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2016-12-04 18:19:52

秋吉理香子『絶対正義』評

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秋吉理香子『絶対正義』評


秋吉理香子『絶対正義』
https://www.amazon.co.jp/dp/4344030257/ref=tmm_hrd_title_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

 

【内容紹介】
《4人の女たちに届いた『思い出の会』への招待状。
差出人は、5年前に殺したはずのあの女――。
正義のモンスター。
あんな女、本当は大嫌いだった。
範子はいつでも礼儀正しく、一つの間違いも犯さず、また決して罪を許さない。
なにより正義を愛していた。和樹は、痴漢から助けてもらった。由美子は、
働かない夫を説得してもらった。理穂は、無実の罪を証明してもらった。
麗香は、ピンチを救われチャンスを手にした。彼女たちは大いに感謝し、そして、
のちに範子を殺した。
しかし、死んだはずの範子から招待されたパーティで、四人が見たものとは――?
正義があれば、全て許されるのか――?
『暗黒女子』『聖母』の著者、最新にして最恐ミステリー。
衝撃のラストがあなたを待つ!》

 

 

 

このミステリーには完全にだまされた。
そのトリックはお話できないが、結末には本当に感銘を受けた。
本作は、秋吉のこれまでの作品中、1、2を争う完成度だといえよう。
このミステリーには、タイトル通り、正義感の権化のような人物が登場する。その人物をめぐって、数人の登場人物たちの人生や運命が少しずつ狂っていく。その様を丁寧に描いているのだが、エピソードのどれもが、確かにありそうなリアリティで貫かれている。
それゆえ、どんでん返しの部分も信憑性を帯びるのだ。
さらに、本作のおそるべき点は、正義感をつきつめるとどうなるか? 人間にとって正義とは何か? という疑問をつきつけられるところだ。
人間社会で一方的な正義をつきつめると、かつての全体主義国家のような世界が現出するだろう。この小説の中では、そこまで行き着かないが、結末のその先を想像するとき、いずれはそういう世界に辿り着きそうに思う。
あるいは、人間にとっての正義ではなく、抽象的な正義の概念を現実に追求していったとき、この小説に登場する人物たちと同じく正義によって悲劇が起きることも、想像できるだろう。例えば、この小説をAIに学習させたとして、そのAIが抽象的な正義を実践しようと考えたら…。
本作は、見事なミステリーであると同時に、我々にとって正義の用い方を誤るとどういうことが起きるか、考えさせる。優れた人間批判の小説ともなっているのだ。

 

 

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2016-11-30 00:21:43

土居豊の新作小説『供犠 トリオソナタ2』発売開始!&前作『トリオソナタ』改訂版も同時発売!

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【土居豊の新作小説『供犠 トリオソナタ2』発売開始!&前作『トリオソナタ』改訂版も同時発売!】

 

『供犠 トリオソナタ2』土居豊 作 
https://www.amazon.co.jp/dp/B01NBE38P3/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_rMmpybQ2C329V

 

 

 

 

『トリオソナタ1』土居豊 作 
https://www.amazon.co.jp/dp/B01N597W7O/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_FOzpybZDDW4VW

 

 


http://ameblo.jp/takashihara/entry-12224064015.html

 

 

このたび、土居豊の小説『供犠 トリオソナタ2』を発売しました。当面、単行本ではなく電子書籍版のみ、Kindleで刊行!
この小説は、前作『トリオソナタ』で小説デビューして10年、満を侍して上梓した続編です。物語の内容は、前作の主人公たちのその後を描いていますが、今度は主人公が指揮者の原隆志ではなく、高校時代の友人だった高山佑一に代わっています。原隆志が海外で活躍するのと対照的に、佑一は日本で謎の教団を立ち上げ、教祖として暗躍します。その教団には、高校時代、原とともに音楽を楽しんだ仲間たちも、信者や幹部として参加しているのです。物語は、原や佑一たちが青春のひと時をともに過ごした高校時代のエピソードを絡めながら、佑一の危険な行動を描いていきます。前作とは打って変わった内容の小説ですが、『トリオソナタ』で描いた人物たちが、時代の変化とともに人生を狂わせていく姿を書きました。


また、
同時発売の小説集『トリオソナタ1』は、音楽小説『トリオソナタ』とその外伝というべき短編を合わせて刊行するものです。いずれも、若き指揮者の原隆志をめぐる物語ですが、短編『CATCH A COLD』は、彼が世界的な活躍をする中での一幕です。もう一編の『出待ち』は、彼が日本に帰国した際のエピソードです。

土居豊の「トリオソナタ」ワールド連作を、電子書籍版でぜひ、ご一読くださいますよう、お願い申し上げます。


 

『供犠 トリオソナタ2』土居豊 作 
https://www.amazon.co.jp/dp/B01NBE38P3/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_rMmpybQ2C329V


『トリオソナタ1』土居豊 作 
https://www.amazon.co.jp/dp/B01N597W7O/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_FOzpybZDDW4VW


※Kindle版は、Amazonの電子書籍端末をお持ちでなくても、スマホやタブレット、パソコンでアプリをダウンロードしていただければすぐ読めます。

Kindleサイト
https://www.amazon.co.jp/Kindle-キンドル-電子書籍/b?ie=UTF8&node=2250738051

 

 

※土居豊の作品はこちら
Amazons著者ページをぜひフォローしてください!新作情報などが届きます。
https://www.amazon.co.jp/土居-豊/e/B00491B5TQ

 

 

 

 

 

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2016-11-29 18:41:24

土居豊の新作小説『供犠 トリオソナタ2』発売予告&前作『トリオソナタ』改訂版も同時発売予定

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【土居豊の新作小説『供犠 トリオソナタ2』発売予告&前作『トリオソナタ』改訂版も同時発売予定】

 

土居豊の小説『供犠 トリオソナタ2』がもうすぐ発売となります。当面、単行本ではなく電子書籍版のみ、Kindleで刊行します。

 

※表紙画像

 

 

 

 

この小説は、前作『トリオソナタ』で小説デビューして10年、満を侍して上梓した続編です。
物語の内容は、前作の主人公たちのその後を描いていますが、今度は主人公が指揮者の原隆志ではなく、高校時代の友人だった高山佑一に代わっています。原隆志が海外で活躍するのと対照的に、佑一は日本で謎の教団を立ち上げ、教祖として暗躍します。その教団には、高校時代、原とともに音楽を楽しんだ仲間たちも、信者や幹部として参加しているのです。
物語は、原や佑一たちが青春のひと時をともに過ごした高校時代のエピソードを絡めながら、佑一の危険な行動を描いていきます。
前作とは打って変わった内容の小説ですが、『トリオソナタ』で描いた人物たちが、時代の変化とともに人生を狂わせていく姿を書きました。

なお、本作の中に取り込んだあるエピソードは、かつて、文芸誌「すばる」新人賞で入選は逃したものの、当時の編集長から高い評価をいただいた短編を、リライトしたものです。
その際、すばる編集長だった方に、新人賞を受けられなかった理由を教えていただきました。曰く「短すぎたこと、物語をまだまだ展開できるのでもったいない」というものでした。
そのアドバイス通り、その短編を核として物語を展開させたのが本作です。
今は亡き元編集長に、この『供犠 トリオソナタ2』をぜひ読んでいただきたかった、と思います。
本作を、彼の魂に捧げます。

 

※前作も、合わせてお読みください。
小説『トリオソナタ』 土居 豊 作
【幻の昭和64年、20世紀末ウィーンに学ぶ若き指揮者が心に描くロマンチシズム!
「音楽の力は肉体に働きかけてエロスの炎に点火する…」
若きロマンチストが奏でる愛の第一楽章。
(Amazon内容紹介より)】

 

 

 

上記の新作小説『供犠 トリオソナタ2』と同時発売予定の、小説集『トリオソナタ1』は、音楽小説『トリオソナタ』とその外伝というべき短編を合わせて刊行するものです。
いずれも、若き指揮者の原隆志をめぐる物語ですが、短編『CATCH A COLD』は、彼が世界的な活躍をする中での一幕です。もう一編の『出待ち』は、彼が日本に帰国した際のエピソードです。

本作『トリオソナタ』の第一版は、2005年に上梓した私の実質的なデビュー作です。
この作品には、読者にめぐまれる運があったようで、自分の尊敬する方々に褒めていただきました。まず、私淑していた作家の故・小川国夫さんです。不思議と小川さんに気に入っていただけて、「最晩年の友」「同道の士」などと、過分な言葉も頂戴しました。拙作『トリオ・ソナタ』の出版記念パーティにご招待したところ、はるばる大阪まで来てくださり、スピーチをいただきました。


※小川国夫のスピーチより引用
《我が友、土居豊さんが野心的な大作を公にされました。記念碑的な作品でありますので、そのことをみなさまに…感動をお伝えして…ご挨拶を致したいと思います。勿論お読みになった方もたくさんいらっしゃると思いますが、私も食い入るように読みました。野心的、と先程申し上げましたけれども、大変スケールの大きい、しかも深みのあるお仕事を完成されて、友人の一人として喜びにたえません。
ウィーンで音楽修業中の青年の日常が特によく書けてるんですけれども、土居さんという人は、こうしてこれだけのリアリティを書ける、よっぽど想像力豊かな作家だなと思いまして、感心いたしました。それから、この音楽修業の青年の深い悩みというものも、突っ込んでよく書けている。》

 

 

※2005年、小説『トリオ・ソナタ』刊行記念パーティー席上、小川国夫と筆者

 


※同、刊行記念パーティーにて

 

 

 

 

もう一人は、指揮者の藤岡幸夫さんです。ご自身のファンサイトに、土居豊の小説『トリオ・ソナタ』のご感想をアップしてくださいました。

http://www.fujioka-sachio.com/album/album.html

 

 

本作は指揮者を主人公にした青春小説ですが、本職の指揮者にリアルだと褒めていただき、お墨付きを得た思いです。
実は、この小説に描いた主人公の指揮者がウィーンの音楽院に留学しているのも、小説の最後でプラハに向かうのも、全くの創作です。ところが、今回、本作を読んでくださった指揮者の藤岡幸夫さんは、偶然にも、プラハで指揮者コンクールに入賞していたのでした。

 

※指揮者・藤岡幸夫と筆者

 

 

 

 

このように、世界で活躍する指揮者に絶賛いただいた小説『トリオ・ソナタ』ですが、発売当時、新聞数紙の書評でもご紹介いただきました。けれど、その後、特に大きな話題になることなく、いつしか店頭から消えていってしまい、現在は、ほぼ絶版の状態にあります。
そこで、2012年に大幅に改訂し、第2版の『トリオソナタ』として電子書籍版とAmazonPOD、さらに三省堂のPODでも発売しました。

 

※AmazonPOD版
https://www.amazon.co.jp/トリオソナタ-土居-豊/dp/4906883923

 

 

今回、合本版として再発売する『トリオソナタ1』は、若干修正した以外は基本的に第2版のままです。

 

次に、本書にまとめた短編2作について。

 

『CATCH A COLD』
小説『キャッチコールド』と題して、何度か携帯小説や電子書籍版で発売したものを、今回、大幅に修正して収録しました。初出は、「河南文藝 文学篇」2003年夏号(小川国夫 編集人)。
小説『トリオソナタ』の登場人物、指揮者の原隆志が主人公。原は、ロンドンの夏の音楽祭プロムスでチャイコフスキーの悲愴交響曲を指揮する。その数日前、隆志は元の彼女にそっくりなバレエダンサーと、劇場の楽屋口ですれ違った。声をかける間もなく、女は姿を消した。この女は果たして?

 

『出待ち』
小説『霊南坂』と題して電子書籍版で刊行していたものを、若干修正して収録しました。
指揮者、原隆志に思いを寄せる音大生の女の子は、サントリーホールでのコンサートのあと、隆志を待ち伏せする。不安定な追っかけ女性の危ない暴走。有名指揮者である中年男はそれをどうかわすのか?

 

 

土居豊の「トリオソナタ」ワールド連作を、電子書籍版でぜひ、ご一読くださいますよう、お願い申し上げます。
発売したらすぐ、以下のサイトで告知いたします!

 

※土居豊アメブロ
http://ameblo.jp/takashihara/

 

※土居豊フェイスブックページ
https://www.facebook.com/土居豊-166723296717545/

 

https://www.facebook.com/ebookyutakadoi/

 

※土居豊ツィッター
https://twitter.com/urazumi

 

※土居豊グーグルプラス
https://plus.google.com/+土居豊

 


また、
ネット検索で「土居豊 トリオソナタ1 供犠 トリオソナタ2」などを入力して検索していただければ、いずれかの電子書籍書店につながります。

なお、
Kindle版は、Amazonの電子書籍端末をお持ちでなくても、スマホやタブレット、パソコンでアプリをダウンロードしていただければすぐ読めます。

 

Kindleサイト
https://www.amazon.co.jp/Kindle-キンドル-電子書籍/b?ie=UTF8&node=2250738051

 

 

※土居豊の作品はこちら
Amazons著者ページをぜひフォローしてください!新作情報などが届きます。


https://www.amazon.co.jp/土居-豊/e/B00491B5TQ

 

 

 

 

 

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2016-11-27 20:09:24

音楽や演劇、映画批評は自腹を切って書く

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音楽や演劇、映画批評は自腹を切って書く

 

 

最近、あるプロ劇団の公演をみたが、じつにひどくて呆れるほどだった。
それで改めて思ったのだが、プロの歌手、シンガーたちの覚悟は半端ない。少なくとも知り合いの歌い手たちはそうだ。中途半端なステージを聴かされたことはない。歌えないときは、キャンセル、公演中止するぐらいの覚悟が必要なのだと思う。
これはステージパフォーマンス全てに言える。もちろん、あくまで客目線の話だが。
客の立場から言うと、少なくともプロなら、仕上がってないステージをみせるぐらいなら、返金して公演中止したらいいと思う。
私の知り合いの音楽家たちは、みんなそのぐらいの覚悟を持って仕事している人ばかりだ。だから私は客の立場で、出来る限りの応援を惜しまない。友人だから、というのはもちろんだが。音楽家にとって一番の応援はライブに来てもらうことだと思うから、友人のステージには可能な限り行く。ネット拡散もする。
音楽家の友人が音源を出していたら、可能な限り買うし、宣伝もする。お互い忙しくてライブに行けない場合も多いから、せめて音源の普及に努める。
音楽批評家の場合は、辛口なことも書くだろうが、私はコンサート批評をお金をもらって書くわけではないから、素直な応援の文章を書くつもりでいる。その音楽家のマネージメントから依頼されたわけではないから、コンサート批評は思った通りに書く。
ちなみに、以前、ある有名アニソン歌手のコンサート批評を、文芸批評的に書いたら、名刺交換したばかりのマネージャーからお叱りを受けた。以来、マネージメント側に公認されたコンサート評は話半分に読むことにしている。どうせ提灯記事なのだろうから。
これは音楽だけでなく映画も同じだ。
以前、ある有名作品の映画試写会に招かれ、あとで映画批評を書くことを配給会社の担当に言うと、悪口は書かないでくださいと言われた。はっきり言ってその映画はひどい作品だった。だから、公開前にはその映画の批評は書けなかった。書くと悪口になってしまうから。
以来、映画の試写会をみた著名人の言葉は信じない。ライターでも、試写会をみて書いた批評は信じない。コンサートも同じで、マネージメントから招待されてる業界人の褒め言葉は信じない。業界内部のなあなあだからだ。
批評を書くなら観客として金払って視聴した立場で書くべきだ。
もちろん、その批評に対して原稿料が発生するのは別だ。批評の原稿料は、マネージメント側からではなく読者からもらうはずだからだ。だからこそ、作品批評はそれを観ようか迷っている客に対して誠実に書かれるべきだ。ほめるところのない作品を無理にほめて、読者が観に行ってがっかりしたら申し訳ない。
私の書く音楽批評や映画批評、演劇批評などは、基本的にブログに書いているのだから、マネージメントの宣伝に加担しないし、招待や試写会ではなく金を払ってみたものばかりだ。だから率直に思った通りに書く。ほめているときは心底そう思ったからだ。辛口に書くときも、心底そう思ったからだ。

 

 

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2016-11-26 17:12:54

藤岡幸夫指揮・東京佼成ウインドオーケストラ第1回大阪定期演奏会を聴いた

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藤岡幸夫指揮・東京佼成ウインドオーケストラ第1回大阪定期演奏会を聴いた

 

先日、大阪のザ・シンフォニーホールで、藤岡幸夫指揮・東京佼成ウインドオーケストラ第1回大阪定期演奏会を聴いた。

 

 

東京佼成といえば、吹奏楽をやる者にとって、憧れの楽団だ。その演奏を関西で聴く機会はなかなかない。しかも、関西フィルでおなじみ、藤岡幸夫さんが指揮をする。
ちなみに、藤岡さんは吹奏楽の指揮者ではないが、近年、特にテレビ番組エンター・ザ・ミュージックでの吹奏楽特集で、全国の吹奏楽団体を指揮して吹奏楽演奏のすばらしさを広めている。
藤岡さんが東京佼成を指揮したこのCDも最高の演奏で、今回の演奏会でもCD収録曲のいくつかを聴くことができた。

 

※「吹奏楽燦選 嗚呼 アフリカン・シンフォニー」
東京佼成ウインドオーケストラ 藤岡幸夫 指揮
https://www.amazon.co.jp/dp/B00MSQVX3W

 

※演奏会の詳細
http://www.tkwo.jp/concert/subscription/osaka1.html
日時    2016年11月24日(木)
開演:19:00(開場:18:00)
場所    ザ・シンフォニーホール
指揮    藤岡幸夫
曲目    マゼランの未知なる大陸への挑戦/樽屋雅徳
ラ・フォリア~吹奏楽のための小協奏曲/伊藤康英
「復興」~2015年改訂版~/保科 洋
音楽祭のプレリュード/A.リード
イギリス民謡組曲/R.ヴォーン・ウィリアムズ
ドラゴンの年/P.スパーク

 

※東京佼成ウインドオーケストラの人気はものすごくて、トップ奏者別のキャラクターグッズの販売まであった

 

 

 

さて、演奏会の感想を書く。
一曲目は、「マゼランの未知なる大陸への挑戦」 樽屋雅徳 作曲
楽曲の美しさに酔わされた。ピアノとハープをフィーチャーし、ロマンティックなメロディーがまるで映画音楽のようなドラマチックさ。
2曲目の「ラ・フォリア~吹奏楽のための小協奏曲」 伊藤康英 作曲
フォリアとは、15〜16世紀のスペイン、ポルトガルで奏された舞曲で、狂気を意味する。曲間に藤岡さんがコンサートマスターの田中さんと曲の説明をするのだが、普段からトークになれている藤岡さんが一人でしゃべりまくり、田中さんは「割り込むすきがない」と苦笑してした。藤岡さんの解説によると、「この曲はブリテンの『青少年のための管弦楽入門』的な曲、という注文だったのだが、ものすごく高度な難曲が出来上がってきて仰天した」と。
その言葉通り、東京佼成の楽員たちの超絶技巧を思う存分堪能できる演奏となった。
3曲目の「復興~2015年改訂版」 保科 洋 作曲
元々はヤマハ吹奏楽団の創立50周年記念曲だったが、3.11ののち、震災からの復興のイメージと結びついて、各地で演奏を重ねている。いつもながらの「保科」節が泣かせた。
休憩をはさんで、
5曲目「音楽祭のプレリュード」 リード 作曲
吹奏楽のマスターピースの一つだが、見事なドライブ感で盛り上げる。リード特有の錯綜した構成のスコアが、まるで眼前にみえるかのような見通しのよい演奏。
6曲目「イギリス民謡組曲」 ヴォーン・ウィリアムズ 作曲
ヴォーン・ウィリアムズを得意とする藤岡さんのイギリス民謡組曲、原典通りに第二曲に「海の歌」を入れるとのこと。

第3曲のソロは通常「コルネットかオーボエで」という選択をする習慣だそうだが、ヴォーン・ウィリアムズの大家である藤岡さんの解釈は「彼がそんな曖昧な指示をするはずはない」というものだ。スコアを研究し尽くした結果、ここは楽譜通り「コルネットとオーボエのユニゾンで」演奏された。普通、どのCDでも「海の歌」をはずして、第3曲のソロはオーボエの場合がほとんどだとのことだが、この日は、作曲者の望んだであろうそのままの楽曲構成で演奏が繰り広げられ、貴重な機会となった。
最後に「ドラゴンの年」 P.スパーク 作曲
この曲は吹奏楽の定番中の定番の一つ。ドラゴンはウェールズの紋章からとられた曲名だ。東京佼成が得意とする曲で、大変な名演だった。
そして、アンコールにはアフリカンシンフォニーが演奏され、この日の演奏会は最高の盛り上がりで名残惜しく終わった。
東京佼成の第1回大阪定期演奏会、ものすごく充実したステージだったが、実のところ、客の入りは8割ぐらいで、2、3階のバルコン席が寂しかった。吹奏楽の王者・東京佼成が初めて大阪で定期演奏会をやるという話題性からいっても、人気曲をあつめたプログラムからいっても、満席になるはずの演奏会なのに。大阪の吹奏楽ファン、いったいどうしたのか? かつて、シンフォニーホールでプロの吹奏楽団が演奏会をやるときは本当に満席で、立ち見が出るぐらいだったのに。大阪の吹奏楽ファンが減った? 熱気が冷めた? もっと吹奏楽を盛り上げてほしいものだ。
幸い、東京佼成の第2回大阪定期演奏会が内々に決まっているという。次回はぜひ、完売御礼立ち見ありぐらいの歓迎ぶりになるよう、願っている。
ところで、
実は筆者は学生時代、吹奏楽部でホルンを吹いていた。今夜の曲目のうち、「音楽祭のプレリュード」と「アフリカンシンフォニー」を演奏したことがある。かつて自分たちが吹いた曲を、日本トップレベルのバンドで聴くと、全く別の曲のようにきこえる。それぐらい、見事な演奏だった。あの曲を、こういうふうに演奏できたらいいなあ。
シンフォニーホールで吹奏楽を何度も聴いたことがあるが、東京佼成はまさに別格だった。金管の音に透明感があり、フォルティッシモでもうるさく感じず、遠くで響いているように聞こえる。木管の動きの早さと正確さ、ソロで聴かせる音色と歌心も絶品。打楽器群のノリのよさ、ダイナミックスの幅、まさに非の打ちどころなし。
吹奏楽で現代の楽曲を聴くとき、オーケストラの場合との違いはもちろん、弦楽器群のないことだ。テンポのゆるやかな部分、音量の小さなとき、曲の音が途絶えそうではらはらするのだが、吹奏楽ではそこを人の息で支えている実感があり、息づかいが聴く者にダイレクトに伝わってくる。
対して弦楽の場合、たとえピアニッシモでテンポが遅くても、弓の動きが目に見える分、曲が途切れるというような不安はまず抱かない。吹奏楽の場合は、同じようなゆっくりの弱音部分で、もし息が途切れたら、という恐れを、聴く者は奏者と一体化して身体で感じるのだ。
だから、吹奏楽を聴くとき、聴衆は奏者といっしょになって息をつめ、身体に力が入っているのではないかと思う。その結果、まさにステージと客席が一体化した時間を体験するのだ。これが、吹奏楽の生演奏を聴く醍醐味だといえる。
まだ吹奏楽のステージを体験したことのない人にも、ぜひ一度、この一体感を味わってほしい。

 

 

※クリスマスシーズンのシンフォニーホール

 

 

※藤岡幸夫指揮、関西フィルの演奏会評、過去のブログ記事
(1)
演奏会評「関西フィルハーモニー管弦楽団 第278回定期演奏会 藤岡幸夫・指揮」
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12209972530.html
藤岡幸夫 指揮 オーギュスタン・デュメイ ヴァイオリン独奏
藤岡幸&関西フィルのシベリウス2番、2005年の同コンビのCDと比べて全く次元の違う名演。

(2)
藤岡幸夫指揮、関西フィルのMeet the Classic Vol.33 フォーレ『レクイエム』を聴く
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12194219705.html

(3)
第7回阪急ゆめ・まち 親子チャリティコンサートを親子で鑑賞
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12172719213.html

(4)
藤岡幸夫の指揮、北村陽のチェロで、関西フィルハーモニー管弦楽団 大阪市中央公会堂特別演奏会を聴く
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12141671709.html

(5)
指揮者の藤岡幸夫HPで、筆者の書いた2014年の関西フィル第260回定期演奏会のレポートがリンクされています。
http://www.fujioka-sachio.com/report/report20141010.htm

 

※指揮者の藤岡幸夫HPで、筆者の小説『トリオソナタ』を絶賛してくださいました
http://www.fujioka-sachio.com/album/album.htm

 

 

※演奏会後、藤岡さんとツーショット、のはずが、フラッシュが光らず真っ黒のあやしい二人に…

 

 

 

 

 

 

 

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2016-11-21 11:42:12

アニメ風景の聖地巡礼とは、失われた土地、過ぎ去った時間への郷愁

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アニメ風景の聖地巡礼とは、失われた土地、過ぎ去った時間への郷愁


末尾に引用した、東浩紀氏ツィートのアニメ背景と柄谷行人の「風景」についての話を読んで、以下、つらつらと書く。

私としては、アニメ背景と聖地巡礼への嗜好は、失われた風景への憧憬だと考える。このことについて、「涼宮ハルヒ」に描かれた風景が阪神大震災で失われた風景への追悼につながる、と考えて書いたのが、拙著『ハルキとハルヒ』だ。

 

※土居豊 著『ハルキとハルヒ 村上春樹と涼宮ハルヒを解読する』(大学教育出版)
http://www.amazon.co.jp/dp/4864291276/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1334231386&sr=1-1

 


拙著で書いたように、描かれた風景が失われた土地への哀悼である点では、村上春樹の描く阪神間の風景も同じだ。文学の風景は、必然的に多くが失われた風景であるということになる。
アニメの風景の場合はそれが絵であることで、なおさら失われた風景の再現という意味合いが強まる。おそらく、日本アニメの風景が鎮魂歌の意味を強めたのは、宮崎アニメからだろう。
なぜなら、宮崎アニメ以来、アニメ風景への聖地巡礼行為が定着したといえるからだ。
宮崎アニメの場合の失われた風景は、主に高度成長期以前の原日本だ。その後、「ハルヒ」の背景を現地探訪する行為が、アニメ聖地巡礼の増える一つのきっかけだったことは、すでに多くの論者が指摘している。その「ハルヒ」では、阪神大震災という目に見える喪失が、失われた風景の再現として描かれた。「ハルヒ」を境に、聖地巡礼は追悼の意味を露わにしたといえる。無意識に、ファンは「ハルヒ」の風景がすでにない世界であることを感じるのではあるまいか。
なぜなら、「ハルヒ」の世界は、過去の世界が3年前に一度作り変えられた、という前提だからだ。「ハルヒ」の物語をみる者が、そこに描かれた風景が失われた3年前の世界を再現したものであることを感じているなら、その風景によって過去への憧憬を喚起されるだろう。もっとも、聖地巡礼の行為には、そういうこと抜きに、単にアニメの世界に同化したいという欲求もあるのだが。
「ハルヒ」以降の日常系アニメでは、背景が現実の写真から描き起こされることで、その絵に描かれた風景は過去の現実世界の再現になっている。物語の中に喪失があろうとなかろうと、背景がすでに過ぎ去った時間のその土地を再現していることになる。そういう土地を訪れる聖地巡礼という行為は、意識してもしなくても、失われつつある場所への巡礼となってしまうのだ。
話題の映画『君の名は。』の聖地巡礼の場合も、失われた過去への巡礼である点は同じだ。特に、彗星落下で壊滅するはずの村の風景は、あらかじめ予想されたカタストロフを事前に追悼するような、奇妙な意味合いを持たされている。作中に描かれたあの村は彗星落下によって失われたはずの3年前の風景、ということになっていて、実はそれが回避された別の世界での物語である、という非常に凝った設定なのだ。だから、『君の名は。』の作中風景を訪ね歩くという聖地巡礼の行為は、作中で主人公の彼が、記憶の中の風景を頼りにあの村を探す行為と、ぴったり重なることになる。文字通りの聖地巡礼をやっていることになるのだ。

 


※土居豊の最新論考。人気アニメ「君の名は。」と村上春樹、小澤征爾を比較し、多数派と少数者の対立を考える。他、文芸ミリオンセラー作品を批評。

『ミリオンセラーの生まれ方 〜「君の名は。」はセカチューかノルウェイか?』
http://www.amazon.co.jp/dp/B01M341CIX/ref=cm_sw_r_tw_awdl_x_3KOfybTDZFJSJ

 

 

最後に、聖地巡礼については、アニメの場合と実写映画の場合ではおそらく意味合いが異なる。アニメや映画と、小説の場合ももちろん違う。
中でも特にアニメ作品の聖地巡礼が特殊なのは、描かれた絵がすでに過去の失われた風景の再現である、という点にある。描かれた絵の方が、実写映画の場合よりも、過去の時間の一点を強く固定する。それが、ファンを聖地巡礼に惹きつける所以なのだ。

 


※参考
「東浩紀@ゲンロン4予約受付中 ‏@hazuma 22:22 - 2016年11月20日のツィートを引用」

《柄谷行人は「風景の発見」こそが近代文学の内面を作り出したと説いた。それを援用してみる。風景とは映像表現では背景である。アニメでは背景美術である。背景がリアリズムを志向し他方でキャラクターだけはデフォルメして描かれる、その二重性が広く受け入れたときアニメは「自然」なものに見える。
しかしむろんその「自然」は欺瞞である。それは現実を覆い隠す欺瞞にすぎない。その点で「君の名は。」の「美しい」「リアル」な背景は欺瞞の完成である。他方で「この世界の片隅に」はどうか。この作品では背景とキャラクターは分離されない。否、背景が絵にすぎないことがむしろ幾度も強調される。
アニメーションの本質はなにか。それはすべて嘘だということである。すべて現実ではないということである。だからそれは解離の表現に向いている。「この世界の片隅に」は解離の作品である。すずは戦争から解離している。だがその解離こそが現実であり生なのだというのが本作の主題である。
(中略)
アニメには二つ方向がある。「僕たちもアニメのように美しい現実を生きている」と訴える方向と「僕たちは現実すらアニメのように解離して捉えているのかもしれない」と描く方向。「君の名は。」が前者だとすれば「片隅に」は後者である。好みはひとによって分かれよう。しかしぼくは後者を好む。
言い換えれば「君の名は。」は背景が物語に奉仕する作品。嘘の自然が視聴者の感情移入を支える作品。それはとても近代文学的。でも「片隅に」は違う。そこでは背景は背景として自立していない。すずは背景と物語を分離できない。でもそれこそがすずの生きる力になる。それは病者に力を与える作品。》

 

 

※土居豊の論考著作、「涼宮ハルヒ」や村上春樹関連

 

土居豊 『沿線文学の聖地巡礼 川端康成から涼宮ハルヒまで』(関西学院大学出版会)
http://www.kgup.jp/book/b146062.html

 


土居豊『いま、村上春樹を読むこと』(関西学院大学出版会)
http://www.kgup.jp/book/b183389.html

 

 

土居豊『村上春樹のエロス』(KKロングセラーズ) 
http://www.amazon.co.jp/dp/4845421852

 

 

 

 

 

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2016-11-19 21:12:32

星野源と大阪芸大と故・小川国夫のことなど

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星野源と大阪芸大と故・小川国夫のことなど


バラエティをみてたら、星野源の特集をしていて、彼が大阪芸大落ちてバンドやってた、とのことだった。それで一気に彼に親近感を抱いた。
なにしろ大阪芸大は昔から、関西在住の「将来ビッグになりたい少年たち」の最後の砦だった。かくいう私も、何かとてつもない夢を見ながら大阪芸大に入り、地の果てのキャンパスに通ったのだ。
(当時の教授は、自分の勤める大阪芸大を「文化果つる地」と呼んでいたものだ)
そんな大阪芸大も、いまや入試で学生を落とすようになったのか。えらくなったものだ。

ところで、
星野源さんとは関係ない話だが、私が某進学校から当時偏差値不明落ちこぼれ大学だった大芸に行ったのは、小松左京が教授だったからだ。大学受験に集中できず、進路を迷っていたとき、たまたま大芸のパンフレットをみて、敬愛する小松左京が教授にいることを知った。もし大学で何一つ有益なことが学べなくとも、小松左京の講義を直接受けられるなら無駄ではない、と思った。ひたすら、小松左京の教えを受けたかったがために、当時、ほとんどフリーパスで入れた大芸に入った。
だが、いざ入ってみたら、なんと、小松左京教授は、前年で退任していたのだ。これは私にとって、人生最大の肩透かしだった。
以後の、大芸での学生生活については、語ることは特にない。
(いまだからいうが、大学の入学案内に、退任予定の教授名を載せておくのはフェアではないと思うぞ、大芸)

だが、人生、捨てたものではない。
大阪芸大に行ったおかげで、作家の小川国夫さんとご縁が出来たのだ。もし、そうでなかったら、今の自分はない。
ちなみに、大阪芸大で小川国夫さんの授業を受けたわけではない。小川さんが大阪芸大の教授になったのは、私の卒業後なのだ。これまた、すれ違いだった。
ところが、後年、偶然、母校に遊びに行ったとき、たまたま小川国夫さんの出講日だった。初対面の私にも分け隔てなく接してくださって、先生方の後ろにひっついて飲みについて行った。
あの時、たまたま芸大に遊びに行かなかったら、小川国夫さんとの接点などあるはずもなかった。飲みの席で、小川さんの語る話に最後まで食いつき、終電の終わった天王寺で始発を待った。
あの夜、人生は変わったのだと思う。
以来、勝手に作家・小川国夫の追っかけになり、最後の弟子の一人と自称した。
小川さんは、偉大な作家でありながら威張ったところが全くなく、私のことも大らかに受け入れてくださった。弟子を自称していても、黙認してくださり、それどころか、私の小説を読んであれこれ感想をいただいた。私のことを同道者、と呼んでくださったときは、あまりに畏れおおくて気が遠くなった。
作家・小川国夫と出会っていなければ、今の自分はない。それは確かだ。
しかし、ひそかに自負していることがある。自分は小川国夫さんに引き立てられてデビューしたのではない、という一点だ。
小川さんはもちろん大手出版社に顔が効いただろう。だが私がデビューしたのは、関西の某同人誌の賞をいただいたからだ。更に持ち込みで刊行した。
一時、某有名文芸誌に書いたことがあるのも、そこの編集長だった人が私の本を読んで、仕事を依頼してくれたからだ。そこの新人賞でいいとこまでいったのも、小川さんとは関係ない。
小川さんから学んだのは、もの書きとしての心の持ちよう、生きる姿勢のようなことだ。
あと、お酒の飲み方。
小川国夫さんの長酒に幾夜もお付き合いしたおかげで悪酔いを防ぐ方法を学んだ。ひたすらゆっくり飲むのだ。つまみを必ずとってただゆっくり飲むだけで、悪酔いは避けられるようになった。

 

※2005年、拙著『トリオ・ソナタ』刊行記念パーティ席上で、小川国夫と筆者

 

 

土居豊 作 音楽小説『トリオソナタ』(AmazonPOD版 グッドタイム出版刊)


http://www.amazon.co.jp/dp/4906883923/ref=sr_1_11?s=books&ie=UTF8&qid=1409920887&sr=1-11

 

Amazon著者ページ
http://www.amazon.co.jp/-/e/B00491B5TQ

 

 

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2016-11-18 20:41:11

ミステリーの好み〜子供心に横溝正史の本が怖かった

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ミステリーの好み〜子供心に横溝正史の本が怖かった

 

NHKで横溝正史『獄門島』リメイクドラマの番宣をみていた。
実は、自分は子供のころから日本ミステリーが苦手だった。なぜなら、横溝正史のミステリーの絵が怖かったから。横溝作品の映画が怖かったから。
それで、単純な話だが、子供心に「日本ミステリー=恐怖映画」という印象が植え付けられた。
だから、ホームズのジュブナイルも子供のころ、苦手だった。ホームズの話には、恐怖映画的な話が多い。特に『バスカヴィル家の犬』が怖かった。
それに対して、ルパンもののジュブナイルは人工的な話、SF的な話が多いので好きだった。ルパンものは、いまにして思えば、ヴェルヌのSFに似ている部分があり、子供のころから安心して読めた。
ルパンものに唯一文句があったのは、くだらない女のせいで失敗するパターンだ。特にひどいと思ったのが『奇岩城』。あの話のクライマックスで、せっかくルパンが勝利するはずだったのに、女のせいで作戦は失敗する。子供心には、ルパンが恋愛に賭ける情熱が理解できなかった。
あと、ルパンもので苦手だったのは棺桶島。あれは怖かった。いま読んでも、恐ろしい。
次にはまったのはクリスティのポワロものだった。灰色の脳細胞の決めセリフと、トリックの見事さ、事件の舞台背景の華麗さに魅せられた。でも、同じクリスティでも、ミス・マープルは全く楽しめなかった。いまでは、ミス・マープルの方がむしろトリックの素晴らしさで楽しめるのだが。
こうしてみると、自分はどうやら、ミステリーというよりフランスの物語が好きだったらしい。同じくデュマの三銃士とモンテクリスト伯にも子供のころ、ものすごくはまった。
さて、横溝正史に戻るが、乱歩も横溝も英米ミステリーの影響が強かったのだろうか? 子供のころ、乱歩、横溝、いずれも苦手だった。ホラーとミステリーが混在していて、謎解きより情念が勝っている印象があったからだろう。もちろん、いまなら、心理的な謎解きが楽しめるのだが。子供心には、ルパンの人工的な物語と、謎解き、冒険譚が好みだった。そういえば、自分の子供時代には『タンタンの冒険』シリーズを読むことはできなかったが、いまさらながら、あれにはまっている。『タンタン』シリーズは、デュマ〜ルパンに至るフランス冒険ものの系譜が見事に受け継がれれいる。

 

 

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2016-11-18 17:06:51

生駒ビル読書会「地下室の会」次回は忘年会を兼ねて湊かなえ『望郷』を読みましょう

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生駒ビル読書会「地下室の会」次回は忘年会を兼ねて湊かなえ『望郷』を読みましょう!

 

https://www.facebook.com/events/1759920287603072/

 

前回は、有川浩『アンマーとぼくら』を読みました。
この日は、ちょうどスーパームーンだとのことで、予定では読書会のあと、生駒ビルヂングの屋上で観月会、のつもりだったのですが、あいにくの雨。
それでも、心の目で月を観よう、と屋上に案内していただき、有名な大時計を間近にみました。実は、生駒ビルヂングの大時計がある屋上に、夜間に上がれる機会はそうそうないとのこと。案内ツアーでも夜間は上がらないそうで、大時計の文字盤の数字が、夜になると明かりで浮かび上がる仕掛けであることも、今回初めて知りました。

 

 

屋上から、特別に階段とステンドグラス、レッドカーペットを見学し、あとは1階のバールで懇親会を楽しみました。

 

 

 

 

 

次回の生駒ビル読書会は、忘年会を兼ねて12月7日19時から。
課題本は湊かなえ『望郷』 (文春文庫)。

 

 

生駒ビル読書会「地下室の会」次回は12月7日(水)19時〜

 

https://www.facebook.com/events/1759920287603072/

 

課題図書:湊かなえ『望郷』 (文春文庫)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167905231

 

【趣旨】
大阪船場の近代建築の傑作であり、「生きた建築ミュージアム」にも選定されている生駒ビルヂングにご協力いただき、定期的に読書会を開催しています。文化財である近代建築を読書会の会場に使わせていただけるのは、とても素晴らしい機会です。
ご都合よろしければ、下記の会にご参加をお願い申し上げます。継続してご参加いただけましたら光栄です。
【詳細】
生駒ビル読書会「地下室の会」2016年第9回
日時:2016年12月7日(水)19時〜
開催場所:生駒ビルヂング 地下「図書室」
(1Fバールで一声かけてお入りください)
大阪市中央区平野町2丁目2番12号(アクセスは下記)
参加費:500円
終了後、希望者で忘年会を予定します!飲食は各自実費


※生駒ビルヂングHP
http://www.ikoma.ne.jp/
(大阪船場の近代建築の傑作で「生きた建築ミュージアム」にも選定される)


詳細は、以下のフェイスブックページにも告知しています。

※「地下室の会」Facebookページ
https://www.facebook.com/ikomabld.reading.circle

 


※過去の開催報告
(報告)生駒ビル読書会「地下室の会」10月5日「ノーベル文学賞対決 大江健三郎VS村上春樹」
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12207029140.html


生駒ビルヂングの読書会「地下室の会」9月のテーマは「W村上を読み比べる〜村上春樹と村上龍」でした。
http://ameblo.jp/takashihara/entry-12196079189.html


 


土居豊主催の読書会は、語りたい人も聞き役の方もご遠慮無用!

(実は、読んでなくても大丈夫)
お気軽にご参加ください。

 

 

 

 

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2016-11-15 20:44:51

生涯教育の夢と挫折

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生涯教育の夢と挫折

 

※参考記事
【東京大学、女子学生に月3万円の家賃補助へ (朝日新聞デジタル)】

 

http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/14/story_n_12953810.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

 

 

上記の記事、これは、家賃補助ではなく学費値下げの方がいいのでは? 他大学も同じく。政府が奨学金補助を税金でやるぐらいなら、その分を、国公立の学費値下げした穴埋めにまわしたらいい。公教育の費用が高過ぎる。


そもそも、
公教育に税金を出し渋る日本。これは学校教育に限らない。かつて生涯教育というスローガンがあったが、予算を出さないので実現しない。
公教育の基本にある図書館が最たるもので、司書にまともな給料を払わない&正規職員として雇わない。生涯教育が必要なら、図書館をハードソフトとも充実するのが先だ。


さらに、
大学をもっと社会人に開放するといいのだが、これも予算がないので有名無実。社会人学生に十分対応できるぐらいに大学教員を増やせたらいい。有名大学が駅前サテライトなんか作るより、本学キャンパスに社会人を受け入れるハードソフト両面の余裕を持つ方が、若い学生にも刺激になっていいはずだ。


かつて、
某大学で、外部講師として社会人講座を受け持ったことがあるが、市町村の市民講座よりも、ハードソフト両面で余裕がなくギリギリ感が半端なかった。大学教員が片手間に受け持つので、いろいろ不備が目立った。外部講師のギャラが安過ぎなのも、講座内容が充実しない原因。あれでは概説しか出来ない。


ついでにいうと、
生涯教育の大きな受け皿がカルチャー教室だがこれも経営難で、学生が少ないと開講出来ないから受講料が高くなる、だからますます学生がこない、の悪循環。テレビで人気の講師を呼んだら客は来るが、それだけでは継続してきめ細かい教育をするのは無理がある。やはりハードソフト両面で余裕がない。


これまでも、
市民大学などが増えてきたが、多くは近隣の大学教員を呼んで辛うじて講座が開ける段階で止まっている。外部講師をもっと雇うか、せめて各ジャンルに一人は専任の講師を雇う必要がある。毎回外部の入れ替わりでは、市民大学としての内容の継続性がない。民間カルチャーセンターと違いがない。図書館ともっと連携をしてほしいものだ。


結論として、
教育にはお金がかかる。社会人を教育しようとするなら、もっとお金がかかる。生涯教育が破綻するのは予算が足りないからだ。大企業も内部研修に外部講師を呼ぶばかりではなく、社会人教育の事業に資金を投入してほしい。自前の資金で大学建てて、あらゆる年代の社会人学生を育てて再雇用するとか、志をみせてほしいものだ。

 

蛇足だが、筆者はこれらの意見について、全て実体験に基づいて書いた。図書館に関しては、司書資格を持っている。自分自身、社会人大学生であったこともあるし、外部講師として社会人を大学で教えたこともある。カルチャーセンターで講師をしたこともある。市民大学でも外部講師として教えてきた。

全く、生涯教育の理想は、いまだ夢のまた夢の段階だ。

 

 

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