アメリカが「イスラム国」の活動地域に対する空爆を、これまでのイラクのみでなくシリアにまで拡大させました。これにはイスラム国が持つある種の特殊性も一因としてあるといわれます。なぜアメリカはシリア空爆に踏み切ったのか、イスラム国はこれまでのテロ組織と比べて何が違うのでしょうか。


広い「領土」で住民サービスも提供


イスラム国の特殊性は、余りに国らしい点にあります。つまり「テロ組織」の域を超えているわけです。それは、既にイラクとシリアの2つの国にまたがって広い「領土」と数百万の人口を支配しています。しかも、徴税や電気や水道の供給など国家としてのサービスも住民に提供しています。一定の領土と人口を一定期間以上にわたって有効に統治しているわけです。アルカーイダのような、これまでの「テロ組織」には手の届かなった離れ業です。


アメリカが爆撃をシリアへまで拡大しましたが、その背景にはイスラム国の特殊性がありました。この国家という名前のテロ組織が、やがてはアメリカへの脅威になるという認識からです。世論調査を見ると国民の過半数は、空爆のシリアへの拡大を支持しています。アメリカのジャーナリストを斬首する映像をイスラム国が公開したのも、オバマ大統領の決断に支持が集まった理由でしょう。


大型兵器をイラクからシリアへ移動


とはいえシリア爆撃の直接の理由は、シリアでの軍事情勢だと考えられます。というのはイスラム国の特殊性は、今になって急に始まったからではないからです。それでは、アメリカがシリアに爆撃を拡大した軍事的な理由は何でしょうか。


それはイスラム国が大型兵器をイラクからシリアに移動させてシリア北部のクルド人地域などに攻勢をかけてきたからです。イスラム国が、こうして攻勢の矛先をイラクからシリアに変えたのは、イラクではイスラム国が保有する戦車や大砲などの大型兵器がアメリカ軍による爆撃の標的になってしまうからです。イスラム国は、空爆されないシリアに兵器を移動させて攻勢を始めたわけです。シリア北部のクルド人の多数がイスラム国の攻撃を受け難民としてトルコに流入しています。またイスラム国に包囲されて、このままで全滅させられそうなクルド人の村落もあります。


アメリカは、これ以上に状況を悪化させるわけには行かないという判断に至ったわけです。サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連合、バーレン、そしてヨルダンのアラブ五カ国が爆撃に参加したのが、オバマの決断を助けたことでしょう。ブッシュ前大統領の単独でも行動するという姿勢をオバマは批判して当選した大統領だからです。


地上部隊はどこにいるのか?


空爆によってイスラム国の支配地域の拡大の阻止は可能でも、その壊滅はむずかしい。そう多くの専門家は見ています。それには陸上部隊の投入が必要です。しかしながら欧米には、陸上部隊の投入に積極的な国はありません。必要な陸上部隊は、どこにいるのでしょうか。


アメリカはイラクではイラク中央政府軍と北部のクルド人の部隊に期待しています。そしてシリアでは反アサド政権で同時にイスラム過激派ではない自由シリア軍という勢力を強化する意向です。


しかしながら、それぞれに問題があります。イラクの中央政府軍は、6月にイスラム国の攻勢を受けて戦わずに潰走しました。現在イスラム国が使っている大型兵器は、この時にイラク中央政府軍が残していったものです。この軍隊の立て直しは難しそうです。次にクルド人の部隊ですが、余りに強くなると今以上にクルド人がイラクから独立しようとの動きを強めるかも知れません。そして自由シリア軍ですが、その中にイスラム過激派が紛れ込んでいるのではと懸念されます。また、この軍隊がイスラム国を打ち破り、しかもアサド政権を倒すほど強くするのは至難の技でしょう。


いずれにしろ長い時間を要するのは間違いありません。そもそもアメリカのアサド政権を倒すという政策とイスラム国を叩くという作戦の間には整合性がありません。シリアのイスラム国に対する爆撃は、アサド政権の敵に対する打撃でもあったわけです。アサド政権か、イスラム国か、まずアメリカは本当の敵が誰なのかを決める必要がありそうです。


※2014年10月3日にTHE PAGE(ザ・ページ)に掲載


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