*身代わり姫の結婚*3





レン王子の来訪を受けた王城内は、そこかしこで大変な騒ぎとなっていた。

大臣達は王子との謁見を終えた国王の下に急ぎ集まっていくし、王子の顔をまともに見た女官達は客人の目の届かないところでさわさわと集まり合い、頬を上気させながら言葉を交わしていた。

「お、王子が醜男だなんて噂、一体どこから出たの…!?そんな、有り得ないじゃない、なに、あのお顔…!!」
「あれ、本物…?影武者とか、代理人とかじゃなくて…?」
「さ、さあ…?でも、本物だったら、縁談が駄目になった国が何も言わない理由が分かったわね…王子が断られたんじゃなくて、王子に、お姫様が断られちゃったってことでしょ…!あんな美男、女だったら断ったり出来ないもの…なに、あれ…物凄い美形…」
「私、アイカ姫様のところに届いた姿絵をチラッと見たんだけど、あれって絵師の腕が全然追い付いてなかったのね…!5割り増しに描いてるどころか、あれじゃ5割減よ!」

そして、落ち付かない城内の中で一番落ち着かない場所は、レン王子の一群を客間に待たせ再度キョーコが身支度を整えているアイカ姫の衣裳部屋だった。

「なっ、なんですって!?猫を下ろそうとして木に登ろうとしたところを、王子にまともに見られたですって…!?」
「つ、つい、普段の癖が出て…ッ」
「癖ってあんた、普通の女官は木になんて登れないわよ!あんた、いつもどんな仕事してるのよ…!」
「仕事と言うか、子供の頃の名残って言うか…どうしようモー子さん、アイカ姫のイメージが、お、お転婆な女の子になっちゃった…!!」
「どうしようって…どうするのよ…」

青い顔をするキョーコとカナエの隣で、キョーコの化粧とドレスを調えているチオリとイツミが囁き合う。

「王子があれほどの美男だって知ったら、アイカ姫、喜んで飛んで帰ってくるんじゃないかしら?きっと、もう誰か取り巻きがご注進に上がってるところよね?キョーコちゃんを身代わりで出すより、本人連れてきちゃったほうがこの際いいと思うけど」
「でも、すぐには出て来ないんじゃないかしら。王子の顔がいいのが分かってほいほい出てくるようじゃ、自分の品が下がっちゃうし。もう少し引き伸ばして王様をはらはらさせて、自分の存在意義を知らしめることで、ことが自分の有利に働くように仕向けるんじゃない?」
「迷惑なお姫様ね…!自分のことだけしか、考えてないじゃない」

とにもかくにも、大国の王子様を長々と待たせるわけにはいかない。

カナエ達は3人がかりで、猫の救出作業で乱れたキョーコの外見を、貴人の前に出ても問題がないよう大急ぎで整えることに集中した。


一方、キョーコ達が席を外しているのを待つ間、王子直属の騎士団長で側近のヤシロが、ソファーで優雅に足を組んでいる自国の王子を不審な目で見つめていた。

「王子…随分と機嫌がいいようだけど、一人でこちらに伺っている間に、まさか、何かしたんじゃないだろうな…?」

ヤシロは直属の側近であると共に、王子とは乳兄弟の間柄でもあった。
もちろん臣下の礼を尽くしているが、室内には気心の知れた部下ばかりで気を使う相手がいないとなると、つい、いつも通りの砕けた口調が顔を出す。

何よりこの王子には先ほど、ヤシロが自国の使者と共に国の大臣と縁談について当たり障りのない歓談をしている間に、さっさと縁談相手の姫君の私室に向かわれるという暴挙に出られていた。

温厚で紳士的、柔らかな微笑を湛えるこの王子は、そんな外面の内に、冷静沈着な切れ者の一面を隠している。

頭が切れる分、不意に何をするか分からないところが子供の頃からあって、フォローに手を焼かされることが多々あるのだ。

「さっきの行動だってギリギリの行為だからな?初対面の姫君に先触れもなく他国の王子が単身で会いに行くなんて、非礼にも程がある」

王や大臣には「それほどうちの姫に会いたいと思って下さってるんですな」と逆に喜ばれていたが、迎え入れる側の姫の周辺は、いきなりの訪問に準備が整わず大騒ぎだった。

姫君の傍付き女官には「女性の支度には時間が掛かるので、次の機会にはお知らせ頂くと、お待たせすることもなくてとても助かりますわ」と笑顔の裏で非礼を責められ、あまりに正しい意見に全く反論の出来なかったヤシロは胃の痛む思いを味わったのだ。

「それについては謝ったじゃないですか、ヤシロさん。不意を付いて会ったら、どんな顔を見せてくれるのか興味があって。先触れで態勢を整えられたら、いつもと変わらないですからね」

さらりと言う王子は、国力の差から表立った抗議を相手側がしてこないことをよく理解しているのだ。
当たりが柔らかな分、余計に性質が悪いとヤシロは思う。

「『いつもと変わらない』って言えちゃうくらい、見合いを繰り返してるのもどうかと思うぞ…ますます妙な噂が一人歩きするようになるんだから、いい加減、誰かに決めてさっさと結婚してくれ」

なかなか結婚が決まらないために持ち上がっている王子に対する数々の噂話は、もちろんヤシロの耳にも届いている。
本来なら自慢となるはずの優秀な自国の王子がこれ以上おかしな目で見られない為にも、臣下としてはその辺を何とかして貰いたいのだが、本人は涼しい顔だ。

「さっさと結婚しろって、年上のヤシロさんだって結婚してないじゃないですか。噂なんてどうだっていいですよ。俺はただ、信頼できる結婚相手を見つけたいだけなんですから」

「あのなあ、俺とお前じゃ、全然立場が違うだろうが…だいたい、噂話を馬鹿にするなよ?その『信頼できる結婚相手』が現れても、噂を信じちゃってたらどうするんだ?見合いを繰り返してるだけでも、随分と印象が悪いと思うぞ」

「その時は、必死に汚名を返上するしかないですね」

笑顔でそんなことを答える王子にヤシロは肩を落とす。

『信頼できる結婚相手』

結婚相手へ望む条件としては至って普通のものだと思うのだが、王子の場合はそれが難しい。

王子の美貌に縁談相手が簡単に熱を上げてしまい、王子個人の内面に心を向けようとしなくなってしまうのだ。
まともに話をするよりも先に相手側から結婚の受諾があっては、そんな相手との結婚に王子が乗り気になれなくても無理はない。

その眩い美貌が邪魔をして、王子の花嫁探しは難航を極めていた。

愛妾も持てる立場にいるのだから、この際、国同士の結婚と割り切って条件の合う相手と娶ってみてもいいようなものだが…

国王も王妃も一人息子のそんな結婚を望んでいないし、王子自身も上辺だけではなく自分自身を見てくれる相手が現れるのを待っている節がある。意外と、ロマンチストなところがあるのだ。  

幸いLME国は大国で、どこかと姻戚関係を結ばなくては立ち行かない弱小国ではない。

そんなわけで、王子の花嫁探しはどちらかというと外交の面が強くなり、花嫁については、いい姫がいたらいいな程度のものとなっていたのだ。

今回のアイカ姫との縁談も、この国が保有する金鉱の流通を主な目的としたものだった。

なのに。

目論見通り、不意を付いて首尾よく会えたアイカ姫と共に部屋に戻って来た王子は、やけに機嫌がいい様子だったのだ。
今も、傍のソファーの上で長々と寝そべるアイカ姫の愛猫だという白猫をからかいながら、表情を緩めたりしている。

「…もしかして、アイカ姫が当りだった、とか?」

窺うように見ると、苦笑気味の王子が口元を押さえる。

「当たりという言い方は、一国の姫に対して失礼になるんじゃないですか?けど…漏れ聞く噂では甘やかされて育った典型な我侭姫とのことでしたけど、少し話をしましたが、そういう感じは全くなかったです。と言うか、完全に意表を突かれました。…木から降りれなくなったこの猫を助けようと、木に登ろうとしてたんですよ?あんな姫君は初めてだ」
「き、木に登る??アイカ姫が、か?」
「姿絵通りの容姿で綺麗に着飾っていると言うのに、全然躊躇がなくて…意外性に驚きました」

驚いたなどと言っているが、他国の姫君を前にしてうちの王子がこんな緩んだ態度を見せるのは初めてのことだった。
アイカ姫の行動が、お気に召したようなのは間違いない。
これまで王子が繰り返してきた縁談全てに立ち会ってきたヤシロには、驚嘆に値する動きであった。

これは…もしかすると、もしかするかもしれないんじゃないか!?

「お前、アイカ姫と話しをしたんだよな?顔見て、メロメロになられたりとかは?」

王子に直視された大体の姫君が、この段階で普通の状況ではなくなってしまうのだが。

「目が若干虚ろな気がしましたが…至って普通でしたね。まともに話せたし」
「おお、凄いなアイカ姫…じゃあ、手の甲にする淑女への挨拶は!?」
「顔を赤くしながらも受けてくれました。白い頬がぱあっと染まって…可愛いな、と」
「おい、お互い好印象じゃなか!!レン、お前、頑張れよ!?アイカ姫を逃したら、お前、一生独身かも知れない。そうなったら、国は後継者争いで揉めに揉めて血で血を洗う惨劇に…や、やめてくれ、冗談じゃない!今が頑張り時だぞ。誠心誠意言葉を尽くして、アイカ姫にしっかり求婚するんだぞ!?」
「求婚て…気が早いですよ、ヤシロさん。まだ会ったばかりじゃないですか。もっと、彼女と話がしてみたいとは思っていますが…」
「いやいや、それ、完全に気持ちが動いてるから!今までの相手にそんな風に思ったこと一度だってないだろ!?遅いも早いもあるか、これだけ探してやっと見つけた相手だ。こういうのには勢いも肝心だってよく言うだろ!」

思わず幼い頃からの呼び名が口をつくくらい驚いてヤシロが畳み掛けると、王子の端正な面に照れたような表情が上る。
百戦錬磨みたいな外見をしてそれなりにも遊び慣れているくせに、意外と純情な一面があるのだ。
こっちまで恥ずかしくなるような反応だが、こういう所が弟のようにも思う王子の、外見からは窺い知れない可愛い一面なのだ。

これはなんとしてでも話を纏めて、早く国王へ嬉しい報告が出来るようにしなくてはいけない。

あれだけ探し回った王子の運命のお相手が、こんな小国に隠れていたとは。
出来ることなら、アイカ姫には今回の訪問の間に王子の内面にも触れて頂いて、その上で想いを寄せて貰えたら物凄く嬉しい。

王子が求める信頼が置ける相手にアイカ姫がなってくれれば、多忙を極める王子の心の拠り所となってくれれば…幸運なこと、この上ない。

ヤシロは王子に訪れた幸せの予感を我がことのように喜んで、今後の算段についていろいろと頭を巡らせ始めたのだった。

≪4に続きます≫


昨日は偶然にも猫の日に、にゃんこが出てくる話を公開できたと後から気が付いてにやり。

猫のアンジェリカ様とキョコ、レン王子との三角関係?は書いていて楽しいので、新作でも登場させたいなーと思っています^^


ではでは、また明日~