その通り、まさに、奏江の言う通りだ。
料理も掃除も洗濯も、全てはキョーコの仕事である『3つの願いを叶える』ために蓮の傍にいるようになり、それに付随して始めたことだったのだ。
蓮に彼女ができれば、今の役目を彼女に譲るのが当然だ。
その『彼女』を作るため、キョーコは日々蓮をせっつき、可愛い女の子の物色を続けていたのだから。
そう、その通りなのに。
…私は、なにを思い違いしていたのだろうか…?
当たり前なことなのに、どうしてこんな、胸に穴が開いたような感覚を覚えるのかしら。
こんな感覚、抱く必要がない。
彼の幸せを願って、喜ぶべきことだって言うのに。
呆然となったキョーコが思わず額を押さえるのに、奏江は長い髪を揺らめかせて首を傾げる。
「どうしたの、キョーコ。あんた、大丈夫?」
「ええ、勿論。やだ、疲れがでたのかしら。ふふ、頑丈なのが取り柄なのにね?」
「慣れない地上になんているからよ、さっさと天界に帰ってらっしゃい。若い男が彼女を作れば後は簡単よ、願い事はいくらだって出てくるわ。彼女を幸せにしたいとか、喜ばせたいとか。男なんて、案外単純なんだから」
そう言った奏江は笑顔を見せ、そして、慌てたように時計を見ると、
「やだいけない、タイムリミットだわ。じゃあね、キョーコ。天界で待ってるわ、戻ったら連絡しなさいよ」
「えっ、ええ、モー子さん、気をつけて帰ってね!」
「はいはい。あんたも頑張るのよ」
キョーコに手を振り、テラスの手すりからふわりと身を舞い上がらせた。
すぐに見えなくなった奏江の細い背中を手を振って見送って…
キョーコはそのまま、テラスにぺたりと座り込んでしまう。
様々な感情が頭を巡って、収拾がつかなかった。
『彼女を幸せにしたいとか、喜ばせたいとか』
奏江の言った言葉が頭に響く。
優しい蓮のことだ、彼女ができればそのお相手を大事に大事に思い、今彼が仕事に向けている情熱と同じような想いを彼女に向けて、それこそ、存在全てを包み込むかのように彼女を大切にすることだろう。
…そんな考えは、頭を殴られたような衝撃を持ってキョーコに届いた。
今まで、蓮に恋のお相手を散々薦めて探していたくせに、そういうことがまるで頭に浮かんでいなかった。
彼の穏やかな笑顔も、優しい手も、眩い美貌も。
全部が全部、『彼女』のものになるのだ。
当然のことだ、そしてそうなれば、キョーコの役目は簡単に終わる。
今の2人の生活も、キョーコが感じているこの温かな幸せも、そのまま全部『彼女』のものになる。
勿論、つい先ほど額に押し当てられた柔らかな感触も、抱きかかえてくる大きな掌の感触も、全部、全部。
…いいえ、違う…
テラスに座り込んだキョーコは、自分の思考を辿って頭を横に振る。
私のものになっているものなんて、本当はひとつもない。
今感じているこの幸せな感覚も、穏やかな生活も全部、私の独りよがりなものでしかないのだもの。
そんなことを改めて自覚したキョーコは、その事実に愕然としてしまう。
だって、蓮とキョーコは、人間と天使で…
『願いを叶える』ためと言う名目の上でしか、繋がりがない。
蓮との生活は、砂の上に成り立っていたような、脆いものでしかなかったのだ。
当然なことなのに、その当然なことが、キョーコにはとても衝撃的だった。
…胸の奥に、じわりと苦い想いが滲んでくる。
きっと…
敦賀さんに想い想われる感覚は、私が想像するよりもずっとずっと凄いものなんだろうな。
テラスの壁に頭を寄せたキョーコはぼんやりとそんなことを考える。
どんなものなのかだなんて、誰かに特別な想いを寄せられた経験なんてないキョーコには想像もつかないものだった。
でも…
『彼女』なら寝室に入ることを怒られることも、起こしに行って吃驚した顔をされることもきっとない。
彼が天使にとって『羽を手入れする』のに相当する行為をするお相手は、キョーコではなく他にちゃんといるのだ。
本来なら、自宅でキョーコの羽なんかを整えている場合じゃない。
知っている。分かっている。
それは当たり前すぎて、他に考えようがないくらいの決定事項だ。
…だけど。
原因の分からない混乱を抱えたキョーコは、1人テラスに座り込んだまま、どうしようもない心の嵐に巻き込まれて…
ただただ、呆然とする他なかったのだった。
≪30へ続きます≫
敦賀さんのお次はキョコの自覚編~と簡単に考えていたら、いつの間にかまったく!言うことを聞かなくなってた天使キョコ。
何度も唆すけど決定打にならず…
さすがキョコ、恋愛方面ではやっぱり手強いです。
この子のお陰で連載が伸びましたとも、ええ^^
決定的な自覚編は明日以降に持越しです★
変な疑惑までキョコに持たれた敦賀さんは、更に大変な目に…♪
明日もお付き合い下さいませね!
ではでは。