秋川雅史による秋川雅史のためのカルメン〜新国立劇場「カルメン」公演評 | 作家・土居豊の批評 その他の文章

秋川雅史による秋川雅史のためのカルメン〜新国立劇場「カルメン」公演評

秋川雅史による秋川雅史のためのカルメン~新国立劇場「カルメン」公演評

2014年8月20日 新国立劇場オペラパレス
オペラ「カルメン」
指揮:山下一史
演出:三浦安浩
東京オペラフィルハーモニック管弦楽団
キャスト
カルメン:谷口睦美
ドン・ホセ:秋川雅史
ミカエラ:砂川涼子
エスカミーリョ:東原貞彦
ほか


これはよくも悪くも、秋川による秋川のための舞台でした。
これなら、ガラ公演で十分だったかも?と思わせられました。
主役のホセに、声量がないのが致命的だったのは、否めないでしょう。
コーラス陣はよいアンサンブルだったし、盗賊たちも芸達者でした。
タイトルロールのカルメンは、いささかメリハリのない歌いっぷりだったが、尻上がりに調子を上げてきて、幕切れの歌唱は、カルメンが乗り移ったようなすごい歌唱でした。
ミカエラもすばらしく、第三、四幕は、アンサンブルを中心に、見事に盛り上がりをみせました。
しかし、どうしようもなく違和感を覚えたのは、演出です。
最後、オペラを歌謡ショーもどきにしたのには仰天しちゃいました。ホセがカルメンを殺して、抱きかかえながら号泣し、そこに雪まで降らしちゃうとは。
カーテンコールで、キャーキャー黄色い声が上がるのは、オペラハウスでは稀有かもしれません。
演出について、付け加えると、
カルメンが死ぬとき、マリア像を倒して割るのは、意図はわかりやすすぎるぐらい、明快でした。この舞台は、机の上に載せたマリア像が終始一貫して人々を見守っている、という工夫がされていました。それなら聖母マリアは、なぜあの不幸な人々を救わなかったのでしょう?
一方で、マリア像の存在は、ミカエラがホセを最後は救いに導く、という暗示なのかもしれません。
だとすると、マリア像を割る必要はなかったかも?と思いました。
この公演で、ミカエラのアリアは、特に素晴らしかったです。第三幕の白眉で、フルートとホルンも見事に、ミカエラのために演奏したようにきこえました。
指揮者の山下氏は、空中分解しそうなカンパニーを、後半、半ば力技でまとめ上げました。児童合唱団の子役たちも、四幕はよく声が出ていました。アンサンブルは、尻上がりに調子を上げ、四幕は、本当に素晴らしい出来でした。
最後に、
ビゼーのカルメン、改めて聴くと、心理描写が、ヴォツエックか、R.シュトラウスみたいに、深刻で、驚かされました。時代を飛び越えた名曲だと思います。


※カルメン推薦盤

http://www.hmv.co.jp/artist_ビゼー(1838-1875)_000000000019319/item_歌劇『カルメン』-アバド&ロンドン交響楽団-ベルガンサ-ドミンゴ-ミルンズ-コトルバ_79871

http://www.hmv.co.jp/artist_ビゼー(1838-1875)_000000000019319/item_『カルメン』全曲%E3%80%80クライバー&ウィーン国立歌劇場%E3%80%80_1815167


※当日、新国立劇場のロビーは、主役の歌手のファンクラブなど、支援者からの花で埋め尽くされていました。