「さっき、『今は、一時的に人間の振りをする』って言っていたね。それってどういうこと?『一時的』じゃない場合もあるのかな」


クリーム煮込みのロールキャベツにケチャップをかけてくれたキョーコは、蓮の言葉に驚いたように瞳を丸くしてから、吐息を漏らす。


「鋭いですねえ、敦賀さんてば…」
「だって、随分変わった言い回しだったから。聞いたらまずいこと?」


キョーコの話す天界の話はどうにも突飛で不可解なのだが、蓮に懸命に説明しようとするキョーコの様子は、見ていて飽きの来ることがない。


だから蓮は何かにつけて、キョーコへその手の話を問い掛けてしまうのだ。


そんな蓮の質問に彼女は少し言い淀んで。


「まずくはないですけど…何と言うか。確かに天使は、人間になれるみたいなんです。その、…本当の意味で」
「本当の意味?」


不思議な言い回しに蓮が首を傾けると、キョーコは頷く。


「はい。ちょっと、都市伝説じみた話なんですけど…時々、人間に恋をして、自分も人間になっちゃう天使がいるんですって。誰も周りでなった人なんていないから、どうしても噂の域を出ないんですけど、噂話がいろいろとあって」
「へえ…噂話って、どんなものがあるの」


天界にも都市伝説があって、噂話をするほど物見高いのかと思うと何だか微笑ましい。
随分と人間臭いキョーコを見ていれば、分かる気がするのだが。


興味があって聞いてみると、対面に座った彼女が苦笑する。


「本当に単なる噂なんですよ?その、何でも、本当に好き合った人間と天使が『人間になりたい』『一緒にいたい』って強い願いを込めてキスをすると、天使が本当に人間になるんですって。でも、試せるのは一生に一度だけで、どちらかの想いがたりないと、もうダメなんだそうです」
「ふーん…ロマンチックだけど、随分と厳しい決め事だね?」
「まあ、仕方がないと思います。異種族間の恋愛は、禁忌に触れるものですから」
「へえ。決め事が、いろいろとあるんだね」


感心した顔をする蓮に、キョーコは肩を竦めて見せる。


「でも、やっぱり噂の域を出ませんね。だって、人間と天使は生きる時間が違うんです。人間になったら、家族にも友達にも会えなくなるし、力を全部失った上、あっという間に死んじゃうんです。何と言うか…割に合わないような気がします」
「天使って、そんなに長生きなの?」
「ええと、人間の1年が365日でしたっけ?天使の1ヶ月はそれくらいなんです。だから単純に考えて、人間の12倍くらいが寿命ですかね。天使は、大人になると見た目の成長が止まって、そのまま死ぬまでその外見なんです。なんで、年をとった天使っていないんですよ」
「つまり、ほぼ不老不死ってわけだ。確かに、それを捨てるのはかなり強い想いが必要だね」
「でしょう?そこまで他の人を想えるものでしょうか。人の『愛』の橋渡しのお仕事をしてますけど、そこまでの想いって…私には、まだよく分からないですね…」