9月初旬イスラエルの前大統領で元首相のシモン・ペレスが、ローマ法王フランシスコとの会談で「宗教の国連」の創設を提案して注目を浴びた。ローマ法王庁によれば、宗教対立などの問題を対処する「国連形式の組織」をペレスが提案した。この提案が実現するかどうかは不明だ。


そもそも、こうした組織が望ましいのかも疑わしい。というのは、一つには、こうした宗教間の対話組織はすでに存在するからだ。また、イランのモハマド・ハタミ元大統領が在職中に「文明の衝突」ではなく「文明間の対話」を訴え、国連総会が2001年を「文明間の対話の年」と宣言している。にもかかわらず、世界では紛争がつづいている。


もっと重要な点は、宗教紛争とされる世界の多くの問題は、宗教をめぐっての争いではない。パレスチナ問題がその最たる例である。だれもユダヤ教が正しいとか、イスラム教が正しいとか言い争っているのではない。問題は土地争いである。宗教を強調することが、紛争の実質を見えにくくしてしまう、と心配になる。


「国連形式の組織」の提案者のペレスという人物の長い政治家としての人生をふり返ると、波乱に満ちている。


ペレスはイスラエルの主要な政党の一つである労働党の中で頭角を現し、その後に国防相、外相、首相、そして大統領など、要職を歴任してきた。ペレスの政治家としての経歴で目立っているのは、軍歴がない点である。女性も含め国民皆兵のイスラエルで、これは珍しい。


1948年のイスラエルが成立した際の第1次中東戦争では、ペレスは戦場ではなくヨーロッパで奮闘した。イスラエルの勝利のために必要な兵器を調達していた。しかし、これは若者ではなく老人にもできる仕事である。新生のユダヤ人国家が兵士をいちばん必要とした時に、ペレスは安全な場所にいて戦場で銃を取らなかった、との評判が生涯ついてまわった。


軍歴の欠如を埋め合わせるかのような「功績」として知られているのが、イスラエルの秘密の核兵器製造計画の担当である。この計画の成功によって、1960年代後半にはイスラエルは核兵器を実戦配備していたものとみられている。現在では世界有数の核兵器保有国である。


>>次回 につづく


『まなぶ』(2014年10月号)42~43ページに掲載された連続エッセイです。



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