映画「私は貝になりたい」 | 茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~

映画「私は貝になりたい」

私は貝になりたい、と言えば昔観たフランキー堺の最後の語りの部分を強烈な印象を持って思い出す~悲劇な物語のなかにも家族の愛に光をあてている~

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豊松(中居正広)は幼い頃から理髪店での丁稚奉公、うだつの上がらないまま恋人にできちゃった子供、親方にとがめられ追い出され、流浪の果てに小さな理髪店を営み、なんとかこれからという、時はまさしく昭和の19年、戦局は困難を極め遂に彼の身にも赤紙が、召集されるも無事に帰還したのはいいのだけど、戦時中の捕虜虐待を殺意ありと認められBC級戦犯に、矢野中将(石坂浩二)による死刑は無期懲役にとの嘆願も、妻房江(仲間由紀恵)の署名集めも、むなしいままに、悲しくも死刑を執行される。
彼にとっては、な~んにも悪いことはしていない、と自分では思っているし、まさか自分に死刑を宣告されるなんて、晴天の霹靂に違いない、そもそも戦争が不条理、翻弄される人々もまた不条理の只中、残された妻の気持ちを思えばまた痛い、無実の証明が自分でどうにもならない悔しさは幾ばくだったろうか。
映画のストーリーは大体分かっていたつもりだけど、憤りも覚えるし新たな感動もある。一番の収穫は巣鴨プリズンに先にいた大西三郎(草彅剛)、外地で何があったのか、死刑判決の理由は明かされないけど、運命を受け入れたかのように落ち着き払い静かにその時を待つ、まるでもののふの悟りのように、彼の、草彅剛の演技がとても素晴らしい。同じく死刑囚を演じた鶴瓶は、地のままに近い気はするけど、彼も自然な振る舞いのようで良かったですね。それにしても絞首刑の全景を映し出しているのにはちょっと驚きました。

私は貝になりたい