*身代わり姫の結婚*4
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昼間、アイカ姫の振りをして王子一行を迎え入れることに何とか成功したキョーコは、ソファーで一人、疲弊していた。
な、何だったのかしら、あの、王子側の人達の生温い目は…!!
やっぱり、私なんかの付け焼刃のお姫様演技が実はもろバレで、あの人達のニヤニヤ笑いは騙すとはこいつどうしてくれようっていう意味の表情なのかしら!?
嫌だ、どうしよう、凄く怖い…!
キョーコはげっそりとした面持ちで昼間のことを思い返す。
王子の訪問には、身代わりの事情を知る大臣と国王陛下付きの筆頭女官長も立会うこととなった。
王子側の質問等に対しては矢面に立たなくていいと指示を受けたキョーコは、和やかなお茶会を楽しむ振りをしつつカナエの提案通りに常に笑顔を表情に貼り付け、直接の質問には恥らう素振りを見せて女官長以下カナエ達3人に返答を丸投げし、会話に入る必要がある時は「はい」と「そんな…」で切り抜けた。
朝方いきなり身代わりをすることに決まったキョーコは、アイカ姫の人となりを全くと言っていいほど知らないのだ。
妙な受け答えをして本物と差異が出てしまわないよう、恥ずかしがり屋なお姫様を演じていた方が懸命だ。
午後の、うららかな日差しの差し込む客間で行われたお茶会という名のお見合いは、穏やかな雰囲気を漂わせながらも、その実、手に汗握るものであった。
王子側は何くれなくアイカ姫のキョーコに礼を尽くしてくれながら、なぜか王子と2人での会話へ持ち込もうとしてくる。
アイカ姫の振りをするのに精一杯のキョーコに任せてはぼろが出ることを十分に理解している女官側は、大国の王子に失礼のないようタイミングを計り言葉を選んで返事をして、それでも無理な時は「姫、いかがでしょう?…あらいやだ、王子様を前にして恥ずかしがってらっしゃるのね?うふふふふ」そうキョーコに振って俯く仕草をさせ、おっとりとした笑い声でその場を誤魔化した。
その時を思い返すと、知らず、身が震える思いを味わってしまう。
なんだか…いろいろ怖かった。
主に会話を取り仕切ってくれた女官長とカナエ対王子一行との間に、和やかなのに何故かしらひんやりした空気が漂っていた気がする。
結局王子一行との対面は通り一遍の会話に終始し、日が翳ってきたこともあって、お茶会は終了となった。
実のある会話は全くなかったけど、あれでよかったのかしら?
お見合いとして成功したことになるのかどうか、甚だ疑問であった。
…それよりなにより、問題はその後の王子の発言だった。
退室のために立ち上がった王子は、見送るキョーコをまっすぐに見つめ、ここで爆弾を落として来たのだ。
「本来なら使者のみの訪問となるはずだったものを急に私が同行することとなり、お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな…お会い出来て、嬉しゅうございました」
申し訳なさそうな表情を見せる相手へ自分的には百点の返答をすると、王子が華やかな笑顔をひらめかせる。
「私もお会い出来てよかった。使者の滞在は2週間とのことでしたが、それに私も帯同しようと思っています。国王陛下に先程そうお伝えしましたら、今夜は歓迎の舞踏会を催して下さるとか。お相手をお願い頂けるでしょうか、アイカ姫」
言って王子が優雅な仕草でキョーコの顔を覗き込み、掌を差し出して来た。
美々しい美貌が間近にあることに立ち眩みを覚えたが、今は倒れている場合じゃなかった。
舞踏会ですって…!!?き、聞いてない、そんなこと!!!
背後に控える女官陣にも衝撃が走ったのが分かった。
けれど、一番衝撃を受けたのは勿論キョーコだ。
舞踏会…!?
それってつまり、この王子と一緒に踊ったりしなきゃいけないわけ??
他でもない、この、私が…!??
「…私でよろしければ、喜んで」
「ありがとうございます。それでは、今宵を楽しみにしております」
何とか言葉を搾り出し、ややぎこちない動きで指先をその掌に乗せると、満面の笑顔が返されて…手の甲に柔らかな口付けが落ちる。
黒い瞳がキョーコを見つめて、離さない。
従者によって滞在する部屋へ案内される彼らの背中を見送って、暫しの後。
王子一行の気配が完全になくなった所で、キョーコは堪らずその場にしゃがみ込んでしまった。
「だっ、誰かお願い、本物のアイカ姫をなんとか離宮から連れて来て…ッ!もう私なんかじゃ無理だわ…!!」
王子の触れた手が熱を持ったかのように熱くなった気がする。
初めての時の行為に比べて、王子の艶やかさがずっとずっと増したように思えるのは気のせいか?あの顔が、あの唇が、当然のような動きで近付きこの手に触れたのだ。
あんな美貌が自分に近付くなんて、キョーコにとっては凶器をその身に押し付けられたこととなんら変わりがなかった。
動悸と息切れの収まらないキョーコは、涙を浮かべて毛足の長い高級な絨毯を握り込む。
淑女への形通りの礼儀だろうが何だろうが、こんなことを会う度毎に繰り返されたら、そのうち憤死してしまうこと間違いない。
王子様歴の長いあの人と、身代わりお姫様歴一日目の私とじゃ、経験差が明らかだ。
対抗するにはあまりにもアドバンテージが無さ過ぎる。
その上舞踏会ですって!?そんな、もう、冗談じゃない…ッ
しかし、そんなキョーコには同情の篭った目線が集まるばかりで、その心からの叫びを受け止めてくれる誰かは、この場にはどこにもいなかったのだった。
結局、カナエ達によって金糸銀糸をふんだんに使って刺繍が施された舞踏会用のドレスを着せ掛けられたキョーコは、死相を浮かべながらぐったりとソファーに身を預けていた。
隣で寝そべるアンジェリカが、いかにも邪魔そうな様子で目線を投げかけてくる。
「キョーコ、あんまり頭をソファーに押し付けないで。せっかくアップにしたのが崩れちゃうでしょ」
「…髪型の心配よりも私の心配をして、モー子さん…」
もう少ししたら舞踏会の行われる大広間のある宮殿へ移動しなければならない。
そこで王子ともう一度対面して、踊らなければならないのだ。
その間は完全にあの王子と2人きりになってしまう。先程のようにカナエ達から援護を受けることが叶わなくなってしまうのだ。
「はい」と「そんな…」で乗り切れるとはとても思えない。
急病を理由に辞退しようと女官長に申し出たのだが、国王が乗り気となって貴族を呼び集めてしまっているそうで、主役の不在は有り得ないとのことだった。
味方のはずの国王に背後から撃たれた気分のキョーコは、顔色を青褪めさせる。
王様、私が身代わりだってこと、すっかり忘れてるんじゃないかしら?
やっぱり、侮辱罪で死刑コースなのかしら…どう考えても、暗い未来しか思い浮かばないんだけど。
カナエはそんなキョーコを気の毒そうに見下ろして来る。
「もう、進退窮まったら自分から偽者だってバラしちゃいなさい。あんた、あの王子を相手によくやってるわよ、普通の子だったらあの顔にたらし込まれてどうにかなっちゃってるとこだと思う。よく耐えてるわ」
「本当…?初めから助けて貰ったからかしら、あの王子様には緊張はするけど抵抗がないって言うか…あのお顔には、正直、恐ろしいものを感じるけど…元々、身分に天地の差がある相手だから、騒ぐ気持ちも全く起こらないし」
「分かるわ。何かしらね、あれ…見事過ぎて、逆に何とも思わないわ。そう言えばあんた、ダンスは大丈夫なの?舞踏会で主役が賓客の足を踏んだりしたら、それこそ問題よ」
もう1つの心配事を突かれてキョーコは口篭る。
「一通りのマナーは、女官の必須だしなんとか…けど、ダンスは得意な方では、ないのよね…」
王宮で女官勤めをする女の子は、程度の差はあるが、里帰りをすれば実家ではお姫様扱いをされる身分の者達なのだ。
キョーコは両親を早くに亡くしていたが、両親の友人の領主夫婦に養女として引き取られ、何不自由なく育てて貰ってきていた。
だから、淑女としての身のこなしや言葉遣いは幼い頃からみっちりと叩き込まれてきたが、ダンスの才能はまた別の話だ。
一通りは覚え込まされているが、上手いと自慢できるほどの腕前ではない。
「まあ、男性側のリードが上手ければ問題ないかしら。あんな外見してるんだし、きっと凄い腕前を持ってることでしょ。万が一問題が起きたらすぐに貧血とか言って仮病を使いなさい、それでもダメなら全部バラしちゃう。あんたが気にすることじゃないんだから。元々無理がある話なのよ、身代わりなんて」
「うん…」
キョーコはカナエの言葉にこくりと頷く。
そして、暫し言い淀んでから口を開いた。
「レン王子って、悪い方じゃ、ないわよね?…あんなお顔をしてるから、やることなすこと全部が怖く感じちゃうけど、王子様としては普通のことをしてるだけだものね。お茶会の時も穏やかな様子でいらしたし…アイカ姫の身代わりなんかをして騙してるかと思うと、凄く、心苦しいわ…」
言って、複雑そうな顔をして溜息を漏らした。
カナエは、そんな落ち込んだ様子のキョーコに首を傾けて見せる。
「…悪い人ではないとは、思うけど…一筋縄で手に負える相手でもなさそうよ?」
「そ、そう?でも、それは勿論王子様だし、元々、私達なんかの手に負える相手じゃないわよね?」
「王子様云々というより…こう、策略家というか。さっきのお茶会の時だって、理由までは気付いてないだろうけど、私達があんたをしゃべらせないようにしてたことにあの王子、勘付いてたみたい。だから、帰り際に対面した時、直にあんたに舞踏会の話を持ち掛けたわけだし…上手く虚を突かれて、私達もフォローが出来なかったしね。最後にやられたわ…」
次は負けないんだから、と悔しそうな顔を見せるカナエにキョーコは瞳を瞬かせる。
…何かしら、このライバル関係…??
というか次って…2週間滞在するって言っていたけど、まさか、いくらなんでも、明日くらいにはアイカ姫
本人が帰って来て、王子様をちゃんとお相手してくれるわよね…?
私はさっさとお役御免になって、この心臓に悪い生活から抜け出したいのだけど。
2人が2人、それぞれの思惑を真剣に考える中。
舞踏会の時刻は、刻々と近付いて来ていたのだった。
≪5へ続きます≫
策略家レン王子VS身代り姫キョコたん。
キョコたんは上手く王子を騙し通せるの??と言うところで次へ続く…
次回更新は来週月曜日です^^
ではでは♪