1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2017-01-19 11:55:54

大阪の中学校のチャレンジテスト騒動、その後

テーマ:ブログ

大阪の中学校のチャレンジテスト騒動、その後


大阪府知事が記者会見で、チャレンジテスト大量欠席を教師の指導のせいにしたのは、認識が甘いとしかいいようがない。
保護者や本人たちが、ラインなどで「成績下がる」情報をひろめたから、あれほど大量に同調者が出たのだろう。そもそも、チャレンジテストによる成績操作の信頼性に疑問があったからこそ、当事者である生徒が大量離反する動きにつながったと考えるのが妥当ではないか。
大阪府知事にしても教育委員会にしても、大阪の中学生をなめすぎだと思う。教師が、いくら休んでいいよなどと言ったとしても、本当に自分たちの進路に悪影響があると感じてたら、学年の半分もの生徒が休んだりしないはずだ。むしろ、当事者の生徒たちがチャレンジテストを信用していないから、大量にボイコットしたと考えられる。それを黙認した保護者の側にも、学校や教委に不信感が蔓延している証拠なのでは。
大阪のチャレンジテスト騒動は、報道の切り口も表面的すぎる。これは、公式発表にあるような、教師の指導のせいではなく、当事者の生徒や保護者によるチャレンジテストボイコットと捉えるべきではなかろうか。大阪の教育改革が信頼されてないから、鬱積した不満や不安が、当事者の中で噂として広まり、自発的な集団行動に転じた、と考えられる。教師の指示で動いた結果ではない。
だいたい、今時の中学生や保護者たちは、教師に言われたからといって、大切なテストを集団欠席などしない。チャレンジテストが信用出来ないからボイコットに走ったのだ。
今の教師が、学年の半分を欠席させるなどまず不可能だ。そんな影響力は、学校にはない。当事者の生徒、保護者の間にある学校や教育行政への漠然とした不満感、不信感、入試改革への不安が、大量の同調者を生んだのだ。


※参考記事
大阪府統一テスト、他校でも大量欠席 大半「体調不良」
(朝日新聞2017年1月16日)
http://digital.asahi.com/articles/ASK1J3G6GK1JPTIL006.html?rm=364


統一テスト、欠席続出 「休んでいいが」教員発言を誤解
(朝日新聞2017年1月13日)
http://digital.asahi.com/articles/ASK1F3SXZK1FPTIL00P.html?rm=366

 

 

※参考ブログ
大阪府の公立中学チャレンジテストへの疑問
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12237697831.html

 

大阪府の公立高校の入試を元に戻してほしい
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12133138304.html

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-17 10:46:31

1.17にはこの歌を聴く。阪神淡路大震災の追悼歌「しあわせ運べるように」

テーマ:ブログ

1.17にはこの歌を聴く。阪神淡路大震災の追悼歌「しあわせ運べるように」 


しあわせ運べるように(神戸オリジナルバージョン)【ピアノ伴奏版】 https://youtu.be/6QcqKLvdBuo?list=FLa0xv9gT7eNdDPYIscM1AyQ 

 

 


阪神淡路大震災のとき、自分は茨木在住だった。揺れは大きかったが家は無事、ただ積み上げた本が崩れたぐらいで済んだ。
当時の勤め先は豊中市内の高校で、通勤電車が不通になっていたのでその日は休んだ。翌日は、電車の路線を大廻りして、職場に一番近い駅から1時間以上歩いてようやくたどり着いた。道筋の豊中市内は、水道管が破裂して水が噴き出しているところもあった。
勤め先の校舎には大きなヒビが入り、グラウンドが斜面に沿って崩れていた。電気は使えたが断水していて、授業が出来る状態ではない。にもかかわらず当時の校長や教頭は、生徒を登校させるつもりだった。
さすがに職員の間から反論が起こり、例えば断水状態でトイレはどうする?との疑問も。だが校長は「プールの水をバケツで運んで流す」などという。このとき、管理職といいものの資質に絶望を味わった。
結局、水道が直るまで休校、生徒の無事を確認することを優先した。当たり前なことだが、思考が硬直した中間管理職が現場にいると、二次災害をやらかしかねない実例を目の当たりにした。
大阪で唯一被害の大きかった豊中市在住の生徒には、家族の不幸も多かった。しばらくは生徒のケアに奔走する日々。勤務先の学校も、校舎のヒビはかなり大きいのだが、果たして安全かどうか?
だが判断するにも、建築の専門家はいない。とりあえず見切り発車で授業再開したが、あのあと、もし大きな余震があったらどうなっていたことか?ここでも、中間管理職の判断力が問われる場面だった。
崩れたグラウンドはもちろん立ち入り禁止になった。学校の図書館は水道管破裂でたくさんの蔵書が水に浸かり、被害が大きかった。学校備品にもかなり被害があった。
それより困ったのは、ちょうど大学入試の時期だったことだ。阪神間の大学は軒並み入試の延期があり、受験生への指導が大変だった。また地震の被害のために進学を断念するかどうか?難しい時期だった。

 

以下は蛇足だが、
阪神淡路大震災を体験したあの年、実は3月には地下鉄サリン事件があり、東京のマスコミは一斉にサリン報道一色に。事実上、震災のことは後回しになった。あと、忘れられないのは、東京の報道が震災直後から、もし東京で大地震があったら…という論調になっていたこと。正直、悔しかった。

 

 

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-16 09:51:31

吹雪の中の駅伝は、スポーツというより神事・祭り的ななにかだ

テーマ:ブログ

吹雪の中の駅伝は、スポーツというより神事・祭り的ななにかだ


※参考記事
京都大雪、女子駅伝中止の危機 2千人規模で除雪(朝日新聞2017年1月15日)
http://www.asahi.com/articles/ASK1H63JLK1HUTQP01K.html

 

 

上記の記事を読んで、思わずちょっと待て?と思った。これ、はたして美談なのだろうか?
正直、ニュースで、雪に埋れて走る選手たちをみて、感動などではなく、虐待にみえてしまった。八甲田山死の彷徨かよ。
素人なので、えらそうにはいえないが、
今日の女子駅伝をなぜ延期しなかったか?という疑問をもった。
あるいは、やるにしても雪を防ぐ服を用意できたのでは?
もし駅伝がスポーツだというなら、雪の中でも最善の手段があるはずだと思うのだが。
つまり、
あの雪の中で強行したのは、あれがスポーツではなく、八甲田山死の彷徨と同じ日本の伝統的な何かだからではないかと思う。今日の女子駅伝は、スポーツではなかった。あれを見て感動するというのは、祭りの非日常感そのものだ。
ついでにいうと、夏の甲子園もおそらく同じだ。
吹雪の中の駅伝、猛暑の甲子園大会、いずれも、日本人が伝統的に求める祝祭的、神事的な何かだ。あえて困難に挑み、神に選ばれるという何か。
吹雪の中で駅伝をやることの意味があるとすれば、おそらく、過酷な自然に立ち向かう集団の闘い。それはたぶん日本人の民族的な遺伝的な何かだ。その姿に感動するのも、価値を感じるのも。
だが、合理的に考えれば、悪コンディションを技術で補正して、選手の実力を発揮させるのがスポーツではないか? 悪コンディションをあえてそのままにして、人間の力の限界に挑むのなら、それはスポーツというより、もっと古い精神的な何かだ。駅伝は、そういう祝祭的なものなのだろう。
だが、
日本人のヤバいのは、五輪も同じ感覚でやらかしそうなところ。少なくとも真夏のマラソンは、やめた方がいい。
とにかく、
吹雪の中の駅伝をみると、日本人がいまだに明治のまま、前近代のままなのだと感じる。ロシアの寒冷地に不十分な防寒装備で挑んだ明治陸軍の姿。さらに圧倒的な技術の差に大和魂で挑んだ太平洋戦争の日本。さらに、合理的な対策をしないで精神論で強行する日本企業のブラック体質も。

蛇足だが、
毎年のように豪雪になる日程のセンターテストも、そのたぐいではないか?という疑問がある。
なぜなら、全国一斉の入試なのだから、文科省、国としては、地域による不公平は最小限に抑える努力をする必要があるからだ。明らかに、雪の多い地方と、少ない地方で、受験生にかかる負担は大きい。
たとえ日程を変更するのが難しいとしても、雪に備えてもっと対策ができるはずだと思う。毎年のように、電車が遅れて間に合わなさそうな学生を他人が善意で助けた話が報道される。そういう「美談」が起こらないように準備するのが、役所と政治の責任だと思うのだ。

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-15 11:33:57

(報告)土居豊の連続読書会「西宮ゆかりの小説をよもう 司馬遼太郎から涼宮ハルヒまで」鳴尾図書館

テーマ:ブログ

(報告)土居豊の連続読書会「西宮ゆかりの小説をよもう 司馬遼太郎から涼宮ハルヒまで」in鳴尾図書館、城山三郎『零からの栄光』

 


 

土居豊の連続読書会「西宮ゆかりの小説をよもう 司馬遼太郎から涼宮ハルヒまで」in鳴尾図書館、城山三郎『零からの栄光』を読みました。
太平洋戦争末期、遅ればせながら大活躍した戦闘機「紫電改」を開発した川西航空機、鳴尾が生んだ製造業のエピソードを、城山はこの小説で巧みに物語っています。

 

第3回
1月14日(土)14:00〜16:00
読書会「城山三郎『零からの栄光』」(城山三郎昭和の戦争文学 第3巻)

 

※参考HP
新明和工業
http://www.shinmaywa.co.jp/company/history.html

新明和工業 甲南工場
http://www.shinmaywa.co.jp/aircraft/business/

鶉野飛行場資料館
http://uzurano-hikoujou.com/data/uzura.html

紫電改展示館
http://www.nanreku.jp/site/ainan/shidenkai-tenjikan.html

 


今回は、鳴尾の地元のお話だけあって、参加者の方々は川西航空機に詳しい人が多く、さながら郷土史研究会のように、話題を掘り下げることができました。
また、以前、西宮市で郷土史講座を開催され、川西航空機と鳴尾の歴史について詳しい方や、市の歴史調査に詳しい方のお話も聞いて、小説の内容の真偽を確かめることもできました。

 

※参考
http://www.nishi.or.jp/contents/0003260200040004800085.html


さらに、地元の方の声として、太平洋戦争で活躍した戦闘機「紫電改」のことが、零戦のようにもっと知られてほしい、というお話もありました。
余談として、百田尚樹氏に紫電改と川西航空機の小説を書いてもらって安倍首相にアピールしよう、とか、宮崎駿氏に紫電改開発のアニメを作ってもらって「風立ちぬ」のように大ヒットを狙おう、といった与太話?で盛り上がりました。

それは冗談としても、西宮市民の中から、川西航空機や紫電改、二式大艇の活躍についてもっと知名度をあげようという声が上がってくると、西宮の戦争体験や戦争遺跡がもっとクローズアップされるきっかけになると思います。
西宮と戦争というと、やはり野坂昭如「火垂るの墓」が有名ですが、そもそもあの作品で描かれた西宮空襲も、川西航空機の存在なくして語れないはずだからです。

城山三郎の「零からの栄光」がもっと広く読まれ、それをきっかけに地元・西宮市民の中から、戦争体験と反戦への動きが広がることを願っています。

 

連続読書会は、鳴尾図書館で順次ご参加を募ります。
※受付
西宮市立鳴尾図書館
西宮市甲子園八番町1−20
電話:0798-45-5003
https://tosho.nishi.or.jp/announce/listup.html

 

次回
第4回
2月12日(日)14:00〜16:00
読書会「谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』」
終了後、講師自ら、ハルヒの聖地巡礼をご案内する予定です。
西宮の名を世界のアニメファンに知らしめた名作、中高生のご参加もお待ちしています。


第5回
3月11日(土)14:00〜16:00
読書会「井上靖『闘牛』

 

 

それぞれの課題本を持ち寄って、皆様の自由な読解を語り合います。読書の楽しみを、シェアする楽しさを、ぜひ味わいにきてください。

 

※前回の報告
西宮市立鳴尾図書館で第2回読書会、司馬遼太郎「菜の花の沖」を読みました

http://ameblo.jp/takashihara/entry-12227971853.html


※読売新聞に鳴尾図書館読書会のお知らせが掲載されていました
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12227381837.html

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-13 14:34:01

大阪府の公立中学チャレンジテストへの疑問

テーマ:ブログ

大阪府の公立中学チャレンジテストへの疑問

 

 

※参考記事
統一テスト、欠席続出 「休んでいいが」教員発言を誤解
(朝日新聞2017年1月13日)
http://digital.asahi.com/articles/ASK1F3SXZK1FPTIL00P.html?rm=366


 

上記の件、ぜひ続報を知りたい。
なぜなら、
チャレンジテストは、生徒個人の評定より学校全体の評定をバランス調整する仕組みだから、成績の悪い生徒がテストを休むと学校としては評定上がるのだ。先生たち、まさかとは思うが、ワザと生徒を休ませてないだろうか?

そもそも、
大阪府の公立中学校のチャレンジテストとは、教育改革で絶対評価に移行する際に、学校間の評定の不公平感を調整するために導入されたものだ。学校ごとに、学年全体の評定の平均を出して、その平均をもとに、学校間の成績の差を調整する。
つまり、自分の学校の評定を上げるためには、日頃成績の悪い生徒が休む方がいい、という仕組みになる。

大阪府の教育委員会には、このチャレンジテストをもっときちんと実施するよう要望したい。
前述の記事の他にも、チャレンジテストで出題範囲だった部分まで授業が進まなかった中学の例も報道されていた。
もちろん、出題範囲まで授業が終わっていないようでは困る。
実は、うちの子の中学でも、テスト前日に範囲までギリギリ終わったらしい。
でも、このテストのために、授業が雑になったのでは本末転倒というほかない。
それに、
チャレンジテストで出題範囲までの学習を終われない学力レベルの学校と、あらかじめ出題範囲を練習させてテスト対策をやれるようなハイレベルの学校との差は、とても調整できるとは思えないのだ。
このように、
中学校の成績評価を絶対評価にした橋下維新時代の大阪府教育改革の失敗は、もはや明らかだと思う。中学校間にある明らかな学力格差を、チャレンジテストのような小手先の方法では調整できない。


ついでながら、
チャレンジテストは中学校の成績格差を際立たせる仕組みだ。昔から、中学校の格差は噂で伝わっていて、その中学校区の地価にまで影響している。チャレンジテストで評定差が明らかになるから、これからはますます、中学校区で地価が変わるだろう。

 

 

※参考ブログ
大阪府の公立高校の入試を元に戻してほしい
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12133138304.html

 

 

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2017-01-11 09:42:06

村上春樹の新作長編「騎士団長殺し」はドン・ジョヴァンニ?

テーマ:ブログ

村上春樹の新作長編「騎士団長殺し」はドン・ジョヴァンニ?

 

村上春樹 新作長編のタイトル
『騎士団長殺し』
第1部 顕れるイデア 編
第2部 遷ろうメタファー 編

 

http://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/

 

なるほど。
これまでの春樹作品の集大成的なイメージだ。少なくとも、「1Q84」や「世界の終り」の続編ではなさそう。
サブタイトルの方は、なんだかマジックリアリズムのパロディっぽい感じ。中身は実は「100%の恋愛小説」?かもしれない。

この新作タイトル、英語では

 

Killing Commendatore

とのこと。


なるほど、

commendatore 
とは、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」に登場する「騎士長」のことだろう。
とすると、
オペラの中で騎士長を殺すドン・ジョヴァンニがタイトルだという可能性がある。
そうとなれば、この新作、恋愛小説なのではなかろうか?
かつて、「ねじまき鳥クロニクル」でモーツァルトのオペラ「魔笛」をモチーフに描いた村上春樹、今度はドン・ジョヴァンニに挑む、というところだろうか。

 

いずれにしても、手に取るのが楽しみだ。

 

 

 

※(予告)新春第1回の生駒ビル読書会は2017年1月27日 課題本は村上春樹『風の歌を聴け』


https://www.facebook.com/events/1815088385369859/

 

次回、新春第1回の生駒ビル読書会は、2017年1月27日(金)19時から。
課題本は村上春樹『風の歌を聴け』です。
それというのも、
来年2月に最新長編が出るとのことで、村上春樹の予習をしましょう!という話になりました。
しかも、
読書会のアトラクションとして、村上春樹の新作内容大予想大会もやります!
今度の新作は、果たして『1Q84』の続編なのか? それとも3.11や原発事故をテーマに取り込んだ深刻な大作? あるいは、予想の斜め上をいく大恋愛・愛欲どろどろもの?

などなど、みなさんの予想が楽しみです。

生駒ビル読書会「地下室の会」次回は1月27日(金)19時〜

 

 

※「文学へのいざない in 門戸厄神 第19回 村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』」


https://www.facebook.com/events/560861314119865/

 

2017年1月28日(土)15時〜

2017年には、待望の最新長編が刊行予定です。今度の新作がどんな小説なのか? みなさんの予想もぜひ、聞かせてほしいと思います!
もちろん、新作が出たあと、門戸厄神の読書会でも、新作を読んで論じ合う予定です。

課題図書:村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
ゲスト講師:土居豊(作家・文芸ソムリエ)
【参加費】1000円(お菓子つき)
※終了後、希望者で懇親会の予定です
【場所】
じゅとう屋J:SPACE
西宮市下大市西町(阪急門戸厄神駅下車すぐ)
居酒屋「じゅとう屋」
お問い合わせ:0798-52-2258

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-09 11:41:00

豊中市立文化芸術センターの先行きに期待する

テーマ:ブログ

豊中市立文化芸術センターの先行きに期待する

 

 

 

一豊中市民として、昨年の秋、開館記念式典を見学しました。
この規模の複合ホールを活用するためには、組織力、企画力、資金力、が不可欠だと思います。単なる貸しホールになってしまわないよう、豊中市の奮起を切に願っています。
それというのも、
豊中市の新しいホール、さっそく某有名歌手の公演のチラシが新聞折込に入ってました。公演直前なのに、売れてないのでしょうか? この調子では、市民としてホールの先行きに不安を感じます。
思うに、
豊中市の新ホールの最大のネックは、大阪梅田に近すぎることです。
あえて豊中で公演をうつ必然性、があるかどうか? そこが難しい。
つまり、豊中市で公演をやるかどうか? どうせなら大阪市内の大きな会場でやる方が、おそらく集客できるでしょう。そのハードルをどうクリアするか?
次に、ホールは立派だけど、周辺に大した飲食がないこともネックです。コンサートの行き帰りには、立ち寄れる飲食のお店がほしいところです。そこは、市の努力というより、周辺の飲食店や商店街、大規模スーパーなどが地元のホールといかに協力して、地域を盛り上げるか? そういった地域振興の企画者が必要なのだと思います。
そして、
豊中市の新ホールの最大の問題点は、大きなウリとなる特徴がまだないことでしょう。本当は、お隣の兵庫県芸文センターのような常設オケと芸術監督がほしいところです。
あるいは、お隣の吹田市メイシアターのように、吹奏楽コンクールのメッカとなるとか。また、お隣の池田市アゼリアホールのようなジャズ専門のイベントとか。
近隣の公共ホールの例をいくつか考えてみましょう。
箕面市メイプルホールは、学生演劇で有名。尼崎市のアルカイックホールは、吹奏楽やオペラ、バレエの代表的な会場。宝塚市のベガホールや川西のみつなかホールは、コーラスや市民オペラが有名、などなど。
こうして挙げていくと、北摂から阪神間にかけて、すぐれた公共ホールが山のようにあります。さらに、南大阪や河内にもすぐれた公共ホールがわんさかあり、それぞれが生き残りをかけているのです。

これらの摂河泉の公共ホール群の多くは、高度経済成長期からバブル期にかけて、雨後の筍のように乱立していきました。それぞれ財政問題を抱えながら、大阪市内の大ホールに対抗するのは難しいながらも、地元密着で特徴をみせています。
そんな中で、新たに誕生した豊中市の新ホールは、どう生き残れるか? これからの市の奮起を求めたいところです。

 


旧・豊中市民会館の建て替え完成「豊中市立文化芸術センター」
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12208270812.html

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-07 21:13:35

トランプ的世界の滑稽さと全体主義時代の芸術

テーマ:ブログ

トランプ的世界の滑稽さと全体主義時代の芸術

 

ここしばらく、トランプ氏のツィッター発言に右往左往する世界の有り様をみていて、現代世界がかつての共産社会、全体主義に逆戻りした感がある。
世界最高の権力者となる人物は、どうみても漫画のキャラクターで、何もかも滑稽だが、表だっては誰も笑えない。
代わりに、これからはおそらく、屈折した笑いの感覚が芸術作品に込められるだろう。カフカや、ミラン・クンデラの小説みたいな作品が再び登場するのではなかろうか。あるいはショスタコーヴィチやプロコフィエフの楽曲のようなアイロニー。
とっくに廃れたかと思われた20世紀の全体主義下の屈折した笑いが、いまこそ求められるのかもしれない。そう考えると、あのシャルリエブド襲撃は、まさに象徴的だったといえる。
日本の社会も、他人事ではない。いまの権力者、マスコミの有り様は、いかにも漫画チックで滑稽だ。代表的なのが、産経新聞の首相動静欄。首相が駅でどんなジュースを買ったか、までが克明に書いてある。これは完全に漫画的だ。だがいまや誰もそれを表だって笑えない。日本では、これからは現実を描くとき、筒井康隆的な小説にするしかないのかもしれない。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-05 20:43:25

トールキンの指輪物語を再読

テーマ:ブログ

トールキンの指輪物語を再読

 

年末、BSでホビットの映画3部作を一気観した勢いで、トールキンの指輪物語を再読している。映画版を繰り返し観たせいで、そっちの印象が勝ってたが、トールキンの指輪は、実に周到に描き込まれている。あらゆる挿話が先々、物語の帰結に影響していくのがすごい。キャラの描き分けも実に見事。
指輪物語では、映画版と違って、旅の仲間の9人をエルロンドがほぼ決めているが、ホビットたちだけは自発的に参加する。そのことが後に物語の中で重要になってくる。
また、旅の仲間は、フロド以外は完全に自由意志に任されているのがポイントだ。去るも残るも自身次第。だからこそ運命に立ち向かえた。
映画版ではやたらギラギラしてたボロミアが、意外に思慮深い偉大な人物として描かれてる。映画のボロミアはちょっとやりすぎだが、原作の彼なら、弟ファラミアより勝っている。むしろアラゴルンの方がボロミアにお高くとまって嫌味にみえるのが面白い。アラゴルンも物語の中で成長していく。
指輪物語を読んでいると、映画版では最初はグズだったサムが、初めから第三者の冷静な視点で主役たちを批評する役割で、さすが英国文学の傑作だなあ、と感心する。サムのリアリスティックな視点があるから、冒険譚の非常識さが際立ち、だからこそ冒険がますます偉大な所業にみえる。

最後に、トールキンの指輪物語、訳に文句はないが、アラゴルンが馳夫さんなのはやっぱり笑ってしまう。新訳出ないかな。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-01-05 20:36:40

「この世界の片隅に」をみた若い方々へ

テーマ:ブログ

「この世界の片隅に」をみた若い方々へ

 

この世界の片隅に、を観たり読んだりして感動した若い方々へ。まだ間に合ううちに、自分に祖父母がいるなら戦時中の話を聞いておいてほしいと思う。

うちのじじばばも小学生の孫に自身の疎開体験を繰り返し話して聞かせてる。特に都市在住だった庶民が空襲で焼け出された話、幼い子らが集団疎開した話。

 

日本という国は、時代が変わっても庶民を使い捨てにする本性は同じだ。

私は戦時中に子供時代を過ごし、空襲で焼け出された親と、一兵卒で戦争を体験した祖父の話を聞いて育ったので、戦争には絶対に反対する。いかなる戦争も、日本においては庶民を犠牲にする。一時の熱狂にだまされてはいけない。戦争を体験したといっても、焼け出された人々と無事だった人では全く違う。

日本は本土決戦しなかったというがそれは軍人の世迷言で、空襲で焼かれた庶民にとって、あれは本土決戦そのものだ。亡くなった総数も今だに不明だし、補償もなかった。

自分の祖父は軍人恩給があったが、空襲で全て奪われた祖母は何の補償も受けていなかった。軍人は命と引き換えに、また敗戦後も恩給があったが、庶民の一人一人は、空襲で死んでも補償を受けない。この理不尽さ。軍人より先に市民が本土決戦を戦って死んだ、ということにならないだろうか。

祖父が兵士だったので、戦争で戦った軍人に恨みはないが、同じぐらい犠牲になった市民の一人一人に、日本政府は本当なら今からでも補償を出すべきなのだ。

 

自分の親が、危うく空襲で死にかけたことを知ると、やはり運命を信じたくなる。紙一重で、自分はこの世にいなかったかもしれない。

今の若い方々が、祖父母の空襲体験や集団疎開、徴用体験を直に聞いておくことは、大げさではなく今後の日本の運命を左右すると思う。戦争が決して庶民を幸せにしない事実、一時の熱狂が人々の日常を根こそぎ破壊する現実を知っていてほしい。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。