しょうちゃん@KOBE のイモッコ日記(鉄男ネタ・旅ネタ編)

コチラのブログでは鉄男・旅関係記事を中心に載せていきます。

…時々、“鉄”には全くもって関係ないのを載せる時もありますが…(汗;

よろしくお願いします~☆


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【しつこいようやけど昨日のブログ記事に続き・汗;】

 

[1995年1月17日]

阪神淡路大震災が起こる。

 

[1995年12月31日]

恩師が『震災に遭った人たちを元気にしたい!諦めんかったら夢は叶えることが出来るんやと!』と、明石天文科学館から子午線上にレーザー光線を飛ばすイベントをやり、それ以降、明石の年末海岸イベントとして年々拡大してく。

 

[2001年7月]

明石歩道橋の将棋倒しの事故が起こって、年末イベントがなくなる。

 

[2001年秋]

神戸の音屋(だったかな?)でファッションの専門学校でないのに学生たちの勢いでファッションショーをする。

 

[2002年夏]

ファッションショーに出てたモデルの学生が音楽デビューして時の人になる。

 

[2002年秋]

野外でショーをしたいということになり、あまり利用されてない東遊園地で学生ら企画運営で“神戸から若者の元気発信と感謝”をテーマにストリートショーを開催。

以降毎年5年ほど続く。

 

[2003年末・2004年末]

JR西日本の若手職員さん達と明石駅のコンコースでクリスマスイベントを開催。ファッションショーと地元の人たちの音楽会をして、その後、月イチ開催の明石市の駅のイベントとして発展。

 

[2005年4月]

尼崎で大事故が発生、JR西日本の職員さん達との取組・駅イベントが出来なくなる。

 

★その頃、東遊園地無料フェス(ゴーイングコウベ05)をやるとのことでボランティアの依頼があり、考えに賛同し誘導版とかの制作でしたけど、当時の学生がSTAFFとして参加。

連日慣れないPCでひとりコツコツ頑張って作ってて、忙しくてほとんどサポート出来ず、フェス当日も体験入学の仕事があって、参加出来ず…色々と申し訳なかったな。。

 

[2006年5月]

ゴーイングコウベ06に初参加。メインステージのメインゲストに卒業生・ストリートステージにも卒業生らが出演。

自分や学生たちと同じ考え・同じ東遊園地からはじまったイベントに卒業生らがゲストとして参加したことは嬉しかったけど、異様に開催場所を拡大したことと、対面型のステージを我先にと大移動するお客さんに恐怖と疑問を感じ、それ以降、行く気を無くす。

そして、卒業生のファンの子がゴーイングコウベに来れてなかった理由に、尼崎の事故(2両目で被災)に巻き込まれていたからということを後に知る。

 

 

…自分が学生たちと関わってきた震災関連系の地域イベントのうち2つは、間接的な人為的大事故の影響でなくなった。

振り返ればそれぞれ事故に繋がる、主催者とか一人のせいでなく、そこに関わる・応援する、その人その人の『油断』『慢心に近い雰囲気』というのがあったなと痛感してきたつもり。

 

そして、STAFFとは言え元気な若者世代をコントロールすることの難しさ、裏方の大変さもそれなりに承知済みのつもり。

 

直接的に関わった訳ではないけど、間接的に縁を感じているし、神戸からの震災・防災メッセージ性の強いイベントだからこそ、直接的な事故を起こして欲しくない。

続けるのなら、問題点をスルーせずちゃんと向き合って、今まで大きな事故が起こらなかったことを奇跡と思うくらいの意識でやっていって欲しい。

不確かでもそれなりに情報は入ってるはずなのに、『無事、大成功で終える事が出来ました!』という恥ずかしい結果報告は辞めて欲しい。

それと、僕が働いてた学校の姉妹校ですけど、現役学生さんたちがSTAFFで関わっているのもあるんで。

 

(個人的には、神戸の街の人たちと一体になって大成功している音楽フェス的イベントは、新開地音楽祭やと思ってます)

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昨日からずっと頭から離れないのが…15年ほど前、生前親父が半分震えながら“このまま行くと近いうちに大事故を起こす…”と語った時のこと。

その数年後に“まさしく”と言った大事故が起きた。

親父の現場や社風話を振り返れば、事故につながる予兆やニュースになってない小さな事故はいくつもあった。
民営化後のこともあり、費用を抑えるために、建材を安価なものにしたり工事時期をあえてずらしたりというのもあったと聞いたこともある。
そのようなことから現場からは危険性を何度も訴えたが、聞き入れられなかったと言っていた。
(もちろん今は改善されていると思います)


僕ら家族は親父からその話を聞いてたから、テレビ見ながらとても申し訳ない気持ちになった。
事故直後当時の会見で、上層部は“置き石の形跡があった”と報じた。
“何故こんな時にも他人のせいにするんや!なんやその腐ったプライド…”と、怒り悲しくなった。


そりゃ、社としてちゃんと安全管理もしていただろう。でもそれは当たり前のことで。

なにより、事業拡大・高速化に向けて主らは麻痺してた。
あの事故は、小さな恐怖を感じていたお客さんやそういうことに疑問を感じていた現場の小さな声(指摘)を無視した結果の人災だと今でも思ってます。


イベントの開催を辞めろと言っているのではない。
主催者の頑張りや思い・チャリティー活動をバカにしてる訳でもない。

やるなら安全管理・安全確保をもっと徹底して欲しい。

自分たちの感覚だけでなくもっと外の声を。

 

お金をかけるべきところはしっかりとかけて欲しい。

そのための徴収なら文句もないでしょう。

(どこぞで見た“毎回似たようなことは起こってる”と平然と言ってるコメントにはゾッとしました)


なにより、イベント応援者側が、ネット荒らしと決めつけて、今回の将棋倒しの巻き添え食らったファンの人たち・お客さんをバカにするような発言は最悪です。


事故が起こってからでは、ほんと、遅いんです。

誇りに思ってた親父の会社が、世間から悪者扱いされてた時はほんと辛く悔しかった。

 

(親父はあの時どんな気持ちだったろう…結局聞けてないままです)

事故が起こり、回り回って故郷がそんなイメージに思われて欲しくない。
それと起こってしまったら、それこそ応援しているこれまで頑張ってきた主催者が苦しみ、叩かれかねないんだよ。

『減災・防災・そして震災からひとりでも多くの方に“気付き”の“きっかけ”を作る。』とうたってるのならなおさら。

『ハインリッヒの法則』にはまらないよう願います。

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↑↑朝の小高駅描いてみた(も少し手直しします)↑↑

 

 

 

 

みなさんこんばんみ。

静なる鉄男です。旅鉄な人です。

 

明日2016年12月10日(土)は常磐線の北側(小高駅から北側)の営業運転が5年9ケ月ぶりに再開するということで、『鉄路』という視点で考えると僕が今いる南相馬はやっと『陸の孤島』でなくなります。

 

2013年の4月に南相馬に来た当初は、3ケ月くらい震災復旧・復興のお手伝いをしてから神戸に帰って新しい仕事を模索するつもりだったのですが、しばらくして『常磐線が全通するまでは神戸に帰れない…』と思い…かれこれ3年と9ケ月。

 

 

 

 

当時…

 

今となっては、神戸は震災からたった2ケ月半で全通(JR)出来たんだもの。

 

それまで孤独で全国から取り残された感覚だったんだもの。

 

そして全通再開した日、身近な人・全国の人に支えられて全通出来たんだとありがたくって感極まってワンワン泣いたもの。

 

ここの街のことを知ってしまったら帰れる訳がなかろう。

 

当時の感覚知ってるんだから、神戸に戻って普通の生活が出来る訳がなかろう。

 

自分は鉄道員でないけど、命を削ってその鉄路を繋いだ親を持つ子としては、ここの鉄路の再開を見守りつつ、自分の出来ることでお手伝いする!

 

 

…みたいな正義感のような思いが湧いてきたのが残ろうと思ったきっかけだったんですけど…今となっては神戸にいた頃より静かにイキイキテカテカしてるよなんかスミマセンあれれ(笑

 

 

 

 

この3年9ケ月を振り返って思うことは…『いい歳のおっさんなのに想定外に南相馬のみなさんから色々と学び、みなさんに育ててもらった。』ってこと(笑

 

バイト+αで最低限を稼ぎつつ、授業料を払わずに実践でとても意味ある大学生活をさせてもらってた感じです。

 

そう考えると2017年4月が卒業時期になるので、就職活動をして次行くとこが決まってなきゃなんですけど…どっちかって言うと『院生になって学生起業家目指すべく研究します!』ってな感じ(笑

 

そしてなにより、生まれてからずーっと抱えていた闇のような『この先どうやって生きていこう…』という将来への不安を消してもらえたことも大きいです。

 

 

 

 

常磐線が全通するのは2020年度の東京オリンピック開催前を予定してるそうです(神戸の時の感覚を考えると、も少し早くなるような気もするけど…)。

 

そう考えると今はちょうど折り返し。

 

2020年はどこでどんな生き方をしてるのだろう。

ちゃんと稼げているのだろうかw

 

でも『間違いない』と思えることは、『自分にしか出来ないような仕事をしている』ということ。

 

誰かに雇われているというカタチでなく、自分独自の感性とコツコツ磨いた技で仕事している本当の意味での『就職実現』が出来ていると言うか(いい歳のおっさんなのになにいう)。

 

今現在の仕事感覚は『きっと自分にしか出来ない仕事を頂いてる。けれど実の部分はまだまだ荒削り。』って感じ。

 

そう考えれるようになれたのも、この街の風土や考え方と自分の中に昔からあったブレないなにかしらとが、上手〜く馴染み合ったからこそと思います。

 

そして、その荒削りな部分をコツコツ確実なものにしていくのが残り後半戦と思ってます。

 

『たぶん…こういう考えの生き方が自分らしくて、また、自分にとって幸せな生き方なのかもな〜』と最近思います。

 

 

 

 

 

 

そんなわけで明日から、行こうと思えば鉄路だけで故郷の神戸や全国へ行けるようになります。

 

とても嬉しい!

 

…でも明日は再開セレモニーを見に行くでもなく、明日は明日の時間を…上手い具合に仕事が休みになったので、以前からお声がけ頂いてるところで過ごします(落ち着いた頃にチラッと駅を見に行くかなぁ)。

 

なぜなら、ぼくの中での大切な区切りはやはり『鉄路全通再開』なので。

 

そんなわけで、その日が来るのを楽しみに明日からもコツコツ静かに頑張って生きていきたいと思います!(`_´)ゞ

 

南相馬のみなさま!相双地区のみなさま!

しばらくまたよろしくお願いします!(`_´)ゞ

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