2011年8月28日にロイターが伝えたところによると、イスラエル国防省の高官が、記者団に対して同国にはイランの核兵器開発を一度の攻撃で止める力はないと述べた。イスラエルは1981年にイラクの原子炉を2007年にはシリアの原子炉と疑われる施設を一回の爆撃によって破壊した。だが、イランは両国と違い多数の核関連施設を各地に分散し、しかも地下深く建設している。イスラエルからの距離も遠く、爆撃は困難である。またウラン濃縮は続いているものの、イランが核爆弾の製造を行っているという証拠はない。その上、イスラエルの諜報当局もイランの核爆弾の保有は2015年以降になると推測している。加えてイランに対する経済制裁も強まっている。こうした流れを受けて、イスラエルが直ちにイランを攻撃する可能性は下がってきたとの見方が一部には広がっている。今回のイスラエル軍高官の発言は、こうした背景と符合している。と素直に解釈すべきなのか、あるいは攻撃計画を隠す手の混んだ陽動作戦なのかは判断が難しい。


この問題に関して緊張が緩和の方向に向かっているとの認識に水をかけるような発言を、8月31日にフランスのサルコジ大統領が行った。同大統領はイランの核開発と弾道ミサイル開発は、同国に対する攻撃を挑発することになろうと警告した。挑発されて攻撃する国(複数)をサルコジ大統領は明示こそしなかったが、イスラエルとアメリカを指していると解釈される。イランは交渉に真剣でないとして、問題の責任をテヘランに負わせ、フランスは同盟諸国と共に制裁の強化のために働くと同大統領は明言した。


また9月2日にフランスの大統領の懸念を裏書するような報告書がIAEA(国際原子力機関)によって加盟諸国に配布された。ロイターによれば、この報告書はイランの核開発が軍事利用ではないかとの疑惑が深まっていると述べている。同報告書によれば、イランが聖都コムの近郊の地下にウラン濃縮設備を設置している。また新たな濃縮装置の実験も開始した。イランは低濃度とはいえ既に4.5トンの濃縮ウランを製造し蓄積している。これは濃縮度を上げれば最低でも核爆弾2個分の材料となる量である。またイランが核爆弾をミサイルに搭載する研究にも従事しているのではないかとの懸念をIAEAは表明している。なおイランは、こうした記述を全く根拠のない主張と拒絶した。また前述のサルコジ大統領の警告に対しても「非現実的な情報に基づく」発言を控えるようにと一蹴した。

(9月5日、記)


*畑中美樹氏の主宰するオンライン・ニュースレター『中東・エネルギー・フォーラム』に2011年9月6日(火)に掲載された文章です。



現代の国際政治―9月11日後の世界
高橋 和夫
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