私が子供に薦めたい本「アーサー・ランサム全集」 | 作家・土居豊の批評 その他の文章

私が子供に薦めたい本「アーサー・ランサム全集」

私が子供に薦めたい本「アーサー・ランサム全集」

※荻上チキ・Session-22│2015年05月05日(火)「子どもたちに薦めたい本」(ディスカッションモード)
http://www.tbsradio.jp/ss954/2015/05/20150505-1.html


先日、上記ラジオ番組で書評家・大森望氏のアーサー・ランサム全集ブックトークを聞いてすごく不満だったので、自分でもブックトークを書いてみることにしました。
私自身も子供に薦めたい本のベスト3に選ぶ「アーサー・ランサム全集」(ランサムサガ)の魅力。それは「掛け値なしに面白い」ことです。なにが面白いかというと、次の3つが優れているからです。1)一つは、キャラクターたちの魅力。2)2つ目に、物語の劇的構成の見事さ。3)そして3つ目に、誰もが心の底に持っている自由な遊び時間を読書で体験できること。

では、ひとつずつ、説明してみましょう。
1)キャラの魅力
ランサムの描いた少年少女たちは、本当にそこにいるかのようなリアルさで、時代は変わっても、どの国のどの学校にも必ずいそうな感じがするのです。主な主人公たちだけをみても、ツバメ号の5人兄弟、生真面目な長兄ジョン、分別と絶妙なバランス感覚を併せ持つみんなのお姉さんスーザン、空想的で夢みる夢子のティティ、常に楽天的な現実主義者のロジャ。末っ子のブリジットは、おしゃまで賢くて誰にでも愛される人柄の持ち主。そしてアマゾン号の姉妹は、バイタリティあふれる生まれながらのリーダー、ナンシイと、No.2に徹して的確に行動するペギイ。これら主要メンバーたちは、子供の集団なら必ずその中にいそうなキャラクターです。
こういうリアリティのあるキャラたちが、長期休暇を大いに楽しむ物語の中に、子供の読者は、誰もが必ず、主要キャラの誰かに自分を投影できるでしょう。読者が自分自身を同一視できるキャラの活躍する物語、これがランサムサガの最大の魅力だと思います。

2)物語の劇的構成
ランサムは、今でこそ児童文学の古典ですが、現役時代は、腕利きの新聞記者であり、ロシア革命の現場で報道活動をした強者です。ランサムはロシアで学んだロシア民話の物語を完全に覚えて、面白く語ることができました。民話の劇的構成を肌身に染み込ませたストーリーテリングは、筋金入りの巧みさです。ランサムサガの12冊の中で、特に劇的構成の見事な作品は、先述の大森氏も挙げていた『海に出るつもりじゃなかった』だと思います。

3)自由な遊び時間を読書で体験できること
ランサムの物語を読み始めると、絵空事とわかっていても、物語の中の子供達と一緒に、冒険を楽しもうという気分になります。大人が読んでもそうなのですから、同じ年代の子供が読めば、ツバメ号やアマゾン号の子供達がうらやましくて、真似したくなると思うのです。現に、私自身や、同じように子供のころにランサムサガを読んだ人の中には、ヨットに乗りたい、それが無理でも川遊び、湖での舟遊びをしたい、野山で冒険旅行をしたい、キャンプをしたい、宝探しや金鉱探しをしたい、などとうらやましくなって、真似をしようとした人が少なからずいるのです。
読んだ子供たちを物語の中に引き込む力の強さが、児童文学の魅力だとすれば、ランサムサガの12冊は、児童文学の代表格だといえるでしょう。
現実には、日本の今の子供たちには、ランサムのころの英国ブルジョワ階級の子供達のような余暇時間は得られないかもしれません。けれど、ランサムの少年少女たちがやってのける冒険の数々を、キャラクターの誰かに感情移入して追体験するうちに、読者の子供達は、自分も空想の中で冒険心を羽ばたかせるようになるでしょう。それこそ、読書の最高の楽しみ方なのだと思うのです。

最後に、私自身の話ですが、最初にこの本を読んだのは、8歳のときでした。風邪で寝込んでいるとき、兄が持っていたこの本を何気なく読み出して、一気に読んでしまいました。年齢が近いこともあって、ツバメ号のロジャ(7歳)にすっかり感情移入しました。それ以来、図書館で全巻読破していき、何度も再読し、ついには大人になってから、この物語の舞台である英国湖水地方に聖地巡礼までしました。
私がシリーズ中一番好きなのは、前述した『海に出るつもりではなかった』もいいのですが、『六人の探偵たち』が、最高です。この物語は、冤罪に陥れられそうになった少年少女たちが、自分たちで探偵活動をし、周囲の大人の疑いの目を受けながら、最後に真相を見出し、見事に冤罪を晴らす、という、実にはらはらどきどきさせられる、痛快なミステリーです。少年探偵ものの名作であるケストナー『エーミールと探偵たち』やリンドグレーン『名探偵カッレくん』に並ぶ、子供探偵物語の最高傑作だと思います。

※アーサー・ランサム全集から

『ツバメ号とアマゾン号』
http://www.amazon.co.jp/ツバメ号とアマゾン号(上)-岩波少年文庫-ランサム・サーガ-アーサー・ランサム/dp/4001141701/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1431243789&sr=1-1

『六人の探偵たち』
http://www.amazon.co.jp/六人の探偵たち-上-岩波少年文庫-ランサム・サーガ-アーサー・ランサム/dp/4001141868