イランの核開発に関して同国と6大国の間で14日に合意が成立しました。6大国とは国連安保理の5常任理事国とドイツです。イランは、その核開発に関して軍事転用の疑いを払しょくするような厳しい査察などの条件を受け入れました。代わりに大国側はイランに科していた経済制裁を撤廃します。この合意によって、この問題をめぐる軍事衝突の可能性が劇的に低下しました。少なくとも合意の当事国であるアメリカがイランを攻撃するシナリオは、当分の間は消えたといえます。


イランが原子力開発能力を持つことに反対


国際社会の大半は合意を歓迎しています。その例外はイスラエルです。イスラエルは、イランが平和利用にしろ原子力開発の能力を保持すること自体に反対しています。イランは信用できない。いつの日か核兵器を製造するようになるだろうと懸念しているわけです。


しかし核不拡散条約では、締結国は核の平和的な利用を認められています。イランに、核開発の権利そのものを否定することには無理があります。ちなみにイスラエルは、核不拡散条約に加盟していません。また核兵器の保有国です。


合意の成立を見た現在、交渉に反対してきたイスラエルが、国際的に孤立して見えます。イスラエルのネタニヤフ政権は、アメリカ議会による合意の承認阻止に力を傾けています。議会が承認を拒否すれば、アメリカの国内法に基づく対イラン制裁は解除されなくなります。


アメリカ議会の動向に注目が集まっています。そのアメリカ議会の上下両院で多数を占める共和党議員の多くが、合意に反対の立場を表明しています。しかし、アメリカの政治制度では大統領の提案を議会が否決した場合に、大統領は拒否権を行使できます。憲法が大統領に議会の反対を乗り越える力を与えているのです。そして大統領は、拒否権の行使を明言しています。


しかし、それで話が終わるわけではありません。再び今度は3分の2以上の票で議会が提案を否決すれば、その提案は廃案になります。つまり大統領の拒否権を乗り越える力を3分の2以上の票を集めた場合に限り議会に与えているのです。


とはいえ、いかに共和党優位の議会とはいえ、同党だけでは3分の2の議席を押さえていないので、大統領の拒否権を覆すのは難しいと見られています。


単独でイラン核施設を破壊する能力はない?


この予想通りに、議会が大統領の提案を否決できなかった場合にはどうなるでしょうか。核合意が実施され、アメリカもイランに対する制裁を順次解除して行くでしょう。またワシントンでは伝説的にさえなっているほどに強力な親イスラエル・ロビーの神話が崩れる結果となるでしょう。


何とか議会の3分の2の票を集めて、この合意を阻止する秘策はないのでしょうか。もちろん、イスラエルが単独でイランを爆撃して戦争を始めれば、親イスラエルの感情が高まり議会の大多数が合意を否決する という可能性があります。しかし現実的にはイスラエルが単独でイランと開戦する可能性は低いと見られてきましたし、この合意の成立によってさらに低くなったでしょう。イスラエルには単独でイランの地下深く建設された核関連施設を破壊する能力はないと見られています。


イランは、攻撃を受ければホルムズ海峡を封鎖すると明言していますが、攻撃の可能性が低いのですから、封鎖の可能性もゼロに近いでしょう。


もし仮にイスラエルに単独でイランの核関連施設を破壊する能力があれば、とっくの昔に破壊を実行していたでしょう。イスラエルは、単独では軍事能力が不十分であるからこそ、アメリカとイランを対立させアメリカの軍事力でイランの核関連施設を破壊しようとしてきたわけです。今回の合意は、この路線の破綻を意味しているのです。


イスラエルに残された“悪魔のシナリオ”


それではイスラエルに、もう打つ手はないのでしょうか。専門家の間で懸念されている“悪魔のシナリオ”が残っています。それはイスラエルによるヒズボラに対する攻撃です。ヒズボラはレバノンのシーア派の組織です。イランの支援を受けて成長してきたヒズボラの軍事部門は強力です。かつてレバノン南部を占領していたイスラエル軍を撤退に追い込んだほどです。


このヒズボラは、現在は隣国シリアに軍事介入してアサド政権を支えています。ある意味、シリア戦線で手一杯の状況です。ですから現在は、この組織はイスラエルに対する脅威とはなっていません。しかし、何らかの理由を付けてイスラエルが、このヒズボラを攻撃すれば、ミサイルによる反撃が予想されます。


もしアメリカ議会で核合意が審議されている際に、イスラエルにヒズボラのミサイルの雨が降るような状況になれば、議会でイスラエルに対する同情心が高まり、合意阻止に必要な3分の2の票が集められるのではないか? との計算に基づいてイスラエルが戦争を始めるのではないか。というのは、危機感が高まれば、オバマ政権のイラン政策を支持してきた民主党の議員の一部までもが、合意への反対に回る可能性が高まるからです。専門家の間でささやかれている悪魔のシナリオです。


議会は9月の中旬まで、イラン核合意について審議する予定です。それまではイスラエルの動向から目が離せません。


2015年7月31日に「THE PAGE 」に掲載された記事です。



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