花組期待の大型新人、柚香光(ゆずか・れい)が初主演したミュージカル「ラスト・タイクーン」(生田大和脚本、演出)の新人公演(田淵大輔担当)が、25日に宝塚大劇場で行われた。今回はこの模様を報告しよう。

蘭寿とむのサヨナラ公演となったこの作品。「華麗なるギャツビー」のF・スコット・フィッツジェラルドの未完の遺作の舞台化。映画プロデューサーとヒロインの恋の背景にハリウッドの労働争議を描いていることから何度も舞台化の話がありながら流れてきたいわくつきの原作に、大劇場デビューとなる生田氏が果敢に挑戦、宝塚的な甘いロマンス劇に仕立て上げた。新人公演はほぼ本公演どおりに進行、新人公演初主演となった柚香の若々しいスターオーラがいっぱいの華やかな公演となった。

作品自体は、原作をよくまとめているとはいうものの、改めて見るとほころびも見え、特に後半の展開に破綻が見受けられた。ニューヨークの貧民街のチンピラからハリウッドの帝王にのしあがった主人公モンロー・スターが、理想の女性キャサリンに出会うが彼女には恋人がいることがわかり失恋、撮影中の火事騒ぎがもとで起きたストライキが遠因となって撮影所からも追放され、失意のどん底に落ちる。原作はここで終わるのだが、ここから舞台は急展開、撮影所を追われたモンローは彼を慕うスタッフを引き連れて自主制作に活路を見出し、キャサリンとの愛も成就、すべてが再びうまく回り始めた矢先、飛行機事故で急死する。原作者の創作ノートにそった結末だが、展開がやや性急で説得力に欠け、タイクーンといわれたモンローがいつのまにこんなに慕われたのかと思う間もなく死んでしまうというあっけない結末。最初に見たときは思わなかったのだが、そこに持っていく過程の情感不足が致命的だった。

柚香は、もちろん蘭寿が演じたモンロー役。ディレクターズチェアに後ろ向きに座っている柚香が、ピンスポットが当たって振り向いた時のまぶしかったこと。これぞまさに宝塚の男役スターのかっこよさ。背が高くてすらりとしていて舞台映えのする華やかな容姿。宝塚の男役のために生まれてきたと思わせる天性の資質があった。ここまで備わっていると、少々歌が下手でもあとは存在感だけで持たせられる。実際、1時間45分それで押し切ることができ、しかも若さに似合わず落ち着いた肝の据わった堂々とした演技で、柚香なりのモンローを演じ切った。エンディングのソロはひとまわりもふたまわりも大きく見え、まことに頼もしいスターの誕生だった。

相手役キャサリン(蘭乃はな)を演じた華雅りりかは、星組から花組に組替えになって以来これといった活躍がなく初めての大役。ヒロインとしての華やかさはあり芝居心もあり、彼女としてはベストだったと思うが、なんといっても歌唱が弱く、芝居の肝心なところでのミスがたたって大減点。東京公演での挽回を期待したい。

明日海りおが演じたブレーディは水美舞斗。モンローに対抗する先輩プロデューサーで大学生の娘がいる中年男性役、本役の明日海でさえ手こずる難役だったが、肩の力を抜いて自然に演じ、中年男性の年輪を感じさせるクールでかっこいい落ち着いたシルエットを出せたのは見事だった。銀橋ソロも聴かせた。

一方、望海風斗が演じたキャサリンの恋人ブロンソンを演じた芹香斗亜のスターオーラもただものではなかった。すでに新人公演の主役を3度も演じ、本公演でも大役を演じているだけに、登場シーンの見せ方が柚香や水美とは全然違う。芹香が登場しただけで周囲の雰囲気ががらっと変わるのだ。押し出しの強さはさすがに一日の長があった。ただ、ブロンソンという人物像のつかみ方にはやや一面的なところがあって、深みがなかったので、これは東京公演に向けての課題だろう。ブロンソンはただの飲んだくれのチンピラではない。

あと印象的だったのはエドナを演じた真彩希帆。たいして大きな役ではないが後半での短いソロの歌声が、非常になめらかな美声でおもわず聞き惚れた。要チェックだろう。女優役ヴィヴィアンの仙名彩世も華やかな雰囲気をよく出して実力を発揮。娘役ではヒロインに次ぐ大役セシリア(桜咲彩花)の朝月希和、秘書役ケイティ(桜一花)の桜花は、いずれもよく演じていたがインパクトがなく、やや期待外れだった。

男役ではワイリー(芹香)の優波慧に期待したが、意外と小さくまとまめてしまい面白みに欠け、プリマー(鳳真由)の綺城ひか理の堂々とした演技が新鮮に映った。

抜擢の期待に応えた柚香とそれを追う形で存在感をましてきた水美、さらにその上にいる芹香の圧倒的な存在感、今後の花組の動向は大いに楽しみだ。




 ©宝塚歌劇支局プラス 226 記 薮下哲司