殺害されたビンラーディンがパキスタンの首都イスラマバードの郊外に潜伏していた事実が、米国の同国への不信を強めた。パキスタンへの援助の再検討さえワシントンでは議論されるようになった。こうした対米関係の悪化を受けて、パキスタンが中国との密接な関係をアピールしている。ビンラーディン殺害後にパキスタン政府要人の北京詣でが続いた。米国以外にも頼れる相手が存在する事実をワシントンに向けて発信しているわけだ。


そのパキスタンの中国カードの中でも、切り札的な存在なのがグワダル港である。中国がパキスタンの西部のグワダルに建設した港湾が稼動を始めている。イラン国境に近く、ペルシア湾の出入り口であるホルムズ海峡に近いグワダル港は、西アジアと東アジアの間の物流の経路を変えるだろう。グワダルから北に伸びる道路がカラコルム・ハイウェイを通じて中国に至るからである。この道路沿いにパイプ・ラインを建設すれば、ペルシア湾の原油や天然ガスを陸路で中国に運ぶことができるようになる。しかも中国はグワダルでの海軍基地の建設を視野に入れていると報道されている。実現すれば、ペルシア湾の出入り口に中国海軍の艦艇が五星紅旗を掲げて常駐する事態となる。米海軍が制圧していた海域での軍事バランスを揺さぶりかねない展開である。米国はパキスタンに無関心ではいられない。と『アシア・タイムズ』の特派員のペペ・エスコバールが、5月27日にカタールの衛星テレビのアルジャジーラの英語版で報道した。


これに対して、グワダル港の戦略的な価値に関して懐疑的なのが、米国の外交問題の雑誌『フォーリン・ポリシー』の6月号に掲載されているウルミラ・ヴェヌゴパランの論文である。その議論は、グワダル港の第一段階の工事は完成したものの、その利用は限られている。一つには、他の都市と同港を結ぶ道路網が十分でないからである。第二に同港の存在するバローチスタン地域の治安が安定していないからである。中国人へのテロが発生している。また現段階では、中国はグワダルに海軍の艦艇を派遣する予定はない。グワダルの問題で、中国は米国を刺激することを避けようとしている。中国の人民元の交換レートの問題など、米中間に山積する課題で北京政府は手一杯であり、グワダルの件でワシントンと事を構えるつもりはない。海軍基地うんぬんの話は、パキスタンが米国に対して大げさに主張しているだけで、実態は存在しない。とアルジャジーラとは対照的な解説を加えている。


どちらが正しいのであろうか。筆者の考えでは、どちらも正しい。フォーリン・ポリシー論文は短期的な実情を詳細にとらえており、アルジャジーラの報道は長期的な可能性を論じているからである。

(6月4日、記)


*畑中美樹氏の主宰するオンライン・ニュースレター『中東・エネルギー・フォーラム』に2011年6月14日(火)に掲載された文章です。


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