思わぬ展開に動揺を露にしたキョーコは、蓮本人が聞いたら猛烈な抗議をするようなことを真剣に考えて…


そこで自分が、思っているよりもずっとずっと、この事態に衝撃を受けていることに気付く。


先ほどまで空気がいっぱいに入った風船のように膨らんでいた心が、穴が開いて一気にシワシワに萎んでしまったような、寂しい気持ちを覚えていた。


…敦賀さんへの突破口が漸く見つかったというのに、何故か苦しい気持ちになるなんて、どうしたことかしら…?


自分の不可解な感情に頭を捻り…
そこではたと気付いて、キョーコは奏江を振り仰ぐ。


「それはそうと、モー子さん、地上に降りて来るなんてどうしたの??モー子さんのお仕事は戸籍管理で、地上に用なんてないのに」


奏江はキョーコと同期で同じく天使課所属なのだけど、所属部署が違うのだ。
地上勤務のキョーコには天界と地上との特別通行許可証が与えられているけれど、奏江にはそれがない。


そんな彼女が地上に降りるには、ちゃんと上に申請をしなくてはならないのだけど…


それを不思議に思って問いかけると、奏江がつんとそっぽを向く。


「別に!どこかの誰かさんが珍しく手間取ってるようだから、遊びに来てあげただけよ。ま、元気ならいいわ。仕事、頑張んなさい」


…そう言って横を向いた奏江の頬は、ふわりと桜色に染まっていて…

感極まったキョーコは、堪らずそのまま、奏江の細い身体に飛びついた。


「いやん、モー子さん!!ありがとう、もう、やだ、ほんと大好き…っ!!」
「あーもう、抱き付かないでってば、もーっあんたはどこにいても相変わらずねっ」


頬を染めながら眉を逆立てる奏江に抱き付きつつ、キョーコはふにゃりと表情を緩める。


「ねえねえ、モー子さん!地上滞在のお時間はたくさんあるの?出来たら敦賀さんに紹介したいわ、とーってもいい方なのよ!し、親友ですって、モー子さんを敦賀さんに会わせたいわっ!きゃー、言っちゃった!もう、どうしよう、恥ずかしい…っ」
「落ち着きなさいってば、もー騒がしい子ねえ。残念だけど、今はそんなに時間がないのよ。だいたい、どこの世界に自分のターゲットへ他の天使を紹介する天使がいるのよ?ちょっと、その『敦賀さん』とやらに入れ込みすぎなんじゃないの?キョーコ」


自分の口にした状況を想像し、1人できゃあきゃあ騒いでにやにやするキョーコを見下ろした奏江は、溜息混じりに言葉を漏らす。


「仕事のやり方なんて人それぞれだろうけど…いちいちターゲットと仲良くなってちゃ、身が持たないわよ。1人に長い時間を使ってないで、願いを言わせてさっさと叶えちゃいなさい」


そして、ほっそりとした指先をピシリと得の前に突きつけて、


「特記事項が特にないなら、女が勝手に寄ってくるようなターゲットなんて案外簡単かもよ。その中から一番よさそうな子を選んでくっつけちゃえばいいのよ」


口にした台詞にキョーコは目を丸くしてしまう。


「えっそんな乱暴な…!お付き合いをするなら、この世で一番のお相手じゃなきゃ…」
「あんたは考えすぎ。移り気な人間の『この世で一番』なんて、全然当てになんて出来ないわよ。一緒にいるようになれば情が移るのが人間なんだから。そうすればそんな洗濯なんて、その彼女が喜んでやってくれるわよ」
「…へ…??」


さらりとした奏江の言葉に、キョーコはぽかんとその美貌を見上げてしまう。


…洗濯を彼女がやってくれる…?


そんな台詞に思わず、その口元からぎこちない苦笑が漏れた。


「やだわ、モー子さんたら。それは、確かにそうだろうけど…ダメよ、そんな。敦賀さんのお世話は私のお役目で…」
「? 何言ってるの、逆でしょ、キョーコ。願い事を見つける余裕を作るために、一時的にあんたがそれをしてるんでしょう?今、自分で言ったじゃない。手始めに彼女との縁を纏め上げちゃえば、洗濯だけじゃなくて食事の準備も部屋の掃除も、面倒くさいことは全部その彼女がやってくれるでしょ。手間が省けて、あんたは正規の自分の仕事に集中できるでしょ?」

「……そうよね……?」


なんの異論も浮かばない正論を突きつけられて…

キョーコは瞳を瞬かせてしまう。