こちらは若旦那敦賀さん×町娘キョコの江戸もの話です。

なんちゃって時代物ですので、苦手な方はご注意を。



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「いらっしゃいまし、敦賀屋の若旦那様。いつもご贔屓に、ありがとうございます」


不破の女将は目元に艶を浮かべて身を屈める。

「こちらこそ。先日はうちで着物をあつらえて頂き、ありがとうございます。そちらがその着物ですね。よく、お似合いです」
「まあ、お目が敏くていらっしゃいますのね。ふふ、敦賀屋さんは扱う品が逸品ばかりですから、いつも目移りしてしまいますのよ」

そうして笑みを浮かべる、目線や口元の動き一つ一つが蜜を含んだように甘かった。

…不破の女将の、そんな艶気を帯びた身のこなしを目にした蓮一郎の胸のうちに、不意に、暗澹たる思いが滲んで来る。

女将の着物の選び方は粋好みだ。
着付けも仕草も、料亭の女将らしく女らしさを前面に出したもので、美しいし艶っぽい。

料亭の女将とはそういうものだ。

店の顔の彼女が客を引き寄せもてなし、料理や落ち着いた座敷の様を売り込んで客層を広げていく。

色と欲も上手く盛り込んで遣わなくては、つまらない料理屋だと客足は途絶えて店が傾く。

商いをする上では、当たり前のことなのだが…

その跡をあの子が継いで、そのうち同じような素振りを見せるようになるのかと思うと、苦い思いがこみ上げてくる。

あの子、お京との出会いは、社に話した通りだ。

落し物を拾って渡し、話をするようになっただけ。

嘘はない。

ただそれが、二度目の出会いだったと、いうだけで。


最初に彼女に会ったのは十年前のことだった。

修行で江戸を離れる一週間ほど前に、近所の川原で泣いている子供の彼女と会ったのだ。
丁度、彼女が不破に引き取られてきたばかりの頃のことだ。

二親を火事でお店ごと亡くし、母親の姉である不破の女将に引き取られたこと。

この町に来たばかりで友達もなく、いとこの松太郎は面倒を見るようにという親の言いつけも聞かず、彼女を置いて毎日遠くへ遊びに出る為、忙しい料亭内ではいつも一人きりなこと。

常に忙しい養い親には二親が恋しいなどとは話せないし、引き取って貰った立場では思うことさえ失礼だと思っていること。

それらを蓮一郎は嗚咽の中から聞き取った。

自分の半分ほどの歳の女の子が、そんな状況に置かれて一人で泣かなければならないでいることが、重過ぎる向きもある二親の愛情を一身に受けている蓮一郎には衝撃的だった。

小さな肩を震わせ大きな瞳に涙を溜めながらも、漏れる嗚咽を堪えようと唇を押さえる、そんな泣き方もとても不憫で…

何とか泣き止ませられないかと、子供だった蓮一郎は着物の中を慌てて探った。

出て来たのは畳まれた手拭いと、首から下げたお守り袋。

その中には、母から持つように言われていた石のかけらが一つ入っている。

なんでも蓮一郎が生まれる前、母のお樹里がある夜、空から光の粒が寝所の庭先に落ちてくる夢を見たのだそうだ。
朝方、不思議な夢だったと首を傾け庭先に出てみると、果たして、朝の光を受けてキラキラと輝くこの石をそこでみつけたのだと言う。

程なくして彼女は蓮一郎を身篭ったことが分かり、敦賀屋は待望の跡取り息子を得たのだった。

これはお前のお守りだと、お樹里は真剣な顔をして今より幼い蓮一郎に、石をお守りに入れて手渡した。

紫がかったその石は、光に翳すと色が変化する珍しいものだった。

だから、それを取り出し彼女に掲げて見せると…

途端に涙が引き込み、ぽかんとした顔でその様を眺めて。

蓮一郎が零れた涙を手拭いで拭ってやっている間も、桃のような頬を赤く染め、石を陽に掲げて熱心に色の変化を見つめていた。

「…綺麗…お兄ちゃんの、お守り…?」
「うん。それ、君に貸してあげる。寂しい時にも、石が傍にいて守ってくれるよ」
「…あっ、ありがとう…っ」

言うと、先程の泣き顔が嘘だったかのような、満面の笑顔が返ってきた。


≪三に続きます≫



最近アオライトは原作に出てきませんねえ。

若干、プリンセス・ローザ様に出番を奪われた感がありますねあせる

でも、両方の贈り主とも同一人物って…しかも両方とも甘酸っぱいなんて!


大人でも子供でも、やることが気障だと思います、敦賀さんたら。


ではでは、また♪