今でも自分は間違っていたなんて思ってはいない
幼い頃から抱いていたこの気持ちを
このまま隠し通しておけるはずがなかったんだから
君は泣いていたね
あの時もそうだった
そして今も
例えそれが僕のせいだとしても
必ず拭いとるための代償を用意するから
今はどうか、僕の思いのままに
Strawberry Cake 9-1
「漕ぎ始めていい?」
「・・・・・お願いします。」
蘭が足に怪我を負った翌朝。
新一は知り合いの家から借りてきたという自転車を用意して事務所の階段下で待っていた。
昨日の宣言通り新一は蘭を高校まで送り届けるようだ。
蘭が後ろの荷台に座った事を確認すると新一は口を開いた。
そして蘭はそれに申し訳なさそうに答える。
その返事を合図に新一はゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。
「ごっごめんね?重いでしょ?」
「・・・・・・・・ものすごく。」
「!?・・・・おっ降りる!降りる!私、歩いて行くよ!」
蘭は新一の返事に顔を真っ青にすると降りようと試みた。
その動きに自転車がぐらつく。
「バッバーロ、冗談に決まってんだろ!大丈夫だからちゃんと掴まってろって!」
「・・・・・・~。」
新一は焦ったようにバランスと取りながら後ろに向かって声を出す。
蘭の動きは止まったが、落胆した様子は消える事がない。
そんな蘭に気付いた新一は少し考える素振りをした後、前を向いたままそっと口にした。
「・・・・・・蘭は寧ろ軽すぎな位だよ。」
「え?」
新一はその後はもう何も言おうとしなかった。
そんな一言は紛れもない真実のような気がして蘭はちょっと恥ずかしいような、でも少しだけホッとした気持ちになった。
「・・・・でも疲れたら言ってね?私、歩けるから。」
「そりゃ、当分先だろうな・・・・お、蘭、坂だからちゃんと掴まってろよ?」
「え?あ、うん。」
「・・・・ちげーよ、こっちだって。」
「へ?・・・・・きゃ!」
もう少しで下り坂に入ろうとしたところでのやりとり。
蘭は荷台の端を掴んでいたが、新一はその手をとって自分の腰へと回させた。
突然の事に反応が上手く出来ずにいるとついに自転車は下り坂に突入。
勢いよく落ちて行く感覚に蘭は新一の腰に回された手に力を入れた。
思いもしない出来ごとに蘭はそのまま抱きつくように新一の背に顔をつけた。
向かい風が蘭の長い髪をなびかせる。
なだらかな道に戻る。
思わず瞑っていた目をそっと開けるとそこには新一の背中が目に入ってきた。
次第に今の自分の行動を理解して蘭は顔を赤く染める。
「あっ・・・・えと、ごっごめんなさい。」
恥ずかしさに手を離そうとしたがぐっと新一の手にそれを阻まれる。
「このままでいいって。」
「・・・・・・・。」
自分の手に触れる手が優しくて。
声が優しくて。
蘭は胸が締め付けられるような感覚に少しだけ窮屈さを感じつつ、離れかけた手をもう一度戻して新一の腰に回った手に弱々しく力を入れた。
昨日、赤羽の自転車に乗せてもらった時には全く動じてなどいなかったのに。
どうしてこうも違うのだろうとただ思う。
けれどそこに確かな覚心を得ている蘭。
この時間が続けばいい。
彼に触れていられる時間が続けばいい。
少しでも長くいられる時間があればいい。
けれどそれは決して願ってはいけない事。
もうすでにこの居場所にいるべき人は別に存在しているのだから。
どうしようもない罪悪感が蘭を襲う。
:::
帝丹高校の門付近まで辿りついた時、少し前に見覚えのある後ろ姿を見つける。
「あ・・・・宮野。」
新一がその人物の名前を呼ぶと、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
蘭の胸がズキズキと痛みを伴う。
「おはよう、工藤君・・・・あぁ、送迎お疲れ様。」
志保は新一の自転車の後ろに蘭が乗っている事を確認すると全てを察したかのように大人びた表情で微笑んでみせた。
「みっ宮野さん、おはようございます!!えと、私が足を怪我してしまって・・・負担をかけないためにって新一君が自転車で送ってくれたんです!その・・・た、ただそれだけですから!気にしないで下さい。あっ、じゃぁ新一君、私ここで大丈夫だから・・・・。」
蘭は一人慌てふためくと、自転車から降りて必死に昇降口へと向かった。
捻挫した足を庇った歩き方は誰が見ても痛々しい。
そんな様子を取り残された二人は呆然と見つめた。
「・・・・・・何だか誤解してるみたいね。」
「なんでそうなるのか理解が難しい。」
「それはこっちの台詞よ。」
「・・・・・・・。」
「どうでもいいけどほっといていいのかしら?」
「・・・いいわけねーだろ!ちょっとこれ頼む!」
「・・・・・・・」
新一は自転車から乱暴に降りると志保に無理矢理託し蘭を追いかけた。
志保は自転車を受け取ると呆れたようにため息を一つはいた。
「・・・ったく、人に迷惑をかけるなって教わらなかったのかしら。」
そのまま自転車置き場までカラカラとタイヤの回る音をさせながら自転車をゆっくりと押し進めた。
:::
「え?誰あれ?」
「中学生?」
「何、何?超かっこいいんだけど!」
蘭が俯いていると周りを歩いていた生徒達が騒がしくなる。
何ごとだと蘭が振り返るのと腕を掴まれるのは同時だった。
「しっ新一君・・・・。」
「・・・・まだ送り終わってねーのに勝手に行くなよ。」
「え?あ・・・・でも私なら大丈夫だよ?あと、帰りも自分で歩いて帰るから、新一君は私なんか気にせず受験勉強に専念して?」
「・・・・・・何でそうやって何でも決めつけるんだよ。」
「・・・・・新一君?」
「俺が何も言ってないのに、勝手に決めるな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
真剣な新一の眼差しと蘭の戸惑う瞳が交差する。
そのやりとりを見ていた生徒たちが更に騒がしくなる。
ーえー?何々、あの中学生毛利さんの知り合い?
ーもしかして毛利さんの彼氏?
ー中学生とかすごくない?
ーあんなかっこいい子とだなんて・・・・毛利さん、いいなー。
耳に入ってくる言葉に蘭は困惑する。
「・・・・・・あっもう行かないと遅刻しちゃうよ・・・・・私も行かなきゃ・・・・。」
蘭はその場から逃げようと腕を振り切ろうとしたが更に強い力で掴まれる。
「・・・・まだ、話終わってねーだろ?」
「でっでもー・・・・。」
このまま自分といたら誤解されてしまう。
自分のせいで新一に迷惑をかけたくない。
その思いが蘭の脳内を埋め尽くす。
「はなしてー・・・・・っ。」
「はーい、蘭おはよう!何やってんのよ、今日はあんた日直でしょ?早くいかないと担任に文句言われるわよー。」
「そっ・・・園子!」
絶妙のタイミングで二人のやりとりを見ていた園子が蘭に助け舟を出す。
園子は新一の腕から蘭を逃がすと自分の後ろへとそっと隠れさせた。
「君が例の中学生?お取り込み中悪いけど、そういうわけだから!そちらも早く登校しないと遅刻するわよ?」
「でも、まだ話がー・・・・。」
園子は食い下がってくる新一の耳元に近付くと小さく呟く。
「蘭の事が心配なら、今の状況察しなさいよ。」
「ー・・・っ!」
新一は周りの視線に目を向けると、納得のいかない表情を浮かべつつ髪を掻き乱した。
「・・・・わかりました・・・・でも、迎えは来るから・・・ちゃんと待ってろよ?」
園子の後ろに隠れる蘭に聞こえるように新一が声をかける。
「・・・・・・・・うっ・・・うん・・・・・。」
蘭はただ小さく頷く事しか出来ない。
新一が門から出て行くのを確認すると園子は蘭に振り返る。
「ちょっと!あれ、本当に中学生なわけ?アタシのタイプではないけどイケメンじゃない!」
興奮した園子の様子に蘭は身体が仰け反る。
蘭は苦笑を浮かべつつ昇降口へと歩き始める。
少しびっこをひいたようなその歩き方に驚いた園子は蘭に問う。
「何、・・・その足どうしたの?」
「え?あぁ・・・昨日ちょっと。」
そのまま昨日の出来ごとを蘭は園子に説明し始めた。
赤羽の蹴ったボールを避けようとして階段から落ちて怪我をした事。
手当をしてもらった女の子の事。
赤羽に病院に連れていってもらい家まで送ってもらった事。
帰った先には新一のあの約束の女の子がいてはち合わせてしまった事。
説明を終えると園子は少し考えてから首を傾げて不思議そうに口を開いた。
「そんな事があったんだ・・・大変だったわね・・・・・ていうか・・・・・その女の子って本当に約束の女の子なの?」
「うん、だって・・・・この高校にいるし、夜、二人で会ってたみたいだし、昨日も一緒にいたし。」
蘭はそう言いながらどこか気分が下がってきた。
改めて二人の関係を思い知らされるようでただ心が痛んだ。
「同じ高校だってのは当てはまるとは思うんだけど・・・だからと言って好きな子とは限らないんじゃない?それに寧ろその新一君だっけ?の今日の行動とか見てると、その女の子より蘭の事気にしてるようにしか見えなかったんだけど。」
「・・・・・・・・え?」
「蘭って小さい頃、新一君と遊んだ事あったんでしょ?だったらその約束の女の子は蘭って可能性だってあるじゃない。ほら、蘭だって帝丹の生徒だし。」
「・・・・・・・・。」
思いもしなかった事を園子がつらつらと口にするので蘭は状況の理解が出来ずパニックを起こす。
「そっそんなわけないよ・・・だって私そんな約束した覚えないし・・・・。」
「忘れてるだけなんじゃない?」
「で・・・でも新一君違うって・・・・。」
「会うのを楽しみにしていた子が約束を忘れてたのなら言いだしにくいってのもあるんじゃない?」
「・・・・・・・・。」
全く予想もしていなかった事に蘭の思考は追いつかない。
「まぁ、あくまで勝手な推理だけどね。」
「そっそうだよ・・・・そんな事ありえないよ。」
蘭は必死に自分に言い聞かせる。
ダメだ。
確かな証拠もないのに勝手に想像して気持ちだけ舞い上がらせても意味がない。
それに万が一自分が新一の約束の女の子だとしたらあの宮野という女生徒とは一体どんな関係なのかが疑問になる。
あんなに素敵な女性なのだ。
新一のような男の子なのなら、ああいった大人っぽい女性に憧れるものなのではないだろうか。
どう考えてもお似合いの二人。
彼女が約束の女の子だという方程式がイコールになるのは高い確率で間違いない、蘭はそう思う。
「私はただ、知りあいの娘だから良くしてくれてるだけだよ。」
園子に言ったつもりの言葉だったが蘭はどこかで自分に言っていたのかもしれない。
:::
ピピー!!
試合終了のホイッスルが鳴り、汗を拭いながら園子が蘭の元へとやってきた。
1限目の体育の時間でバスケットボールを行っていたのだ。
もちろん蘭は足を負傷していた為、見学していた。
疲れを露わにした園子へとタオルを差し出す蘭。
「はー、疲れたぁ。」
「お疲れ様!」
「1限目から体育って、ハードすぎるわよ。」
体育館のステージ下の壁に寄りかかって座っていた蘭の隣に園子も腰掛ける。
「きゃーーーーーーー!!」
女子の別チームの試合が開始される様子に目を向けていると、隣のコートから突然歓声が聞こえてきた。
二人は何ごとだとその声の先に視線を移す。
「何々?何の騒ぎよ?」
園子は立ち上がり目の前の女子チームの試合の合間を縫うように隣のコートを覗く。
そこでは男子チームのバスケの試合が行われている。
その中で一際目立って活躍している男子生徒に気付く。
「あー・・・アヤツね。」
「え?誰?」
「ホラ、ちょっと前までのアンタの旦那よ。」
「はぁ?」
園子のわかりづらい表現に蘭は訝しげにコートに視線を向ける。
すると一人の男子生徒が高い跳躍を見せて軽やかにレイアップシュートを決める姿が目に入った。
それと同時にギャラリーの女子生徒が再び黄色い声を上げる。
「あ、赤羽君。」
そう、その男子生徒は赤羽だったのだ。
「すごーい、赤羽君、サッカーだけじゃなくてバスケも出来るんだ。」
赤羽の活躍に感心した様子の蘭を見て園子は少し考えてから口を開いた。
「・・・・ねぇ、蘭さ・・・あの中学生が無理そうなら赤羽君にするって手もあるんじゃない?」
「・・・・・へ?」
「だってさー、確かとは言えないけど新一君には約束の女の子がいるわけで、もしかしたらもう想い合ってるんでしょ?どうせ報われないなら身近な恋で手を打つのもありじゃない?」
「何言ってるのよ!それに例え私が赤羽君を好きになったとしても赤羽君が私なんか相手にするわけないじゃない!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・鈍感!」
「何がよ?」
何も察していない蘭に園子はため息をつく。
どう考えても赤羽が蘭に好意を寄せているのは明確なのに、どうしてこの少女は一ミリたりともその状況を察知できないのだろう。
「まぁ、相手はともかく!中学生なんてガキじゃない?大人っぽくたって所詮子どもは子どもよ。だったら同級生とかもっと年上の人とかー・・・」
「・・・・私達だってまだ子どもじゃない。」
園子の発言にそっぽを向いて少し機嫌を悪くした蘭に園子は少し驚きつつ微笑した。
「あらら、結構重症なのね。」
何が?と聞き返す蘭に園子は別に、と返すとまた試合へと混ざって行った。
:::
ー・・・放課後
「失礼しました。」
蘭は日直だった為、日誌を職員室へ届けに行っていた。
しばらく部活は欠席のためこの後は帰宅するのみだ。
ほとんどの生徒は帰宅し、廊下には吹奏楽部の練習の音色が響いている。
ー・・・「中学生なんてガキじゃない?大人っぽくたって所詮子どもは子どもよ。」
歩きながら今日の体育の授業での園子の言葉がよみがえる。
中学生はそんなに子どもなんだろうか?
いつか自分は彼に二年先に生まれているのだから保護者とかわりないという話をしたが、二年という年月はそんなにも人間に差を作るのだろうか?
少なくとも今の自分にとっては彼は中学生でも子どもでもなかった。
ただ、男の人なのだ。
自分でもなんでこんなに彼を特別視しているのかはっきりとは口には出来ない。
でも気付いたら彼の存在はひたすら大きくなっていた。
園子に年齢の否定をされた時、どうしようもなく悔しさがこみ上げた。
だって。
この気持ちに年齢は関係ない。
教室に入るとサァーッと開いた窓から冷たい風が入り、カーテンが揺れる。
「やだ、開けっぱなし・・・・。」
そっと窓に近付いた時、蘭はふと今朝の新一の言葉を思い出す。
ー・・・「迎えは来るから・・・ちゃんと待ってろよ?」
帰りは迎えはいらないと言った自分に返ってきた彼の言葉。
もう中学校も終わっているだろうか。
本当に彼は自分を迎えにきてくれるのか。
いや、そんなわけがない。
自分にかまっている位ならもっと他に大切にすべき存在がいるのだから。
まさかという思いを込めてそっと開いた窓に手を掛け門の方に目を向ける。
「・・・・・・・・・っ。」
蘭の胸がトクンと音を立てる。
「・・・・・うそ。」
門の柱に背を預けその傍に自転車を停めている学生服を着た少年の姿を発見し蘭の心臓は激しく取り乱す。
本当に来てくれた。
この彼の行為にどんな意味があるのかなんて考える必要はない。
ただ彼がいる。
今の彼は自分のためにそこにいてくれている。
その事実だけが蘭の心を満たしていく。
いつのまに?
一体いつのまにこんなに自分の中に膨らんでいたのだろう。
蘭はとにかくいてもたってもいられなくて急いで窓を閉めて鞄に手を掛けた。
早く、彼の元へいきたい。
そう思った時。
ガラッ
「ー・・・あれ?毛利。」
「あっ・・・・赤羽君。」
サッカー部のユニフォームを着た赤羽が驚いた顔をして蘭の前に立っている。
「今、帰り?」
「あ、うん・・・・・あの、昨日はありがとう!送ってもらったのにバタバタしちゃってごめんね?」
「いや、こっちこそ昨日はごめんな?・・・・・・つーか今日初めてしゃべった。」
「そういえば・・・・あっ!でも体育の時赤羽君観てたんだよ?赤羽君、バスケもうまいんだね。」
昨日はあんな事があったにも関わらず、タイミングが合わなかった為にすれ違っていた二人。
蘭はようやく昨日の御礼を告げる事が出来、満足気だ。
「・・・・毛利は今日は休んでたな。なんか本当に悪ぃーな・・・。」
「だから赤羽君が謝ることじゃないよ!こんな怪我すぐ治っちゃうから本当に気にしないで?」
蘭のその言葉に苦笑した赤羽はどこか言いにくそうに口を開く。
「・・・・・今朝は送ってもらえたのか?」
「うん、新一君が自転車借りてきてくれて・・・。」
「そっか・・・・帰りは?」
「あ、実は今、門のところに来てくれてるみたいなんだ。」
「え?」
「待たせちゃってるから、もう行くね?赤羽君、部活頑張って!」
蘭は早く新一の所へ行きたいという気持ちが強くなり赤羽の横を通ろうとしたその時ー・・・
グッ
「・・・・・?」
自分の腕を赤羽の手が掴んでいる事に気付く。
驚いて赤羽の顔を見上げる。
「赤羽君?」
見上げた赤羽の顔はいつになく真剣で蘭は戸惑う。
蘭の腕を掴む力が少し強くなった時、赤羽は決心したように口を開いた。
「・・・・俺、毛利の事好きだ。」
9-2 へ続く。
:::
☆9話は文字数が多くなってしまい、携帯からの閲覧では表示しきれない事があるようなので、9話だけ二つに分けさせて頂きました。
お手数ですが続きは「9-2 」からご覧下さい。
ご迷惑お掛け致します。
2012.06.01
2012.05.19 kako