罪作りな美貌だわと、そんな蓮の顔を眺めながらキョーコはいつも思う。


蓮はこういう女性からの勝負を掛けたような告白も、キョーコの知る限りでは100%、完全に退けて来ているのだ。


あの甘やかな可愛い女の人も、「ごめんね。今は仕事に集中したいんだ」とか、あのお顔に優しく、でもきっぱりと言われてしまうのかしら。


ちょっと可哀想だわ…
彼女は、あんなにも可愛いのに。


敦賀さんたら、一体どんな彼女なら「うん」と言うのかしら…?


どんなに美人の女優さんも、どんなに可愛いアイドルさんも、彼をその気にさせることは出来ないのだ。

彼の趣味嗜好は、キョーコには全く計り知れなかった。


蓮を待つ間、愛用の金の矢と金の弓を取り出して磨きを掛けながら、キョーコはやれやれと深い溜息を更に零す。


この恋の矢も、敦賀さん相手では出番がなさそうだ。
むしろ彼には、彼自身が恋に落ちられる、もっと他の画期的なアイテムが必要そうだった。


人間の時間で言うまだたった3週間の同居生活だけれど、キョーコには蓮の人隣が随分と見えてきている。

彼は華やかな見かけによらず、大変な堅物で、恋とは全く縁遠い生活を送っていたのだ。


人間なのだからもっと楽しく、もっと誘惑に流されて生きてもいいのにと、キョーコは思ってしまうのだけど…若い男性だというのに、彼はとてつもなくストイックな性格の人なのだ。


そして仕事柄時間が不規則なのは仕方がないが、それを省けば、彼は規律正しい…芸能人としては、とても地味な生活を送る青年だった。

キョーコが蓮の職場で見聞きした他の芸能人のように華やかな、天使のキョーコからすれば乱れたとも言える、そんな浮ついた生活は一切していない。


仕事上のお付き合い以外では毎日自宅にまっすぐ戻り、キョーコの手料理を美味しいと言って食べてくれている。
彼の今の一番の好物は、華やかな印象からはかけ離れているけれど、キョーコが作る肉じゃがだったりするのだ。

食事を作ればしっかりお礼を言ってくれるし、食卓の準備はおろか、後片付けも自然と手伝ってくれる。


そうして、仕事に誇りを持ち、日々、懸命にいい仕事をしようと邁進する生真面目な人。


その見事な外見に隠れてしまうけれど、素の彼自身は、いたって普通の、堅実な男の人なのだと思う。

『思う』と付くのは、キョーコが世間一般の人間の男の人をよく知らないからなのだけど。


恋に落ちる手助けが無理ならば、願い事を!と催促しているのだけれども…


『願い事は、自分で叶えてこそのものだから。手助けをして貰って叶えるものじゃない』


これが彼の考え方なのだ。
物凄くまともな意見で、キョーコに反論の余地さえない。


そのまっすぐで規律正しい几帳面な人格には、隙あらば人を堕落させようと虎視眈々と人間を狙っている悪魔の近寄る隙どころか、天使のキョーコが願いを叶えるチャンスすらも転がっていなかった。


…おかしいわ…


人間は良くも悪くも欲望に忠実な種族だって、キューピット養成学校で習って来たのに。

敦賀さんは、そんな私の認識を簡単に覆してくれた。


やっぱり、座学と実地は全く違うものなのね…


キョーコがそんなことを考えて顔を顰めながら、両手で弓のしなりを確かめていると、ドアが開いてもう蓮が楽屋に帰って来てしまった。


…あの女の人は、粘る間もなく撃沈してしまったのかしら…


本っ当に敦賀さんの趣味嗜好って難解だわと、キョーコはしみじみと思う。


「ごめん、最上さん。待たせたね」
「もー、敦賀さんたら。『しゅちにくりん』のチャンスを、また自分で潰してきちゃったんですか?」
「だから、それは言っちゃダメだって」


戻って来た蓮は苦笑して、楽屋の畳敷きの一角に腰を下ろしたキョーコの頭を嗜めるみたいにぽんぽんと右手で軽く叩く。


「あ、敦賀さん、また私のこと子供扱いして」
「いくら注意してもそれを繰り返すなんて、慎みのある大人の女性とは言えないと思うよ」
「だから、意味を説明して下さいってば」
「それはダメ」


敦賀さんの意地悪、と唇を尖らせたキョーコはそっぽを向く。


そんな拗ねた態度をしつつも…
実は、密かにふわんと嬉しい気持ちが胸を包んで、思わず苦笑してしまう。


癒すのは天使側のお仕事なのに、蓮に触れられると、キョーコはなんとも言えない安らぎを覚えてしまうのだ。


これは、何かしら。


敦賀さんてば普通の人間なのに、身体から何か、そういう周波を出しているのかしら?


彼の愛用するフレグランスの甘い香りもその大きな掌も、そしてその、穏やかな佇まいも。

キョーコには全部が全部、心地のいいものだった。


本当、不思議な人だわ…


しかもその上に、簡単には願い事を言ってくれない、驚くくらいに無欲な人なんて。