シリアが内戦状態に陥るにつれ、国家の周辺部に対するアサド政権の掌握度が下がってきた。特にイラク・トルコ国境に近いクルド人の居住地域で、クルド人の組織がいくつかの町を支配下に置き始めたようだ。この地域でPKK(クルディスターン労働党)の影響力が広まるのを、トルコは懸念している。PKKは、トルコのクルド地域で創設された組織で、かつてはシリアの支援を受けていた。トルコ政府はPKKをテロ組織とみなしており、1990年代にはシリアのPKK支援をめぐって両国関係が緊張していた。その後にシリアがPKKへの支援を停止して、両国関係は改善に向かっていた。


クルド人は、イラン、イラク、シリア、トルコ、アゼルバイジャン、アルメニアなどに生活する人々で、その総人口は3千万を超えていよう。どの国でも少数派である。1991年の湾岸戦争以降にイラクではクルド人が自治を実施している。トルコの人口の四分の一はクルド系と考えている。長らくトルコ政府はクルド人の存在を認めていなかったが、現政権はクルド語の放送や教育を認め、文化面での自由をクルド人に与え始めた。


今回のシリアにおけるPKKの支持勢力の活動はアサド政権の意図したものではなく、政権の力が弱まった結果である。トルコ政府は、PKKがシリアの一部を支配し、そこを拠点にトルコに対して活動を強化するのを懸念している。26日にトルコのエルドアン首相は、必要とあればシリアに対して介入すると明言している。


トルコ・シリア関係の緊張を受けて、トルコ軍の大部隊が国境沿いに動員されている。またPKKを追ってトルコ軍が何度もイラク北部のクルド人地域への侵攻した前例も想起される。


なおシリアの人口の1割程度がクルド人とされる。多くのシリアの少数派と同じようにクルド人もアサド政権とは比較的に良好な関係を保ってきた。ただクルド人が一つにまとまっているわけではない。自由シリア軍とともにアサド政権と戦っているクルド人の部隊もあるようだ。


現在も戦闘が伝えられるシリアの商都アレッポには多くのクルド人が生活している。シリアが混乱するにつれ、クルド問題が浮上してきた。そして、この問題がトルコのシリアへの軍事介入を引き起こしかねない状況である。

(7月27日、記)


畑中美樹氏の主宰するオンライン・ニュースレター『中東・エネルギー・フォーラム』に2012年7月31日(火)に掲載された文章です。


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