2011年5月1日のオサマ・ビンラーディンの殺害直後から、米国ではアフガニスタンからの撤退を求める議論が高まっている。2010年11月にオバマ大統領がアフガニスタンへの3万人の兵力の増派を発表した際に、同時に2011年7月にはアフガニスタンからの撤兵を開始すると発表している。


その7月まで既に2ヶ月を切っている。ビンラーディンの殺害という機会をとらえて、大幅な撤兵を求める声が民主党の一部から上がった。たとえば連邦議会で唯一のイスラム教徒のミネソタ州選出のキース・エリソン下院議員などが、そうした呼びかけの先頭に立っている。


報道によれば、少数の象徴的な兵力の撤退で公約の撤兵開始とするべきか、あるいは本当に大幅な撤退を実施すべきかでオバマ政権内部で議論が行われている。


同時にオバマ政権とアフガニスタンのカルザイ政権の間で以下の二つのポイントを中心に交渉が行われている。それは、第一に2014年に予定されている治安維持任務のアフガニスタンへの完全な引継ぎに関してであり、第二に、それ以降の両国関係についてである。


こうした中、共和党からも撤兵を求める声が上がっている。たとえばインディアナ州選出で上院外交委員会のベテランのリチャード・ルーガー議員が次のような疑問を表明した。「現在のアメリカの財政状態を考慮した場合、アルカーエダの大半がアフガニスタンから追い出された現在、10万人の兵力と年間千億ドルの費用をかけるほどの戦略的な価値がアフガニスタンにあるだろうか?」


上院外交委員会の委員長で2004年の民主党の大統領候補でもあったマサチューセッツ州選出のジョン・ケリー議員は、外交委員会でアフガニスタンとパキスタンについての公聴会を開始した。


5月3日の公聴会では『外交雑誌』(Foreign Affairs)を発行するなど影響力の強いニューヨークのシンクタンクの米外交評議会(Council on Foreign Relations)のリチャード・ハース会長が、「アフガニスタンは必要な戦争から、選択の余地のある戦争に変化している」と証言して、大幅な撤兵を支持した。なおハースは、ブッシュ父親大統領の時代にホワイト・ハウスの国家安全保障委員会のメンバーであった。


また5月8日に下院では一部の民主・共和両党の議員が共同でオバマ大統領にアフガニスタンからの撤退のスケジュールを示すように求める法案を提出した。


さらに英、仏、ニュージーランドなどのアフガニスタンに兵力を派遣している諸国でも早期の撤兵を求める議論が高まっている。


オバマは、ビンラーディンの殺害という大きな目標を達成した。これはビル・クリントンとブッシュという二人の大統領が達成に失敗した目標である。オバマの威信と人気が高まっている。テロとの戦いにおける大きな勝利であると宣言してアメリカ軍を撤退させても、負けて逃げ帰るという非難は避けられるだろう。オサマの死がオバマにアフガニスタンからの撤退の機会を提供している。内外で高まる撤兵を求める声の中で、オバマがどのような決断を下すか注目される。
(5月8日、記)


*畑中美樹氏の編集するオン・ライン・ニューレター『中東・エネルギー・フォーラム』に5月9日(月)掲載された文章です。


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