映画『メアリと魔女の花』を推す
映画『メアリと魔女の花』を推す
映画『メアリと魔女の花』を観てきた。夏休み中の平日の昼間、さすがに場内は空いていて、子供づれが目立った。
ネットでは評判の悪いこの映画、私は太鼓判を押す。すごく面白いし感動的だ。
※参考記事
映画『メアリと魔女の花』はニセモノなのか(前編)スタジオポノック 西村義明(読売2017年08月07日)
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170804-OYT8T50023.html?from=tw
英国の作家メアリ・スチュアートによる原作(旧訳は『小さな魔法のほうき』)を読むと、この映画をジブリ映画や宮崎駿の映画と比べても意味がないことがわかる。
もし、この映画が宮崎アニメやジブリアニメと似て見えるとしたら、それは「メアリ」が児童文学ファンタジーの王道を行く作品であり、宮崎アニメの方が児童文学ファンタジーのパターンから学んでいたからだ。
「メアリ」の物語は、典型的な「行きて帰りし物語」であり、子供の主人公の成長を描く物語だ。
そのことが、原作を読むとはっきりわかる。
主人公のメアリは、運命に選ばれて魔法世界に旅立ち、現実世界を大きく変える力を身につけ、試練と戦いを経て世界を(ある意味で)救う。その過程で、人間的に成長し、王子様的存在と出会い、やがて現実世界に帰ってくる。
伝統的なフェアリーテールとの違いは、この物語では魔法が徹頭徹尾悪であり、その力を捨て去ることを通じて、主人公たちが世界に教訓を与えるという結末になっている。このあたりは、作品の書かれた20世紀後半の、現代社会の世界観が大きく影響していると思われる。
まず、原作で映画版とは違う点をリストアップしてみよう。
(以下、ネタバレになります)
↓
原作では、
1)メアリの父はケンブリッジの科学教授、そして父の本棚には魔法の文字を扱った本もあった。
2)メアリには(実際は登場しない)双子の兄姉がいる。
3)ピーターとはすれ違いで、後半に初めて出会う。
4)黒猫のティブは魔法に通じた猫で、その名は魔法の花「夜間飛行」の別名にもなっている。
5)庭師も「夜間飛行」を知っているし、赤い館には魔法のほうきが保管されていた。
6)エンドア大学までの道のりが近い。逆に赤い館はエンドア大学でも知られている。
7)黒猫のティブは、自ら弟のギブを探しにエンドアに乗り込む。そのためにメアリを利用した。
8)ピーターは物語の後半、唐突に登場し、危機の脱し方を指南する。
9)魔法のほうきでさえ「勝手にかけられた魔法から自由になりたい」という気持ちでいる。すなわち魔法は悪、他者を支配する道具として描かれる。
10)最後、メアリは全てを忘却して遠くの学校の寮に入る。
などなど。
これ以外にも、映画版は原作と異なる部分があるが、物語の大枠は原作をほぼ踏襲している。
このような児童文学ファンタジーの典型に、米林監督は現代日本や21世紀世界の抱える難問を盛り込んで、古臭いお話になることから救っている。
その難問とは、本作のクライマックスで現れる魔術の究極形態の怪物だ。
複雑な化学実験を経て、まるで核反応を思わせる激烈な反応を伴って発生する「それ」は、実験容器の底から溶け出して、まさにメルトスルーして逃れ出る。博士が「まだ制御できる!」などと言っているうちに、どんどん制御不能になり、暴威をふるい出す。
その想像を絶するエネルギーの元が、小さな花であることは、核エネルギーの元が小さな鉱石であることと対応している。
この映画は子供にとってもわかりやすく、大人の鑑賞にも十分耐える。ジブリ映画の真似であるように見える場面やキャラも、その多くは児童文学の伝統的アイテムである。ようするに、ジブリ映画の元ネタの多くが児童文学であるというだけのことなのだ。
上記参考記事のように、この映画がもし不人気だとすれば、日本人の映画の見方が、ひねくれすぎているのではないだろうか? ちなみに、不評である部分の多くは、原作そのままの部分であることからも、現代の日本人に英国の児童文学が合わなくなっているのではないか?という悲しい疑いを抱く。
米林監督の前作『思い出のマーニー』の場合もそうだったのだが、王道の児童文学ファンタジーを、いつから我々は素直に鑑賞できなくなったのだろう? 映画「メアリ」も原作の方も、誰もが思い出すだろう子供時代のワクワクする冒険心を蘇らせてくれる。
最後に、この映画をみた子供たちに一言、アドバイスを。
「猫の跡を追って森に入ってはいけません」
※公式サイト
※原作
http://www.kadokawa.co.jp/product/321612000653/
旧訳『小さな魔法のほうき』
https://www.amazon.co.jp/小さな魔法のほうき-fukkan-com-メアリー-スチュアート/dp/4835442342
蛇足ですが、
原作の作者、メアリー・スチュアートさん、すごい名前ですね。歴史上の女王と同じ名前、というのは、英国ではよくあるのでしょうか?