• 27 May
    • インキネン/日本フィル ワーグナー「ラインの黄金」

      日本フィルハーモニー交響楽団第690回東京定期演奏会(1日目)を、東京文化会館にて。   ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」(演奏会形式)   指揮:ピエタリ・インキネン ヴォータン:ユッカ・ラジライネン フリッカ:リリ・パーシキヴィ ローゲ:西村 悟 アルベリヒ:ワーウィック・ファイフェ フライア:安藤赴美子 ドンナー:畠山 茂 フロー:片寄純也 エルダ:池田香織 ヴォークリンデ:林 正子 ヴェルクンデ:平井香織 フロスヒルデ:清水華澄 ミーメ:与儀 巧 ファーゾルト:斉木健詞 ファフナー:山下浩司   演出:佐藤美晴 照明:望月太介(A.S.G) 衣装スタイリング:臼井梨恵   首席指揮者インキネンが日本フィルでワーグナーを振るのはこれが3度目。最初は2013年の「ワルキューレ」第1幕で、このときは歌手に恵まれたこともあって素晴らしい印象だったのだが、昨年の「ジークフリート」「神々の黄昏」の抜粋はオケがペラペラに薄く、まるでよい印象がなかった。   さて今回の「ラインの黄金」は抜粋ではなく全曲演奏。昨年の公演よりはずっとよい出来であるが、かといって手放しで満足したかと言われるとそこまでではなかった、というところか。   東京文化会館に行く途中、ベーム/バイロイト祝祭管のトリスタンを聴いていたのが災いして、前半は相対的に弦の音がずいぶん軽く聞こえてしまったし、自分が眠かったこともあるのだがあまり音楽に没入できなかった。しかし第3場ニーベルハイムのあたりから音楽は雄弁さを一気に増し、16型対向配置弦セクションの低音が意外にしっかりと聞こえるようになってきたのがうれしい。 金管は多少の粗さもあったものの、量感には不足しない。   歌手陣はまずまずか。 ヴォータン役は新国リングでもおなじみのバイロイト歌手ラジライネン、さすがワーグナー歌手の貫禄を見せたものの圧倒的な陶酔感は得られない。フリッカ役のパーシキヴィ(なんとフィンランド国立歌劇場芸術監督!)はワーグナー向きの熟した声質。体調不良でドタキャンしたハルトマンの代役として重要な役ローゲを歌った西村悟は3月のびわ湖ホールプロデュースオペラでも同役を歌っていた。彼の声は私のイメージするローゲの声ではないが、いい声で実に巧いし演技もなかなかだ。今日最も喝采を受けていたアルベリヒ役ファイフェ、こちらも私のイメージするアルベリヒの声ではなかった。 他の脇役を固めた日本人歌手はみなとても巧くて、日本のオペラ界のレベルの高さを示していたと思うのだが、ワーグナーの歌唱としてはちょっと違和感があったり、声に深さが欠けていたりする人もいる。   今回は1日目だから、明日はもっとよくなることであろう。それにしても連日の上演でキャストが全員同じとは…なかなかハードなスケジュールである。

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  • 21 May
    • ノット/東響 小曽根真が弾くモーツァルト、ブルックナー5番

      東京交響楽団第650回定期演奏会(土曜)、川崎定期演奏会第60回(日曜)を、ミューザ川崎シンフォニーホールにて。土曜日の公演は、本来サントリーホールで行われるものだが、サントリーホール改装工事中のため2日ともミューザ公演となった。   指揮:ジョナサン・ノット ピアノ:小曽根 真   モーツァルト:ピアノ協奏曲 第6番 変ロ長調 K.238 (ソリスト・アンコール) (土曜日)レクオーナ:スペイン組曲「アンダルシア」〜第4曲「ヒタネリアス」 (日曜日)小曽根真:My Witch’s Blue   ブルックナー:交響曲 第5番 変ロ長調 WAB 105(ノヴァーク版)   昨年7月、圧倒的に素晴らしいブルックナー8番を聴かせたジョナサン・ノットと東京交響楽団。そのコンビが、ブルックナーの中で8番と並んで個人的に大好きな5番をやるということで、期待値MAXで臨んだ2回の公演である(初日2CB、2日目2CA)。   結論から言うと、初日は手探り状態で第1、2楽章が平坦なイメージ、後半やっと形ができてきたか、というところだったが、2日目は相当完成度の高い演奏となった。 とはいえ、このコンビのブルックナーとしては昨年の8番には及ばないというのが私の個人的感想である。そもそも、深くごつごつした響きが要求される5番の交響曲、日本のオケにはやはり難しい曲なのではないかと思うのだ。昨年のバレンボイム&シュターツカペレ・ベルリンの5番。一生記憶に残るであろう、あの圧倒的な演奏と比較するとどの演奏もかすんでしまう(まあ、あれは倍管、ティンパニ2名にして相当な音量を出していたのだが)。 あと一つ付け加えると、5番のような壮大な建造物を想起させる作品は、教会のような豊かな残響があった方がいい。ミューザ川崎は世界でもトップクラスのホールだと思うが、残響はすっきりしている。5番のような曲は、サントリーホールのような豊かな残響があるホールの方が、聴き応えがあるのは確かだろう。 第1楽章、第2楽章はテンポがやや遅めで、そのこと自体はいいのであるが、初日はそれが冗長で、メリハリのない演奏に聞こえた。2日目は細部の練り上げが素晴らしく、彫りが深い表現。このオーケストラは元々とても丁寧な仕事をする。ノットが目指しているしっかりした低音を土台にした、重心が低いバランスの音作りの上で、その丁寧な音が更に価値を増しているように感じられた。 第3楽章の推進力と、第4楽章のフーガのどこまでも精緻な表現は両日とも見事であった。このオケの音、ブルックナー、マーラー、ワーグナーといったドイツ後期ロマン派音楽をやるにはまだまだ響きが薄めだと思うが、それでも今回の第4楽章を聴くとずいぶんといい方向に行っていると思う。 弦は16型対向配置。木管はオリジナル通り2管。   前半のモーツァルトのピアノ協奏曲第6番。この無名な曲を、ジャズピアノの名プレイヤーである小曽根真が演奏。ブルックナー5番だけで十分お腹いっぱいになるはずなのに、こういう組み合わせのプログラムになるのはちょっと不思議。もちろん、変ロ長調という調性でつないでいるのはわかるのだが。 小曽根のモーツァルト、昨年5月のN響定期でチック・コリアと共演した2台のピアノのための協奏曲も中途半端な印象がぬぐえなかったが今回も同様。モーツァルトの様式感とは違うし、ジャズテイストかというとそうでもない。カデンツァはそれなりにジャズのテイストを採り入れて転調やリズムの変化を持たせていたのだが。 弦は6-6-4-3-2という小編成。 演奏のあと、小曽根さんはわざわざピアノの蓋を閉じてオケメンバーが全員客席から見えるようにするという配慮。アンコールのときはまた蓋を開けていたが。このアンコール、2日目の自作が圧倒的にいい。やっぱり、この人はジャズが一番だ!   2日とも、終演後はノットがソロ・カーテンコール。

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    • フェドセーエフ/N響 チャイコフスキー4番他

      NHK交響楽団第1861回 定期公演 CプログラムをNHKホールにて。 指揮:ウラディーミル・フェドセーエフ   グリンカ/幻想曲「カマリンスカヤ」 ボロディン/交響曲 第2番 ロ短調 チャイコフスキー/交響曲 第4番 ヘ短調 作品36   今年の8月で85歳になるロシアの巨匠、フェドセーエフ。旧ソ連時代から活動している指揮者としては、昨日読響に客演した現在86歳のゲンナジー・ロジェストヴェンスキーと双璧か。テミルカーノフは78歳だからまだ若いほうだ。いずれにしても、旧ソ連で国家が芸術活動を厳しく統制していた時代から、壁崩壊の後の時代を生き抜いてきた巨匠たちである。尊敬に値する芸術家である。   今日のプログラム、ベタといえばベタながらオール・ロシアプロ。 1曲目のグリンカの作品はもちろん聴いたことがないので、NMLのスヴェトラーノフの演奏で予習。N響にも客演していたそのスヴェトラの演奏に比べると、フェドセーエフの演奏はだいぶテンポがゆっくり。昔はフェドセーエフももう少し爆演系のイメージがあったが、今やとてもおっとりして老大家の演奏になってきている。それにしてもこのカマリンスカヤ、なかなか古典的でいい曲だ。   2曲目は化学者ボロディンの交響曲第2番。カリンニコフよりはいいと思うが、正直第1楽章のテーマは凡庸では?でもボロディンらしく美しい旋律を聴くことはできて幸せではある。   後半は超名曲のチャイ4。実に味わい深い音楽である。枯淡の境地に達した巨匠の音楽なのだろうか? 冒頭のホルンがとても厚く見事。ロシアのオケを振ったらもっと強烈だったのだろうが、日本の機能性高いオケだと節度を保った演奏となる。 フェドセーエフが指揮棒なしで作り上げる音楽は、とてもゆったりとしていて、弱音の美しさが際立っている。特に第2楽章の静寂感はとても素晴らしく、アタッカで続いた第3楽章のピツィカートもあまりに繊細だ。 第2楽章の中間部、通常であればそこそこ速めのテンポで演奏されるのだが、フェドセーエフのテンポは驚くほど遅い。 オケはやはり非常に素晴らしい。日本のオケのなかでは金管は最高であろう。 また、ティンパニの植松氏の絶妙かつ繊細なさじ加減に驚く。

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  • 20 May
    • バッティストーニ/東京フィル 春の祭典他

      東京フィルハーモニー交響楽団第109回東京オペラシティ定期シリーズ。   指揮:アンドレア・バッティストーニ コンサートマスター:三浦章宏   ヴェルディ/歌劇『オテロ』第3幕より舞曲 ザンドナーイ/歌劇『ジュリエッタとロメオ』より舞曲 ストラヴィンスキー/バレエ音楽『春の祭典』 (アンコール)外山雄三:ラプソディ〜八木節   2016年9月から東フィルの首席指揮者を務める1987年生まれのバッティストーニ、今シーズン最初のプログラム。彼が振る定期公演は2プログラムのみで、今回はそのうちの1つで、ダンスがテーマとなっている。   驚くべきハイテンションの連続!この指揮者が絶大な人気を得ているのがよくわかる。   まずは後半のハルサイ。全体としては少しだめ速めのテンポ設定で、燃える火の玉が突進していくかのような勢いに満ちた演奏だ。冒頭のファゴットは苦しそうというよりはすっきりした印象なのだが、その後展開されていく音楽が熱く、濃いのだ。こういうハルサイを振る指揮者、いそうでなかなかいない。例えば2日前に同じホールで聴いたサロネン、彼がハルサイを演奏すると、やはりテンポはかなり速めだが受ける印象はずっとクールである。 細かいところで結構「小技」を効かせていて、具体的にはあっと思わせる部分が3カ所ぐらいあって(第2ヴァイオリン、ティンパニ、トロンボーン)、ちょっと吹き出しそうになるものもある。 オケは大変にいい仕事をしていて、あれだけハイテンションで伸縮自在の表現によく対応していたと思う。   前半に演奏されたのはイタリアオペラの中の舞曲が2つ。 最初はヴェルディのオテロ。あれだけ何回もオテロを観ているにもかかわらず、この舞曲があまり耳に残っていないのは不思議だと思ったら、パリ初演のときに追加されたバレエ・シーン用の音楽だそうだ。 2曲目に演奏されたザンドナーイ(1883〜1944)もイタリアのオペラ作曲家だが、恥ずかしながら私は今回その名前を初めて知った。個人的には1曲目よりもこちらの方が舞曲としては面白く、特にエンディングは強烈なテンションで突っ走る、バッティストーニ向きの音楽!これは面白かった。   前半が正味15分程度、15分の休憩を挟んで30分強のハルサイということで、非常に短いプログラムとなった。このためか、アンコールとして日本の舞曲である八木節が演奏されたが、こちらも言うまでもなく圧倒的盛り上がりを見せた。終演20時半過ぎ。 この日は読響でロジェストヴェンスキーのブルックナー5番シャルク版(東京芸術劇場)、N響でフェドセーエフ(NHKホール)と重なったということで、それでも会場はそれなりに入っていたけれど、休憩中の雰囲気、クラオタの私としては結構アウェー感があったのは事実。

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    • サロネン/フィルハーモニア管による壮絶なマーラー6番

      エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の来日公演を、東京オペラシティコンサートホールにて。   ストラヴィンスキー:葬送の歌 op.5 [日本初演] マーラー:交響曲第6番イ短調 《悲劇的》   サロネンがフィルハーモニア管の首席指揮者になったのは2008年9月。それからすでに9年近くが経過している。 その彼らが2009年に録音したマーラー6番のCDがあるのだが、録音がイマイチなこともあって、あまりパンチが感じられない演奏である。 しかし今回の来日公演におけるマーラーの6番、これは壮絶である!9年の間に、このコンビの関係が深まっていったからなのか、細かい表現がだいぶこなれている印象がある。 サロネンの指揮は一見とてもエネルギッシュでありながら、各楽器のバランスや、全体の構成に配慮している。さすがは作曲家! 冒頭のチェロとコントラバスの刻み、遅めのテンポで非常に重苦しい。アゴーギクはそれほど多くはないものの随所に施されている。そして、前回のベートーヴェンでも感じられたが、非常にパワフルにオケを鳴らしていて、特に第4楽章のスケールは相当なものである。舞台左手最後方に置かれたハンマーの響きは極めて鋭い。 サロネンは第2楽章スケルツォ、第3楽章アンダンテの曲順を採用。アンダンテは指揮棒なしでの演奏だった。 オケは金管のパワーと音圧がすごい。しなやかさよりも、突き抜ける直球のようなイメージの音。ホルン首席のナイジェル・ブラック、彼の音はその金管の中ではしなやかな音色を持っている。今回はもう一人の首席、美人過ぎるホルン奏者ケイティ・ウーリーが来日していないのはちょっと残念だが… 金管に比べると、このオケの木管は正直弱い。特にオーボエはもう少し明瞭な音が欲しいところだ。もっとも、少し引っ込んで聞こえるこれらの木管の音こそ英国的中庸だと言えなくもないのだが。 コントラバスを除いて女性奏者が7割を占める弦セクションはとてもシックな響きで、いかにも英国のオケである。 第4楽章の最後の音の余韻がとてもよく、聴衆の意識が高い素晴らしい演奏会であった。   マーラーの前に演奏されたのはストラヴィンスキーの「葬送の歌」。ストラヴィンスキーの作曲の師であるリムスキー=コルサコフの死に接して作曲された12分足らずの音楽で、生前譜面が行方不明だったのだが、2015年にサンクトペテルブルク音楽院の図書館で譜面が発見され、2016年にゲルギエフ指揮マリインスキー管により蘇演された。この作品、作曲者自らがロシア時代の最高傑作だと言っていたらしい。今回は貴重な日本初演! 深い悲しみに満ちた音楽であるが、ロシア的な情緒とともに、後年のストラヴィスキーの作風が一部垣間見えるのがとても興味深い。作品5ということはあの作品4「花火」の次に来る作品だ。   今回の演奏会、ストラヴィスキーとマーラーが休憩なしで演奏されたため、19時開演で20時50分に音が鳴り終わった。終演後の拍手喝采はすごくて、サロネンのソロ・カーテンコール2回。チケットは完売で、クラオタや著名評論家が大挙して押し寄せた演奏会となった。 それにしても、東京オペラシティの主催公演はいつもながら企画が素晴らしい上にチケット代が安い。そういえば、このホールができてまだ間もない1998年にも、サロネンとフィルハーモニア管のコンビによる、素晴らしいリゲティやストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」をここで聴いたのだった。   総合評価:★★★★☆

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  • 17 May
    • オズボーン、ブラビンズ/都響 バターワース、ティペット、ヴォーン・ウィリアムズ

      東京都交響楽団第831回 定期演奏会Bシリーズ(東京オペラシティ コンサートホール)。 指揮/マーティン・ブラビンズ ピアノ/スティーヴン・オズボーン   バターワース:青柳の堤 ティペット:ピアノ協奏曲(1955)(日本初演) ヴォーン・ウィリアムズ:ロンドン交響曲(交響曲第2番)   英国の指揮者マーティン・ブラビンズは57歳。わずか1シーズンで退任したマーク・ウィッグルスワースの後任として、現在イングリッシュ・ナショナル・オペラの音楽監督を勤める。実物はヒゲを蓄えていて写真よりも貫禄があるイメージだ。都響にはたびたび客演しているようだが私が聴くのが今回初めて。   さて、今回のプログラムは全てが英国音楽。私は英国音楽がかなり好きで、何よりもまず20世紀最大の作曲家ブリテンが最高!そしてエルガー、ウォルトンと続く。ホルストもいい作曲家で、有名な「惑星」以外にも、吹奏楽のための組曲など、とてもいい曲を書いている。 しかし今日の曲目はほとんどなじみがないので事前にCDとNML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)で予習。   バターワース(1885〜1916)は第1次世界大戦で戦死した夭折の作曲家。彼の「青柳の堤」は英国民謡が使用されている、非常に美しい佳作。これはもっと演奏されてしかるべき曲だろう。 2曲目のティペット(1905〜1998)はバターワースと対照的に長寿の作曲家で、オラトリオ「我らの時代の子」が有名だがこのピアノ協奏曲は初めて聴く(日本初演)。昨日NMLで予習したとき、そのあまりに素晴らしい音楽に驚愕し、なぜ今までこんな名曲を知らなかったのかと後悔したのだが…今日の演奏、正直そこまでの感激がなくかなり眠くなってしまった。オズボーンのピアノは実に見事だったのだが、どういうわけか音楽がどうも一本調子に聞こえてしまったのだ。ちなみに事前予習して感激したのはハワード・シェリーのピアノ、リチャード・ヒコックス指揮ボーンマス響による演奏である。一本調子に聞こえたのは東京オペラシティコンサートホールにおける巨大オケの響きが、音響の飽和でモノクロ映像のように単色に感じられたからかもしれない。   後半はレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872〜1958)(RVW)の交響曲第2番。 実は私、英国音楽が好きでありながら、RVWは正直苦手なのである。彼の交響曲、ハイティンクによる全集やその他英国の著名指揮者の録音を聴いているのだが、どういうわけか今ひとつ親しめない。もっとも同じ英国の作曲家エルガーも、長いこと苦手だったのがあるときから大好きに転じたので、RVWもいずれそうなることを期待しているのだが。 で、今日のブラビンズと都響の演奏、非常によかった!こういう曲は実演を聴くに限る。録音だと音の拡がりに限界があって作品の本質がわからないのかもしれない。プログラムの解説で、各楽章に描かれている情景がよくわかったのもよかった。 交響曲第2番「ロンドン交響曲」は、ロンドン子を自認するRVWがロンドンの街を描いた作品で、今日の1曲目を書いたバターワースの勧めで書かれた作品だ。私も遅まきながら2014年に初めてロンドンを訪れ、その街の文化の多様性と、よそ者に寛容で居心地のよい雰囲気がすっかり気に入ったのだが、まあこれはごく短期間滞在しただけだからそう感じたのかもしれない。 そのときのロンドンのイメージとこの曲のイメージとは、時代も違うのでもちろん同じではないのだが、多様な文化がモザイクのように入り交じっている雰囲気はこの曲が書かれた当時のロンドンも同じだったのかもしれない。 ブラビンズの演奏はとても気品と余裕が感じられ、都響の美質を最大限に引き出していたように思う。   総合評価:★★★☆☆

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  • 16 May
    • チョ・ソンジン、サロネン/フィルハーモニア管 R・シュトラウス、ベートーヴェン

      都民劇場音楽サークル第647回定期公演を、東京文化会館にて。   指揮:エサ=ペッカ・サロネン 管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団 ピアノ:チョ・ソンジン   R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」Op.20 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37 (ソリスト・アンコール)シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番イ長調〜アンダンテ ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調Op.92 (アンコール)シベリウス:「ペレアスとメリザンド」Op.64〜メリザンドの死     フィンランドの指揮者兼作曲家、エサ=ペッカ・サロネンもすでに58歳。しかし、指揮ぶりは相変わらず、実に若々しくてかっこいい! サロネンは現代音楽の作曲家であり現代音楽の偉大な表現者の一人であるというのに、今回のプログラムはいったい…サロネンのような指揮者を連れてきてこのプログラムというのは、あまりに残念。 今回の来日公演、今週木曜日の東京オペラシティにおけるストラヴィンスキー「葬送の歌」とマーラー6番が唯一サロネンらしいプログラムだ。前半の「葬送の歌」は長らく紛失されていたもので、2015年に発見された。今回日本初演となる。 http://www.afpbb.com/articles/-/3059868    さて今回の都民劇場のプログラムが残念と書いたが、終わってみれば非常に素晴らしい演奏で満足度が高かった!   1曲目のドン・ファン。大変な力強さと強烈な熱量の放射を感じることができる演奏で、16型通常配置オケのパワーはデッドな文化会館を揺るがすようであった。颯爽とした表情が実にクールな演奏である。エンディングの静かな部分の直前のアッチェレランドは強烈!   2曲目のベートーヴェン3番を弾いたのは、ご存じ2015年ショパン・コンクールの覇者、22歳のチョ・ソンジンである。ショパン・コンクールの優勝者というと、行く先々でショパンばかり演奏させられることになるので、どうしてもショパン弾きというイメージがまとわりつく。しかし今回彼のベートーヴェンが聴けたのは非常に幸運だった。 あまりに素晴らしい演奏である!文化会館のデッドな音も相まって、非常に明瞭なピアニズムである上、すでに大家の風格と余裕が感じられるのがすごい。賛美歌のような第2楽章が非常に感動的。 オケは12型で、ドン・ファンのときに舞台中央後方で使われていたティンパニとは別に、ピリオド系の小さなティンパニがトランペットの右手に配置された。そして、トランペットも長い管のピリオド楽器で、トランペットとティンパニが極めて鮮やかで鋭い音を奏でる。 チョ・ソンジンがアンコールで弾いた曲はシューベルト。極めて内省的な表現でしっとりとした美しさをたたえている。この人、ショパンだけでなく独墺系の音楽にも適性を発揮しているようだ。   意外にも前半が終わったのがすでに20時20分。20分の休憩をはさんで20時40分に後半が開始された。 後半は弦14型。木管は2管のままだが金管はホルンが2→4、トランペットが2→3に増強。トランペットとティンパニはピアノ協奏曲同様ピリオド楽器である。 冒頭の和音、トランペットのA音がいきなりぽんっ!と空気をつんざく。ここまで明瞭に冒頭のトランペットが聞こえた7番は初めてだが、このトランペットは曲全体で極めて象徴的に鳴らされていて、硬く乾いたティンパニの音とともに曲の輪郭を明確に縁取っていたと言える。ドイツ音楽でありながら低音を過大にぶんぶんと鳴らすことはなく、このあたりはサロネンの音楽作りの方向性が表れている。 サロネンのイメージからして、結構テンポは速めなのだろうと勝手に思っていたのだが意外にじっくりと鳴らす演奏で、第2楽章も普通に1小節2つ振り。第3楽章の中間部だけは速めか。第4楽章冒頭の2つの主題の間のパウゼがやけに長い。 使用楽譜はわからないが、第2楽章末尾のArcoの位置からするとベーレンライター版ではない。   オーケストラ、ものすごく技術的に優れているとまでは言えないと思うが、やはり英国的なシックな味わいである。弦は女性が多い!コントラバスこそ全員男性だが、それ以外だと7割ぐらい女性ではないだろうか。ヴィオラの首席はシカゴ響から移った小倉幸子さん。   ベト7が終わった段階ですでに21時20分前。なんと更にアンコールでシベリウスが演奏された。英国のオケとシベリウスの相性は確かによくて、弦の弱音はなかなかいい味を出していた。

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    • 山田和樹指揮日本フィル マーラー・ツィクルス第7回 交響曲第7番

      山田和樹マーラー・ツィクルス第3期昇華 第7回公演を、オーチャードホールにて。 指揮:山田和樹 日本フィルハーモニー交響楽団   武満 徹 : 夢の時 マーラー : 交響曲 第7番 ホ短調「夜の歌」   ヤマカズによるマーラー・ツィクルスもすでに3年目。今回5月から6月にかけて7、8、9番の演奏を持って終了する。つまり10番と大地の歌はツィクルスに含まれていない。   今まで1番から順番に彼が振るマーラーを全て聴いているが、最も印象的だったのは2番。ハンブルク稿の1番、3番もよかった。一方5番は正直いかがなものか、という印象だった。総じて言うとヤマカズは初期の交響曲の方が向いているように思われる。   今回の7番。ヤマカズの解釈、みずみずしい手触りが感じられる良さがあるのだが、この長大にして多くの指揮者が手を焼く交響曲、インバル師などのスペシャリストに比較するとやはりどうしても全体的な見通しの良さはない。かといって細部の彫りが深いわけでもないので、パンチが弱い。 オーケストラは金管も木管も少々粗く、弦が薄いので強烈なインパクトがないう。時間が経つにつれて印象がどんどん薄らいでいく… そんなわけで、生煮えの感がぬぐえない演奏であった。   前半に演奏された武満のネオ・ロマンティシズム時代の作品、「夢の時」もすでに古典とも言える名曲であるが、こういう日本人作品、彼らはお手のもの。日本フィルはその淡い音色がタケミツ・トーンに実によくマッチして幻想的でいい演奏になる。オーケストラの遺伝子のなかに、すでにタケミツに適合した何かが根付いているような気さえする。   いつもながらこのツィクルスは聴衆のマナーがとてもいい。マイクのほか、無人カメラも舞台上及び客席にかなりの台数が設置されていたから、映像作品にもなるのだろうか。なおこのツィクルス、すでに2、4、6番がCDとして発売されている。私はハイレゾ音源の6番を購入したのだが、これは驚異的な音質で録音されている。   総合評価:★★★☆☆

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  • 14 May
    • ノット/東響 タクシードライバー、パニック、そしてベートーヴェン8番

      東京交響楽団東京オペラシティシリーズ第97回。 指揮:ジョナサン・ノット アルト・サクソフォン:波多江史朗 ドラムス:萱谷亮一   ハーマン/パーマー編:「タクシードライバー」~オーケストラのための夜の調べ バートウィッスル:「パニック」~アルト・サクソフォン、ジャズ・ドラムと管打楽器のための酒神讃歌 ベートーヴェン:交響曲 第8番 ヘ長調 作品93   ジョナサン・ノット、昨年末の「コジ・ファン・トゥッテ」以来久々の登場である。オペラシティ定期のプログラムは、ご覧の通り意欲的かつ一風変わったものだ。   最初に演奏された「タクシードライバー」はマーティン・スコセッシ監督による1976年公開のアメリカ映画に付けられた音楽。「タクシードライバー」、私の世代には懐かしい映画だ。今や大女優のジョディ・フォスターが14歳の少女で出演していた映画。作曲は映画音楽の作曲家バーナード・ハーマンだが、この映画の封切り前に亡くなったそうだ。 その音楽はもう覚えていなかったが、今回演奏されたのはその映画音楽を5つからなるオーケストラ曲にアレンジしたもの。どこかけだるい雰囲気で、波多江史朗氏のアルトサックスがスマートである。もう一度映画を観たくなった。   2曲目はその波多江史朗氏のサックスに加えて萱谷亮一氏のドラム、2名のソリストと、オケの管楽器メンバーのみによるバートウィッスル作品。バートウィッスルは英国人作曲家で、クラオタには名高い作曲家であるが…正直、この「パニック」が曲として面白いとは思えず。 終始不協和音が連続する音楽でやや単調。作曲者は「酒神賛歌」と呼んでいるそうだが、酒飲みの私でもちょっとこれは酔えず少し眠くなった。ちなみに「パニック」という言葉が牧羊神(パン)が突然現れて人間に恐怖を与えたことから生まれた、というのはこの音楽の解説で初めて知った。 オケパート、楽譜にまるで規則性がなく演奏は相当困難だったようだ。2人の独奏者、オーケストラともに大変な熱演で、演奏そのものは極めて上質であったことは付け加えたい。   後半はなんとベートーヴェンの8番1曲のみ。 12型対向配置とやや小編成ながら、ノット監督の棒から生まれる音楽は極めて音圧が高く、ハイテンションだ。こういうドイツ音楽をやったときの東響の音の進化、そして深化が手に取るようにわかる演奏だった。 ノット監督はこの曲の演奏にあたり、ボウイング等を細かく記載したパート譜を自ら用意したそうだ。以前、故ロリン・マゼールが2010年の大晦日に東京文化会館でベートーヴェンの交響曲を全曲演奏したとき、指揮者が自らパート譜を用意したことを思い出す。 その譜面の記載が演奏に具体的にどのように反映されたのかまではわからないが、この曲に私が従来持っていた印象に比べてかなりの重さを感じたのは事実。第3楽章中間部のホルンは実によかったが、ここで聴かれた音も普通の演奏に比べると硬めの音色だったような気がする。   正味演奏時間は1時間程度で、後半音が鳴り終わった時点で15時半。とても短い演奏会だが、音の密度と数はとても多かったか。   総合評価:★★★☆☆

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  • 12 May
    • 上岡/新日本フィル ブルックナー3番他

      新日本フィル、#573 ジェイド<サントリーホール・シリーズ>(東京オペラシティ コンサートホール開催)。 指揮:上岡敏之 メゾ・ソプラノ:カトリン・ゲーリング*   ワーグナー:歌劇『タンホイザー』序曲 ワーグナー:『ヴェーゼンドンク歌曲集』女声のための5つの詩* ブルックナー:交響曲第3番 ニ短調       ワーグナー2曲に、ブルックナーの「ワーグナー交響曲」という、私が大好きな曲が3つ並んだプログラム。これは行かないわけには行くまい。というわけですごく期待していたのだが…うーん。   後半のブルックナー3番。いいところもあったことはあったのだが、正直苦行に近かった。今日初めてこの曲を聴いた人は、きっとブルックナーを嫌いになったのではないか、とさえ思ってしまった…この曲が作曲者指揮ウィーン・フィルによって初演されたとき、ムジークフェラインザールに最後まで残っていた聴衆は7人だったと言われているが、途中で帰った人々の気持ちが少しわかったような気が…今日感動された方、本当に申し訳ありません。 念のために言うが、オーケストラはいい仕事をしていた。読響首席の松坂氏が客演したホルンをはじめ金管は健闘していたし、トランペットは冒頭からいい音を出していたし、木管もいつもながらの水準。 私がダメだったのは、上岡氏の解釈である。この人のマーラーは破天荒で結構面白いのだが。まあ彼のマーラーもブルックナーも、どちらもイっちゃってる演奏であるがその方向性は全く異なる。彼が監督を務めたブッパータール響との7番の録音はCD1枚に収まらず2枚組、総演奏時間90分… とにかく音楽が流れない。歌って欲しいところで歌わないし、鳴らして欲しいところで得られる響きは十分に美しいのだが、私の好みとは違う。もう少し楽天的に演奏してもいいであろうブルックナー3番が、ことごとく勿体ぶって深刻に演奏されているような気がする。第1楽章冒頭の弦の分散和音や、第3楽章冒頭の弦のピツィカートがほとんど聞こえないのはあえてそうしているのだろうか。 上岡氏があまりに天才で、私が彼の芸術に付いていけないだけなのかもしれない。 弦は16型通常配置。   冒頭に演奏されたタンホイザー序曲、意外にまでに響きが暗く、弦が軽く聞こえる(3階正面席における所見)。やはりワーグナーを演奏するとこのオケは響きが薄い。 続いて演奏された感動的なヴェーセンドンク、これが今日の演奏のなかでは一番よかっただろうか。指揮者の解釈が一番まっとうだったとも言える。12型に縮小された室内楽的なオーケストラの響きと、しっとりとした歌手の声がとてもいいバランスだ。それにしても、カトリン・ゲーリンクという名前、ナチスの高官だったヘルマン・ゲーリンクと同じ苗字なのは驚き。   総合評価:★★☆☆☆

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  • 06 May
    • ラ・フォル・ジュルネ2017 第3日目総括

      ラ・フォル・ジュルネ3日目最終日。   (№343 ホールC) クリストフ・バリサ (語り) ロランス・アミー (巫女) リュシー・シャルタン (ソプラノ) マリアンヌ・ベアーテ・キーランド (メゾ・ソプラノ) エンドリク・ウクスヴァラフ (テノール) ローザンヌ声楽アンサンブル シンフォニア・ヴァルソヴィアのメンバー ダニエル・ロイス (指揮)   オネゲル:オラトリオ「ダヴィデ王」   昨日の「モノプリズム」と並んで、私にとっては今年の目玉となる公演である。 スイスの作曲家、オネゲル(1892〜1955)が1921年に書いたオラトリオ「ダヴィデ王」、演奏される機会は非常に少ないので実に貴重な公演だ。 この作品、元々は4時間に及び劇の付随音楽で、このときの編成はオーケストラ17人。その後改訂されて短縮されたオラトリオとなり、オーケストラは2管編成に拡大されたのだが、今日の公演は改訂後のオラトリオを当初の17人の編成で演奏する形が採られた。   この作品をローザンヌ声楽アンサンブルという素晴らしい合唱団の演奏で聴けるとは贅沢の極み。この公演、合唱はもちろん、語り、独唱、器楽奏者全ての水準が高くとても満足度の高い公演となった。クリストフ・バリサの語り、出番が少ないがロランス・アミーの巫女、彼らのフランス語が美しいのは私のように全くフランス語を解さずともわかる。 独唱ではとてもかわいらしいソプラノのリュシー・シャルタンの澄み切った美声が素晴らしかった。この人、昨年のLFJの「天地創造」にも出演していた。 最後の「ダヴィデの死」における女声合唱の天国的な美しさは記憶に残るものである。   歌詞対訳が配られた上に字幕が出るという贅沢な公演だった(字幕を用意するには相当なコストがかかるはず)。しかし対訳を静かにめくれない連中のかさかさ音はやはりどうしても気になる。LFJのような音楽祭で、字幕が出るのであれば対訳配布は不要ではなかろうか?   総合評価:★★★★☆   (№324 ホールB7) 宮田まゆみ (笙) オーヴェルニュ室内管弦楽団 ロベルト・フォレス・ヴェセス (指揮)   細川俊夫:セレモニアル・ダンス(2000) 細川俊夫:ランドスケープV (笙と弦楽四重奏のための)(1993) テレマン:組曲ト長調「ドン・キホーテのブルレスカ」   なんとなく最終日1公演では物足りなく、追加でもう1公演、少々マニア向けのものを。ホールB7というそれほど大きくないホールの後ろ半分がほぼ空席なのに驚いたが、この渋いプログラムでは無理もないかもしれぬ。   前半2曲が細川俊夫(1955〜)の作品。ドイツで学び、ドイツと日本を拠点に活動する現代作曲家、細川俊夫は海外で非常に評価が高いのだが、日本での人気はまあ、どうだろうか…素人の私もこの人の作品がずば抜けてすごい、ということは理解しているつもりだが、好んで繰り返し聴く音楽かと言われるとそこまでではないというのが正直な感想。respectとloveはやはり、違うのだ。   1曲目のセレモニアル・ダンス。ダンスという名称からはちょっと意外な静謐な音楽である。細川作品、竹藪がさわさわっと音がして、風がやむとシーンとする、そんなイメージの作風と言えばいいだろうか。オーヴェルニュ室内管弦楽団の約20名の弦楽器奏者のみで演奏された曲。   2曲目は笙と弦楽四重奏による曲だが、弦は1曲目同様の弦楽合奏。ハーモニカのような音がする笙を演奏する宮田まゆみさんは、この楽器の名手として名高い。武満の有名な「セレモニアル」の演奏者としても有名だ。この曲も、静謐という言葉が最もふさわしいだろうか。外国人が京都に来て、素晴らしい石庭や箱庭を見たら、この曲のような印象を持つのだろうか。最後の最後で子供の声が会場に響く。   細川の後は、なぜかテレマン。テレマン(1681〜1767)はかのヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685〜1750)と同世代の作曲家。クラオタの私であるがテレマンを演奏会で聴いたのは、今日を含めてたったの4回だ。生きている当時はバッハよりも人気があったという。確かに耳あたりがとてもいい作品だが、バッハの深遠さには到底及ばないというのが正直な感想。   というわけで、2017年のLFJはこれでおしまい。何度も言うが、今年は小粒だ。中途半端な企画が多いような…   総合評価:★★★☆☆  

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    • ラ・フォル・ジュルネ2017 第2日目総括

      ラ・フォル・ジュルネ2017の2日目。   (№242 ホールC) シンフォニア・ヴァルソヴィア 廖國敏[リオ・クォクマン] (指揮)   ジョン・アダムス:オペラ「ニクソン・イン・チャイナ」から 主席は踊る ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ コープランド:ロデオ   20世紀のアメリカで生まれた3つの作品から成る意欲的プログラム。こうしたプロが当たり前に組まれるのがラ・フォル・ジュルネのいいところなのだが、残念ながらこの公演、かなり空席が目立つ。指揮者のリオ・クォクマンの知名度のせいか?   最初の曲はジョン・アダムスのオペラからのダンス・ミュージック。宴席に毛沢東夫人、江青が押しかけ、社交ダンスを踊るとそれに興奮した毛沢東が額縁から抜け出して踊るというシーンの音楽だそうだ。1987年に完成された本作、当時のジョン・アダムスらしいミニマリスティックな要素が強い音楽であり、非常にわかりやすい作品である。演奏はややリズムに硬さが見られたが、作品の素晴らしさは十分に引き出していたと思う。   2曲目のサーカス・ポルカは象のバレエのための音楽で、初演時はピンクのチュチュを身にまとった50頭の象が踊ったという。シューベルトの軍隊行進曲がパロディとして現れる。余談だがこの曲、なんとカラヤンが録音している。 今日のオケ、トロンボーンを中心とする金管の輝かしい響きが魅力的だった。弦は12型と小ぶりな編成であったが、低弦が十分に唸って聞こえたのがよい。   3曲目のコープランドのロデオはアメリカのカウボーイ民謡を題材にした名曲。個人的には、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの名盤で慣れ親しんだ音楽だ。そのバーンスタインの鮮烈でクールな演奏に比べると、クォクマンとヴァルソヴィアの演奏はリズムが硬く、ぎこちなさをどうしても感じてしまう。とはいえ、弦のまろやかで艶のあろ音色や、金管のしなやかで立体的な響きは十分に魅力的。   指揮者のリオ・クォクマンはマカオ出身。フィラデルフィア管弦楽団のアシスタント・コンダクターとのこと。   総合評価:★★★☆☆     (№215 ホールA) 林英哲 (和太鼓) ピョートル・コストゼワ (ティンパニ) ピョートル・ドマンスキ (ティンパニ) 英哲風雲の会 (和太鼓ユニット) シンフォニア・ヴァルソヴィア 井上道義 (指揮)   グラス:2つのティンパニとオーケストラのための幻想的協奏曲(全3楽章) 石井眞木:モノプリズム(日本太鼓群とオーケストラのための)   クラオタ的には興味深い公演が減って小粒になってしまった今回2017年のLFJ。その中では、最も期待していた公演がこれである。   とにかく、後半のモノプリズムが驚異的に素晴らしかった!!林英哲と英哲風雲の会、合計7名の和太鼓が圧倒的にすごい。テンションMAX!超クール、かっこよすぎる!終演後はこの巨大会場も沸きに沸いた。和太鼓、素晴らしいなあ。 ベルリンに学んだ石井眞木(1936〜2003)のこの曲、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」同様、西洋音楽と日本の伝統楽器を融合させた曲として名高い。ちなみに石井眞木、我々の世代には、TBS「オーケストラがやってきた」の司会者としても記憶されている。山本直純氏が無灯火運転で事故を起こして謹慎していた時期の司会者だ。 舞台前方左手に締太鼓7、右手に中太鼓3、舞台中央奥、オーケストラの後ろに大太鼓1。これを7人の筋肉隆々の奏者たちが演奏する。 オケパートはいかにも石井眞木らしい、先鋭的で洗練された西洋現代音楽。これに対して、時に静かに、時にダイナミックに演奏される和太鼓パートは明らかに西洋音楽の趣向と異なり、日本の伝統芸術に見いだすことができる凜とした「気」が感じられる。 それにしても和太鼓の音圧は圧倒的だ。5000人入る巨大なホールA全体を揺るがすほどの壮絶さがある。 オケパート、わずかな緩さはあるものの、前半に比べると非常によく鳴っている。さすがこういう曲をやったときの道義さんは抜群に巧い。   この曲をやる前の舞台転換で、井上道義さんと林英哲さんのトークがあったがこれが面白かった。なんと林英哲さんは今年65歳。信じられない。音楽をやっている人はそもそも実年齢よりも相当若く見えるが、林さんは遠目には40代ぐらいにしか見えない。 この曲の初演は今から41年前、1976年のタングルウッド音楽祭、小澤征爾指揮ボストン交響楽団と鬼太鼓座による。道義さんもこの初演を聴いているそうだ。このとき、林英哲さんが初演に参加していて、小澤征爾がバーンスタインはこういう曲絶対好きだから、ということでリハーサルからバーンスタインが見に来ていた。バーンスタインはやっぱりすごく感激してさんざん林さんに抱きついて来たと。道義さんは「バーンスタインは抱きつくんだよなあ…あなた大丈夫?」みたいなこと言ってて面白かった。   前半に演奏されたフィリップ・グラスの2つのティンパニのための協奏曲。この曲の主題、どう聴いても「ミッション・インポッシブル」のテーマと同じ音型である。ちなみに、ミッション・インポッシブルの映画音楽の方がこの曲が書かれた2000年よりも先だ。 二人のティンパニ奏者が舞台の一番前の左右に配置され、それぞれが7つのティンパニを叩く。3楽章冒頭のカデンツァがすごい。ただ、オケのリズム感はちょっと緩かった。道義さんが演奏後のトークで、ティンパニの音が相当でかくてオケの音が全く聞こえないから難しい、と言っていたのだが、昼に聴いたこのオケのアメリカ音楽プロでもリズム感が緩かったから、やはりオケのアンサンブルの問題が大きいだろう。もっともこのオケ、LFJ3日間で、リハーサル時間もほとんどない中、相当な種類の公演をこなしているのでかわいそうではあるのだが。   総合評価:★★★★☆

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  • 05 May
    • ラ・フォル・ジュルネ2017 第1日目総括

      2005年以来すでに13回目となるラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。当初はクラシックの、しかも大衆向けの音楽祭がこんなに長く続くとは思わなかったものだが、今やGWの東京の名物としてすっかり定着した感がある。   今年のテーマは「ラ・ダンス 舞曲の祭典」。事前に発表されたプログラムを見たときに痛感したのだが、私のようなクラオタには正直内容・出演者ともに以前ほどの魅力はなくなっている。ここ2、3年徐々にそういう傾向があるのはちょっと残念。かつての常連だったミシェル・コルボも高齢ゆえか来日しなくなってしまったし、毎年数多く来日していた素晴らしい合唱団体も、今やローザンヌ声楽アンサンブルを残してほとんど来日しなくなってしまった。   そのようなわけで今回はかなり回数を絞っての参加である。初日は3公演。     (No.122 ホールB7) ローザンヌ声楽アンサンブル ダニエル・ロイス (指揮)   ブラームス:「2つのモテット op.74」から 何ゆえ悩む者に光が与えられたのか ブラームス:愛の歌 op.52 ブラームス:運命の歌 op.54   ミシェル・コルボが創設したローザンヌ声楽アンサンブル、彼らのような素晴らしい団体が毎年来日してくれるのはうれしい限りである。 歌詞の内容に応じて、団員の顔が実に表情豊か!そして、それがそのまま音楽表現につながっているのがすごい。以前第9の合唱団に参加したとき、指導者の先生にもっときらきらした表情で歌えと言われたことがあったが、歌というのはまさに身体全体で表現するものなのだ。 特に愛の歌は、そうした感情表現が素晴らしい名唱であった!彼らの明るめの声色は相変わらず。愛の歌と運命の歌はピアノ連弾の伴奏。感動的な運命の歌は涙が出そうだったが、伴奏はオケの方がいいかもしれない。 総合評価:★★★☆☆     (No.143 ホールC) 安倍圭子 (マリンバ) 新日本フィルハーモニー交響楽団 井上道義 (指揮) 安部圭子(マリンバ)   伊福部昭:日本組曲から 盆踊、演伶(ながし)、佞武多(ねぶた) 伊福部昭:オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ   ゴジラで有名な伊福部昭(1914〜2006)の音楽は、今回のLFJのテーマにふさわしい舞曲の要素が強い曲が多い作曲家である。 前半の日本組曲からの3曲、実に土臭いながら熱狂的なリズムに支配された音楽で、こういう血湧き肉躍る音楽を聴くと自分の中にある日本人としてのアイデンティティを強く意識する。ダンサー経験もある井上道義の指揮は、指揮というよりもはやたこ踊りのようで、その仕草によって音楽が生き生きとしたのは事実。 後半のマリンバを弾いたのは御年80歳、マリンバ界の大御所である安部圭子。私が学生の頃、マリンバといえば安部圭子だった(というか、彼女しかいなかった)。井上道義氏は今回マイクを持っていろいろ解説してくれたが、安部圭子以前はマリンバのオリジナル曲などはなかったそうだ。また、ヤマハのマリンバはかなりでかいが、もともとは小さい楽器だったとか、安部圭子はローザンヌでは大変有名で、世界に5000人や1万人の教え子がいるとか。 その安部圭子がアイヌの衣装を着て登場。リズムの切れこそ若干後退していて指揮者のサポートもかなりあったけれど、80歳という年齢を考えれば驚異的な演奏水準である。なにか、とても勇気づけられる演奏だ。 総合評価:★★★☆☆     (No.144 ホールC) ガスパール・コロン (バリトン) 池田香織 (メゾ・ソプラノ) 三浦一馬 (バンドネオン) 東響コーラス 新日本フィルハーモニー交響楽団 井上道義 (指揮)   ピアソラ(マルコーニ編):ピアソラ・セレクション(独奏:三浦一馬) バカロフ:ミサ・タンゴ   前半は三浦一馬のバンドネオンのソロでピアソラの聴き慣れた音楽のメドレー。若いながらとても味わいのある音楽をする人だ。 バカロフという人の名前は知らなかったが、ブルガリア系ユダヤ人の血を引くアルゼンチンの作曲家。このミサ・タンゴは非常に聞きやすくいい曲である。どこか映画音楽っぽいと思ったら、この人は映画音楽の作曲家として名高いそうで、「続・荒野の用心棒」などの作曲を担当しているらしい。 オーケストラのほかメゾ・ソプラノ、バリトン、合唱にバンドネオン・ソロという変わった編成であるが、演奏効果は抜群だ。 100名はいるであろう東響コーラスはここでも暗譜で安定の歌唱。一見人数が多すぎるかとも思ったがオーケストラとのバランスもよい。その一方独唱はバリトンが弱くあまりよく聞こえなかった。 総合評価:★★★☆☆

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  • 25 Apr
    • 堤剛、東響コーラス、沼尻/東響 グバイドゥーリナ:太陽の賛歌、ホルストの惑星

      東京交響楽団第649回 定期演奏会を、ミューザ川崎シンフォニーホールにて。   指揮:沼尻竜典 チェロ:堤 剛 合唱:東響コーラス(合唱指揮:大谷研二)   グバイドゥーリナ:アッシジの聖フランチェスコによる「太陽の讃歌」~チェロ、室内合唱団と打楽器のための(日本初演) ホルスト:組曲「惑星」作品32     なんというプログラムであろうか。渋いことこの上ないグバイドゥーリナと、通俗名曲の惑星とは!   ソフィア・グバイドゥーリナ(1931〜)による「太陽の賛歌」は偉大なチェリストであったムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927〜2007)の古希を祝って書かれた作品。アッシジの聖フランチェスコによる「太陽の賛歌」を歌詞とした、宗教的なイメージが強い作品である。 舞台にはソロ・チェリストのほか3名の打楽器奏者と1名のチェレスタ奏者、そして各パート12名計48名の合唱団が配置。チェリストは、チェロを弾くだけではなく、ある部分では銅鑼を叩き、大太鼓をスティックでこすり、フレクサトーンをコントラバスの弓でこすりながら合唱団の方に歩いて行く。 日本を代表するチェリストである堤先生にここまでさせるとは…その堤さんのチェロの音は非常に渋く味わい深く、「太陽の賛歌」と言いながらどこかもの哀しさを感じるこの曲の曲想を見事に表現していた。 驚くべきはこの難曲を見事に歌いきった精緻な合唱。アマチュア合唱団とは到底思えない。いったいどうやって音程を合わせていたのだろうか?各パートが2人ずつ6組だったということだが、この方々の絶対音感は素人の域を超えていよう。東響コーラスは今年創立30周年ということだが、今や日本のアマチュア合唱団の中ではトップクラスの実力を誇っている。   後半は一転して通俗名曲の「惑星」。大管弦楽とオルガンからなる壮大な曲想は、私が学生の頃からオーディオマニアの間でも有名だった。中田朱美氏による解説によれば、この曲はシェーンベルク、ドビュッシー、スクリャービン、ストラヴィンスキーらの影響を受けているという。非常に興味深い。 沼尻氏の指揮はとてもオーソドックスであり、オーケストラの響きはクリアで素晴らしいものであった。今や実演でここまでのレベルの演奏が聴ける時代なのである。この日、東響の前に聴いた都響の広田氏もすごいが、このオケの荒さんのオーボエもすごい。 意外にオルガンの音が明瞭に聞こえなかったのはあえてそうしていたのだろうか。逆に「海王星」における舞台裏(右手)の女声合唱、最初はかなり大きな音量で聞こえたのだが、終演後舞台に現れた合唱団は前半のグバイドゥーリナのときにいた女声合唱24名を大きく超える人数だった。   総合評価:★★★☆☆

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  • 23 Apr
    • バルナタン、アラン・ギルバート&都響 パガニーニ狂詩曲、英雄

      東京都交響楽団第830回 定期演奏会Cシリーズを、東京芸術劇場にて。   指揮/アラン・ギルバート ピアノ/イノン・バルナタン ベートーヴェン:劇付随音楽《エグモント》序曲 op.84 ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43 (アンコール)バッハ:羊は安らかに草を食み ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 op.55 《英雄》   ニューヨーク・フィルの音楽監督を今シーズンで退任するアラン・ギルバート。退任後のポストは特に決まっていない。 そのアラン、すでに都響とは何回も共演してその相性の良さが指摘されているか、今回の公演もそれを裏付ける大変な名演であった。   冒頭はエグモント序曲。通常、最初に置かれた序曲はさらっと流すものだという常識を覆すような、驚くほどエネルギッシュで説得力あふれる演奏である。学校の音楽室に飾ってあった、あのベートーヴェンの肖像画をほうふつとさせる、激しく熱いベートーヴェン。やはりベートーヴェンはこうでなくちゃ!   続くパガニーニ狂詩曲を弾いたのはイスラエルのピアニスト、イノン・バルナタン。2016年1月の都響スペシャルでやはりアランと共演し、ベートーヴェンの3番を弾いている。私は別のコンサートがあったため聴けなかったのだが、そのとき聴いた何人かの方が彼を絶賛していたので楽しみにしていた。 確かに素晴らしいピアニストだ! 音数の多いこのラフマニノフの通俗名曲を、粒立ちよくクリアに、そして極めて表情豊かに弾きこなした。そして、天才ピアニストに共通していることだが、演奏にとても余裕が感じられる。 オケも雄弁に鳴っているが、ピアノをかき消すことがない。ピアノとともに弱音も相当研ぎ澄まされており貴重な体験。エンディングの迫力も大変なものであった。 ピアニストのアンコールはバッハの有名曲。情熱的な音楽のあとに、しっとりと安らぎを感じられる瞬間であった。   後半はベートーヴェンの英雄。アランは最近の潮流であるピリオド奏法のスタイルを採っていないが、かといって時代がかった演奏でもなく、モダンで引き締まった表現であるし、第1楽章の最後のトランペットの付加もしていない。 指揮の見た目と同様のエネルギッシュな側面もあるが、同時に日系人らしく日本的な繊細な表現も兼ね備えているのがアランの素晴らしいところだ。 テンポは思ったよりも遅めで、特に第4楽章などは割とどっしりとした印象を与える。 今回の演奏会を通して14型のオケは素晴らしい音で、低音をベースとした重厚なサウンド。広田氏のオーボエの音は、いつ聴いてもほれぼれする。   それにしても、アランと都響の相性は本当にいい。先週のジョン・アダムスが聴けなかったのは本当に残念。アラン、大野さんの次の監督にぜひ来てもらいたいけれど、タイミングが合わないだろうか…   総合評価:★★★★☆

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  • 22 Apr
    • ラナ、ルイージ/N響 ベートーヴェン:Pf協奏曲第1番、ブラームス:交響曲第4番

      NHK交響楽団第1859回 定期公演 Cプログラムを、NHKホールにて。   指揮:ファビオ・ルイージ ピアノ:ベアトリーチェ・ラナ   ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15 (アンコール)バッハ:パルティータ第1番〜ジーグ ブラームス/交響曲 第4番 ホ短調 作品98   N響4月の指揮者は今や世界的な巨匠となりつつあるファビオ・ルイージ。1959年、ジェノヴァ生まれのイタリア人であるが、ドイツ・オーストリア音楽を得意とし、実際今までのポストはウィーン国立歌劇場指揮者、ウィーン・トーンキュンストラー管首席指揮者、MDR響(ライプツィヒ)芸術監督、ウィーン響首席指揮者、ドレスデン国立歌劇場音楽監督、そしてチューリヒ歌劇場音楽総監督など、ドイツ語圏におけるポストが圧倒的に多い。 そのようなわけで、今日のような曲目はまさにルイージが得意とするところであろう。   前半のピアノを弾いたのはイタリア人の若手女流ピアニスト、ベアトリーチェ・ラナ。トッパンホールのリサイタルではゴールドベルク変奏曲を弾くそうだ。前半はだいぶ眠かったのであまりコメントできないのだが、彼女の弾くベートーヴェンは非常にオーソドックスで模範的。私はむしろ、アンコールで演奏されたバッハのパルティータ1番の終曲の方が躍動感にあふれ表情豊かで素晴らしいと思った。きっとゴールドベルクはいい演奏になるであろう。 オケはピアノに合った重すぎない表現。   後半はブラームス4番。ルイージのブラームスの交響曲は3番を除いて何回か聴いているが、2004年にMDR響と来日したときの2番は圧巻だった。むち打ちになりはしないかというぐらいに激しい指揮ぶりで、その激しい情熱がそのまま音になって表れていた名演だった。これに対し2006年にウィーン響と来日したときの4番は最悪だった。ところが2009年にシュターツカペレ・ドレスデンと来日したときの4番は素晴らしかったので、オケによってだいぶイメージが違う指揮者、ということになるかもしれない。 今日のN響との4番、冒頭ルイージがふわっと腕を上げてから非常にゆっくりと音が鳴り始めたのに驚き。なぜか第1楽章はヴァイオリンの音が引っ込んでいて旋律線が明瞭に聞こえないもどかしさがあったが、第2楽章からはだいぶ聞こえるようになっていった。 それにしても、つい先日まで聴いていたシュターツカペレ・ドレスデンの音に比べて、N響の音のなんとかちっとしていることか…折り目正しく、指揮者が四角といえば四角に、指揮者が丸といえば丸に演奏するのだ。 暗譜のルイージが振るブラームス、以前に比べるとだいぶ角が取れてきたような気もするが、第3楽章の緊迫感は見事だったし、アタッカで演奏された第4楽章の渋めの表情もよい。甲斐氏のフルートソロが実に見事。   総合評価:★★★☆☆

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  • 19 Apr
    • ザルツブルク復活祭音楽祭 ティーレマンのワルキューレ

      ザルツブルク復活祭音楽祭2017年最終公演、ワーグナーのワルキューレを、ザルツブルク祝祭劇場にて。ザルツブルク復活祭音楽祭1967年公演の再演出。   指揮:クリスティアン・ティーレマン 演出:ヴェラ・ネミロヴァ 舞台美術:ギュンター・シュナイダー=ジームセン(舞台再構築:ジェンス・キリアン)   ジークムント:ペーター・ザイフェルト フンディング:ゲオルク・ツェッペンフェルト ヴォータン:ヴィタリ・コワリョフ ジークリンデ:アニヤ・ハルテロス ブリュンヒルデ:アニヤ・カンペ フリッカ:クリスタ・マイヤー ゲルヒルデ:ヨハンナ・ヴィンケル 他   シュターツカペレ・ドレスデン   1967年に故ヘルベルト・フォン・カラヤンによって創設されたザルツブルク復活祭音楽祭。 この音楽祭、元はと言えば、ヴィーラント・ワーグナーと対立してバイロイト音楽祭から遠ざかり、エゴン・ヒルベルトと対立してウィーン国立歌劇場を去ったカラヤンが、バイロイト音楽祭と別の時期に自ら理想とするワーグナー上演を行うために創設した音楽祭である。   1967年第1回目の公演はワルキューレ。ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮、オーケストラはベルリン・フィル、演出はカラヤンで舞台美術がギュンター・シュナイダー=ジームセン(1926~2015)だった。   今回音楽祭50周年記念にあたり、50年前のワルキューレを再構築した舞台が上演されることになった。とはいえ、50年前の舞台をそのまま再演するわけではもちろんなくて、ジームセンの抽象的な舞台美術をベースにして現代の視点で再演出されたものとなっている。 例えば第2幕では背景に登場人物の名前の文字が描かれていて、プロジェクションマッピングを利用して文字が増えたり壁面の色のイメージが変化したりするし、ワルハラにいる召使い(?)が宇宙人みたいだったりするし、衣装もいかにも現代のオペラ的。 こういう演出、新国立劇場でもありそうである。変な読み替えがなくて、音楽を邪魔しない。   さて、私の関心は言うまでもなく音楽が中心で、今回ザルツブルクまでわざわざ来たのは、昨年のイースター音楽祭来日公演を聴いて感激し、これはワルキューレも聴かなければ、と決意したためである。 今回の上演も予想通り、ティーレマンのワーグナーのすばらしさに驚嘆したのであった。オケを煽りまくり、これでもかというぐらいに力強い音の連続、大げさと言ってもいいくらいのダイナミックかつドラマティックな表現!これだけやったら、オケが多少荒れるのも無理はないだろう。2010年に初めてティーレマンのワルキューレを聴いたときほどのインパクトはないのだが、そうはいってもこれはやはりすごい体験である。 バイロイトと違ってオケピットはふたに覆われていないうえ、ザルツブルク祝祭劇場はもともと歌手の声がはっきり聞こえるように残響も少ないので、ピットの音が非常にクリアに聞こえるが、これはいいことばかりではなくて、ちょっとしたキズもはっきり聞こえてしまうという悪い点もある。   さて歌手であるが、まず私の座席が1階のかなり後ろの方で屋根をかぶっており、祝祭劇場の中では決してよくない座席での鑑賞であることを念頭に置いていただきたい。そもそもチケットが取れただけでもありがたいのだが…   ジークムント役はペーター・ザイフェルト。配役の名前を見たときに驚いた。この人まだ歌っていたんだ…マッチョ体型だが、なんと今63歳。ジークムントを歌うにはやや老け気味か…声質が63歳とは思えないほどリリカルなのは驚きだが、やはり突き抜けるような声量はなくちょっと弱い。 個人的には、今回のキャストのなかではジークリンデ役のアニヤ・ハルテロスとブリュンヒルデ役のアニヤ・カンペの2人のアニヤが非常によかった。この2人、声質が似ているように聞こえたのは気のせいか、私の座席のせいか。ハルテロスを実演で聴くのはなんと初めてだが、あまりワーグナー歌いというイメージではない。その点カンペは明らかにワーグナー歌手で、むしろジークリンデを歌ってきた歌手。そのためか、声の芯は強いがリリカルな印象があるのだ。カンペ、一昨年のバイロイトで、ティーレマンが振る「トリスタンとイゾルデ」のタイトルロールを直前に降板したので、ティーレマンとは共演しないと思っていたのだがどうやらそういうことでもないようだ。 フンディング役のツェッペンフェルトは細い身体ながら押し出しが強く、粗野な感じが役に合っている。ヴォータン役のコワリョフ、威厳ある声質は私の好み。日本ではあまり知られていない名前だが、バレンボイムがスカラ座で上演したワルキューレでヴォータンを歌っていたようだ。最後の「ヴォータンの告別~魔の炎の音楽」あたりではややトーンダウンしたように聞こえたが、歌う場所が舞台のかなり奥の方で聞こえづらかったからか? フリッカ役のマイヤーはバイロイトの脇役常連。フリッカは今まで歌ったことがあったのかわからないが、十分にいい声だったと思う。が、聴衆の拍手はいまいちだった。まあワルキューレのフリッカの出番は一番忍耐力を要求される第2幕がメインだからかもしれない。   17時に開演し、2回の休憩はいずれも30分程度だったか。終演後の喝采はすごいものだ。写真撮っている人が多かったので私も撮ってしまった。最後はオケメンバーと演出のネミロヴァも舞台に上がってのカーテンコールとなった。   来年の復活祭音楽祭のオペラ上演はなんと「トスカ」。ティーレマンのトスカなど想像も付かないが、果たして…     総合評価:★★★★☆

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  • 18 Apr
    • ザルツブルク復活祭音楽祭 ティーレマンのブルックナー4番!

      ザルツブルク復活祭音楽祭、クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンの演奏会を、ザルツブルク祝祭大劇場にて。   モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調(Pf:ダニール・トリフォノフ) (アンコール)ショスタコーヴィチ:24の前奏曲から ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」   雨の降りしきる日曜日の3つめの公演は19時開演。ちなみに4月のザルツブルク、19時でもまだ明るい。     いまやドイツ・オーストリアで最高の人気を誇る巨匠ティーレマンの指揮ということで、会場はほぼ満席である。   前半のピアノを弾いたのは、11時の室内楽コンサートでもピアノを弾いたダニール・トリフォノフ。昼の公演での印象と同じく、ロシア人ピアニストということでイメージされるマッチョなイメージはなく、至極全うなモーツァルトである。音の深みとコクがあり、ティーレマンの振る堂々たる風格を備えたオケの音ととてもよくマッチしている。 カデンツァはトリフォノフ自作らしく、転調を駆使しており様式感という観点からするとモーツァルトの時代のものではないが、カデンツァはこれでいいだろう。第3楽章は無調に近いところもある。余談ながら、昔モーツァルトの20番の協奏曲のカデンツァがジャズのCDがあった。 オケは14型対向配置。ティーレマンの実演を聴くのはすでに25回を超えているが、モーツァルトはこれが初めてだ。彼がモーツァルトで演奏するのはレクイエムや協奏曲の伴奏ぐらいで、交響曲は全く振っていない模様。モーツァルトの協奏曲の伴奏にここまで陰影を付けるか、というくらい音量を聞こえないぐらいまで抑える部分があるのは何とも興味深い。 トリフォノフに対する聴衆の反応がこれだけ盛大なのは、カラヤン賞を取ったからなのだろうか。あるいはこの人気がカラヤン賞につながったのか。ひげを黒々と蓄えていて今まで見たことがある写真のイメージとはだいぶ違う。アンコールは知らない曲で、プロコフィエフかと思ったのだが、後で聞いたらショスタコーヴィチの24の前奏曲のどれかで、全然気付かないのが情けない。   後半はティーレマンの十八番であるブルックナー。彼の4番を聴くのは初めてである。2015年バーデンバーデンにおけるライヴの映像が出ているようだが、私は観たことがない。 16型対向配置。さすがにティーレマン、この曲は暗譜である。これは大変に忘れがたい演奏となった。   第1楽章から第3楽章までは、ティーレマンらしさはもちろんあるものの、それほど強烈にぐいぐいと進めていくタイプの音楽づくりではなくて意外に正攻法。ところが、第4楽章になると一変してスケールと音圧が増し、半端ない重量感になったのだ!私はこの4番の交響曲、第4楽章がダサいのが難点だと思っていたのであるが、ティーレマンは明らかに第4楽章を頂点に据え、圧倒的な高揚感を持って全曲を終えたのだ。最後の音が鳴り終わったあとの、長い長い静寂…この曲の4楽章がダメだというのは、いい演奏を聴いていなかったということに他ならないような気がしてきた。   実は4楽章については、ちょっとした事件があった。この日の演奏会、(まあザルツブルクでは夏の音楽祭でもそうであるが)無神経な咳をする客が多くて私も辟易していたのだが、第4楽章開始の段になってティーレマンが指揮棒を構えたとき、最悪のタイミングで1階の右の方で大きな咳が… その瞬間ティーレマンは指揮棒を下ろし、咳が聞こえた方向を睨んで白いハンカチをさっと突き出したのだ!このティーレマンの振る舞いに、会場から失笑と拍手が起こった。 しかしよくぞやってくれたものである。マエストロに注意されたら、誰もぐうの音も出ないだろう。日本でもこれくらいやってくれる指揮者、いないですかねえ。音楽に集中していれば咳も治まるだろうに、というのが私の見解であるが、それが極論だとしても、咳をするときはハンカチを当てるとか袖を当てるというのが常識である。昔、アンドラーシュ・シフも聴衆の無神経な咳に怒ったことがあると聞く。 もうひとつ事件があって、第4楽章の途中で1階右手前方のばあさんが数人立ち上がってがさがさと途中退席し、悪いことにちょうどブルックナー休止にさしかかってしまった。ティーレマンはがさごそしているその音を聞いてやはりかなり気にしていたようで、ばあさんたちが出て行って雑音がなくなるまで、パウゼを引き延ばしたのだ。   いずれにせよ第4楽章は咳が減ってだいぶ聴衆の集中力が増し、間違いなく非常に素晴らしい演奏になった。   オケはホルンがちょっと安定を欠いていて、1番、2番ともにやたらに音が揺れるのが気になった。もっとも第3楽章あたりからはだいぶ安定してきたのだが。   余談だが、シュターツカペレ・ドレスデンのブルックナー4番といえば、旧東独時代にDENONレーベルから発売されたブロムシュテットとの演奏があまりに素晴らしく、通の間ではこの曲最高の名盤として名高い。ドレスデンのルカ教会の豊かな残響とオケのいぶし銀の音色が実にいいバランスで録音されているのだ。この録音に比べると、今回の演奏は会場のデッドなアコースティック、指揮者のアプローチが180度違うということもあって、オケの基本線は同じだとしても、受ける印象はまるで違う。   オケがひいたあといったん拍手が収まったが、ティーレマンを呼び戻そうとする人が拍手を続けていて皆がそれに賛同し、ソロ・カーテンコールとなった。出てきたティーレマンはちらっとハンカチをのぞかせる茶目っ気を見せていた。   総合評価:★★★★☆

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  • 17 Apr
    • ザルツブルク復活祭音楽祭 室内オペラ シャリーノ「ローエングリン」

      ザルツブルク復活祭音楽祭、室内オペラ「ローエングリン」を、ザルツブルク大学大講堂にて。 シャリーノ:ローエングリン(1982~84)   演出:ミヒャエル・シュトゥルミンガー ペーター・ティリング指揮オーストリア現代音楽アンサンブル ソプラノ:サラ・マリア・ズン テノール:シャン・ファン バリトン:ルペルト・グレッジンガー バス:アレクサンダー・ヴォロノフ   なお、前奏として シャリーノ:Lo spazio inverso シャリーノ:Gesualdo senza parole~第3番 Se la mia morte brami モンテヴェルディ:戦いと愛のマドリガーレ~ニンフの嘆き が演奏されたが、シャリーノのオペラだけだと50分弱と短く、また男声歌手の出番が少ないからだろう。   雨の降る日曜日の15時開演。休憩なし公演である。 戦後を代表するイタリアの作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノ(1947~)がすでに30年以上前に作曲した「ローエングリン」は、ワーグナーのあの大作に関連はしているものの内容は全く異なり、エルザの視点から描かれた作品。 事前に英語版のウィキであらすじを読んだもののあまり役に立たず、またNML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)で音楽の予習をしようと思ったものの途中で断念。ほとんどが語りだし、事前に聴いたところで理解が深まるとも思えなかったからだ。   オペラ、といえるかよくわからないが、簡単に言えばエルザの一人芝居、モノローグであり、男声歌手は単に楽器として使われているに過ぎない。 舞台はある部屋で、部屋の右側にはキッチンがあり水道の蛇口をひねると水が出る仕掛け。部屋の右手にはベッドがあり、左奥には大きな窓があってバルコニーになっていて、その風景はどこかの海岸である。   このオペラを観た印象をどう説明すればいいのかわからないが、よく電車のなかでわけのわからないことを叫んでいる気の狂った人がたまにいるだろう。まさにあれである。ああ面倒な場面に遭遇してしまったな、早く次に駅に着かないかな、こっち来たらいやだな、みたいな… 実際、このオペラでエルザは舞台から客席に降りてきて、客席の間をまたぎ、叫びながら走り回っていたのである。私のところに来なくてよかった… 途中でクッションを裂いて中の羽根をまき散らすのであるが、これが白鳥を表していることはわかる。最後は窓から子供が現れ(弟?)、ベッドの上でエルザが窒息死させる。これも、ワーグナーの「ローエングリン」の前史をなぞっているのだろうか。   というわけで、わけがわからないオペラであった。ドイツ語のみならず英語の字幕が出たのでこれは救いだったが(歌詞はイタリア語)、英語の字幕を見たところで作品の理解が深まったともいえない。仮に日本語の翻訳を見てもたぶん理解はできなかったであろう。   この難役をこなしたソプラノのサラ・マリア・ズンの演技はただただ見事であり脱帽。といっても、あまり歌っていたという印象はなく、ほとんどが台詞。シュプレッヒゲザンクですらない。   アンサンブルはœnm (österreichisches ensemble für neue musik)。ザルツブルクを本拠とし、イースター音楽祭インテンダントでもあるペーター・ルジツカもこのアンサンブルの指揮をしているらしい。こちらの演奏も立派なものであった。 シャリーノの作品は言ってみれば現代におけるヴェーベルンのようなイメージであり、音の断片が宙に浮いているかのような印象の音楽だ。奏法もかなり変わっていて、木管楽器を指で押さえるときのあのカチャカチャという音や、金管楽器のマウスピースだけを鳴らす音も多用されている。   ただまあ、このオペラをもう一度観てみたいかと言われたら、正直微妙なところだ。こういう曲目ゆえ、当然満席というわけにはいかない。   会場はザルツブルク大学の大講堂。祝祭劇場の目の前にある。初めて入ったが、国際フォーラムのホールBみたいなところだ。       総合評価:★★★☆☆

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    • ザルツブルク復活祭音楽祭 室内楽コンサート(シューベルト、シューマン)

      ザルツブルク復活祭音楽祭の室内楽コンサートを、ザルツブルク・モーツァルテウムにて。   シューベルト:八重奏曲ヘ長調 シューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調 (アンコール)ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲イ長調~第3楽章   ドレスデン八重奏団 Cl:ヴォルフラム・グローセ Fg:ヨアヒム・ハンス Hr:ロベルト・ランクバイン Vn:マティアス・ヴォロンク Vn:イェルク・ファスマン Vla:セバスティアン・ヘルベルク Vc:ノルベルト・アンガー Db:アンドレアス・ヴィレゾル   Pf: ダニール・トリフォノフ   日曜日は朝から雨。それも、傘なしでは歩けないほどの雨だ。こういう日に限って3公演はしごだから始末が悪い。   さて日曜日11時からのモーツァルテウムにおける演奏会。ここザルツブルク・モーツァルテウムでの定番「モーツァルト・マチネ」と同じ開始時刻である。夜の公演に比べるとカジュアルな服装が多いので、私もネクタイを外して参加。   1曲目はシューベルトの八重奏曲。ウィーン・フィルのメンバーからなるウィーン室内合奏団の録音を私は愛聴しているが、シュターツカペレ・ドレスデンのメンバーからなるこのドレスデン八重奏団も、ウィーン同様にのどかで古き良き味わいがある。もちろん、それでもウィーンとは音が違う。ドレスデンの音はよく「いぶし銀」と言われるが、そう、華やかさはないが実に味わいがある音なのである。 特に弦の味わいはオケ同様に中低音にしっかりと支えられつつ、押しつけがましいところが全くないのがよい。ノルベルト・アンガーのしっとりとした高貴な音色のチェロも、アンドレアス・ヴィレゾルのぶんぶんとうなるコントラバスも、インパクトはもちろんあるが、強烈な自己主張をして前に前に出て行くタイプの音ではないのである。 1時間を超える長い曲であるが、全く長く感じることがない演奏だった。   後半はつい先日ヘルベルト・フォン・カラヤン賞を受賞したダニール・トリフォノフがピアノを弾く。名前はよく知っているピアニストながら、私が彼の演奏を聴くのは初めて。 ロシア人ピアニストということで、勝手にテクニック全開のバリバリマッチョ系の演奏かと思っていたが、もちろんシューマンでそんなことはなく、ドレスデンの音にマッチした中庸な表現に徹していたように思われる。シュターツカペレ・ドレスデンによるシューマンの交響曲を聴いたかのような満足感あり。 アンコールはドヴォルザークのピアノ五重奏曲の第3楽章。ドヴォルザークは、室内楽コンサートの1回目で演奏されていたようなのだが、そのときのピアニストはリリア・ジルベルシュタインだった。   演奏中も客席の照明が落とされることがないこの演奏会は、とても明るい雰囲気だ。2階の右側のバルコニーに、復活祭音楽祭インテンダントのペーター・ルジツカ博士が見えた。この方はかつて夏の音楽祭の総裁であり、ご自身も指揮者で作曲家。2002年の年末の読響の第九で指揮をしたこともある。     総合評価:★★★☆☆

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こんにちは。クラシック音楽を聴いているときが一番幸せです。N響ABC会員、東響賛助会員です。ついでに...

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