*SIDE 蓮*
「では、次の質問なのですが…ずばり、敦賀さんの女性の好みを教えて下さい」
そんな直球の質問に、虚を突かれた蓮は思わず口元に笑みを浮かべてしまった。
質問の相手は若手の男性編集者。
その日の蓮は、用意されたホテルの一室で、男性誌の恋愛特集のロングインタビューに答えるという仕事の真っ只中だった。
当たり障りのない恋愛感などを聞かれた後に、その質問が飛び込んで来たのだ。
苦笑を浮かべた蓮は、正面に座る相手に目線を向ける。
「随分、直球ですね」
「すみません、このコメントを取れるかどうかで、うちの雑誌の売り上げが大きく変わりますので」
言った相手も大きく破顔して。
「なんと言っても『敦賀蓮』は、老若男女、全世代注目の人物ですから。男性読者の興味も誘えるし、更には購買層の枠外にいる女性の購買も望めますからね。この質問は、いろいろと変化球を考えてきたんですが、小細工するのは失礼かと思いまして。うちの雑誌はスクープを狙うような種類の雑誌ではないので、お気軽にお話頂ければ。いかがでしょうか?」
そんな男性編集者のあっけらかんとした、事情を隠すことのない真っ直ぐなスタンスにはかなり好感が持てた。
表裏のない快活な笑顔も、誰かのものと重なって、妙な親近感を覚えてしまう。
蓮は質問の内容を反芻して、もう一度、苦笑を漏らす。
「好み、ですか。難しいですね」
「敦賀さんの印象からすると、落ち着いた大人の女性がお似合いかと思うんですが。ご本人は年上とか、どうですか?」
「年上…素敵な女性に、年齢は関係ないと思っていますけど」
「おお、どの年齢層の女性にも希望を与える上手い回答ですね」
「いえいえ、そう言うつもりはないですが。うーん、好み、か…」
腕を組んだ蓮は、そっと首を傾ける。
ここ数年、仕事にばかり夢中になっていて、その手のことを真剣に考える余裕すら自分にはなかった気がする。
同じ質問を女性誌やトーク番組で聞かれる機会は多かったが、全て『敦賀蓮』のイメージに合う、差し障りのない回答ばかりに終始してきた。
世の女性は皆、多かれ少なかれ、『敦賀蓮』の存在に理想と憧れを抱いているのだ。
それを十分理解している蓮は、それぞれの女性がそれぞれに描く理想を壊すような真似はできるだけ控えようと思い、個人的な意見は口にしないようにして来ていたのだけど…
改めてそういう質問を気安い調子で男性からされ、『同性と好みの女性の話をする』という機会が今まで意外となかった蓮は、思わず考えてしまう。
自分の女性の好みは、どんなものだっただろうか。
以前の『彼女達』を思い返すけれど、残念ながら、余り参考にはならなそうだった。
母国にいた頃の当時の自分はそれこそもう、完全に来る者拒まずで、『好み』と言うものが全く存在していなかったのだ。
…若気の至りと言うと当時の『彼女達』に失礼に当たってしまうが…
今から思うとあの頃の自分には、相手が口にする『好き』と言う言葉が自分を認めてくれているようで、ただただ嬉しかっただけなのだ。
あの頃の蓮は、自分一人の力では自分自身を認めることさえできない状況だった。
だからこそ、それを傍にいた他人に求めたのだろう。
それこそ本当に『彼女達』に失礼な話だと思う。
聡い『彼女達』はそれをあっさり読み取ったからこそ、蓮の元から早々に離れていったのだ。
恥かしい話だが、蓮には長続きした『彼女』というものが、この歳になるまで存在していなかった。
…だからこそ…
機会があるのなら今度こそは、『彼女』と真っ当な人と人との関係を結びたいと考えている。
男女と言う差があっても人間同士なのだから、しっかり向き合い、お互いの感じることや考えを話し合いたい。
そして、お互いを労わり合い、尊敬し合える関係を2人で築いていきたかった。
取り澄ましている女性より、明るくて元気な子の方が好みだ。
そういう彼女に、自分の傍で、幸せそうに楽しそうに笑っていて欲しい。
…そして、何より…
「家庭的で、世話焼きな子がいいなと思います」
不意にイメージが頭に浮かび、蓮は唇からポロリとそんな本音を漏らす。