「え、そんなに真っ赤になるようなことなの?」


キョーコのいきなりのそんな態度に瞳を瞬かせた蓮を前に、キョーコは真っ赤な顔のまま、きゅうっと身を小さくさせる。


「あ、あのですね!羽のない人間の敦賀さんには分からないことかもしれませんが、天使が異性に羽を触らせるのは、その、とっても、特別なことでして…!それを許すのは、恋人とか婚約者とか配偶者とか…そう言うお相手、だけなんです」


人間で言うとどう言う状況なのか、キョーコには上手く説明が出来ない。


でも、羽を蓮に触らせるだなんて。
想像するだけで恥ずかしくて、いてもたってもいられなくなってしまう。


けれど、ますます顔が赤くなってきてしまうそんなキョーコを前に、蓮はその美貌に困ったような表情を浮かべて。


「そうなんだ?でも、俺は人間だし、そう言った決まりごとの範疇外にいるんじゃないかな」
「でっ、でもっ、私が恥ずかしいことには変わりありませんっ、やだそんな…やっぱり、敦賀さんたら破廉恥だわ…!」
「え、俺が?うーん、でも、羽の根元が逆立ってるよ。そのままにしておくのと、俺が羽を触るのと、君にとってはどっちがより、恥ずかしいことなのかな…?」
「…え…っ!!?」


蓮の言葉に愕然となり、慌てて全身が映る鏡の前に飛んで行って後姿を見ると、言葉通り羽の根元の一部に逆毛が立っていた。


キョーコの顔が、一気に真っ青になる。


それは手を伸ばしても上手く櫛の届かない、微妙な位置で。
普段だったら同性の友人や家族に手伝って貰うような、1人じゃとても出来ない、そんな位置だったのだ。


一体いつから!?
昼間にスーパーまで急いで飛んだあの時かしら!?


…な、なんてことなの…!!


恐慌に陥ったキョーコは、あまりのことに表情を強張らせる。


「…こここ、こんな恥ずかしい格好でいるのなら、死んだほうがマシだわ…ッ!!」
「大げさだな、ほら櫛を貸して。死ぬよりは、少しの間恥ずかしい思いをするほうが、ずっといいだろう?」
「…うう、どっちもどっちだわ…」


後を付いてきた蓮は、顔を顰めて嘆くキョーコへ鏡越しに笑いかけ、


「これは、君と俺、2人の間だけの秘密にしておけばいいだろう?それに考え方を変えてみれば、人間の価値観からすると、それは別に恥ずかしいことでもなんでもないし」


そしてその手を引いて、リビングのソファーへと連れ戻してしまった。


まるで連行されたような気分になったキョーコは、困ったようにその顔をふにゃりと歪めてしまう。


「で、でも、私は天使です!それこそ、人間の価値観の範疇外にいます…!」
「じゃ、人間の世界に来て、少々破目を外したってことで」


蓮の言葉に少しでも抵抗して、この状況をどうにか変えようと思ったのだけど…


蓮はそんな風にあっさり言うと、キョーコの手から櫛を受け取って、そのまま、今にも逃げそうなその背中を抱えるようにして座り込んでしまう。


普段の距離を越えるその密着振りに、ぱあっと頬を染めたキョーコは眉尻を下げる。


「ちっ、近い、近過ぎです、敦賀さん!!」
「そんな、離れてたら綺麗に出来ないじゃないか」
「それはっそうですけどっでもっ」
「ほら、おとなしくして。羽の流れに沿って櫛を通せばいいんだろう?」
「きゃっ!そ、そんな無造作に羽を触るなんて!!」


蓮の指先が羽に触れるのを感じて、キョーコは更に身を縮めてしまう。


こ、こんなこと、やっぱり破廉恥だわ…!

いけないことよ、慎みがないわ、私ったら!!
人間とは言え、おおお、男の人に、こんな風に羽を触らせるなんて!


…まだ嫁入り前だっていうのに、なんていう状況なの…っ!


あんまりなことに泣きべそをかく直前みたいな顔になったのだけど、鏡で見た『逆立った羽』を想像すると、違う意味で眩暈がしてくる。