16.01.23 大坂城[徳川が再築した西国の抑え]その1 | ぬるま湯に浸かった状態

ぬるま湯に浸かった状態

城巡りを中心にしたブログです。
『ぬるい』ので入られる方はご注意ください。

やはり、年末の城巡りの余熱というのは続くものです。昨年も年始に念願の天霧城を登ったりしましたが、今年も小さな城を2つ行ったり、少し時間が経ちましたが、大阪出張にかこつけて、巨大な城に行ってきました。これは江戸城の巨大さに触発されたとの原因ですね。しかも改修中の門まどの無料開放もありましたし。大阪出張、巨大というキーワードがあれば、大坂城というのは言わずとも判ると思いますが…。

 

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現存物(移築含む)は青、再現物(模擬含む)は紫、跡地(櫓跡、門跡など)は緑、その他の見所(遺構)はピンクの其々太字にしています。

 

 
大坂城 鳥瞰図

 鳥瞰図

 
大坂城 案内図

 案内図

 
大坂城 建物配置図

 建物配置図

 
大坂城 説明

 説明

 
大坂城 古写真

 古写真

 

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早朝のJR大阪城公園駅。人気が殆どない。そりゃ当たり前。まだ日の出の時間ではないから。それでも散歩する方々は数人ほどいらっしゃいます。そんな方に交じり、外堀沿いを歩きながら、二の丸の石垣をちょろちょろ見ながら歩いて行きます。
大坂城 外堀 二の丸石垣

 こんな薄暗いうちから動くって…重症ですなべーっだ!

 

 

僕がまず向かったのが青屋口。恐らく目の前の石垣の間には高麗門があったものと思われます。
大坂城 青屋口高麗門跡

 散歩している方が不審者扱いのような視線を送っていました。

 

 

そしてその奥にあるのが櫓門である青屋門が存在します。ここでも、マダム達が散歩していたので、なかなか写真を撮る事ができませんでしたあせる
大坂城 青屋門

 先が思いやれますダウン

 
大坂城 青屋門説明

 説明

 

 

この大坂城の鬼門にあたる青屋口。この城の殆どの虎口が内枡形門なのですが、ここは出枡形となっています。
大坂城 青屋口

 マダムが枡形から出ていく図ではありませんあせる

 

 

青屋門を潜り、二の丸に入ります。そこから見えるのは本丸の高い石垣です。日本一高い石垣はこの辺りの事のようです。そんな高い石垣の前に内堀があるのですが、もう攻め手目線から考えるとたまったもんじゃありませんよね。
大坂城

 太陽が照ってきました。

 

 

ここの石垣は横矢が掛かっているのがイイですね。ちなみ目の前の隅部には糒櫓が乗っていたそうです。
大坂城 糒櫓跡

 この上に三重櫓とか、圧迫感ありまくりだったでしょうね。

 

 

低い石垣の隅部は東菱櫓跡になります。
大坂城 菱櫓跡

 菱型の櫓だった訳ですね。

 

 

極楽橋。考えたら凄い名前の橋ですが、そんな凄い名前の橋が大坂城に存在します。ちなみに極楽橋は今はあまり目だない普通の橋ですが、豊臣時代には豪華な屋根付きの橋だったようで、滋賀県の竹生島の宝厳寺唐門がその生き残りと言われています。
大坂城 極楽橋

 背後に復興天守が写る絵になります。

 

 

極楽橋を渡ると山里丸の虎口になります。ここは内枡形となっています。そして橋を渡り切った場所には恒例行事のような高麗門があったようです。
大坂城 山里曲輪虎口

 青屋口より小さな枡形です。

 

 

そして左に折れると、櫓門だった山里門があったようです。
大坂城 山里門跡

 ただ間口は狭い門だったようです。

 

 

おっと刻印を発見ビックリマーク
大坂城 刻印

 刻印マニアの方、次回お楽しみにビックリマーク

 

 

枡形内には雁木もありますし、登り切った場所には石狭間も確認できます。
大坂城 雁木

 江戸城にもこの構図が多用されてました。

 

 

見ていてお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、先程の青屋口の枡形とは違い、この枡形は巨石を使った切込接の石垣になっています。
大坂城 山里曲輪虎口

 さすがは『徳川の城』です。

 

 

その1はここまで。その2に続きますm(_ _)m