…そうだわ、そろそろ敦賀さんのところに行かなくちゃ…


テラスで長い間ぼんやりとしていたキョーコは、漸く感じた肌寒さにぶるりと身を震わせてから、我に返って不意にそう感じた。


嫌だわ、私。
自分の思い違いに驚いて、こんなに時間を無駄にするなんて。

冬の日照時間は短いのだと、寝ている敦賀さんを追い立てたのは私なのにね?


そう思って無理に笑ったキョーコは、頭をひとつ振る。


埒もないことを考えていたって仕方がない。
今は個人的な感情を推察している場合じゃない、キョーコが地上へ降りて来たのは仕事のためなのだ。


蓮の願いを3つ叶える。
ひとつはもう叶えてあるから、あとは2つ。

奏江の言うように彼に張り付いて、早々にその願いを叶えなくてはならない。


それが、自分に科せられた大切な仕事なのだ。


気持ちを無理矢理切り替え、手早く残りの洗濯物を干し終えたキョーコは戸締りを確認すると、そのまま蓮の元へと急ぐ。


また後で洗濯物を取り込みに戻って来なくてはいけないわねと考えながら、何度も通ってすっかり順路も覚えた撮影スタジオの中へと飛び込む。

今日の蓮の予定は、朝から夕方まで現在放送中のドラマの撮影だ。

最終話間近まで彼の登場部分の撮影が終わっているため、このドラマに関わるのも後少しなのだとか。


マネージャーの社さんがいるところにいきなり飛び込んでも蓮に迷惑になると考えたキョーコは、様子を見ようとドアをすり抜けようとして…


遠く離れた廊下の端で、携帯で話をしている様子の社の後姿を見つける。


いつも通りスーツ姿の彼は、仕事の話なのか真剣な表情で話をしていた。
いつも思うけれど、マネージャーさんと言う裏方のお仕事の割に、社はとても綺麗な外見の方だと思う。


そんな様子を背後からこっそり眺めて…
キョーコはそっと首を傾げる。


敦賀さんの好きな方が社さんなんてこと…有り得るのかしら??


疑惑の目を向けようにも、日々一緒にいる中での彼らの様子は、言ってみれば兄弟みたいな関係にしかキョーコには見えなかった。


社が面倒見のいい優しいお兄さんなら、蓮は、しっかりしているけど、どこか手のかかるところのある弟のような立ち位置だ。


そして2人は互いにそれぞれの長所を生かしながら、『敦賀蓮』と言う俳優を盛り立てるため頑張っている仕事仲間…だと思う。


単に私の監視が緩いだけなのかしら…?


けれど社は蓮の中で、彼が想いを寄せるお相手とは、ちょっと違う立場にいるのではと思う。


…でも…

万が一蓮の好きな人が男性の場合、そのお相手はキョーコが知る限りでは社以外にいないのだ。


人当たりがよくて周囲に常に人の集まる蓮だけど、心を許すお相手は実は案外と少なかった。

女性には一定のラインを引いて完全に近付けさせないし、男性でも踏み込んだ関係を作る相手は皆無だった。

社でさえ、彼の本当の出自に関しては知らないようだ。


世の中のほとんどの人間が、蓮と仲良くなりたいと思っている。
けれどそんな中、彼は何かに対抗するように1人で立ち向かっているように見える。


その姿を見ているキョーコは、できることならそんな蓮の支えになりたいと、強く強く思うのだけど…