タイトルは某先生の短編よりお借り致しました。大好きなお話です!
子猫を拾う話ですので『敦賀さんもキョコたんも、そんな無責任なことはしないわよ~!』と言う方は読んではいけませんよう。
そんな話もたまにはよし!と言う方は、どうぞ♪
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「…もっ、申し訳ありませんでした…!!」
リビングのソファーの上で、キョーコががばりと頭を下げる。
「い、いきなりだったんで驚いてしまったんです!!その拍子に携帯を放り投げちゃって、暗い通りだったから、どこにあるのか見当もつかなくなっちゃって!!本当に本当に、申し訳ありません…!」
何度も何度も頭を下げるキョーコに、蓮は困って苦笑を零す。
「いや、最上さん、大丈夫だから…そんなに謝らないで。いいんだよ、君が無事なら何の問題もないんだから」
「で、でも!ご心配をお掛けして迎えに来て頂いた上、こ、こんな!」
「いいって、だから、本当に気にしないで」
蓮とキョーコがそんな会話を交わす合間に、不意に、「みゃあ」と言う細い声が挟まった。
その声に蓮とキョーコの目線が床へと下がる。
床のラグの上には、薄茶色の被毛をした1匹の小さな子猫がお座りをしていた。
用意した皿から猫用のミルクをせっせと舐めとっていたその小さな存在は、今はそれを終え、満足した面持ちで2人を低い位置から碧い瞳で見上げていた。
事の真相は、この子猫にあったのだ。
通りを歩きながら蓮と通話中だったキョーコに、路地から飛び出してきた子猫がぶつかって来たのだと言う。
唐突のことに驚いたキョーコは悲鳴を上げ、携帯を取り落として…
あの、連絡が取れなくなる事態に繋がったのだ。
逸る気持ちを抱えた蓮がだるまやの最寄にある駅の辺りを車で流していて見つけたキョーコは、じたばたともがく子猫を抱えて携帯を探しているところだった。
手を離すとそのまま車道に飛び出しかねない子猫に困惑していたキョーコを、共に携帯を探した後とりあえず車に乗せ、蓮は自宅に戻って来ていた。
昼に降った雨のせいで泥にまみれ、毛色も分からない状態だった子猫を抱えたキョーコの服も、同じく泥だらけになってしまっていたのだ。
彼女をそのままの状態でだるまやに帰せるわけもなく…
自宅に連れ帰るなりすぐ、子猫と共にそのまま浴室へと送り込んで、今に至っていた。
洗濯した服を乾燥機にかけている最中の今のキョーコは、蓮のパーカーをワンピースのようにして身に纏っていた。
その下には汚れを免れたスカートを身につけているのだけど…
パーカーが大きすぎて、まるで、パーカーだけを着ているように見えてしまうのだ。
…緊急事態とは言え、お風呂上りの女の子が、しかも、愛しく想っている相手がそんな格好で目の前にいるこの状況は、どうしようもなく心がざわめいてしまうもので…
キョーコを直視するのも憚られた蓮は、
「それにしても…この子はどうしたものかな?飼い主を探さなくてはね」
極力見ないように目線を外し小さく咳払いをすると、そう言葉を発した。
蓮の言葉に、キョーコも困ったように眉尻を下げる。
「そうなんですよねえ、あんまりに酷い姿だったから、思わず連れて来ちゃいましたけど…ど、どうしましょう…だるまやは飲食店ですし、お世話になっている身で猫を飼うなんて…やっぱりまずい、ですよね…?」
「そうだね…得に俺達は、家にいられる時間が少ない職業だし」
「そ、そうですよね…」
2人同時に目線を合わせて、肩を落とすキョーコと共に溜息を漏らす。
泥まみれでどんな容姿をしているのかすら分からなかった子猫は、お互いがそのまま置いて帰ると言う判断が思い浮かばないほどに酷い有様だった。
小さい身体のどこからそんな声が出るのかと驚くほど大きな声で鳴く子猫に、お腹が空いているのでは?と判断した2人は、途中で深夜営業のディスカウントショップに寄り、猫専用のミルクと子猫用の柔らかい餌を買って帰って来ていた。
そんな子猫だったけれど、綺麗に洗い流され乾かされて見ると、意外にも、とても可愛らしい容姿を持っていたのだ。
薄茶の毛並みは洗い立てでふわふわしているし、碧い瞳はまん丸で、小首を傾げて見上げてくる姿は思わず表情が緩まるほどに愛らしい。
蓮とキョーコの目線を集めていることに気付かないまま、子猫は今、毛繕いに忙しい様子だ。
そのうち自分の尻尾に気を取られ出し、捕まえようと必死になって…
バランスを崩すと、そのまま、ころんとラグの上へと後ろに転がってしまった。
「…っ…!!」
そのあまりの可愛らしい様子に胸を撃ち抜かれた2人は、同時に子猫から目線を逸らしてしまう。
「ど、どうしましょう、敦賀さん!危険ですよ、この子…!」
「だ、誰か、身近に飼える人はいるかな…?」
思わず小声で話し合いながら、それでもついつい目線が子猫に向かってしまう。
転がった状態で尻尾を捕まえることに成功した子猫は、尻尾の先に噛み付くことに夢中のようだ。
そしてあまりに夢中になりすぎて尻尾が外れて、また追いかけることに必死になり出して…
尻尾と追いかけっこを始め、ラグに上をくるくる回りだす子猫はまるで動くぬいぐるみのようだった。
…この可愛い様子からは、そうそう簡単には逃れられそうにない。
目線がいつの間にか吸い寄せられて、その微笑ましい様子に目元が緩んでしまうのだ。
子猫がこんなにも可愛いものだったとは思わなかった。
これまでの人生で猫を飼った経験がなかった蓮にとっては、子猫の愛らしさは衝撃的なものだった。
「…うち、ペット可だから飼えないことはないんだけどな…」
だから思わず、欲求の狭間で心が揺れる中で、蓮はそんな言葉をぽつりと漏らしてしまう。
その言葉に、思い詰めた眼差しで子猫を見つめていたキョーコが弾かれたように蓮を見た。
「えっ、で、でも敦賀さん、お仕事お忙しいじゃないですか…」
「うーん…そこなんだよね。満足に面倒を見れないのが分かっていながら動物を飼うのは、人として無責任な行動だし…でも、なあ…」
ころころと遊びまわる様子はとても無邪気で、何とも言えない保護欲を駆り立てられてしまう。
そして、碧い瞳で見上げられると、何やら不思議な親近感のようなものが心の奥から湧き上がって来るのだ。
蓮が真剣な顔で思い悩んでいると…不意に隣で、キョーコが手を打った。
「あ、敦賀さん、そうしたら!私、お手伝い致します!この子の面倒、私がこちらに見に来ます…!」
一気に表情をぱあっと輝かせた彼女は、そのまま嬉しそうに頬を染めて。
「私は未成年なので泊まりでのお仕事も頻繁には入ってきませんし、元々新人なのでお仕事の数にも余裕がありますから!敦賀さんと交互になら、問題はないと思います」
いかにも名案と言うように、蓮を見上げて来た。
いきなり前向きになったキョーコに驚いた蓮は、逆に慎重さを思い出し、それに飛びつくことへの問題点に急いで頭を巡らせ始める。
「いや、でも、君には芸能人の仕事の上に、だるまやさんでのお手伝いもあるだろう?無理をさせるわけにはいかないよ」
「でもでも、ここにこの子を連れてきた原因は私にあります!敦賀さんがこの子をお部屋に置いて下さるなら、世話のお手伝いをするのは当然です」
そしてそう言いきられて…
蓮はそこで漸く、これが素晴らしい好機なのだと言うことに気付く。
元々が動物好きな蓮にとって子猫のいる生活は魅力的だったし…
その上、キョーコがこの部屋に通ってくれると言う状況が付随してくるのだ。
その魅力あふれる誘惑には、逆らいきれない。
そこに思い至った蓮は。
「…じゃあ、お願いしようかな?子猫を飼うのは初めてだから、一緒に面倒を見てくれると安心だし。そうしたら、これ、うちの合鍵。自由に出入りしてくれて、構わないから」
財布から取り出したカードキーをキョーコに手渡すと、両手でしっかり鍵を受け取った彼女は真剣な顔で大きく頷いて見せる。
「…は、はい…!最上キョーコ、頑張らせて頂きます…!!」
こうして…
蓮は子猫のいる生活と、好きな女の子に合鍵を預かって貰えると言う状況の両方を、あっさりと手に入れることが出来たのだった。
≪後編に続きます≫
…まあ、なんて敦賀さんに都合のいい状況でしょうか…!
でもうちの運営理念は、『敦賀さんにいい思いをさせてあげたい』と言うものだから、これでいいのです☆
「え、そうなの!?結構ここの敦賀さん、不憫な目にあってない?」と思う方もいらっしゃるかもですが…それも愛なので、いいんです!(笑)
後編は週明け、月曜公開です。
ではでは♪