ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団第648回定期演奏会(サントリーホール)、川崎定期演奏会第58回(ミューザ川崎シンフォニーホール)。

指揮:ジョナサン・ノット

チェロ:ヨハネス・モーザー

 

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲

デュティユー:チェロ協奏曲「遙かなる遠い国へ」

(アンコール)

バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番〜サラバンド(サントリー公演)

バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番〜サラバンド(ミューザ公演)

 

シューマン:交響曲 第2番 ハ長調 作品61

 

 

10月の後半、音楽監督ジョナサン・ノットとともに創立70周年のヨーロッパツアーを敢行したばかりの東響。今回の公演は、帰国後初のノットの指揮による演奏となる。

 

前半の「トリスタンとイゾルデ」前奏曲とデュティユーのチェロ協奏曲、予想通りアタッカで続けて演奏された。トリスタンの冒頭はチェロで始まるし、ともに愛をテーマとした作品。デュティユーのチェロ協奏曲はボードレールの「悪の華」の「髪」がモティーフとなっていて、これは恋人の髪に遠い国をイメージした作品とのこと。

 

トリスタンの前奏曲、とても美しい演奏である。つい先日聴いたティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデンのあの強烈なワーグナーがまだ耳に残っているので、どうしても低音が軽めに聞こえてしまうのはまあ、致し方ないところではあるが…

チェロのモーザーは1曲目から舞台にいて、トリスタンからオケと一緒にチェロを演奏。14型のオケにチェロが1名加わったことになるが、そのことによってチェロセクションの音はさらに輝きを増して雄弁になった!

 

続けて演奏されたデュティユー。

サントリー公演ではモーザーのチェロの素晴らしい音が会場全体に雄弁に響き、オケから浮き彫りになって聞こえる。かなりいい楽器なのではないか?オケの音も繊細で、七色の色彩を感じることができた。

これに対し、ミューザ公演は音がクリアに聞こえるので、デュティユーのオーケストレーションのすごさが手に取るようにわかる反面、座席の場所のせいもあるかもしれないが、オケの色彩感はやや後退したように思われた。ソロの音も、楽器から比較的近い場所で聴いたのだが、サントリーほど豊かに鳴っていなかったような気がする。曲とホールと場所の関係、なかなか難しいものだ。もちろん、2日間で演奏そのものも変化しているであろうが。

 

後半のシューマン2番。ツアーの曲目であるブラームスの交響曲第1番やベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(これらは、ツアー前の定期でも何度か演奏されている)に通じる、ドイツ的な深く重い響きが聴かれるようになったのは収穫であろう。特に各楽章エンディングの力強く、深くえぐり出すような音はかなりのインパクト。

冒頭のトランペットのモティーフを非常に象徴的に吹かせているのが印象的だ。

テンポは全体にやや速めでアグレッシヴに感じられるところが多かった。第3楽章などサントリーではかなり速く感じられたが、ミューザ公演は少しだけ遅くなったかもしれない。

 

サントリーホールもミューザ川崎も、大事なところでノイズが発生したのは残念。

9日、11日はノット指揮によるコジ・ファン・トゥッテの公演がある。こちらも楽しみだ。

 

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NHK交響楽団第1850回 定期公演 Bプログラム2日目を、サントリーホールにて。指揮はシャルル・デュトワ。

 

プロコフィエフ/組曲「3つのオレンジへの恋」作品33bis

ラヴェル/バレエ音楽「マ・メール・ロワ」

ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」

 

既に御年80歳となるシャルル・デュトワ、前半の2曲は得意とするロシア、フランスもの、後半はあまり彼のイメージにないベートーヴェンの運命である。ゲスト・コンサートマスターはデュトワが芸術監督を務める英国ロイヤル・フィルハーモニーのコンサートマスター、ダンカン・リデル。

 

「3つのオレンジへの恋」では色彩感にあふれるうえに輝かしいオケの音が魅力的。この音楽の諧謔性は、デュトワの棒で聴くとこの上なく洒落たイメージになる。16型。

「マ・メール・ロワ」、演奏会で採り上げられる頻度は非常に高いが、組曲ではなくバレエの全曲版が演奏されるのは意外に少ないような気がする。私は勘違いしていたのだが、この曲はもともとピアノ連弾版の組曲があって、オーケストラ用の組曲はそれを管弦楽にしたもの。バレエ版はそのあと数曲を付け加えて完成されたものだ。てっきり私はバレエ版が最初にあるものと思っていた。

ラヴェルのこの名曲、デュトワの指揮は期待通り、とても繊細で静謐な美しさに満ちたものである。12型に縮小されたオケの室内楽的に凝縮された響きが見事だ。ダンカン・リデルのソロは意外に線が細く不安定にも聞こえた。

 

後半はベートーヴェンの5番。デュトワの作ったおびただしい数のCDのなかにもベートーヴェンの交響曲はなかったと記憶するし、ベートーヴェンが彼のメイン・レパートリーだと思う人はいないであろう。しかし、そこは指揮棒の魔術師デュトワ、ベートーヴェンだろうかマーラーだろうが、そつなく上手に聴かせてしまうのだ。ベートーヴェンに関しては、協奏曲の伴奏はともかく、交響曲だと今までN響で5番、7番、9番を聴いたことがあるが、普通に「上手い」演奏だった。

この日の5番も予想通り、過度に中低音を鳴らすことがない極めてオーソドックスなフォルムで、とてもエレガントな演奏である。言うまでもないが、バレンボイムのようなうねりがあって粘っこい表現とは対極のアプローチである。金管のフレーズはとても明快でクリア。最近の演奏では珍しいことだが、第4楽章提示部リピートはなし(私はない方がいいと思っているが)。14型オケは非常に上手くてバランスがよく、デュトワのようなラテン系・ロシア系音楽を得意とする指揮者がドイツ音楽を本来得意とするオケを振ったときはこういう音がする、というとても興味深い経験ではある。

 

デュトワの棒は相変わらずシャープで80歳の指揮者とは思えないほどだ。しかし、彼がN響を振るのも毎年12月だけになって久しく、音楽監督を務めていた時代(1998年〜2003年、常任指揮者就任は1996年)のこのコンビの輝きが徐々に薄らいで行くのはやはり残念である。デュトワはその当時、年がら年中日本にいてN響と演奏会をしていたと記憶するが、その頃の徹底的に研ぎ澄まされた演奏に比べると、やはり最近は客演としての演奏にとどまっている気がするのだ。

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マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団来日公演最終日(サントリーホール)。

 

ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61(Vn:ギル・シャハム)

(アンコール)クライスラー:美しきロスマリン

 

ストラヴィンスキー: 組曲『火の鳥』(1945)

(アンコール)

グリーグ:過ぎた春

エルガー:野生の熊たち

 

ヤンソンス&バイエルンの日本最終公演。今回の3つのプログラムのうち、今回のプログラムは1回のみの公演である。

 

前半のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、今年もう実演で何度聴いたかわからないくらいだが、シャハムのまるで絹糸のような美音に酔わされる演奏!シャハムのヴァイオリンの音が、オケのビロードのようで明るく抜けの良い音とよく溶け合っている。

この曲ではやはり木管の音色が大変重要であるが、ラモン・オルテガ・ケロのオーボエ、エベルハルト・マーシャルのファゴットは特に伸びやかでベートーヴェンの最も充実していた時期の音楽にふさわしい幸福感あふれる音色であった。

カデンツァが誰のものかよくわからないが、第2楽章の最後から第3楽章にかけてのソロにはティンパニが加わっていた。また、第3楽章では装飾音を付けたりとやや自由な印象。

アンコール、何名か奏者がステージに加わり、オケ伴奏付のクライスラーが演奏された。

 

後半は火の鳥。驚くほどの色彩感にあふれ、ヤンソンスらしくエンディングでの高揚感が素晴らしい演奏!こういう曲をやったときのヤンソンスの手腕は並々ならぬものがある。

しかし「凶悪な踊り」におけるテンポは遅めで、昔に比べるとヤンソンスの表現はやはり丸くなっているのかもしれない。

この曲は終曲の冒頭のソロを含め、ホルンが極めて重要な役割を果たすが、ソロを吹いたデュフィンの音は驚異的。どうしてホルンでこんなささやくような音が出せるのだろうか?王女たちのロンドにおけるケロの美しいソロは神業だ。子守歌におけるマーシャルのファゴットソロも秀逸。

今回の火の鳥、1945年版。個人的にはなじみの薄いバージョンであり、昨年ウルバンスキ指揮東京交響楽団の定期で初めてこの1945年版を聴いた。組曲では最も演奏頻度の多い1919年版よりも曲数が多く長いが、2管編成であることは変わりない。最も特徴的なのは、終曲で執拗に繰り返される主題が最後に登場する部分がスタッカートのように鋭く音を切って演奏される点である。

最後のロングトーンの余韻が完全に消えたところで、やっと盛大な拍手とブラボーがわき起こったのは素晴らしかった。

 

アンコールの1曲目は弦だけで演奏される「過ぎた春」。長きにわたってノルウェーのオスロ・フィルの音楽監督を務めたヤンソンス、アンコールにノルウェーの作曲家グリークを持ってくることが多く、「ソルヴェイグの歌」や「山の魔王の宮殿にて」も過去の来日公演のアンコールで採り上げている。

前日のマーラーのときと同様、ヤンソンスが聴衆の拍手を手拍子に誘導し、会場全体が手拍子に切り替わった。

1曲目のアンコールのあと、ヤンソンスが袖に引っ込んだときものすごい音が聞こえて会場が凍り付き、拍手が完全に止んでしまうというハプニングがあった。私のいたLAブロックからは全く見えなかったのだが、なんとヤンソンスが転倒したのだ。

しかし、すぐにマエストロは指揮台に戻ってきてシュワルツェネッガーのように両腕でガッツポーズを取って、大丈夫だよ!と聴衆にアピール。すぐにエルガーの曲を演奏したのだが…あの歳での転倒は、あとを引くのではないか?かなり心配である。明日(11月30日)から台湾で3公演、その後ソウルで2公演演奏することになっているが、大丈夫だろうか?

 

オケが引いた後、やはりヤンソンスへのソロ・カーテンコールあり。顔色は悪くて心配だったけれど素晴らしい演奏を聴かせてくれたマエストロに感謝。

 

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マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団の演奏で、マーラーの交響曲第9番ニ長調(サントリーホール)。

 

完成度の高い、実に見事な演奏である。ヤンソンスは素晴らしい指揮者だ!

その一方で、第3楽章、第4楽章の感情表現、個人的にはもう一歩踏み込んだ振幅の大きな表現が欲しかったのも事実。まあ、私はあの強烈なバーンスタイン/ベルリン・フィルがこの曲のスタンダードだという面倒くさいオタクなので…

 

ヤンソンスはマーラーを得意とする指揮者であるが、実は9番の録音は彼がかつて1979年から2002年までシェフを務めていたオスロ・フィルとの2000年のものがあるのみ。ロイヤル・コンセルトヘボウとはマーラーをいくつか録音しているが、9番はないのだ。

一方、バイエルン放送響のマーラー9番の録音も決して多くない。クーベリック盤2種(1967年へレクレスザールにおけるスタジオ録音と、1975年東京文化会館におけるライヴ録音)、マゼール盤(映像。1996年ヘラクレスザールにおけるライヴ)、そしてハイティンク盤(2011年ガスタイクにおけるライヴ)があるのみ。

ヤンソンスとバイエルン放送響との演奏会で過去に演奏されたことがあるかどうかわからないが、今回の来日に先立って、10月の定期では2回演奏されている。

 

第1楽章の冒頭から非常にしっとりと、繊細に音楽が運ばれていくのはいかにもヤンソンスらしいアプローチである。​2つのクライマックスにおける緊迫感の表出が見事。全ての音が濁らずにクリアなのはヤンソンスらしい。決してドロドロと濃くなり過ぎないのである。フルート(フィリップ・ボークリー)とホルン(エリック・テルヴィリガー)のかけあいも非常に安定して美しい。

第2楽章、前半と後半でテンポ設定を絶妙に変えているのが興味深い。最後のピッコロ、たった1小節をほんの僅かにアチェレランドするという小技。

第3楽章、テンポはやや遅めで、中間部のトランペット(ハンネス・ロイビン)はかなり音量を抑え、朗々と歌っているという印象ではない。ここは、個人的にはもう少し濃厚な表現が欲しいところだった。コントラバスがブンブンと唸る様はやはりドイツのオケで、特に前列左にいる小柄な女性奏者がバリバリと弾く姿はとてもかっこよかった。

第4楽章、このオケの弦セクションが、柔らかで明るく艶があるだけでなく、かなりの質感を持っていることがよくわかる。クライマックスの感情表現、第3楽章同様、個人的にはもう少しむせび泣くような揺さぶりが欲しいが、一般的な視点で言えば十分かもしれない。

 

オーケストラ、ずいぶんと女性が多い気がする。フルートは首席以外4名とも女性。また、アジア人は数名いるが、メンバー表を見る限り中国系か韓国系で、日本人はいない。コントラバスの後列にいたアジア人女性はメンバー表に見当たらないが。余談ながら、第2ヴァイオリンのケイ・トーマス・メルクルはあの準メルクルの弟である。

 

最後の音が終わってからヤンソンスがタクトを下ろすまでの静寂が素晴らしかった。サントリーホールはほぼ満席であったが、今日は聴衆がとてもよかったように思う。

ヤンソンスに対するソロ・カーテンコールあり。

 

 

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団の来日公演を、ミューザ川崎シンフォニーホールにて。

 

ハイドン:交響曲第100番「軍隊」

R.シュトラウス:アルプス交響曲

 

素晴らしい!実に感動的なアルペンだ。つい先日、ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる同じ曲の演奏を聴いたばかりであるが、個人的には今回のバイエルンの演奏の方が感動的であった。

 

心臓にペースメーカーを入れている73歳の巨匠ヤンソンス。彼は名門ロイヤル・コンセルトヘボウの監督を2004年から務めたが、2015年には退任してしまった。一方、バイエルン放送響の首席は2003年から務めて、今期は既に13シーズンに入る。

健康上の問題からコンセルトヘボウをやめたヤンソンスがバイエルン放送響のシェフを続けているのは、バイエルン放送響の本拠地となるコンサートホールを建設するためだということを聞いたことがある。現在、ミュンヘンの彼らの本拠地であるヘラクレスザールは収容人数が少ない。ミュンヘンのもう一つの名門オケ、ミュンヘン・フィルが本拠地とするガスタイクでも彼らは演奏会を行っているが、ここは音響が最悪で有名。私はどちらも行ったことないのであるが。

 

13シーズン目ということもあって、やはりオケと指揮者との阿吽の呼吸がすごい。バイエルン放送響、来日公演で結構緩いところがあったこともあるが、今日の演奏はそういう緩さがなかった。

 

1曲目はヤンソンスが好むハイドンの交響曲から、100番「軍隊」。実にきびきび、はつらつとした音楽の運びが気持ちよい。あまり重厚ではないが、かといって軽すぎない適度な重さを持っている。ティンパニは硬めのマレットで乾いた軽めの音。弦楽器の編成は10—8—6—5—4で通常の配置。

第2楽章の舞台裏、左手で吹かれるトランペット、リハーサルでヤンソンスが何度も細かく指示を出していたところも完璧に決まった。ちなみにこのトランペットのフレーズはマーラー5番の冒頭にちょっと似ている。

第2楽章の打楽器は舞台上の右手で演奏されていたのであるが、第2楽章が終わると彼らは舞台から退場。第4楽章になって客席の左側(1階L1扉)からトルコ軍楽隊として登場し、客席最前列の前を練り歩くというパフォーマンスで、リハーサルのとき練習していたものだ。トライアングル、シンバル、大太鼓と、その先頭には軍旗だか紋章のようなものを持った人がいる。

太鼓の腹にはしっかり”I♥Japan”と書いてあるが、気づいた人は少ないだろうと思う。

 

後半は16型に拡大したアルペン。

ヤンソンスが絶賛するミューザ川崎のクリアなアコースティックで聴くバイエルン放送響の音は​柔らかく、明るく抜けが良い音で、まさに夏の南ドイツの山岳地帯のさわやかな気候そのままの音!

ラモン・オルテガ・ケローの伸びやかなオーボエソロ、カルステン・デュフィンの全くでしゃばることのない、あくまでも自然なホルンソロ。輝かしいが決してうるさくなく、全体の音の溶け合い方が自然な金管セクションは、このオケの特徴であろう。高い音も易々と平然と、そして美しく奏でるトランペットセクションには驚いてしまう。

言うまでもないが、アルプス交響曲は単なる自然描写の作品ではない。特に頂上に到達した感動や自然への賛美、下山時の焦燥感や恐怖感と自然への畏怖と感謝、そういった人間の心理や感情をも描写している音楽だ。ヤンソンスの演奏は、その感情の動きをあくまでも自然に、何の作為もなく描き出す。頂上や下山後のシーンでは自然に胸が熱くなってしまう演奏だった。

 

終演後、ヤンソンスに対するソロ・カーテンコールあり。川崎のホールが珍しくほぼ満席に近い状態だった。

ヤンソンスは最近演奏会のキャンセルがあったり、ベルリン・フィル・デジタルコンサートホールで観たショスタコーヴィチの10番がまるでキレがない演奏だったりしたので、今回の来日公演の演奏がどうなるか心配していたのだが…顔色はすぐれないものの全くの杞憂に終わったようだ。マリス・ヤンソンス健在!

ミューザ川崎シンフォニーホールで、ヤンソンス指揮バイエルン放送響公開リハーサル。15時半から1時間の予定だったが、終わったのは16時50分ぐらい。16時半からマッサージ予約しようと思ったのだが、やめてよかった。

 

リハ開始時に舞台でさらっていた楽員たち、ヤンソンスが登場すると全員いなくなってしまった。何かと思ったらアルペンの舞台裏で吹くホルンの音量調整。

最初ヤンソンスが指揮台で振っていて、客席にいるスタッフらしき人にバランスを聴いて何パターンか演奏したのだが、やがて助手らしき人に指揮を任せて、ヤンソンス自らが、我々がいるCAエリアに来て音量を確認、指示を与えていた。バンダのホルンは上手の舞台裏。ドアを動かして舞台裏からの音量を調整していた。ちなみにホルンのバンダはアルペン降り番のエリック・テルヴィルガーらこのオケの人たちと、日本人ホルン奏者3名。バンダのトロンボーンにも日本人奏者がいたようだ。オケのFacebookページによればN響の団員だそうだ。

 

そのあとは軍隊交響曲の打楽器のみのリハ。客席左側からトルコの軍楽隊が現れ、客席の最前列で演奏。軍隊交響曲の第4楽章である。

太鼓の腹に”I ♥Japan”と書いてあるのだが、ドイツ語でヤンソンスが何か言ってみな爆笑。後で聞いたら、I ♥Japanの字が小さいとヤンソンスが言っていたようだ。

 

その次のリハは軍隊のトランペットソロ、こちらは下手舞台裏に位置。ヤンソンスは客席にいたまま、ディミヌエンドするなとか、トランペット奏者の表現について細やかな指示を出していた。トランペット奏者もヤンソンスに対してしっかり意見を言っていたようだ。

 

休憩後、16時15分からアルペンのオケリハ。前半、ヤンソンスに代わってタクトを振っていたオジサンはなんと第2ヴァイオリンの奏者であったことが判明。

部分部分を簡単にさらう程度だが、最初はバンダホルンが登場するシーンで、オケとのバランスを確認。あとはオルガン、カウベル、嵐の場面の打楽器の音量バランスなどを見ていたようだ。

ヤンソンスはここでも客席での聞こえ方をかなり気にしていて、客席をうろうろしていたアントンという助手?に音量のバランスを尋ねていた。

 

こういうシーンでいつも思うのだが、大学の時にドイツ語をもっととことん極めておくべきだったな…

 

素晴らしいホールゆえトゥッティでも音が濁らず、南国的な明るい響きがする。本番、きっと名演になるに違いない!

ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団来日公演最終日を、東京芸術劇場にて。

 

メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64

(ヴァイオリン: ジョシュア・ベル)

マーラー: 交響曲第5番 嬰ハ短調

 

今回のパリ管来日公演で最も期待したのが本公演だったのだが、結論から言うとがっかりだったというのが正直なところ。終演後の会場は案の定非常に沸いたので、久々に大きな疎外感を味わう。

 

後半に演奏されたマーラーの5番、名門パリ管の名手たちはもちろん上手い。トランペットを吹いたメラルディ、明るく柔らかく輝かしい音で、安定感は半端ではない。ホルンセクションも出過ぎることがなく安定的に鳴っている。そして木管もきれいだし、弦は腰の位置が高いというか、低音があまり前面に出て来ない華やかな音。

しかし、機能的なオケが豊麗に鳴っているということ以外、何も感じられなかったのはどうしてなのだろうか?マーラーの5番に対するオケの共感が欠けているのか?音楽に感情的起伏がなく一本調子なのだ。

マーラーの5番は苦悩、歓喜、不安、恐怖、嫉妬…と言った様々な感情や、様々な文化的要素がモザイクのように複雑に入り組んだ音楽。その複雑なただ譜面上の音がきれいに鳴っているだけのマーラーなど、なんの意味もない。

 

ハーディングはこの9月に音楽監督に就任したばかりなので、今の段階でこのコンビの相性についてどうこう言うのは時期尚早だとは思うが…20年近くのあいだ、単に来日公演だけでパリ管を聴いてきたが、その中では今回の来日公演が最も印象が薄い。パリ管特有の音色の素晴らしさを感じる瞬間も少なかった。萩原朔太郎から続く我々日本人のフランスへのあこがれを満たすという点では、ソヒエフ/トゥールーズ・キャピトル国立管の方がフランス的な音色を愉しむことが出来たように思う。

 

ハーディングの演奏、Music Partner of NJPというタイトルで新日本フィルを頻繁に振っていたときも感動的な演奏が少なかった。マーラー室内管やスウェーデン放送響との来日公演はいい演奏もあったので、私は新日本フィルの表現力の問題か、オケとの相性の問題かと思っていたのだが…

 

前半はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。前日に3階で聴いたブラームスはすかすかだったが、この日は2階左手だったのでベルの音がか細く聞こえることはなかった。前半はかなり眠かったのであまりまともなコメントはできないが、NHK音楽祭で聴いたときの方がオケの音は繊細に響いたような気がする。

 

ということで、今回のパリ管来日公演に関しては正直ネガティヴなコメントばかりになってしまったが、この先のこのコンビの演奏に期待したいところだ。

ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団来日公演を、東京芸術劇場にて。

 

ブリテン: オペラ「ピーター・グライムズ」から 4つの海の間奏曲

ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77

(ヴァイオリン: ジョシュア・ベル)

ベルリオーズ: 劇的交響曲「ロメオとジュリエット」op.17 から

ロメオひとり—キャピュレット家の大宴会

愛の情景

マブ女王のスケルツォ

キャピュレット家の墓地にたたずむロメオ

 

今回のパリ管東京公演、サントリーホールでの演奏がなく、NHKホールと東京芸術劇場のみ。

この日、私の席は3階。芸劇の3階はできる限り避けてきて、今回は久しぶりだったのだが、結局失敗であった。残響が多く、細やかなニュアンスがまるでわからないのだ。

 

1曲目のブリテン、先日NHK音楽祭(NHKホール)で聴いたときはリズムの切れが悪かったのだが、この日の芸劇での演奏は少しそれが改善したように思われる。しかし、このホールで聴いても、前回同様あまりパリ管らしい音は感じられない。

 

2曲目のブラームス、こちらは期待はずれ。というのも、骨太で輪郭がくっきりしているはずのジョシュア・ベルの音がすかすかで軽く聞こえてしまったからである。これは座席のせいが大きいだろう。過去、芸劇3階に座って感動した試しがないが、やはりダメだった…

オケの音、パリ管は弦の低音がもともとやや軽めであるが、座席のせいかさらに軽く感じられる。

ちなみにベルが弾いたカデンツァは、NHK音楽祭で弾いたメンデルスゾーと同じくベル自作のもの。こういう試みはあっていいだろう。

 

後半はベルリオーズ。劇的交響曲と題されたこの音楽、もとは合唱と独唱付の音楽で、全曲を聴いたのはデュトワ/N響ぐらいしかない(つい先日、NHK音楽祭でゲルギエフ/マリインスキー管が全曲演奏)。この日は、管弦楽の部分のみからの抜粋。

この曲になって、やっとパリ管らしい華やかな響きを少し感じることができた。愛の情景における弦の艶とか、スケルツォにおける躍動感はなかなかのもの。

前回のNHK音楽祭のメインのドビュッシーもそうだったが、今回、墓地にたたずむロメオのシーンでしっとりと静かに終わるのは、来日公演のメインとしては華やかさに欠けるのは確か。まあそういう演奏会もあっていいか。

 

ザルツブルク・イースター音楽祭 in Japan クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンの来日公演を、サントリーホールにて。

 

 

ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op. 19(Pf:キット・アームストロング)

(アンコール)バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825 メヌエットⅠ

R.シュトラウス: アルプス交響曲 op. 64

 

会場に入って驚いてしまった。あまりに聴衆が少ないのである…6割程度の入りだろうか?この日はNHK音楽祭でサンフランシスコ響の公演があったから、そちらとファンが2分してしまったのだろうか?あるいは、曲目(特に前半)が地味だからだろうか?チケット代S32,000円が高すぎるのは間違いないが。しかし、こう客が少ないとオケの士気が下がりはしないかと、変な心配をしてしまう。

 

前半のピアノ、本来はイェフィム・ブロンフマンが弾くはずだったのだが、直前になって健康上の理由によりキャンセル。代役として、8分の1日本人の血を引く米国人で24歳の俊英、キット・アームストロングがピアノを弾くこととなった。

アームストロング、昨年東響定期でブリテンのピアノ協奏曲を弾き、その驚異的技巧と知的アプローチに感激したものである。この日に演奏されたベートーヴェンの2番も、安定した正統的アプローチであったが、ティーレマンが振る12型ながら濃厚なオケの音からすると、ちょっとピアノの音は軽めでアンマッチ。個人的にはもう少し骨太で重めの音が欲しかった。あまり身体が大きくないことも、彼の音の特徴を形作っているかもしれない。

アンコールで弾かれたバッハも、理知的ではあるがもうちょっと深みが欲しいような…これは、調律の関係もあるのかもしれないのだが。

 

後半はアルプス交響曲。

シュターツカペレ・ドレスデンのアルプス交響曲と言えば、私の世代のクラシック・ファンであれば知らぬ者がいないルドルフ・ケンペの指揮による名盤がある。これは1971年ドレスデン・ルカ教会におけるEMIの録音で、ルカ教会におけるシュターツカペレ・ドレスデンの素晴らしい残響がこの曲のイメージにぴったりの名演である。とはいえ、今改めて聴くとあまり録音はよろしくない(当時はいい印象があったのだが)。

2009年のルイージとの来日公演時もこの曲が演奏され、それは大変な名演だったと記憶しているが、この日の演奏もまた素晴らしいものであった。

 

一人一人の奏者が自己顕示欲を全く発揮するところがなく、全体としての響きを重視しているのがこのオケの特徴。金管など、舞台奥の遠いところからふわっと聞こえてくるような奥ゆかしさがある。

その一方で400年の伝統を誇るこのオケらしい柔らかな音色を支えているのが各奏者であることももちろん疑いないのである。例えばトランペット!頂上に至る直前のあの難しいフレーズを、柔らかく明るめの音で、見事に強弱を付けて表現していた。弦のベルベットのような美しさは言うまでもないし、木管の素朴な響きもこのオケならではだ。

その一方で、金管がところどころでぽろりと音をはずしたりして、これはこれでドレスデンらしい緩さである。ホールのオルガンはコンソールを舞台上に設置して演奏。16型対向配置。

 

自己顕示欲という観点で言えば、指揮のティーレマンも、先日のあの強烈なワーグナー「ラインの黄金」に比べると自己主張は控えめか。ワーグナーではオケよりも指揮者主導、シュトラウスは指揮者よりもオケ主導、というところだろうか。もちろん、ティーレマンらしい濃密な表現が全くなかったわけではない。「頂上にて」における歓喜の表現はそれなりに彼らしくゴリゴリ感があったが、それでもワーグナーほどではない。

 

というわけで、ガラガラなのがもったいない演奏会。ティーレマンに対するソロ・カーテンコールあり。

大半の聴衆はマナーがよかったのだが、ピアノが静かな音楽を奏でる場面や、山の頂上でオーボエのソロの場面でバリバリと音を立ててあめ玉を取り出す無神経な客がいるのには驚きを禁じ得ない。

さて、23日の最終公演、祝日公演とはいえさらにプログラムが地味だ。私も行かないけれどお客の入りは心配…

 

マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団来日公演を、サントリーホールにて。

 

ピアノ:ユジャ・ワン

トランペット:マーク・イノウエ

 

ブライト・シェン: 紅楼夢 序曲 <サンフランシスコ交響楽団委嘱作品/日本初演>

ショスタコーヴィチ: ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 op.35 (ピアノとトランペット、弦楽合奏のための協奏曲)

(アンコール)

ユーマンス:ふたりでお茶を(ピアノ&トランペット・アンコール)

チャイコフスキー:4羽の白鳥(ピアノ・アンコール)

 

マーラー: 交響曲第1番 ニ長調

 

2012年に続いての来日公演となるサンフランシスコ交響楽団。

音楽監督であるマイケル・ティルソン・トーマス(以下、MTT)は1995年の着任であるから、既にこのオケと20年以上の関係を持っていることになる。米国のオケのなかでも、いや世界中のオケの中でもこれだけ長期間監督を務めるケースは、現代では珍しいだろう。既に72歳だが、全くそう見えないくらいかっこいい。

このオケは今や米国のオケのなかでもトップクラスの実力を誇っていると言っていい。全米の5大オケ(ビッグファイヴ)はシカゴ、ニューヨーク、クリーヴランド、フィラデルフィア、そしてボストンと全て東海岸のオケであるが、今やこの5大オケにサンフランシスコが入っていないのはおかしいだろう。

 

2012年の公演、マーラー5番があまりに素晴らしかったので大変に期待していたが、今回も素晴らしい公演であった!ただ、曲のせいか5番ほどの感激はなかったか。

 

最初に演奏されたのは中国生まれ、米国に移民した作曲家ブライト・シェンのオペラの序曲。6分程度の作品だ。冒頭すぐに響く金管のファンファーレでこのオケの金管セクションの素晴らしさを痛感。とても立体的でしなやかで力強いのだ。

しかしこの曲そのものは、わかりやすいもののちょっと陳腐。バルトーク「中国の不思議な役人」そっくりのフレーズが出てきて、これは引用なのだろうか?演奏効果はある音楽だったけれど、前回来日時に演奏されたジョン・アダムスの”Short Ride in a Fast Machine”みたいにさらにキレキレの曲を聴きたかった。

 

続いて演奏されたのは大人気ピアニスト、ユジャ・ワンが弾くショスタコーヴィチ。そして、重要なトランペット・ソロを吹くのはサンフランシスコ交響楽団首席奏者のマーク・イノウエである。そう、前回来日時のマーラー5番で圧倒的な存在感を示した名奏者だ。

この曲では、オケの弦楽セクションの艶やかな音色が特徴的。ショスタコーヴィチ特有の暗めの曲想も、このオケが演奏するとかなり洗練された仕上がりとなる。

ユジャのピアノはやはり圧倒的に素晴らしく、オケ同様洗練されたスタイルだ。猛烈なスピードで突き進み、超絶技巧が要求されるフィナーレでも全くスタイルが乱れることなく、完璧な演奏である。彼女、演奏のときの姿勢がいつも大変にいいのだが、普段から相当な鍛錬をしていないとあのような演奏はできないのではなかろうか。驚異的な身体能力だろう。

そして、マーク・イノウエのソロは抜群の安定感。表現能力の高さがずば抜けていて、ピアニッシモからフォルテッシモまで、アンプのボリュームを一気に上げたときのような俊敏さがある。

アンコールはそのマーク・イノウエとユジャがジャズを披露。マーク・イノウエは普段からジャズも演奏しているが、彼のジャズ・トランペットをもっと聴きたくなってしまった!ブルーノートあたりに来てくれないものだろうか。ところでユジャが弾くこのジャズピアノはコード進行を覚えて即興しているのだろうか?

面白かったのは、ユジャ・ワンのいつものあのお辞儀、全身をぴょこんと折り曲げるお辞儀を、指揮者もオケもみんな一斉に真似していたこと…なんとも、お茶目なオケである。

 

後半はマーラー。前半、コントラバスが右手に配置されていたのだが、後半は左手に移動して対向配置になった。編成は正確にわからないが、16-15-13-10-6?

今回思ったのは、MTTの演奏はさらに円熟度を増し、ある意味丸くなったということ。MTTらしく、ところどころでものすごいタメを作り、相当濃淡のある表現であることは変わりない。しかしそれが全く違和感なくすんなりと受け入れられ、納得してしまう演奏なのである。オケとの関係も20年を超え、マーラーも相当演奏しているだろうから、MTTのやりたいことはオケが全てわかっているということなのかもしれない。実際、MTTはあまりオーバーアクションを取ることがなくなっているのだが、わずかな動きだけでも、オケから出てくる音は非常に説得力がある。

第1楽章最後の力強い金管セクションに驚き。第2楽章はまるでスイングするような演奏だ。第3楽章のコントラバスソロも非常に見事。そして、第4楽章は爆発的エネルギーを感じると同時に耽美的といっていいほど、ポルタメントを多用した濃厚な表現も見られた。下手な指揮者だと第4楽章だけ盛り上がって終わり、ということになりがちなこの曲だが、MTTの演奏ではこの4つの楽章が非常に有機的に、不可分に結びついているのである。ちなみに4楽章の最後のホルンは全員起立。

 

オケは本当に素晴らしい。アメリカのオケらしいパワーはもちろん、ヨーロッパのオケのような繊細さをも兼ね備えている。ちなみに首席オーボエのユージン・イゾトフはシカゴ響から転籍してきた名奏者。イングリッシュホルンにはN響の池田昭子さんが客演。

 

アメリカのオケの来日公演ではいつものことであるが、ホールには結構空席が目立つ。もったいないことだ。NHK音楽祭ではブルックナー7番が演奏されるが、同じ日にドレスデンのアルペンが…