そんな台詞に蓮は表情を険しくさせる。

せっかくキョーコが自分のために人間になってくれたと言うのに、万が一にも罰によって離れ離れにされては堪らなかった。

キョーコと離れるなんて、もう、考えられないことだ。

「では、天界の裁きの結果を言い渡す」

緊張した顔でしがみ付いてくるキョーコを抱き締め、彼の次の言葉を、同じく緊張した面持ちで待ち構えていると…

「まずは、最上キョーコ。君は、天使でキューピッドの職にありながら『恋を叶える1000億人目の3つの願いを叶える』と言う重大な職務を放棄してしまった罪により、キューピッドの職を免じる。それにより地上勤務のキューピッドの特権である天界・地上間の特別通行権は剥奪、天使課天使部より支給されている人別ファイル及び、恋の矢と恋の弓を没収」

そして更に蓮を見て、

「敦賀蓮、そなたはキューピッドの職務を妨害したことの罪により、今回の『恋を叶える1000億人目の人間』と言うことで得た3つの願いの権利を剥奪する。なので、これまでに叶えた願いの2つは効果がなくなることとなる。以上だ」

一気にそう言われ…

その内容をもう一度浚い直した2人は、

「…え…??」
「以上って…それだけでいいんですか…!?」

キョーコはぽかんとなり、蓮は思わずそんな驚きの声を上げた。

人間になった時点でキョーコは、すでに天使ではなくなってしまっている。

それに、蓮への処罰に関しては罰でもなんでもなかった。
むしろそれを考え出すことに、散々苦労をしていたほどだったのだ。

このまま記憶を消されるとかまで想定していた蓮は、そうなったら、キョーコを連れてどこまでも逃げてやると考えていた。

…それなのに…

「『それだけ』とは心外だな、1000億人目に選ばれるということは、簡単なことじゃないんだぞ。寿命の短い人間など、一生のうちにそれが巡ってくるのは1%にも満たない確率なのだからな!」

そして、片眉を上げてそう言った社長似の『神様』は、にやりと笑う。

「天使と人間が恋に落ちた件に関しては、不問に付そう。天使だろうが人間だろうが、愛の前に垣根はないからな!」
「…不問…」

つまり、それは。

『神様、それじゃ、2人は無罪と言うこと…!?』
「そう言うことだ。ちなみに最上君が『元天使』と言うことには変わりがないから、人間となって短い生の中で生きることになったとしても、君の姿を見ることも声を聞くことも可能だぞ、琴南君」
『…そうなんですか…!?』

驚いた『モー子さん』に『神様』は大きく頷いて見せた。

…あまりのことに何も言えなくなった蓮の腕の中で、キョーコが歓喜の声を上げる。

「そうしたら…私、モー子さんとも会えるし、これまで通り何にも変わらない敦賀さんと、一緒にいていいんですね…!!?だって敦賀さん、これまでに叶えた2つの願い事は、全部自分に関係ないことばかりでしたもの!!一つ目も二つ目も、他所の女優さんに関してのことでした!」
「うむ、『泣く演技を完璧にする』と言う1つ目の願いはその効力を失くし、『記憶を消す』と言う2つ目の願いも消滅することによって、対象者の記憶が戻るだろう。まあ、今頃記憶が戻っても、本人も何のことだか分からないだろうがな」
「…きゃ、きゃーっ!!か、神様、ありがとうございます!!敦賀さんとモー子さんの次に愛してます…!!」

そして更にキョーコが蓮の身体にしがみ付いてきて…
その柔らかさに、その存在感に、蓮はそれが事実だと言うことを漸く実感した。

「神様…ありがとうございます…!!」

この世には、神なんていないものだと思っていた。

けれど現実には、神もいれば、天使もいて…

蓮は、そんな天使に恋をした。