キョーコは数分後にまたも突然空間に現れたし、何より翌日、主演女優の彼女はこれまでの不調が嘘だったような好演を見せて、見守る周囲の貰い泣きまで誘ったのだ。


今では、泣きの演技なら彼女に習えと、現場内の女優陣の間で囁かれているほどで。


彼女の女優人生を自分の思いつきの呟きが変えてしまったのは、いいことなのか、悪いことなのか。


複雑な思いを抱える蓮を他所に、キョーコは毎日蓮に付いて歩き、仕事先で女優やアイドル、モデルを見かけては「あの人がいいんじゃないか」「この人がいいんじゃないか」と非常に忙しない。


願い事は恋愛に限ったことじゃないらしいのだが、自分の専門分野だからこそ、強く推薦したいらしい。


彼女の姿は蓮以外には見えないのだ。

常に職場では一緒の社も、実は見えない同行者がもう1人いるとは気付いていない。


そしてキョーコは、願い事でもないのにせっせと蓮の食事の世話を焼き始めていて。

そんなことはしなくていいのに、と言うと…


「規則正しい生活と食事をすることによって、健全な肉体に健全な精神が宿るんです!敦賀さんの生活が不規則なのはお仕事柄仕方ありませんけど、食生活が雑過ぎます!何ですか、1日おにぎり1個の生活って!?自分を過信し過ぎです、今に間違いなく倒れます。私が付いている限り、そんな生活は許しませんよ…っ」


数日間、蓮の生活を黙って見ていたキョーコは、そう、突然爆発したのだ。


天使の癖に鬼のような顔をして蓮にそう言った彼女は、その日以来、キッチンを自分のテリトリーにしてしまった。


殺風景だった蓮の自宅キッチンはあっという間に賑やかになり、今や男の1人暮らしとはとても思えないくらい、充実したキッチン周りとなっていた。


そうしてキョーコは蓮の渡した通帳とカードから生活費を引き下ろし、タイムセールを見計らってはスーパーに飛んで行くと言う生活を送っている。


彼女は毎日家計簿をつけていて、蓮は毎夜、使い道を事細かに説明されるのだ。

こういう金銭面のことはきっちりさせておかないといけませんと、几帳面な顔をして言う。


更には通帳内の金額に眉を顰められ、簡単に他人に通帳を渡さないこと、そして、大金は寝かせておかないで何かに投資した方がいいと、資産運用のことまで助言されてしまった。


投資に関しては事務所が抱えているファイナンシャルプランナーに任せてはいるのだが、仕事にばかり夢中で稼いだ金銭にはあまり興味がない蓮は、確かに通帳の扱いは無造作かもしれない。


キョーコに渡した通帳と同額のものが、あと何冊かこの自宅に置いてあるのだ。

それをキョーコに話したならば、きっと「…管理が杜撰すぎる…!」と、きりりと柳眉を立てられることだろう。


しかし、そんなことを『天使』に指摘されるとは、思っても見ないことだった。


天界とは一体どういう場所なのかと、蓮は日々頭を捻ってしまっている。

どうにも、蓮が想像するような、のんびりした場所ではないらしい。