NHK交響楽団第1854回 定期公演 Bプログラム1日目(サントリーホール)。

 

指揮:ヘスス・ロペス・コボス

ヴァイオリン*:アルベナ・ダナイローヴァ

 

レスピーギ/グレゴリオ風の協奏曲*

(アンコール)バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ラルゴ

レスピーギ/教会のステンドグラス

レスピーギ/交響詩「ローマの祭り」

 

今回はオール・レスピーギ・プログラム。

イタリアの作曲家、レスピーギ(1879~1936)の代表作といえば「ローマの泉」「ローマの松」「ローマの祭り」の、いわゆるローマ3部作。この3部作以外だと、私が知っているのは「リュートのための古風な舞曲とアリア」「鳥」そしてヴァイオリン・ソナタくらいのものだ。

この時代のイタリア人なのにオペラを書いていないのか?と思ったら、そんなことはなくてオペラもそこそこは書いているのである。いやそれどころか、彼は管弦楽曲、協奏曲、合唱曲など多くの分野でかなりの数の曲を書いているのだ。

今日演奏された3曲を聴いて痛感したのは、やはりレスピーギはローマ3部作が圧倒的な最高傑作である、ということ。ローマ3部作は通俗名曲の部類ながら、細かい部分の作り込みが心憎いほど見事だし、和声進行も聴き応えがある曲で、一度聴くとしばらくその音楽が頭のなかを巡り続けるほどのインパクトがある。

「教会のステンドグラス」は家にあったアシュケナージ指揮オランダ放送フィルのCDで予習したときそれほどの曲だと思わなかったが、実演で聴いてもその印象はあまり変わらなかった。オルガンが登場し、派手なところはあるのだが…

前半に演奏された「グレゴリオ風の協奏曲」を聴いても同じような印象。美しい旋律が連綿と続く佳曲ではあるが、起伏に乏しく確実に眠気に襲われる作品である。ウィーン・フィルのコンサート・ミストレスであるダナイローヴァが弾くソロは、わずかに音程の甘さを感じないわけではなかったが、ウィーンのコンミスらしく温かく柔らかな音であった。

 

指揮は76歳のスペイン人の巨匠、ヘスス・ロペス・コボス。この人の名前が有名なのは、ベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督だったことが大きいだろう。同オペラ来日公演の際、日本初のワーグナー「指環」通し上演をしたのもこの人だし、昨年二期会「トリスタンとイゾルデ」を振ったのもコボス。

それ以外だと、かつてテラーク・レーベルから出ていたシンシナティ交響楽団とのマーラーの録音が有名だろうか。ロペス・コボスはシンシナティの音楽監督を長く務めていたのだ。

そういう経歴やレパートリーからか、コボスはスペイン人でありながらラテン系の血がたぎるイメージからはほど遠い指揮者だ。実際、今日のレスピーギも全く派手に鳴らしまくることがなく実直で手堅いアプローチ。そういえば、見かけもラテン系というよりドイツ人っぽいかも。先週のN響C定期を振った、やはりスペイン人指揮者であるファンホ・メナの方が、ずっとラテン系気質が感じられる。

ローマの祭りなど、ラテン系の熱血指揮者たち(たとえばエンリケ・バティスや、英国人ではあるがアントニオ・パッパーノなど)の切れ味鋭いアプローチとは対極にある、まるでドイツもののようにどっしりと構えた重厚な響きの演奏だったのである。

 

N響、いつもながら指揮者の個性に機敏に反応した音を奏でるのはさすがだ。先週メナが指揮したときとは全く音の系統が違う。バンダのトランペットは実に見事。

というわけで、サントリーホール改修工事前のN響B定期は今回で終了。

AD

東京交響楽団第648回 定期演奏会をサントリーホールにて。

指揮:秋山和慶

ピアノ:小菅優

 

メシアン:交響的瞑想「忘れられた捧げ物」

矢代秋雄:ピアノ協奏曲

(アンコール)メシアン:前奏曲集〜1.鳩

フローラン・シュミット:バレエ音楽「サロメの悲劇」作品50

 

なんというマニアックで渋いプログラムであろう!

一見して20世紀音楽だというのはわかるが、このプログラムに載っている3人の作曲家にはつながりがある。

矢代秋雄がパリ音楽院に留学したときに教鞭を執っていたのがオリヴィエ・メシアンで、矢代もその授業に参加していた。そして、矢代の卒業作品である弦楽四重奏曲を認めた数少ない審査員の一人が、フローラン・シュミットということだ。なんともマニアックな関連性。

 

冒頭のメシアン作品、比較的実演でも聴く機会が多いである。この日の演奏、静の部分における弦の細やかな響きと動の部分におけるエネルギーの放出との対比が見事。

 

続く矢代秋雄の協奏曲、ソロを弾いた小菅優がいつもながらあまりに見事!昨年、新日本フィルの定期で下野竜也指揮でもこの曲を聴いたが、トーマス・ヘルのソロが非常に精緻だったことを覚えている。しかし、この日の小菅の演奏はその上を行くであろう。フランス仕込みの時代の先端を行く洗練に加えて、この音楽の根底にある日本人としての矜持が感じられるのだ。かねてから感じていることだが、小菅どのような作曲家の曲を演奏する場合でも、表面的な解釈にとどまらず音楽の本質をえぐり出すという点で、他の日本人ピアニストから別格の存在である。

ちなみにこの曲は昨年亡くなった中村紘子が初演、私は学生の頃彼女の録音でよくこの曲を聴いたものである。

アンコールで演奏されたメシアンがまた秀逸。小菅優がメシアンを弾くとは思わなかった。ぜひ20のまなざしあたりを弾いてもらいたいものだ。

 

後半はフローラン・シュミット「サロメの悲劇」。

この曲の存在は学生時代から知ってはいた。EMIレーベルにマルティノンのLPがあったからだ。しかし曲を聴いたことは実はなくて、実演でももちろん初めてである。同じシュミットでもオーストリア人のフランツ・シュミットは交響曲や歌劇「ノートルダム」などが有名だが、フランス人のフローラン・シュミットはこの「サロメの悲劇」以外ほぼ知られていない。

しかしこの曲、大変に素晴らしい!気に入ってしまった。題材はR・シュトラウスの「サロメ」と同じであるが、受ける印象はまるで違って華やかで粋な音楽である。

小澤が病気がちになってしまった今日、5つ下で同じ齋藤秀雄門下生である秋山の存在意義はますます増していると言えよう。彼がこの曲を振ったことがあるのかどうか知らないが、実に器用にこなしてしまうからすごい。オケの洗練された響きがこの曲にマッチしている。最上氏が吹くイングリッシュ・ホルンの濃く太い音が実に見事。

AD

NHK交響楽団第1853回 定期公演 Cプログラム2日目(NHKホール)。

指揮:ファンホ・メナ

ギター*:カニサレス

ファリャ/歌劇「はかない人生」─ 間奏曲とスペイン舞曲

ロドリーゴ/アランフェス協奏曲*

(アンコール)カニサレス:時への憧れ

ドビュッシー/「映像」─「イベリア」

ファリャ/バレエ組曲「三角帽子」第1部、第2部

 

N響新年最初の演奏会はスペインがテーマの名曲プロ。指揮者もソリストもスペイン人だ。

しかしファリャもロドリーゴもフランスで音楽を学んでいるから、聞こえる音色は意外にフランス的でもある。

 

指揮はファンホ・メナ。昨年5月、ベルリン・フィル定期にこの指揮者がデビューしたときの演奏は、ベルリンフィル・デジタルコンサートホールで観ることができる。

この日のN響の演奏を聴く限り、非常に輪郭がはっきりした明快な音楽を作る人であるという印象を受けた。その音楽の方向性はファリャの音楽にはきわめてマッチしていて、旋律をくっきりと浮き彫りにし、リズムの変化がスムーズで聴いていてとても気持ちがいい。

そのようなアプローチゆえか、ドビュッシーさえもスペイン音楽のように聞こえてしまったのが面白いというか…第3曲「祭りの朝」は特に明快な切り口の演奏で、ドビュッシーのもやもやした感じがなく、繊細な味わいもやや欠落したように聞こえた。

ちなみにメナ、協奏曲以外は全て暗譜での指揮。

 

前半2曲目に演奏されたアランフェス協奏曲を弾いたのはカニサレス。パコ・デ・ルシアのセカンドギタリストを務めた、もともとフラメンコ系の奏者だけあってか、この曲に込める情感がクラシック音楽系のギタリストとは全く異なるのが面白い。私が愛聴しているジョン・ウィリアムズの演奏が楷書なら、カニサレスの演奏は草書。実に哀愁が漂うしみじみした演奏。

オケは12型に縮小(他の曲は16型)、ギターは当然ながらPA使用。

アンコールはカニサレスの自作のアルバムからの1曲だった。

 

オケ、冒頭のファリャの弦楽器の音が驚くほどつややかだったのが印象的。NHKホールで聴いているとは思えないほど深くしっとりした音がしたのには驚いた。

AD

音楽ファンの皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 

新年の聴き初めは、吉野直子のハープ・リサイタル(サントリーホールブルーローズ)。

 

ブリテン: ハープのための組曲 op. 83

クシェネク: ハープのためのソナタ

ヒンデミット: ハープのためのソナタ

サルツェード: 古代様式の主題による変奏曲

シンティレーション「煌めき」

                バラード

(アンコール)サルツェード:つむじ風

 

ハープを伴う室内楽の演奏会に行ったことは結構あるが、ハープのリサイタルというのは意外なことに一度も行ったことがなかったような気がする。

今回、前半ではブリテン、クシェネク、ヒンデミットという20世紀の著名作曲家(クシェネクは著名とは言えないかもしれないが)が書いたハープのためのオリジナル作品、後半はハーピストであったサルツェードの作品が演奏された。

正直、前半の著名作曲家の作品の方を期待していたのであるが、実際には後半のサルツェード作品の方が、ハープという楽器の特性が最大限に発揮されていてずっと聴き応えがあった。

 

カルロス・サルツェード(1885〜1961)はバスク系フランス人のハーピストで、トスカニーニの招きで渡米しメトロポリタン歌劇場の首席ハーピストとなった人物だそうだ。

私はハープという楽器のことをよく知らないのであるが、これほどまで多彩な音色が出せるとは!全く違う音色の音が、同時に別々の旋律を奏でるのには驚き。演奏された曲はどれも大変な技巧を要求される曲に違いないが、吉野さんの演奏を聴いていてもそれほど大変さを感じない。しかも(前半の曲も含めて)全て暗譜なのだ。まあ、ピアニストも普通完全暗譜ではあるが。残念ながら私の席からはペダリングが全く見えなかったのだが、ペダルの操作も相当なテクニックであったことだろう。

 

後半のサルツェードに比べると、前半に演奏された著名作曲家のオリジナル作品は聴感上地味なところがあり、正月ボケもあってちょっと眠くなってしまった…せっかくなのできちんと予習していくべきだった。著名な作曲家によるハープ・ソロのオリジナル作品は少ないのでこういう機会は貴重なはず。

その中では、ヒンデミットの作品が非常に開放的な明るさに満ちた音楽で、あまりドイツ人の作品という感じがしないのが不思議。クシェネク作品は12音技法も登場するが、ハープという楽器で演奏されると尖ったところがなくなるから面白い。

ここ数年さぼっていたが、今年は音楽の友、モーストリークラシック同様に2016年のベストコンサートをあげてみたい。ただし、ベスト5となると選別が厳しいのでベスト10で。

言うまでもないが私はただの一クラオタであり、以下の順位付けは当然ながら独断と偏見に満ちている。よって、公正な判断は評論家の先生方にお任せしたい。また、私の嗜好が主としてオーケストラやオペラであり、そのため室内楽やピアノの演奏会に行った回数自体が少ないこと、好きな作曲家が独墺系に極端に偏っていることも念のためにお伝えしておきます。

 

(2016年のコンサート・ベスト10)

①   11/20 サントリーホール ワーグナー:ラインの黄金 (ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン)…現代最高のワーグナーを東京で聴けるとは!オケの鳴りっぷり、歌手のレベル、他を圧倒的に引き離している。

②   4/10 東京文化会館 ワーグナー:ジークフリート(ヤノフスキ/NHK交響楽団)…N響が名匠のリードで驚きの演奏。タイトルを歌ったシャーガーが圧倒的。

③   5/15 サントリーホール ベートーヴェン:交響曲第9番(ラトル/ベルリン・フィル)…ラトルならではの説得力ある解釈と、驚くべき熱演で忘れられない第九。

④   7/16 サントリーホール ブルックナー:交響曲第8番(ノット/東京交響楽団)…前任のスダーンから引き継がれたこの音楽に対する真摯な姿勢と驚くべき完成度は、アプローチが異なるノット監督のもとでも健在!

⑤   10/30 東京文化会館 R・シュトラウス:ナクソス島のアリアドネ(ヤノフスキ/ウィーン国立歌劇場)…名匠のもと奏でられる緊密なアンサンブルとウィーンならではの馥郁たる響き。歌手も最高!

⑥   2/14 サントリーホール ブルックナー:交響曲第5番(バレンボイム/シュターツカペレ・ドレスデン)…倍管による壮大なスケールで、巨匠がこの曲をいかに愛しているかがよくわかる超名演。

⑦   10/23 ウィーン国立歌劇場 ヘンデル:アルチーナ(ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊)…主不在のウィーンで聴いたヘンデル、完成度の高さとあまりの美しさに感激!ヘンデルを完全に見直した。歌手陣も秀逸。

⑧   11/4 東京オペラシティコンサートホール ブルックナー:交響曲第7番他(ブロムシュテット/バンベルク交響楽団)…ブロムシュテットのブルックナーはやはり自然で神々しい。オケの重く密度の濃い響きがとてもよい。

⑨   12/5 東京オペラシティコンサートホール シューマン:交響曲第3番他(パーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン)…このコンビの相性の良さと、オケの驚くべき自発性に驚嘆。パーヴォはこのオケを振っているときが一番!

⑩   4/2 ウィーン楽友協会大ホール マーラー:大地の歌他(K・ペトレンコ/ウィーン・フィル)…ペトレンコの音楽の切れの良さと、楽友協会で聴くマーラーの官能的な響きにノックアウト。

 

以上、①が突出しているが、②以降の順位はあまり意味がないかもしれない。こうしてみると全部独墺系音楽であり、我ながら呆れる。なかでもブルックナーがベスト10のうちに3公演もあるが、私はブルヲタではない。ちなみに高原英理著「不機嫌な姫とブルックナー団」は全てのブルヲタと、コンサート通いをするクラヲタが読むべき小説である。とても面白い。

このほかにも印象的な演奏会はもちろんあって、ディオティマ弦楽四重奏団のシェーンベルクとブーレーズの連続演奏会、ユジャ・ワンのリサイタルや、ヒラリー・ハーンのリサイタルで聴いたバッハは忘れることができないであろう。

 

次に、2016年1年間の個人データをご参考までに記しておく。

 

・2016年に行った演奏回数:172回(ラ・フォル・ジュルネ9公演を含む)

 

・  聴いたオケベスト5

① 東京交響楽団27回

② NHK交響楽団20回

③ 東京都交響楽団13回

④ シュターツカペレ・ベルリン 9回

⑤ 読売日本交響楽団 8回

⑤ 東京フィルハーモニー交響楽団 8回

以上。我ながら非常に偏っている。ベルリン・フィルはこれに続く7回で、個人的にはベルリン・フィルを1年間でこんなに聴いたのは初めて。なおウィーン・フィルとウィーン国立歌劇場管を同一オケとすると8公演となる。

 

・  聴いた指揮者ベスト5

① ジョナサン・ノット 12回

② ダニエル・バレンボイム 9回

③ パーヴォ・ヤルヴィ 8回

④ サイモン・ラトル 6回

④ ダニエル・ハーディング 6回

以上。エリアフ・インバル5回がこれに続く。やはり偏っている。バレンボイム(とシュターツカペレ・ベルリン)が9回と多いのは、2月のブルックナー全曲チクルスの多くの公演と、10月下旬にベルリンでオペラ2公演を聴いたから。聴く音楽は独墺系が多いが、聴いた回数ベスト5指揮者に英国系(ノット、ラトル、ハーディング)が多く独墺系指揮者がいない不思議。

 

・  聴いたコンサートホールベスト5

①      サントリーホール 67回

②      東京文化会館大ホール 16回

③      ミューザ川崎シンフォニーホール 11回

③      NHKホール 11回

⑤      東京オペラシティコンサートホール 10回

どうでもいいがこれはほぼ予想通り。好きでもないNHKホールがベスト5入りしたのは、N響定期があるゆえ。大好きなミューザ川崎が意外に少ないのは公演数が少ないゆえ。

 

ということでこうして統計を取ると自分の異常性に気づく。来年こそは回数を減らして行きたい。来年もよろしくお願いします。

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団によるベートーヴェンの第9を、NHKホールにて。

 

ソプラノ:シモーナ・シャトゥロヴァ

メゾ・ソプラノ:エリーザベト・クールマン

テノール:ホエル・プリエト

バス:パク・ジョンミン

合唱:東京オペラシンガーズ

 

11月にバンベルク交響楽団と来日し、神々しいまでのブルックナー7番を披露した巨匠ブロムシュテット。背筋をぴんと伸ばして立ったままの指揮、だれることなく軽快なテンポ設定からは想像も付かないことだが、既に彼は89歳なのである。

 

今日の第9も、最初から最後までかなり速めのテンポでぐいぐいと進める。とはいえ作為的なところは皆無であり、その瑞々しい音楽作りは本当に驚くばかりだ。ベーレンライター版使用で、重厚感よりも軽快さが優先するアプローチだ。昔の指揮者だったら、オクターヴ上の音を弾かせてインパクトを出すところも、ずいぶんとあっさり通過していく。

ただ推進力がある一方で、特に第1楽章〜第3楽章は少々一本調子な印象になってしまったのも事実。オケ、合唱のアンサンブルも初日ということもあるのかちょっとキズが多い(FM生中継はともかく、録画は修正するんだろうか?)。それはともかくとしても、バンベルクとのあのブルックナー7番に匹敵するような感動はなかった。

ブロムシュテットは指揮棒なしだったが、あれがちょっと見づらかったのだろうか?ブロムシュテットの志向は、もう少し小編成で室内楽的な音だったかもしれない。もっとも今日は初日だから、これから回数を重ねればもう少しよくなるであろう。

 

歌手、メゾのクールマンは非常に有名だが、あとの3名はあまり聞いたことがない名前だ。バスのパク・ジョンミンは声のとても若くて瑞々しい。スペイン人テノールのホエル・プリエトはイケメンながら声量が弱過ぎる。女声2名はなかなかである。もっともこの曲のメゾは目立たないので、せっかくクールマンあまりインパクトはないが…

 

合唱は東京オペラシンガーズ。上手い。N響の第9だと音大生の合唱団を使うことが多いが、やはり東京オペラシンガーズのようなプロ集団は違う。高域の伸びがしっかりしていて音程が甘いところがない。

 

オケは16型対向配置。定期と同じ、3階Rブロック前方で聴いたのだが、弦セクション、いつもの定期で聴くリッチな音に比べて、どういうわけか今日は少し音が痩せて聞こえたのは、舞台後方に100名規模の合唱がいたからだろうか?

 

というわけで、本年の私の音楽活動はこれにて終了。近日中に今年のベストを発表します。

 

 

東京都交響楽団第822回 定期演奏会Aシリーズを、東京文化会館大ホールにて。

指揮:ヤクブ・フルシャ

 

マルティヌー:交響曲第5番 H.310

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 op.93

 

 

仕事の都合で前半聴けないはずだったのが、まさかの早終わりで新幹線が1本繰り上がり最初から聴けることになった。ラッキーである。

 

前半はチェコの作曲家、マルティヌーの5番。

マルティヌー、チェコの作曲家という観点で聴くと肩すかしを食うぐらい、全くチェコの作曲家らしからぬ作風だ。それもそのはず、彼はパリでルーセルに学んでいるのだ。そのため、彼の作品を全くの事前情報なしで聴いたら、おそらくフランス近代音楽だと思ってしまうのではないかというくらいだ。

そのようなマルティヌーの作品、同郷人フルシャの演奏で聴いても私にはチェコ人の作品には聞こえなくて、しなやかで明るい曲想に歯切れ良いリズムが心地よい音楽である。とはいえ共感にあふれた演奏であることは間違いない。土台がしっかりした素晴らしい音を出しているオケが印象的。

 

後半はショスタコ10番。10月後半にノット/東響のこの曲をザグレブ、ウィーンで聴いたばかりであるが、オケの完成度は正直、都響の方が高いかもしれない。

リストのファウスト交響曲に似ている冒頭の主題、コントラバスとチェロで奏されるこの部分のゴリゴリした手触りは、まるで旧ソ連のオケを聴いているよう。チェロとコントラバスに限らず、東京文化会館のデッドなアコースティックで聴いても、弦セクションの音の手触りの重厚感は圧倒的で、音の密度が極めて高い。ホルンを中心とする金管セクションの輝かしい響きも特筆ものであるし、木管はしなやかな上に重量感も持ち合わせている。

フルシャの指揮、先日のマーラー1番同様、ダイナミックで推進力に富んでおり素晴らしい!やはりこの指揮者は並々ならぬ才能の持ち主である。

その一方で、今日のショスタコーヴィチ10番、やや硬さとぎこちなさを感じたのも事実。もう少し流れがいいとよかったのであるが。これがインバルだったら、ある程度都響に自由に任せた上で、随所で上手に手綱を引き締めたことであろう。

あと、これはないものねだりなのだが、旧ソ連当時の空気を吸っている世代の旧ソ連・東独の指揮者たち−−−現存する指揮者だとゲルギエフ、テミルカーノフ、ロジェストヴェンスキー、フェドセーエフなどだろうか−−−の演奏に比べると、フルシャの演奏には追い詰められた重圧感とか、切羽詰まったやるせなさとか、先が見えない陰鬱な雰囲気とか、そういった要素がやや希薄に感じられる。いや、出ている音自体は十分に重厚なのであるが…

こうした陰鬱な要素が全くないショスタコーヴィチ10番の演奏の最右翼は、2012年にスラットキンがN響に客演したときの演奏。あれは、ショスタコーヴィチがコーク片手にポップコーンをほおばっているかのような、もう脳天気と言っていいくらいのすかっとさわやかなショスタコ10番だった。あの演奏に比べれば今日の演奏はずっとシリアスだったけれど。

 

オケは前半、後半とも16型通常配置。いつものことだが、都響の聴衆のマナーの素晴らしいこと!

フルシャは都響のベートーヴェンの第9を指揮するが、既にチケットは完売。買い損ねた…

NHK交響楽団第1852回 定期公演 CプログラムをNHKホールにて。

指揮:シャルル・デュトワ

ヴァイオリン*:ヴァディム・レーピン

 

ブリテン/歌劇「ピーター・グライムズ」─ 4つの海の間奏曲 作品33a

プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19*

ラヴェル/チガーヌ*

オネゲル/交響曲 第2番

ラヴェル/バレエ音楽「ラ・ヴァルス」

 

今年のデュトワのN響客演の最後は上記の盛りだくさんなプログラムである。

 

前半の最初に演奏されたブリテン、つい先日同じNHKホールでハーディング指揮パリ管の演奏を聴いたばかりであり、あのハーディングの演奏はしっくりこなかったのであるが—このデュトワの演奏も、別の意味であまりしっくり来なかった。オケの音の洗練度合いはパリ管とN響ではいい勝負ではあるが、デュトワならもっと鮮やかな色彩感で切れの良い演奏をしてくれるのでは、というような期待があったからかもしれない。意外にリズムの切れもそれほどよくはなく、至って普通の演奏。

 

続いてワディム・レーピンのソロで2曲。

レーピンの音は基本的に美音であるが、やや不安定感があることもあって、知名度があるわりに私はあまりいいと思ったことはないのだが、それは今回も同じ。どうもインパクトが弱い。今回の2曲の中では、プロコフィエフよりもラヴェルの方が彼の芸風には合っているような気がする。

 

この日よかったのは後半だ。

オネゲルの交響曲第2番。これが素晴らしい演奏だった。まさに、デュトワ節をここに来てやっと聴くことができたような気がする。難解なリズムもデュトワの手にかかると実に鮮やかに処理されて、実に明快で、抜群の切れ味の音楽となる。陰鬱な空気を表現する16型弦セクションの重量感としなやかさは抜群だ。第3楽章で登場する菊本氏のトランペットも安定していて、力強いエンディングは何とも勇壮で感動的だ。

この曲、カラヤン指揮ベルリン・フィルの超名盤があるが、実演で聴いたのはスクロヴァチェフスキ指揮読響に続いてたったの2度目。もっと演奏されて然るべき曲ではある。ちなみにデュトワ、同じスイス人のこの作曲家の交響曲全集をバイエルン放送響と録音している(1982年、1985年の録音)。

 

最後の演奏されたラ・ヴァルス、これはもうデュトワの十八番で暗譜による指揮だった。伸縮自在で自由な表現で、こういう曲を振ったら指揮棒の魔術師デュトワにかなうものはないと思われる。ただ、冒頭部分など、わずかに重さが出てきたかなあ、という印象もあった。

 

東京都交響楽団第821回 定期演奏会Bシリーズを、サントリーホールにて。

指揮/ヤクブ・フルシャ

ヴァイオリン/ヨゼフ・シュパチェク

 

ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 op.53 B.108

(アンコール)イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番〜第4楽章

マーラー:交響曲第1番 ニ長調

 

都響の首席客演指揮者であるヤクブ・フルシャが2年ぶりに都響に登場した。なぜ2年ぶりになったかと言うと、彼は第9を含む昨年12月の演奏会を、ウィーン国立歌劇場デビューを優先させるためにキャンセルしたからである。そのときはまあいろいろな意見が飛び交ったが、私はフルシャにとって当然の選択だと当時から思っていた。

 

2年ぶりに帰ってきたフルシャ、今年の秋からはジョナサン・ノットの後を襲ってバンベルク交響楽団の首席指揮者に就任し、その表現はさらにスケールが大きくなった感がある。

 

前半のドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を弾いたヨゼフ・シュパチェクは名門チェコ・フィルのコンサートマスター。チェコ生まれながらアメリカで勉強した人である。同名の父親もチェコ・フィルのチェロ奏者である。

ソリストも指揮者もチェコ人、ということで、さぞや土臭いドヴォルザークになるのかと思いきや、左にあらず。極めて洗練され、垢抜けたドヴォルザークに仕上がっていたのが興味深い。

シュパチェクの音はしなやかかつ美音で、私が持っているチェコ・フィルの音のイメージとはだいぶ違うものだ。ソリストとして活躍してきた人だが、極端に目立つことがないソロは好感が持てる。アンコールのイザイも素晴らしい。

 

後半はマーラー1番。フルシャがバンベルク交響楽団就任演奏会で採り上げた曲である。素晴らしい演奏!

若杉、ベルティーニ、インバルらの薫陶により日本で一番マーラーを演奏しているゆえ、マーラーが自家薬籠中のレパートリーとなっている都響ゆえ、この1番にしても安定感は並ではない。

1番はマーラーの最初の交響曲ということで彼の出身地であるボヘミアの影響を聞くことができる作品。それ故にフルシャも共感を覚えているようであるが、前半のドヴォルザーク同様、土臭さを感じるところはないといってよい。音楽の構えが大きくダイナミックで、若き日のマーラーに対する共感にあふれた演奏といっていいだろう。

 

いつもの都響らしく、客席は極めて静かでマナーが良い。最後の音が鳴り終わり、余韻が完全に止んでからわあっと拍手が起きたのがとてもよかった。

 

モーツァルトの歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」をミューザ川崎シンフォニーホールにて。

 

指揮・ハンマーフリューゲル:ジョナサン・ノット

管弦楽:東京交響楽団

舞台監修、ドン・アルフォンソ:サー・トーマス・アレン

フィオルディリージ:ヴィクトリヤ・カミンスカイテ

ドラベッラ:マイテ・ボーモン

デスピーナ:ヴァレンティナ・ファルカス

フェルランド:アレック・シュレイダー

グリエルモ:マルクス・ウェルバ

合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:三澤洋史)

 

先日の創立70周年欧州ツアーでますますその演奏精度を上げているジョナサン・ノットと東京交響楽団。このコンビがオペラの全曲を演奏するのは、今回が初めてである。今後モーツァルトのダ・ポンテ三部作の残り(フィガロの結婚、ドン・ジョヴァンニ)も順次演奏していくそうだ。

 

今回の上演、基本は演奏会形式ながら、歌手が舞台上で簡単な演技をしながら歩き回るスタイル。このオペラで重要な変装も、変装になっていないくらい簡単なものだ。まあ、中途半端な演出があるよりこのくらい簡素なもので十分。

舞台上のオケはかなりの小編成で、弦は6-6-4-3-2。中央にハンマーフリューゲルが鍵盤を客席側にして置かれ、指揮のノットがレシタティーヴォでそれを弾く。歌手たちはオケや指揮者よりも客席寄りで歌うのだが、歌手たちの場所からは指揮者が見えないため床にモニターが置かれている。

私の座席は2CBの最前列(一般的にいう3階)だったのだが、舞台上の人数が少ないせいか、思ったよりホールがよく響き、歌手の声も若干遠め。といっても、サントリーホールほどではないのだが。

 

今回の上演、当初発表の歌手2名が降板。フェッランド役ショーン・マゼイとフィオルディリージ役ミア・パーション。パーションはフィオルディリージを当たり役としていたのでちょっと残念と言えば残念である。

そのような降板があったとはいえ、歌手は全体として水準が高かったと言える。逆に言えば突出して印象に残る歌手もいなかったのであるが、もともとアンサンブル主体のオペラゆえ、まあそれはよかろう。

ドン・アルフォンソ役は英国の世界的歌手サー・トーマス・アレン。名前はよく知っているのだが、実演で聴いたことも録音で親しんだこともないが、72歳の大御所歌手らしい包容力と品格がある。もっともこの役はもうちょっと毒があった方がいいのではあるが。

グリエルモ役マルクス・ウェルバはさすがモーツァルト歌い!最近はワーグナーやヴェルディも歌っているが、声が成熟してだいぶ貫禄が出てきたようだ。

フィオルディリージ役はカミンスカイテ。フィオルディリージも歌っているようだが、第2幕の後半のレシタティーヴォは暗譜が間に合わなかったのか、楽譜を見ながらで、その上ちょっと嚙んでしまった…声質はそれなりに魅力的であるが、第2幕のアリアなど、もう少し深く訴えかけるものがあるとよかったのであるが。

フェルランド役シュレイダー、2011年のザルツブルク音楽祭でこの役を歌うのを聴いているのだがあまり印象がない。アリアはかなり心にしみて上手いが、やや声量は小さめだろうか。ちなみにこの人、「The Audition~メトロポリタン歌劇場への扉」というドキュメンタリー映画に出演している。

ドラベッラ役ボーモンはしっとりとした声質が素晴らしい。デスピーナ役ファルカス、この役らしい味がある表現であったが、2013年のアーノンクール指揮のハイドン「トビアの帰還」でサラ役を歌ったときはリリカルなイメージが強かった。

 

モーツァルト・マチネでの演奏もそうだが、このオケはモーツァルトに抜群の適性を発揮する。木管とホルンの音色が非常にモーツァルトに合っていて素晴らしい。トランペットは長管を使用。

 

客席、平日18時半開演の割には入っていただろうか。客席は基本的に静かだったが、曲が終わらないうちに拍手が起こるのは個人的には気に入らない。

当初発表は21時半過ぎ終演だったが、ノットは一切のカットを行わなかったので22時15分ぐらいの終演となった。長い…