2009年05月13日(水)

いつも核心から遠ざかりたい「政治屋」「官僚屋」たち

テーマ:経済・社会

今に始まったことではないが、政治家や官僚といった国家の中枢にある人たちは、情勢が不利になると、どうしてああもミエミエの不恰好な態度を周囲にさらけ出しつつ「核心」からどんどん遠ざかろうとするのだろうか。


民主党の小沢氏は結局、自分の秘書が逮捕されたにもかかわらず党首を辞任する会見において、その理由に西松問題を正面から言及することはなかった。社長と秘書の関係ならば、社長が秘書の長年の行動を把握していないことはありえないし、全く知らなかったというのはもっとあってはならないことである。だから、小沢氏に対する国民の疑念は深まるばかりだ。


今日、鴻池官房副長官が辞任した。週刊誌に女性問題を報じられて、「健康上の理由」というところがまた毎度のパターンである。病院に逃げ込んで入院しているらしい。もし、ウソの報道ならば、当然堂々とメディアに向かって発言するはずだが、どうやらこそこそとしなければならない状況のようだ。女性と熱海にゴルフ旅行に出かける元気のある人が、何で突然入院するのだろう。おかしくて思わず吹き出した。「女性を旅行に連れて、公私混同をした責任を取ります」と素直に言えばいいのに、雲隠れという一番不利な状況に自分を追いやるところに哀れなる救いようのない小心さを感じる。68歳にもなってあんな人間にはなりたくないものだ。私が彼の立場ならば「女性を旅行に連れて、公私混同の責任を取ります。申し訳ございません」と神妙に述べた上で「え、旅行ですか? いや、それは楽しかったですよ」とくらいは言ってみたい。それが68歳の責任の取り方だろう。


そういえば、安倍総理の時も、閉塞感きわまったところで病院へ逃げ込んだのを思い出した。「入院」というのは一般的な感覚からすると、絶対安静が強要され、通常の活動ができない状況が数週間~数ヶ月続くことを意味する。ところが、ほとぼりがさめたらすぐに飄々と活動し始めた。大病の面影はまるでなく、都合の悪いときだけ病気になるという病気のようだ。


福田総理のケースも思い出した。いつも人ごとのようにしか総理の仕事をしていなかったが、官房長官のときに自分の年金未納問題を鋭く突かれて、「それはプライバシーの問題ですから」と逃げ回っていた頃から不快な人物だった。


株式市場で言うところの「説明責任」は、株主に対して本当に重い責任が課されている。経営状況が悪くなり、自分が不利な立場に立たされても病院に逃げ込むようなことは許されない。政治家や官僚の「説明責任を果たした」というレベルとは、月とスッポンくらいの差があると私は考えている。少し前に麻生総理は市場関係者を指して「株屋」と言ったが、説明責任においては、彼らのほうこそ「政治屋」であり「官僚屋」であると私は言いたい。


都合が悪くなると「核心」から遠ざかろうとするのは、最も程度の低い人間のやることであり、そういう人間が数多く要職にいて、こそこそすることをいつも不愉快に思う。


太田忠の縦横無尽 2009.5.13

いつも核心から遠ざかりたい「政治屋」「官僚屋」たち

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