イランでは20 世紀初めに石油が発見され、生産が始まった。大産油国ではあるが、人口が多いので、国民1人あたりの収入は、それほど高くない。


第1次世界大戦後にはペルシア湾の南側のバーレーンで石油生産が始まった。さらに第2次世界大戦後に他の国々でも大規模な石油生産が始まった。これにより、石油は中東の時代に、中東は石油の時代に入った。奔流のように押し寄せる石油収入がペルシア湾岸の風景を一変させた。なにもなかった寂れた港町が姿を変えて未来都市になった。過去が現代を飛び越えて未来になったようだ。アラジンのランプから飛び出した魔人が、急に働き始めた。そのような印象を受ける。


しかし、クウェートの、ドバイの、カタールの風景につきまとうのが、リアリティーの欠如観である。なにか地に足がついていないという感覚である。ディズニーランドにいるような雰囲気なのだ。石油収入という魔法が解けてしまうと、一瞬にして元の砂漠に戻ってしまうのではないかとの不安感である。


サウジアラビアやクウェートでは、膨大な埋蔵量からして、石油が枯渇するとは予想されていない。問題は人類が石油から「降りる」ことである。つまり他のエネルギーに依存するようになる懸念である。石器時代が終わったのは石がなくなったからではない。人類が鉄器を使うようになったからである。同じような心配が石油に関してもつねに漂っている。


石油収入の魔法が解けるときに、魔人はスケート・リンクの冷却装置のプラグを電源から抜き、古びたランプに入ってしまうだろう。そしてスケート・リンクを含めすべてが、砂漠に戻ってしまうだろう。



ドバイのスケート・リンク(2016年3月)


-了-


※『まなぶ』2016年5月号、44~45ページに掲載されたものです。



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