キョーコは先日の夜以来、度々蓮に羽の手入れを頼んで来るようになっていた。


くすぐったがりなところは前から余り変わっていない。

けれど、蓮が羽に触れることにも大分慣れたようで、最初は大騒ぎしつつも楽しそうな笑顔を見せるようになり、最終的には、蓮の膝の上で眠り込んでしまうようになっていたのだ。


幸せそうな寝顔を見ていると、その日の疲れが一気に吹き飛ぶような感覚を覚える。


まるで、人懐こい猫を膝の上で抱き込んでいるような、そんな気持ちを抱いてしまって…


明るい色の、絹糸のような滑らかな髪に指を通すと、花のような甘い香りがふわりと広がって。

鼻を擽るそんな香りに、そこで漸く女の子を膝で寝かせているということに、思い至るのだ。


…女の子に、これほどまでに無防備に存在全てを預けられた経験なんて、蓮にはこれまで1度もなかった。

警戒心があまりにもなさ過ぎると、心配に思うこともあるけれど…


その信頼が、近しい距離が。

酷く嬉しい気持ちを蓮に与え、穏やかで温かな空気で蓮を包んでくれるのだ。


こんな毎日なら一生続いてもいい。


時折、キョーコの安らかな寝息を聞きながら、そんな風にすら思うことがあって…


蓮は、そう考える自分自身に苦笑していた。


彼女の存在は普通のものとは違う。


彼女の目的は自分の仕事である『願いを3つ叶えること』で、蓮とのこの生活は、付随して来たに過ぎないものなのだ。

キョーコ自身が、この生活を望んでいるのではない。


ちゃんと頭では分かっている。


分かっては、いるのだが…


「? どうかしました?やだ、私言い過ぎましたか!?大丈夫ですよ、敦賀さん。今にきっと、敦賀さんの前にも素敵な女性が現れますから!!その時こそ、私の力をフル稼働して敦賀さんとその方を纏め上げて見せます!だから、元気を出して下さい」


キョーコの溌剌な声に、蓮は顔を強張らせてしまう。


彼女は、蓮と、他の誰かとの幸せを心から願っているのだ。


そんなことは初めから分かっていたはずだ。
キョーコは出会った最初から、それを毎日みたいに口にし続けていたのだから。


なのに…

それを思うと、胸の奥が不思議な痛みを伝えてくる。


胸が感じる、甘くて苦しい、締め付けられるような痛みに蓮は戸惑う。


こんな感覚、初めてだ。

これでは、まるで。


…蓮が、自分の感情を推察して、強い動揺を覚えた、そんな時。


「蓮!この後のドラマ撮影のロケが中止になったぞ、外見てみろ、外!」


慌てた顔をした社がそんなことを言いながら、室内に飛び込んできた。


今夜はこれから最後の仕事としてドラマ撮影が入っていて、屋外での夜のシーンを集中的に撮る予定になっていたのだが…


社の言葉に驚いた蓮が、言われるまま、窓の外に目線を投げようとすると、


「わあっ雪…!通りで寒いはずですね、私、地上から雪を見るのは初めてです…!」


隣で華やいだ声を上げたキョーコはぱあっと表情を輝かせて…


思わずと言うように、蓮の掌を握り締めてきた。