白い羽を背にした彼女は、蓮の自宅の広々としたテラスの手すりの上にふわりと腰を下ろしていた。

華やかな美貌を、白いすっきりとしたデザインのワンピースが引き締めている。


「モッ、モー子さん…ッ!!いやん、嘘っ、本物だわ!…会いたかった…っ!!」
「はいはい、分かったから、ストップ!!」


親友の突然の出現に飛びつく勢いのキョーコだったけれど、奏江の掌に押し止められてしまい、不満顔で唇を尖らせる。


「どうして、モー子さん!久々の再会なんだから、抱き付かせてくれてもいいんじゃないかしら?」
「バカね、久々って、たったの2・3日でしょう。いちいちそんなことしてたら、身が持たないわよ。と言うか、その変な呼び方やめてっていつも言ってるでしょう。もーっ」
「あ、そうか、天界の時間軸からすると、そんなものだったわね」


地上に、蓮の傍にやって来て、5週間と少し。
人間の時間で考えると長期の滞在に感じるけれど、天使から見るとたったそれだけの時間だったのだ。


感覚が人間基準になっていたわ。ちょっと、不思議な感覚だわ…


「それよりあんた、何やってるのよ?初の大仕事だって張り切って出て行ったのに、ターゲットはどうしたの。あんたの手腕なら、3つの願いくらいあっという間に叶えて帰って来ると思ってたのに」


キョーコがそんな感覚の変化に驚いている横で、奏江が不思議そうな顔で洗濯籠から洗濯物を摘み上げる。


そんな奏江にキョーコは自慢げに笑って見せた。


「あのね、モー子さん!これは『洗濯』って言って、とっても気持ちがいい行為なのよ…!私達天使は全部力を使って身体の清潔を保つからこういう方法は必要ないけど、これが意外と楽しいの。しっかりとお日様で干すといい匂いがしてね、とっても素敵なのよっ」


前のめりになって『洗濯』の素晴らしさを奏江に伝えると、呆れた表情が返ってくる。


「…相変わらず変な子ね、あんたって…それのどこが楽しくて素敵なのか、私にはよく分からないわ。それってあれでしょ、人間の、主に女性に課せられた家事なんでしょ?女性の社会進出が進んだ人間社会でそれが未だに女性の仕事と思われるなんて、男尊女卑もいいところだと思うわ」
「モー子さんたら…何だか、捉え方に偏りが見受けられるように感じるわ…」


お洗濯、楽しいのになーと呟いたキョーコは、そんな奏江に笑を零す。


「私の担当の方は敦賀さんて言って、凄ーくお忙しい方なのよ。忙し過ぎて願い事も思い浮かばないような環境だから、私は今、その環境改善をしているところなの。この敦賀さんと言う方が、どうにも難関で…今はアプローチを変えて、長期を見据えた作戦を練っているところなのよ…!」


ぐぐっと拳を握り込んで熱弁を奮うと、奏江がああ、と言う顔で頷いて見せる。


「聞いたわ、難易度Sランクなんですって?これを上手く纏め切れたら、もうしっかり一人前だって上司連中も期待してたわよ。でも、相手は若い男性なんでしょ。その年齢層の興味は『お金・異性・仕事の充実』の、どれかじゃないの?統計からも上がってきてるじゃない、手間取る理由が分からないわ…」
「それが、それじゃダメなのよ、モー子さん。敦賀さんたらそんなものはもう既に持ってるの。この豪邸を見れば分かるでしょう?お金に不自由してないし、女の人は向こうから寄って来る上見向きもしないし、お仕事には意欲的でもう完全に充実しきってるのよ。その上無欲だなんて…こんな方が人間界に存在するとは思っても見なかったわ、私」


そうしてキョーコがやれやれと溜息を漏らすと、不意に奏江が眉を顰めて…


「…異性に見向きもしないって…待って、もしかして対象が違うんじゃないの?焦点を、同性相手に切り替えてみたら?」


怪訝そうな顔をして見せる奏江のそんな予想外のアドバイスに、キョーコはぽかんとした顔になる。


…同性って…


まっ、まさか、敦賀さんの好きな人が、男の人ってこと…!?


「いやっ、そ、そんなまさか!嘘よ、敦賀さんにそんな趣味嗜好が…!?いっ、いいえ、ダメよキョーコ、愛は誰にでも平等よ、抵抗感を感じるなんて差別的な行為だわ…そうか、その線があったのね…!?で、でもおかしいわ、そんな様子はこれまで一切なかったのよ、しかもそんな特記事項、ファイルには全く載っていなかったもの…!」


動揺を隠し切れないキョーコは、手にしていた洗濯物をぎゅうっと握り締めて立ち尽くしてしまう。

あまりのことに血の気が引いたみたいに頭がくらくらしてきて、慌てて額を押さえた。


「うーん、うちの諜報部が作ったファイルに載ってないなら、違うかもだけど…試してみる価値はあるんじゃない?」
「そ、そうよね!?対象の方をいろんな位置から多角的に見るのが、私達の仕事の定石ですものね!?」


奏江の言葉にキョーコは自分の落ち度を再確認する。


私ったら、頭からお相手は女の方と思い決めてしまっていたわ!


ど、どうしよう、まずはマネージャーさんの社さんを手始めに、お話を振ってみようかしら!?


…敦賀さん…


誠心誠意に聞けば、そんな極秘事項も私にちゃんと告白してくれるかしら…?