2013年7月21日付けの『エルサレム・ポスト』紙のインターネット版によるとアラブ系イスラエル市民の特殊出生率が急速に低下している。イスラエルの総人口8百万の四分の三はユダヤ教徒だが、残りの四分の一はパレスチナ人でイスラム教徒やキリスト教徒などである。イスラエル成立時に多くのパレスチナ人が追放されたが、逃げずにイスラエル国内に踏みとどまった人々も多かった。その人たちと子孫2百万人が、イスラエル市民として生活している。特殊出生率というのは一人の女性が生涯に産む子供の数である。


イスラエル市民権を持つアラブ人の多産傾向が、やがてはイスラエルをユダヤ人国家からアラブ人国家に変えるのではないかとの懸念を、ユダヤ人は、そして期待をアラブ人は長年抱いてきた。ところが最近になってアラブ人の特殊出生率が急速に低下している。21世紀に入ってからのデータでは、アラブ人は年4万人の赤ん坊を産んでいる。これに対して、ユダヤ人の新生児の数は21世紀の初めは年に9万5千人であったが、現在は13万人である。アラブ人の出生率は6パーセント低下し、ユダヤ人のそれは38パーセント上昇した。イスラエルの新生児の総数に占めるアラブ人の数は20パーセントを超える程度となる。これはアラブ人の総人口比くらいである。かつてはイスラエルで生まれる新生児の30パーセントはアラブ人だったので、急激な低下と言える。


イスラエルのアラブ系市民の間の特殊出生率の低下は、ある意味ではアラブ世界あるいはイスラム世界全体での低下傾向と同じ流れの中にある。たとえばエジプトでは1960年代には平均で6.5であった出生率が現在では半減して3以下になっている。レバノンでは5.5から 1.5まで低下している。人口水準を維持するには2.1程度が必要である。レバノンでは少子高齢化問題が準備され始めたと言える。ヨルダンとシリアでも数値は7.5~8程度から3.5~3にまで低下している。


アラブ世界の外側のイスラム諸国でも同じような傾向がある。イランやバングラデシュでも7から2.5程度まで急落している。こうしたイスラム世界の大きな流れから見れば、イスラエルのアラブ人の出生率の低下は驚くべき事実ではないだろう。


驚くべきはイスラエル女性の特殊出生率の上昇である。現在3程度であるが、これはドイツ、ロシア、ポーランドなどの2倍であり、先進国としては異常とも見える高さである。これに貢献しているのは、ウルトラ・オーソドックスと呼ばれる超保守的なユダヤ人の間の出生率の高さである。だが、世俗的なユダヤ人の間でも出生率が上昇している。特に占領地の入植者の間での出生率の高さに注目が集まっている。


新たな人口動態が、あるいは人口動態の認識がイスラエルの将来の国家像の議論に大きな影響を与えるだろう。

(8月19日、記)


畑中美樹氏の主宰するオンライン・ニュースレター『中東・エネルギー・フォーラム』に2013年8月21(水)に掲載された文章です。


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