8日にアメリカ軍がイラク北部で「イスラム国」(IS)の部隊を爆撃しました。2011年にイラクから撤退したアメリカ軍が、空軍力の行使のみとはいえ、再び直接に軍事介入を行ったわけです。イラクに戻ってきたわけです。


モスル制圧時はクルド人地域に侵入せず


イスラム国は、それまでISIS(イラクとシリアのイスラム国)という名称の下で活動していたスンニ派の急進派が、7月にイラク北部の大都市モスルで成立を宣言した国家です。その指導者はアブ―バクル・バグダーディでイスラムの預言者ムハンマドのカリフ(正統な後継者)であると自称し、全ムスリムに自らに従うように呼びかけています。


この勢力は、6月に数日にしてイラク西北部の広い地域を制圧しました。シーア派のマリキ首相の率いるバグダッドの「中央」政府に対する不満を高めていたスンニ派の様々な勢力の協力が、この成功の背景にありました。


このイスラム国の軍事部門は、一時期は南下してバグダッドを脅かす勢いでした。だが、イラクでは南部に行けば行くほどシーア派の比率が高くなります。シーア派は民兵も動員して善戦し、南下の勢いが鈍っていました。


ところがイスラム国は、今度は北部のクルディスターン自治政府の支配地域への攻勢を開始しました。モスルを制圧した際に、この勢力はモスルのクルド人地区には侵入しませんでした。したがってイスラム国家とクルド人の間に暗黙の了解の存在が推測されていました。つまり以下のような了解です。イスラム国家はクルド人地域には手を出さない。そしてクルド人はイスラム国家を攻撃しない。


今回のクルド人地域への攻勢で“了解”は終焉


今回のイスラム国家のクルド人支配地域への攻勢は、こうした了解の終焉を意味しています。あるいは、そもそも了解は存在しなかったのでしょうか。イスラム国家は征服地域でイスラム教スンニ派以外の人々に対して、同派への改宗か特別な税の支払いを求めています。また拒否した異教徒の殺害などの事例も報道されています。具体的には古代から伝わるヤジード教徒と呼ばれる少数派とキリスト教徒などが、こうした迫害の対象となっています。また歴史的なキリスト教会が破壊されるなどの事件も起こっています。

イスラム国家の拠点のモスルからクルディスターン自治地域の首都エルビルの間は東西に約90キロメートルです。幹線道路で結ばれています。イスラム国家側は、この道路を通って進撃しました。そして、モスルとエルビルの中間を流れる大ザブ川の東側のクルド人の拠点のカラクを砲撃し始めました。


米軍空爆でクルド人部隊を「支援」


クルド人の部隊は現地の言葉でペシュメルガと呼ばれます。「死に向かう者」という意味です。文字通りに死を恐れない勇猛さで知られています。だが大した兵器は持っていません。ところがイスラム国は、モスルなどを攻略した際にイラク中央政府軍の最新の兵器を入手しました。アメリカが供与したものです。したがって装備の面でクルド側が劣勢に立っています。アメリカ軍の爆撃は、装備面でのギャップをペシュメルガのために埋める役割を果たすでしょう。また山岳部で孤立しているヤジード教徒へ食糧や水をパラシュートで落とすなどの緊急支援をアメリカ空軍機が行っています。


アメリカ国内では再度イラクの泥沼に引き込まれるのではないかとの懸念があります。しかしオバマ政権は陸軍を送り込む計画はもっていません。限定的な介入で北部のクルディスターン自治政府をアメリカは守る決意です。だが問題があります。イラクからの分離的な傾向を強めているクルド人を支援することは、国家の分裂を助長しかねないからです。オバマ政権のイラク政策は微妙な局面に差し掛かっています。


2014年8月11日に「THE PAGE」に掲載された記事です。