メンズ

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今日30日の『わらっていいいとも』に、倖田来未が出ていた。テンポの良いしゃべりで化粧の話をしていた。

いろいろ考えて化粧をしていることを話した後で、「女って化粧で違う自分を作れるけど、メンズの方はそういうわけにいかないから大変ですね」というようなことをいった。

「男たち」とか「男性がた」といわずに「メンズ」といったのがおかしくて、調べてみた。

menはmanの複数形だから、メンズはmen'sで「男たちの」が正しいはず。どうしても英語交じりの表現を使うのなら「menの方」だろうという理屈だ。

けれど、「メンズの方」という倖田の口調がいかにも自然で使い慣れていたし、タモリの応答も何の抵抗もないようだったので、きっと彼女の周辺では普通にそういう使い方がされているのだと思った。


ネットで検索したら

メンズ (men’s) 。原義は「男性たちの(もの)」。対義語はレディース (ladies’)。

『男性向け商品  男性向け衣類、紳士服』  

『男性たち。正しくは誤用。』


と出ていた。


正しくは誤用、とは分かりづらい表現だ。しかし誤用と指摘されるほどに、広く通用しているのだと分かった。


ご無沙汰していました。

腰痛に苦しんでいますがとりあえず元気です。

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逃げたチャンス

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成人式を終えたばかりの女性からメールが来た。

「いつも突然ですみません。今週の土曜日はあいていますか?」

メールに気付いたのが遅かったので、電話をかけた。しかし出ないので、メールで「土曜日は、午後ならあけられます」と返事をした。

数時間後に電話がかかってきて、「残念でした。急ですみません」という。

何のことか訊ねた。

先日「母べえ」の試写会に応募したら当たって、みてきたのだそうだ。そこでまた抽選があって、今度は吉永小百合の劇場挨拶がある映画館の切符が手に入ったという。

「土曜日の10時からなので一緒に行ってもらえないかと思ったのですが、急な話では無理でしたね。」


普段ならあいているのにと、本当に残念な思いだった。

生(なま)小百合は、50年近く前に彼女が通っていた高校の駅の近くでちらりと見かけたきり、見たことがない。


実家に帰っている妻から電話があったのでその話をした。

一緒に残念がってくれるかと思ったら、「彼女は私よりも年上ですよ。私を見ていればいいじゃないですか。」と、冷ややかなコメント。

無理やりスケジュールを動かそうかと、その直前までまだ未練がましく考えていたのだけれど、その一言で、それも諦めた。


私を誘ってくれた女性は、「私が今まで観た映画で一番感動しました」という。

そうか。

せめて日を変えて、劇場に映画を見に行こうと思った。





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どんぴしゃ

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昨夜、居間に入ってつけっぱなしのテレビをチラリと見たらIKKOがタレントのメイクアップを実演していた。

付けまつげを魅力的に自然につけるテクを披露している。

なるほど腕のいいプロというのはうまく自分の技術を説明するものだと感心しながら聞いていたら、彼が「ここで、『どんぴしゃん』をつかいます」と言った。


化粧やメイクアップに使う「のり」のことで、番組参加者の磯野キリコは「カツラを固定するのにも使うやつね。」と発言していた。


この名前をを、40年前に家庭教師として教えていた女子中学生から私は聞いた。

伝通院の近くの女学校に通っていた彼女の日常生活の話を、勉強の合間に聞いていたら、「『どんぴしゃ』が云々」と言われて戸惑った。それは何だと聞いたら、一重まぶたを二重まぶたにするものだと彼女が答えた。

それだけのことなのだけれど、その後何度か思い出した時に身近な女性に聞いても、誰もその名前を知らなかったし使ったこともないといった。


そのものがちゃんと生き残っていて、今でも同じ名前(私が女子中学生から聞いたときは語尾の『ん』がなかった。時間の流れが生んだ変化だろうか)で使われているのがおかしかった。

白い不透明な液状のそのものも、初めて目にした。彼女らはこんなものを塗って、ひそかに自分のまぶたを一重から二重にしていたのだ。


この話題はずいぶん前に一度ここで書いたかもしれない。

とにかく、この言葉が懐かしくて、私はひとりでつい声を上げてしまった。

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ちまちまと忙しく

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一昨日のイベントには、私がその社会的活動の広報を手伝っている友人も顔を出してくれていた。

私は何かと裏方で忙しく、会場では会釈を交わしただけだった。

昨日の夕方、電話がかかってきた。

「きのうはどうも」と礼を言ったら、「あなたも忙しくて大変だよね、ところで悪いけど明日一杯で一枚チラシを作ってくれないかしら。」

ついむっとして、「えー」と声を出したが、彼は私が引き受けることを知っているし、私自身でも、結局引き受けることは分かっている。

「もっと早くから言ってくれればね」と、私からはいつもの苦情だが、イベント終了までは、頼まれていてもどうせ手はつけられなかった。あるいは、期限まで時間がある分だけ「ほかへ頼んでよ」と断りやすいから、彼としてはタイミングを図りながら頼んできたのかも知れない。

原稿は別の人の寄稿原稿で、私が了解したらメールでその人から直接私のところに届くという。

段取りのいいことだ。原稿を打ち込まなくて言いのなら、ずいぶんと楽だからほっとした。


電話を聞いていた妻から、「もうちょっと優しく話したほうが良いわよ、いかにもつんけんしていたから」とたしなめられた。


実は、昨日の朝食後、妻と二人で出かける二月の関西行きのことで話がこじれ、とうとう諍いになってしまった。

子供のけんかだと思いながら、私は書斎に篭り、前日のイベントの記録をパソコンに整理し始めた。


妻は身支度を整えて、習い事に出かけた。お仲間と昼食をとりお喋りをしてくるので帰りが夕方になることは分かっていた。

妻が出かけると、居間に戻り少し録画してあった番組などを整理してから私も出かけた。イベントのポスターなどを頼んであったお店に行き礼を言ってはずさせてもらった。そこで昼食にラーメンを食べ、店長とおしゃべりをして帰ってきた。


帰るとなんだか疲れを感じて、居間に座りテレビに見入ってしまった。ダラダラとお昼の洋画などを途中から見ていたら四時近くになったので、パソコンをネットに接続して、いくつかのサイトを閲覧していたら、妻が帰ってきた。

書斎の私に声をかけたので、居間に出て行った。

「一日中むかついていたわ。」と言ったが妻は彼女なりに言い争いの内容については結論を出していた。結局私のやりたいようにやればよいということで、私の言い分を「許してあげる」のだそうだ。

私は、名よりも実をとることにして、偉そうな妻の態度に異論は唱えず、一応事は収まった。


すぐに来客があり、私はパソコンをネットにつないだまま1時間ほど来客と話をしていた。

その途中で、冒頭に書いた電話がかかってきた。


客が帰ったら夕食が出来ていた。

夕食を食べて、パソコンに戻った。

件の寄稿原稿がもう届いているかもしれないと思った。

するとパソコンがフリーズしていて、なにやらエラーメッセージが出ていた。

再起動したが、ネットにどうしても繋がらない。


あてずっぽうにいくつかの操作をしてみたが、状態が変わらないので、パソコンの電源を切り事態を放置した。


食事の片づけを終えて居間にくつろいでいた妻に、「急にパソコンがネットに繋がらなくなった」といったら、「あんまりいやらしいサイトばかり見ているから、とうとうパソコンがグエーとか思って壊れたんじゃないの」と、全く予想もしなかった言葉が返ってきた。

「何を言ってるんだ」と驚いたら、「私にはひどいことばっかり言うし、罰が当たったのかもね」と言って、けけけけと鵺のような声(多分)を出した。

「チラシの原稿も受け取らなければならないし…」

「どうするの」

「とりあえず明日だな。今日はやめ、やめ」

時間を置けばよくなるということは期待できなかったが、数日来の疲れがどっと出て来たので「明日の朝少しいろいろしてみてだめなら、原稿をもらって歩いてワープロで打てばチラシは一応作れる。ネット接続問題はその後」と腹を決め、小説を読み始めた。

妻は言いたいことを言ったので気分がスッキリしたのか、持ち前の心配性が頭をもたげたのか、私の頼まれごとのことを少し気にしたが、私がとりあえず放置すると言ったら、直にそのことには触れなくなった。


妻が私のパソコンの前で過ごす時間についてどう思っていたのかの一端は知れた。

何で妻がそんなことを考えついたのか、根拠はすぐに思いついた。

いささか古い話になるが、あるニュースで、教育機関の長が執務室でいわゆる「エロサイト」をたまたま閲覧しているところを、部屋の外を通りかかった生徒だか児童だかに見られてしまい、処分されたということが報じられた。

それを見て妻が「そんなもの簡単に見られるのですか」と驚いたので、愚かにも私はわざわざパソコンの前に連れて行き、得意そうに「例えば、ほら」と検索から入ってそれなりのサイトにつないで見せた。

妻は、「ああ、ばかばかしい」とあきれてすぐに書斎から出て行って、以後そのことが二人の話題になることはなかったのだが、妻の頭の中ではちゃんとその情報は生きながらえ、もしかしたら成長し続けてていたのだ。


10時過ぎにそろそろ寝ようかと思い念のためにもう一度パソコンの前に行った。

調子が悪い間中、ルーターの三つのランプの内の一つが点滅し続けていたのだが、行って見るとそのランプが静かにともっていた。

それを見てよい予感はしたのだが、パソコンを立ち上げると、案の定何事もなかったかのようにネットは繋がった。




イベント

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手伝いをしている文化サークルのイベントが昨日終わった。付き合いが長くなると関係もだんだん深くなって、つい、手伝う時間も引き受ける仕事の範囲も広がっていく。

今回は、今まで一度も出たことのなかった事後の「打ち上げに」まで出てしまった。

おかげで、メンバーからはすっかり仲間扱いされたが、さてどうしようか。

イベントは準備段階から、楽しかったことは楽しかったが、疲れたし。


レンタルビデオの店の年間会員証の書き換えをしたら、一枚分の無料券をもらった。すぐに使う必要もなかったが、洋画の棚を見ていたら「ブルーベルベット」という映画が目に入った。

デビッド・リンチ監督の名前に惹かれて見てみた。


今週はサラ・パレツキーのミステリー。

嘘つき人は礼儀正しく

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昨日、13時30分に電話が鳴った。


「はい壬生です」「こちら**社会保険事務所ですが」「はい」「お送りしてあった、保険の過払い金還付についての葉書ですが、12月28日までに払戻金を受け取りに来られなかったので、期限切れで窓口での支払いは出来ません。後は銀行口座への振込みになります。」「はあ。」

ここから、嘘つき人のお芝居が幕を開けた。


十分ほどやり取りがあった。分かったようで分からない説明が繰り返された。

結局、私は近くのATMのそばに行き、携帯から改めてその**社会保険事務所給付課なるところに電話をし、事務所に詰めている++銀行の係員の指示に従ってATMを操作して、払込金を受け取る手続きをすることになった。

電話番号はフリーダイヤルの番号を教えられた。


「保険関係は、今でかけている妻が一切承知しているので、明日ではだめですか」と言ったが、「連絡のついた方からどんどん処理したいので、今すぐATMに行ってほしい」と、役所には珍しく、せかした物言いをする。

「携帯がない人はどうするのですか、公衆電話からでも良いのですか」と聞いたら、「携帯はありませんか」と反問された。「ありますけど」といったら、「ではお願いします」とのことだった。

電話の始めのほうで、人物の確認の確認のためといわれて、住所を言った。電話がかかっているのだから私の住所はすでに知っているのだと思って、つい言ってしまったが、これは余計なことだった。

相手は私の住所を聞いたうえで、私が操作すべきATMの場所を指定してきた。「お宅の場合は『R(ショッピングモール)』のATMコーナーが近くて良いですね。」


私は、銀行の支店へ行くといった。すると相手は「++銀行の支店のATMには相互通信機能がない」などと言った。

「分かりました。15分後にATMのそばに行ってそこから、携帯で電話します」

そして、まっすぐ++銀行の支店に行き、銀行の職員に事情を話しいわゆる「振り込め詐欺」だと確認した。

銀行から、「損害がないので私どもとしてはなにも出来ませんが、もしよかったら警察に報告しておいていただけませんか。類似の事件がたくさん起こっていますので。」といわれ、「詐欺と確認した上でそうするつもりでした」と答えて、警察署にも出向いて報告をした。


帰ってきた妻に話したら、妻は、「相手が『社会保険事務所』といった時点で詐欺だと判断できるわよ」といった。

私は、こちらの還付金受け入れ口座を連絡するのにATMを使うという時点までは、なんともよく分からない話だなあと思っていた。

そのあたりからおかしいなと思ったのだと、妻にそういったら、「新聞にはいっぱい事例が出ているわよ。ちゃんと新聞をよまなきゃあ」と言われた。

また、小さい頃教えられた習慣に従って、電話を取ると自分から先にと名乗ってしまうのだが、今ではかけてきた相手が名乗るまで黙っているのが安全のための作法だという。そのことはずいぶん前に聞いて知っていたが、私はどうしても、昔のしつけに従って「はい、壬生です」と名乗ってしまうのだ。


警察署を出た後、ようやく一切が片付いたと思ったが、まだ少し気持ちが波立っていた。それで以前から気になっていた洗車をすることにした。10分ほど走ってセルフの洗車場に向かった。

洗車が終わるのを待ちながらベンチに座っていたら、大分気持ちが落ち着いてきた。

すぐに帰宅しないでファミレスに入り、読みかけの「蓼喰ふ虫」を読んだ。


ファミレスはすいていたし、小説はひたすらに男女の粋がった色恋沙汰を描いたものだった。

私の心はどんどん落ち着いていき、窓の外の穏やかな日差しにも染まっていくような心地がした。

すると、電話の向こうにいた30台か40代の男の声が思い出された。

私は二人の男と話しをしたが、最初の総務課を名乗った男はとりわけ穏やかで礼儀正しい印象だった。


昼間、アト・ランダムに人の家に電話をかければ、一人暮らしの老人に当たる確率が高くなる。その老人にいかにもありそうな話を持ちかけ、携帯から指示して慣れないATMを操作させ、なけなしの貯金を掠め取る。

弱いもの人を信じやすいものを狙う、なんとも薄汚くてしかも悪質な犯罪だと思った。

しかし、私にとっては比較的容易にその正体が分かってしまったせいか、怒りよりも、電話の向こうで丁寧に一生懸命しゃべっていた男の薄っぺらな礼儀正しさが印象に残った。


それでも最初の数分は、そんなこともあるのかと思って話を聞いていたし、詐欺だとほぼ確信して銀行に向かう最中も、万に一つは保険料の過払いという事実もありうるのかなと心のどこかでは思ったりしていた。

現に、電話の早い段階で、住所と名前は言わされてしまった。

それを思い出すと、どことなくひやりとする気持ちもわいてきたのだ。


ところで。


夕方、帰ってきた妻にその話をしていたら、電話が鳴った。

びっくりして電話を取ったら、母の郷里にいる叔父からだった。父の葬儀以来会っていないので声を聞くのも数十年ぶりだ。

義母の喪中だった昨年はやすんだが、数年前から続けている通り年賀状を出しておいたのだ。

今年は向こうからは届いていなかった。

「年賀状ありがとう。みんな元気そうだね。叔父さんも元気だよ」

こちらの年賀状が届いたのが遅かったので電話での返事にしたらしい。

やはり年賀状の配達がどこかがおかしいのかなとも思った。


昨日は、思いがけない電話が続いた一日だった。


☆この記事は昨日(8日)に書きかけて今日(9日)アップしました。だからアクセスした記録の日時とアップした日が違うので今日・昨日の叙述がずれています。

年賀状

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年賀状のやり取りが一段落した。

妻がしきりと今年はおかしいという。


毎年来ていた人から何通も届かない。

昨年喪中だったからそれで途絶えたのだろうかという。それにしても、やはり来るはずの人から来ていないのだそうだ。


私のほうでも、何人かきてもよさそうだが来ていない人が出ている。

お付き合いがそういう潮時なのかもしれないと思うが、もしかしたら民営化の影響ではないかなどと、根拠もないのに考えたりもしている。


だからといって相手に確認するほどのことでもない。



忘れないうちに書いておこう

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昨日は、義母の墓参に行った。

キッカケは娘が、この帰省の際にまだ行った事の無い祖母(妻の母)の墓にお参りしておきたいと言っていたからだ。

ついでと言っては何だが、祖父にも会って行きたいと言う。2日に日帰りで行くことにした。

息子も誘ったが、彼は「昨秋の一年祭に参加したので、遠慮して2日に一人暮らしの自宅に帰る」と言った。


妻は年末からの疲れがたまっているから家で静養することになった。


暮れの内に計画は立っていたが、早く知らせると義父は妻にも来いと言ったり、孫を迎える準備に精を出したりするといけないということで、わざと直前の2日の朝、電話で義父に声をかけた。

「娘がお参りしたいと言っています。急で申し訳ありませんが、今日の予定がなければ一緒にお墓に行きませんか。」と電話をしたら二つ返事で義父は承知した。

車で義父の家に迎えに行き、三人で墓に行った。霊園は思ったよりずっと混んでいて、正月の墓参と言う習慣がかなり広がっていることが実感された。


行きと帰りに義父の家でお茶を飲み、車の中を含めて数時間の間、義父と娘は楽しそうに話をしていた。


私もまた、自宅と義父の家との行き帰りの時間に車の中でずっと娘と話が出来た。その半分は喧嘩のような議論になってしまって、ゆったりと楽しい会話と言うには程遠い雰囲気なのだが、それはそれでよしとしよう。


その車中の会話にさなかに思いがけないことを娘が言った。

彼女がブログで使っているハンドルネームは頭文字がHで始まる女子に多いある名前を使っているのだそうだ。

それは私が生まれてくる彼女のために考えた名前の候補の一つだった。

私は覚えていないのだが、いつか彼女に、「お前にはこういう名前も考えていたのだよ」と言ったことがあるらしい。

その名前を彼女は私の知らないネットの上のバーチャルな自分の人格に与えた。


自分の開いているサイトのことは私には知られたくないし見てほしくないと言いながら、こうして小出しに情報を漏らしてくるのは、本当は見てほしいからかもしれない。

しかし私は、余り見たくはないので探さない。

それでも、彼女のそちら側の世界での名前を知ることで、彼女が一種のパラレルワールドで私とどう繋がっているのかをうかがい知るきっかけにはなった。


正月の夜は更けて

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我が家の元旦は穏やかに過ぎた。午後、子供たちが身近にいない間に一度だけ妻と諍いをしたが、それもすぐに終わった。


朝八時過ぎに朝食。おとそを回して私が、「おめでとう」と声をかけて始まる。

雑煮は私の実家のスタイルをなんとなくひき継いだもの。しょうゆとかつおだしの澄まし汁に鶏肉ともちとホウレンソウなどの青菜と青海苔。

妻はそれにもう少し根菜などを入れる。

妻の実家のスタイルも混じっているようだ。

私の実家は関西なのに雑煮は昔からなんとなく関東風だった。その由来を聞くことはないまま父も母も死んでしまった。


息子を置いて、妻と娘と三人、車で初詣。ちょっとお茶を飲んで昼食を買って家に帰る。娘は友人と会うというので、途中で町一番の(いや唯一の)ショッピングモールに落としてきた。


年賀状を整理しているうちに、夕食時になった。

妻がせっせと作った御節が出た。

義母譲りの手作りローストビーフが好評。子供たちはこれを食べに帰ってくるのだと、妻は信じている。


いったん自分の部屋に散り散りになった子供たちが、9時前に居間に集まった。ソファーが混んできたので、私は床暖房の床に横たわってテレビを見ていた。

気がつくと私は寝ていて居間には誰もいなかった。タオルケットが一枚掛けられていた。起き出すと丁度妻が風呂から出てきて、「おきましたか。お先に」といって寝室に入った。居間の隣の子供部屋に声をかけると娘がベッドの中から今ネットをしていると答えた。息子は二階の部屋に戻ってしまったらしい。


私は風呂に入り、居間に戻ってお湯割のアーリータイムを飲み、胸の上に載ってきたねこと一緒にテレビの録画を見た。

見終わって娘に声をかけたが寝入ったようで返事がない。


居間を暗くして書斎に入り、こうしてパソコンに向かっている。


昨年の正月の記事を見た。元旦から二日にかけて、私は夜遅くまで娘と話をいていたらしい。そしてそのことをここに書いたら、私とネット上で訪問しあっていた、娘と同じ世代の女性のブロガーさんが、「私もいま帰省中だけれど、私は父とそんなには話をしない、うらやましい」とコメントを書いて下さていた。

その方は、身辺の事情が変わって、すでにブログを閉じられている。


年賀状とメールとで新年の挨拶を交わすことが出来た方はたくさんいて、とてもありがたい。しかし電話で賀詞を交換したのは三人。

今日はコンビニでの店員との会話を除くと、家族以外の誰とも直接口を利いていない。

まあ、風は冷たかったが穏やかで静かな正月というところだろうか。


明日(今日)息子が自分の生活の場に帰る。

夕食の後、妻はもうみんな帰っちゃうのね、さびしいな、と娘に言っていた。

私と娘は二人で義母の墓参に行くことにした。妻は家で体を休めていて、お昼ごろに息子を駅まで送ることになった。