された。

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セイジ・オザワ 松本フェスティバル、オーケストラ コンサート Bプログラムをキッセイ文化ホールにて。

 

マーラー:交響曲 第2番 ハ短調「復活」

演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ

指揮:ファビオ・ルイージ

ソプラノ:三宅 理恵

アルト:藤村 実穂子

合唱:OMF合唱団、東京オペラシンガーズ

合唱指揮:松下 京介

 

昨年のマーラー5番に続き、今年は2番。

ルイージはこの音楽祭になんと3年連続で出演していることになる。何でも、ルイージとサイトウ・キネン・オーケストラは今後毎年マーラーを取り上げていくという噂を耳にした。これだけの指揮者が毎年来るというのはそれだけでもありがたいことだが、実に楽しみなことである。

さて今回のマーラー2番「復活」。昨年の5番があまりにも圧倒的で素晴らしく、今回も大変に期待したのであるが、予想通り大変に水準の高い演奏ではあったものの、昨年のあの驚異的な演奏には及ばないというのが正直な感想である。

 

 

ルイージのマーラー、私は2番、5番、1番を実演で聴いたことがある。2番は2007年シュターツカペレ・ドレスデンとの来日公演で聴いたのだが、このときも実はそれほど印象に残っていない。参考までに、ルイージはかつてシェフを務めていたMDR響(旧ライプツィヒ放送響)とマーラーの録音を手がけていて、2、4、5、6、大地の歌。やはりシェフを務めていたウィーン響とは1、6番を録音している。

 

さて今回の演奏。やはりこのオケの音は強靱であり、「日本のオケ」というくくりで考えればおそらく最高レベルである。メンバーは在京オケのトップ奏者が中心に集っており贅沢な限り。その上に外国オケからの客演も強力な布陣である。特にすごかったのはトランペットのガボール・タルケヴィ(ベルリン・フィル首席奏者)。この曲はトランペットがダメだとどうしようもないが、ときに鋭く、ときに伸びやかな音で他を圧倒していた。ホルンの首席は名手ラデク・バボラーク。この曲だとソロがあまり目立たないが、ホルンセクション全体として十分な存在感を示す。ホルンは在京オケトップ奏者が数人バンダを務めるなど実に贅沢な布陣。トロンボーンのソロも非常に上手い。フルートソロは名手ジャック・ズーン。この日はあまり調子がよくないように聞こえたのだが…

全体のアンサンブルは基本的に立派だが、最初のうちちょっと細部にミスがあったか。

 

ルイージの指揮、この人らしく細部まで細かく指示を出していて、部分的にかなりテンポを落としたり速めたりして独自の熱い音楽を作っていたが、曲全体としての構成や、聴かせどころの「ツボ」のようなものが私の好みとちょっと合っていなかったようだ。昨年の5番はその点、最高だったのだが…

しかし、第4楽章「原光」の藤村さんの歌唱は、会場の空気を一変させるぐらいに素晴らしいものだった。凜としていて深さがあり、一音一音が心に深くしみこんでくる、そんな声だ。ソプラノの三宅さんも十分な水準を保っていたし、100名程度の合唱団は実に上手い。合唱の最初に入りの部分など実に見事。そして力強さも十分である。エンディングはルイージらしく熱く高揚感に満ちたもので素晴らしかった。

 

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ東京公演をサントリーホールにて聴く。

メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77(Vn:レオニダス・カヴァコス)

(アンコール)

バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番イ短調BMW1003からアンダンテ

 

ショスタコーヴィチ:交響曲 第8番 ハ短調 作品65

 

もう10年以上ほぼ毎年、PMF音楽祭の最終公演を東京で聴いているが、毎度のことながら前半の緩さに比べて、後半の集中力の高さがすごい!いったい、どうしてこうなのだろうか??

 

今日の演奏会、事前のサントリーホールのウェブサイトの情報によれば21時50分終了予定とあったが、実際に音が鳴り終わったのは21時58分ぐらい、拍手が鳴り止んだのは当然22時を回っていた。会場のスタッフの方々、みなさん深夜残業…

 

前半のイタリア、弦は15型(15-13-11-9-7)。

そつなくこなしているといえばそういえる演奏ではあるが、ふわふわと焦点が定まらない音で、どうも物足りない。やっつけ仕事が多いゲルギエフの振るドイツ物はいつもこんな感じかもしれないが…そしてこういう演奏を聴くと、やはり即席オケのアンサンブル能力の限界を感じてしまう。プロのオケでこのアンサンブルだったら私は怒っていただろう。

続いて演奏されたブラームスの協奏曲、ソロはカヴァコス。やはりこの人のヴァイオリンは美音!若干細めの音であるが、しなやかで優雅で歌心に満ちている。オケはここでもちょっとアンサンブルが緩めで、ブラームスの重心の低くごつごつした響きが得られなかったのは残念だ。

 

これに対して後半のショスタコーヴィチ8番、これは大変な名演だった!この曲、こんなにすごい曲だったとは!

冒頭の弦のユニゾンの音から緊張感にあふれていて、前半との気合いの差や、準備量の差が感じられてしまう。前半と交代した管楽器のソリストたちは驚くほど上手く、なかでもファゴット、トランペットは驚異的。

ショスタコーヴィチの音楽が本源的に持つ悲壮感のようなものが、この即席オケできちんと表現されていたのは、やはりマエストロ・ゲルギエフの指導によるものなのだろうか。そもそもゲルギエフ、独墺系音楽は少々弱いが、ロシアオペラやチャイコフスキー、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーなどのロシア音楽を振ると大変な名演を聴かせる。これぞまさにゲルギエフ・マジック。終楽章が終わってから指揮棒が下ろされるまでの長い静寂は、なにものにも代えがたい美しい瞬間だった。

弦の編成は前半同様後半も15型であったが、チェロは1名欠けてなぜか8名。

 

ゲルギエフ、前半は指揮棒なし、後半は例年通り爪楊枝か焼き鳥の串ぐらいの短い棒を持っての指揮だった。

それにしてもここ2週間ぐらいのゲルギエフのスケジュールはすごい。7月29〜31日、新たにウラジオストクに創設された「第1回マリインスキー国際極東音楽祭」でマリインスキー管弦楽団を指揮。29 日の前夜祭に続き、30日はプロコフィエフ:オペラ『修道院での結婚』のウラジオストク初演。31日はライヴ放送の演奏会を含めるとなんと1日に3公演!8月4日にはもうPMFの千歳公演で今回のプログラム(ただしブラームスはなし)。6日は札幌kitaraホールにおけるPMFガラコンサート、7日は札幌芸術の森におけるピクニック・コンサートで今回のプログラム、8日は函館で今回のプログラム(ブラームスなし)、そして今回の9日の東京公演。翌10日はカヴァコスとともにウラジオストクに戻って閉幕コンサートを振ったようだ。

https://prim.mariinsky.ru/en/playbill/far_east_festival_2016/

 

 

東京交響楽団第643回定期演奏会をサントリーホールにて。

指揮:飯森範親

ピアノ:オルガ・シェップス

 

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18

(アンコール)

サティ:ジムノペディ第1番

プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番「戦争」〜第3楽章

ポポーフ:交響曲 第1番 作品7 《日本初演》

 

8月になって定期演奏会があるとは驚きだが、この暑い中非常に注目を浴びた演奏会である。

 

前半はロシアの若手美人ピアニスト、オルガ・シェップスがラフマニノフを弾くということで、男性ファンの間では早くから話題になっていた。

オルガ・シェップスはモスクワ出身、ケルンで学んだピアニストで、最近ではサティのピアノ曲集のアルバムを出したばかり。写真で見る限り清楚系美人であるが、今日舞台に現れた彼女は背が高くどちらかと言えばエロティック系。なんでもリハーサルのときはミニスカートだったとか…

ラフマニノフは遅めのしっかりしたテンポ。事前のイメージと異なり、かっちりとした骨太タッチで響きの濁りが少なく、かなり男性的なアプローチである。技術的にも安定しているが、この遅めのテンポあってこそだったかもしれない。堅固であるが、あまり大きなうねりはなかった。

アンコールは私の事前予想が的中し、ジムノペディ第1番。CD拡販か。しかし予想外だったのが2曲目のアンコールで、なんと戦争ソナタフィナーレ。ブロンフマンが好んでアンコールで取り上げるが、そのブロンフマンの強烈な演奏とは異なり、ラフマニノフ同様しっかりと遅めのテンポでじっくりと進んでいく。本当に、事前のイメージとは全く違ったピアニストであった。

 

後半はこの日2つ目の目玉、ポポーフの交響曲第1番。

ポポーフ(1904〜1972)はソ連の作曲家で、ショスタコーヴィチと同時代の人である。この交響曲第1番は1935年に初演されているが、ソ連当局から「形式主義」のレッテルを貼られた問題作。その後彼は名誉回復するも、この1番を書いたときほどの勢いはなくなったそうだ。

今回の日本初演にあたり、私はナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で予習(ティトフ指揮サンクトペテルブルク国立アカデミー響)。何度か聴いたのだが、全く耳になじまず…

打楽器が大活躍し、管楽器の編成も大きい聴き応えある音楽ではある。ホルンは8人だが、今日は指揮者の意向で倍管の16人!トランペットは8人、とにかく巨大であり音もでかい。

もっとも第1楽章、第2楽章は曲想が激しく転換するのでやや眠くなってしまった。第3楽章はそれなりに良さを感じたのだが、もう一度聴きたいかと言われるとどうだろうか…

言うまでもなく全員が初めてこの曲を演奏したのであろうオケ、短期間の練習でここまでの水準に達したのは見事である。そもそも、今後演奏する機会があるかどうかわからない音楽。

 

8月で演奏会が少ないからなのか、ピアニストが美人だったからなのか、はたまたポポーフの交響曲が目当ての人が多かったのか、今日の客席は意外に埋まっていた。

東京都交響楽団第812回 定期演奏会Bシリーズをサントリーホールにて。指揮はニューヨーク・フィル音楽監督であるアラン・ギルバート。

 

モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K.183(173dB)

マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

 

先々週のノット/東響によるブルックナー8番とともに、今年のベストパフォーマンスに位置づけられそうな演奏会だった。素晴らしい!!マーラー5番の実演のなかでは、インバル/都響、インバル/フランクフルト放送響、ティルソン・トーマス/サンフランシスコ響、ルイージ/サイトウキネンに並ぶ超名演である。

 

アラン・ギルバート、現在ニューヨーク・フィルの音楽監督であるが、2016-2017シーズンを最後に退任することになっている。次に彼がどのポストに就くのか未だ発表されていない。見た目同様に大変大柄でドラマチックな音楽を作り上げる人であるが、同時に日本人的な繊細さを併せ持っていて、2014年にニューヨーク・フィルと来日したときの公演も忘れがたいし、2002年にN響を振ったときのショスタコーヴィチの4番も未だに記憶に新しい名演である。

 

さて、今回のメインはマーラー5番。アランの大きな身体とともに音楽は大きくうねり、圧倒的迫力をもって聞き手に迫る。特に第2楽章の起伏の激しさは、過去に聴いたあらゆる演奏を上回る壮絶なものだった。第1楽章の葬送行進曲、最初に現れる弦のフレーズは聴き取れないほどもやもやとしているし、木管の旋律はフレーズごとに区切って演奏させることによってさらに悲哀感を増す。第3楽章のリズムの処理が巧妙で一層のグロテスクさを増しているが、圧倒的なうねりも共存している。第4楽章のフレージングは独特の雰囲気があるが、ここでは吉野直子さんの透明なハープの音がとにかく素晴らしかった!ハープの音の違い、あまり自分にはわからないと思っていたが、やはり全然違うのである。第5楽章、圧倒的な推進力と迫力、エンディングの高揚感も見事である。

そして素晴らしいのがオーケストラ。やはり、都響のマーラーは驚くほどすごい。冒頭のソロから全曲を通してしなやかで見事な演奏を成し遂げたTp高橋さん、美しくかつ迫力あるソロを聴かせたHr西條さん。他のパートもみな驚くほど上手い。やはりこのオケはすごい。16型通常配置。

これだけの名演ゆえ、当然にアランに対するソロ・カーテンコールがあって、アランは高橋さんと西條さんを連れて登場。記憶に残る超名演だった。

 

前半に演奏されたモーツァルトの25番、こちらも素晴らしかった。やや速めのテンポ。弦は8-8-6-4-3という小編成で、フォルムがしっかりとしてタイトな印象である。広田さんのオーボエソロが非常に見事。

 

都響の聴衆はいつも静かだが、この日に限って静かなところで咳が多くて閉口。それにしても、アラン・ギルバート、もっと頻繁に都響を振って欲しいものである。

フェスタサマーミューザ2016オープニングコンサート。指揮はジョナサン・ノット、管弦楽は東京交響楽団。

 

ヴィラ=ロボス:ニューヨーク・スカイライン・メロディ

アイヴズ:ニューイングランドの3つの場所

1. ボストン・コモンにおけるセント・ゴーデンズ(ショー大佐と黒人連隊)

2. コネチカット州レディング、パットナム将軍の野営地

3. ストックブリッジのフーサトニック川

ベートーヴェン:交響曲第6 番 ヘ長調 作品68「田園」

 

先週のブルックナー8番で驚異的な名演を披露してくれたこのコンビ。

今回の公演も期待したのだが、先週の公演があまりに素晴らし過ぎて、あれを超える演奏にはならなかったというのが正直な感想。

 

後半のベートーヴェン6番。冒頭の弦の美しく歌う様子を聴いて、音楽する喜びがびしびしと伝わってきたのであるが、その喜びが継続的に伝わってきたかというとやや微妙だった。弦の編成は12-12-8-6-5の対向配置なのだが、なぜか私の席では第1ヴァイオリンの音が引っ込んで聞こえてしまってややアンバランス。

とはいえ、木管と中心とした各楽器が伸びやかに歌い、きびきびとしてかつしなやかな音楽の流れはいかにもノットらしい。第3楽章のリズムの活気が特に印象的。

 

前半の20世紀音楽、冒頭のヴィラ=ロボス作品は短いながらニューヨークの摩天楼の壮観を彷彿とさせる名曲。

オルガンまで登場するアイヴス作品は彼らしくごった煮感満載の音楽だが、ノットの交通整理がしっかりしていてはっきりとした印象である。先週のブルックナー8番における腹立たしいフラブラに続き、この曲のエンディングではフライング拍手が…こちらは怒りが沸くというより、苦笑せざるを得ないといったところか…

 

今年のフェスタサマーミューザ2016は今のところ、これが最初で最後。

東京交響楽団第642回定期演奏会を、サントリーホールにて。曲目はブルックナーの交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版第2稿)。

 

驚異的水準の名演である!今年のベストコンサート入りは間違いない。

ノットと東響のコンビ、今や最高の状態にあるといっていいのではなかろうか?日本のオケで、これだけのブルックナー8番が聴けるとはただただ驚きと言うしかなかろう。

東響のブルックナー8番、前任の音楽監督であるスダーンとの演奏も忘れがた

い。実演だけでなく、CDになっているセッション録音の完成度は驚異的だ。しかし今日のノットの演奏、スダーンの薫陶を受けたオケがさらにその先に歩みを進めた感がある。

 

ドイツ語圏のオペラハウスで研鑽を積み、主としてドイツ語圏でキャリアを築いてきたジョナサン・ノット。当然ブルックナーもレパートリーに入っているわけである。しかし、明日の公演があるよこすか芸術劇場ホームページに掲載されている音楽評論家松本學氏によるコラムによると、ノットが8番を演奏したのは2002年3月ルツェルン響との演奏と、今年の6、7月のバンベルク響引退公演しかないそうだ。ともにそのオケの任期の終盤で演奏されているのが興味深い。8番に特段の思い入れがあってこそ、演奏回数が少なく、そして重要な場面で演奏してきたということか。まあそのあたりは推測するしかない。

 

今日の驚異的に素晴らしい演奏。珍しく暗譜でないノット、特段変わったことをしているわけではない。極めてナチュラルで、テンポ設定は遅すぎず、速すぎずであるが、わずかに速めだろうか。他の指揮者で言うと、テンポ設定はハイティンクに近いか?オケの特性もあってとてもエレガントで流麗なアプローチである。強いて注文を付ければ、第4楽章最後のあの3つの音は速すぎる。もっとかみしめるように終わって欲しかった。フルトヴェングラー、バレンボイム同様速い。ただ、楽譜を見ると最初の2つの音は16分音符なので、譜面通りやると速くなるのだろう。

 

今日はオーケストラがとにかく素晴らしい!第3楽章のあの天国的な響きを聴いていて思ったのだが、オケのメンバーが催眠術にでもかかっているのではないかということ。オケ全体がジョナサン・ノットのマジックにかかってしまったのか?官能的で、とことん美しい響き。

全てのパートが最高水準の演奏を聴かせてくれたが、最高によかったのが金管、特にワーグナーチューバを含むホルンセクション。素晴らしい音色で、驚くほどの繊細さである。金管、トランペットもトロンボーンもチューバも、どんなに盛り上がってもうるさく鳴らないのがよかった。

素晴らしい弦セクションを引っ張るゲストコンマスは、ハノーファーNDRフィルハーモニーのコンサートマスター、林悠介氏。4月にもリゲティ、R・シュトラウスでノットと共演している。今日のブルックナーは、まるで海外のオケを聴いている錯覚に陥るほど、濃密な響きであった。このブルックナーの弦の響きを、10月のヨーロッパ公演のムジークフェラインで聴いてみたいものだった。

 

本日の公演、完売。東響が演奏するブルックナーで完売になったのは、朝比奈隆以来だそうだ。ということは、ユベール・スダーンのあの素晴らしいブルックナーは完売しなかったということである。

ブルックナー1曲の演奏会で完売するだけあり、客席はブルヲタが多く、ノイズは極めて少なかったが素晴らしい。

 

今日の演奏、客席の静かさも含めて全てがよかったが、第4楽章のあとのあの静寂を打ち破ったフライングブラボーだけは最悪である。あいつのせいで余韻がぶちこわし。Pブロック7列目にいたというあの男、今日マイクが入っていることを認識した上での確信犯だろう。自己顕示欲の塊。60ぐらいのオヤジらしい。私が言うまでもないが、CDを出す際はあのブラボーは絶対に消去すべきだろう。

 

 

 

読売日本交響楽団第560回定期演奏会をサントリーホールにて。

指揮=コルネリウス・マイスター

ハイドン:交響曲第6番 ニ長調 「朝」

マーラー:交響曲第6番 イ短調 「悲劇的」

 

2017年から読響首席客演指揮者に就任するコルネリウス・マイスター、読響音楽監督カンブルランの後を襲って18/19シーズンからシュトゥットガルト歌劇場の音楽総監督に就任する逸材である。

彼の名前はウィーン放送交響楽団の首席指揮者として通の間では知られていた。しかしマイスターとウィーン放送響の来日公演、現代音楽が得意なオケにもかかわらず名曲プロばかりで行く気がせず、私が彼の指揮を聴くのは今回が初めて。

いや、驚いた。非常に才能ある指揮者である!シュトゥットガルト歌劇場のMDに就任するだけのことはあるな、というのが今日の感想。指揮振りはとても大柄で端正な印象だ。

 

前半のハイドンの初期交響曲、適当に流すのだろうと思っていたらこれが全く違う。冒頭の音があまりに小さくて聞こえないほどだったが、ハイドン演奏でこれほど繊細な弦を聴いたことがない。なんと優雅で、とことん美しいハイドンなのだろうか?私はハイドン苦手な方だが、こういう演奏で聴くと本当に感激してしまう。ハイドンの音楽がいかに調和の取れた美を持っているかがよくわかる名演である。10型。

 

後半のマーラー。今まで、こういうアプローチの6番は聴いたことがない。オーケストレーションの細部が、極めて明晰に浮き彫りにされていて、各パートが何をやっているのかが手に取るようにわかる演奏である。

弦は16型。前半からそうだが、第1、第2ヴァイオリンは対向配置で、ヴィオラが左手奥、チェロとコントラバスが右側にいる配置で、これはカンブルランがマーラーをやるときと同じ。このため、ヴィオラが舞台に向いていて、内声部がくっきりと聞こえたのがうれしい。通常聞こえないような細かいパッセージがはっきりと聞き取れたのだ。

弦以外でも、各セクションの分離が極めてよい。私の好きな演奏だとトランペットが強調されるような場面でも、マイスターは決してがなり立てない。むしろ控えめに吹かせるのだが、これは分離よく聴かせるための手段なのかもしれぬ。

テンポの揺らし方も、多くの指揮者とはちょっと違うやり方をしていて、ここは意外に淡々としているなと思ったら、ここで突然突っ走るのか、と思うようなところがあったりするのだ。

基本的に明晰な響きを追求するアプローチゆえ、最終楽章は冷静過ぎるきらいもあったのは事実。しかし、やりたいことがはっきりしているのはとても素晴らしいと思う。

マイスター、各楽章の終わりの余韻をかなり大事にしていて、指揮棒を下ろすまでの時間がとても長い。そして、各楽章の始まりも、会場が完全に静まってから棒を始めるのがとてもいいと思った。

 

今日のオケ、結構エキストラが多い。チェロの首席は遠藤真理さん。チェロセクションの音がとても太く、マーラーの第1楽章冒頭の音がとてもすっきりとしていながら太いのがよかった。読響、10月にチェロ首席のオーディションがあるが、その伏線か?フルート首席は日本フィルの真鍋恵子さん。